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11話前半 ありしあさんはすらいむがにがて!

「ユート君、今日は紹介したい人がいるんだ!」


 いつものギルドの席。今回は珍しくアリシアさんが口火を切った。


「どうしたんです? 紹介したい人?」


「どうせ変なやつに決まってるわ」


 リサはオレンジジュースをぐいと飲み干す。変なやつがそれ言っちゃうかって感じだけど、僕も今回は変な人が来る気がするぞ。


「実は私の知り合いに研究者の人がいてね。ユート君たちとのスライム克服作戦を話したら、協力してくれることになったの!」


「へー。研究者ですか」


 前回のスライム克服作戦によって、アリシアさんは『スライムを第六感で感知している』ことが判明した。スライム嫌いをなんとかするには第六感を乗り越えないといけないわけだが、僕はどうも手詰まり感を感じていたのだ。


 そこで、研究者の協力というのはすごくありがたい。僕みたいな素人の考えだけでは限界があっても、科学の視点からアドバイスをもらえれば克服作戦もぐっと前進するはずだ。これは少しだけ期待してもよさそうかも。


「で、その人は今どこにいるんですか?」


「机の下で寝てるよ」


「…………!?」


 僕とリサはアリシアさんの発言を聞き、ぎょっと目を丸くして顔を見合わせた。おそるおそる机の下を覗き込むと。


「すぴー。すぴー」


 青い髪をした白衣の女性が、僕たちが座っている机の下で寝息をかいている。ホラーか!? ホラーなのか!?


「もー、そろそろ起きてくださいよマツリさん!」


「この状況を看過(かんか)してるアリシアさんもなかなか凄いな」


 アリシアさんに揺すられ、机の下で眠っていた女性は起き上がり、椅子に座った。


 マツリさんと呼ばれていた女性は、先がカールした青いロングヘアーをかき分け、大きくあくびをする。背丈はアリシアさんより少し小さいくらいで、服はオーバーサイズな白衣。


「さ、マツリさん。二人に挨拶してもらえますか?」


 アリシアさんが促すと、マツリさんは微動だにしないまま。


「…………ね」


「「「ね?」」」


「ねむい」


 ぼそりと呟くと、マツリさんは机に顔を突っ伏してまた眠り始めてしまった。


「……これはまたキャラが濃いやつがきたわね」


 リサもまあまあキャラが濃いと思うけど、彼女の意見には賛成だ。さっきから眠っているところしか見てないぞ。大丈夫なのかこれ?


「私が代わりに紹介するね。彼女はワタナベ・マツリさん。最初が姓で、後ろが名だよ」


「僕たちと逆なんですね。どこかの異国出身なんですか?」


「ううん。マツリさんのおじいさんが東の国出身みたいで、マツリさんは生まれも育ちもこの街だよ」


 なるほど。おじいさんが異国の方でしたか。


「マツリさんのおじいさんは凄い人で、この街でたくさんのものを開発したんだよ!」


「へー、例えばどんなですか?」


「ファミレスとか!」


「ファミレス!?」


「ゲーセンとか!」


「ゲーセンも!?」


「ほかにも、魔道カメラとかカップラーメンも……全部マツリさんのおじいさんのアイデアで生まれたものなんだよ」


 めちゃくちゃ凄い人じゃないか。この街の便利なものを凝縮(ぎょうしゅく)したみたいな感じだ。生涯のうちにそんなにたくさんの分野で便利なものを生み出したなんて、いったいどんな天才なんだろう。


「そして、ここにいるマツリさんは、おじいさんが残したノートに書かれたアイデアのうち、まだ実現できていないものを完成しようとしているの!」


「へえー、じゃあマツリさんもすごい科学者なんだ。それで、マツリさんはスライム克服にどうやって協力してくれるんですか?」


 僕がそう言うと、マツリさんはゆっくりと顔を上げ、白衣のポケットから小瓶を取り出して、机の上に置いた。


 小瓶の中には金色の液体が入っていて、中から光を放っている。


「これは?」


「……アリシアの『生理的嫌悪感(せいりてきけおかん)』を軽減する薬」


「「「生理的嫌悪感?」」」

 マツリさんの口から何やら難しそうな熟語が出てきて、僕たちはその言葉を復唱した。


「……アリシアは、スライムが嫌い。でも、その理由を説明する術を持っていない。それは本能的に嫌っているということ」


「んん? 全然わからないや。リサちゃん教えて!」


「つまりアレよ。ダース(ゴキブリ)と一緒で、アリシアは、スライムのことをなんで気持ち悪いかわからないけど、心の底から嫌いでしょ? それを生理的嫌悪感って言ってるんだと思うわ」


 おかしいな。リサはゴキブリって言ったはずなのに、なんだか違う人物の顔が僕には見えるぞ。なんでだろう。


「その薬は、その『理由のわからない気持ち悪さ』を軽減する薬ってことよ。それを飲んだらスライム嫌いもたちまち治る! ってわけよ!」


「「すげー!! マツリさん天才じゃん!!」」


 『なんちゃらの天才』ということで名高いらしいリサのわかりやすい解説で、僕たちはマツリさんの凄さをようやく理解し、驚嘆の声を上げた。


「じゃあさっそく服用してみよう!」


 アリシアさんは小瓶の蓋を開け、ビールのような黄金の液体をぐいっと喉に流し込む。


「…………!?」


 その瞬間だった。アリシアさんの体が激しく光り始め、あまりの眩しさに僕たちは目を閉じた。


「まぶしっ!?」


「な、なによこれ!?」


 冒険者ギルドは数秒間、目も開けていられないほどの光に包まれた。しばらくして、光が収まったので僕たちが目を開けると。


「おにいさん、だあれ?」


 アリシアさんが座っていた席にいたのは、小さな金髪の女の子だ。4、5歳って感じの幼さで、無垢な瞳で僕のことを真っすぐに見つめていた。


 まって、この金髪、碧眼、そして鎧。すごく見覚えがあるんだけど。


「ねえ、この子すごくアリシアに似てる気がするんだけど、気のせいよね?」


「マツリさん? マツリさーん! これはどういう状況なんでしょうか!?」


「…………あ、これ『幼児化の薬』だ」


 マツリさんは寝ぼけまなこをかきながら、ボソリと呟く。数秒間、僕らの席を沈黙が支配した。


「「おいいいいいいいいいいいいい!?」」


 僕とリサが叫んだのを見て、幼女と化したアリシアさんは不思議そうに首を傾げた。

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