55話前半 アリシアさんはスライムを超える
「あっ……えっ、えぇ!?」
僕の腕の中で、アリシアさんが驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょ、ユート君!? 何やってるの!? これはクリンチ的な何か!?」
「そんなわけないでしょうが、しんどいんだからツッコませないでくださいよ……そのまま魔王を見てみてください」
アリシアさんは僕に抱きしめられながら、再び魔王の方へ視線を向ける。
「おい娘、貴様の覚悟に免じて最後に遺言を残す権利を与えよう。何か言い残したことはないか?」
「ないわ。むしろ、これから遺言を残すことになるのはあなたよ!」
向こうでは、魔王とマツリさんが向かい合って何やら話している。どうやら僕はかなり間一髪で到着してしまったようだ。
「え、まったく意味がわからないんだけど、どういうことなのユート君?」
「アリシアさん、魔王を見ることはできていますか?」
「うん。普通に見てるけど……それがなんなの?」
「どうしてスライムを普通に見ることができるんですか?」
「……あっ!!」
僕はアリシアさんに密着しているからわかる。彼女の体は一切震えていない。それどころか、いつもの調子でしゃべっているではないか。
「まさか……これって!!」
「そうです。スライムを克服したんですよ!!」
灯台下暗しとはよく言ったものだ。僕とアリシアさんの二人でスライム克服をいつまで頑張っても答えがでないわけだ。
――何と言ったって、その鍵が僕自身だったのだから!
「で、でもどうして!? ユート君はなんでそのことに気付いたの!?」
「説明する前に。ロゼさん!」
「はい、わかりました!」
僕の合図とともに、ロゼさんがリモコンのスイッチを押す。
同時に、研究所の方からバッタロボたちが一斉に飛来してくる。まるで蜂の巣を落としてしまったようにワラワラと湧いてくる! ちょっと気持ち悪い!
「いいだろう……ならばお望み通り、ここで始末してくれる! <魔王ビー……グハッ!? 何だこれは!?」
マツリさんに攻撃をしようとした魔王の体に、バッタロボたちが蟻のように群がる。
バッタにチクチクと攻撃され、ビームは不発。それどころか身動きが取れなくなっている。
「マツリさん、こっちです!」
ロゼさんが呼ぶと、マツリさんが好機とばかりに走って戻ってきた。
「ま、待て! また時間稼ぎか!」
流星群を撃とうにも、バッタの数が多すぎて対処しきれていない。これなら少し話す時間が作れそうだ。
「これは、ロゼがやったの?」
「はい、そうです! バッタちゃんが時間を稼いでいる間に、話を進めてしまいましょう!」
マツリさんも加わったところで、本題に入る。
「ユート君。どうしてユート君が私にくっつくとスライムに対する恐怖がなくなるの?」
「そのことを説明するには、アリシアさんがアルコールで酔っ払った日のことを思い出してほしいんです」
作戦ナンバー6、『アルコールでベロベロ大作戦』のことだ。
あの時のことをもう一度、思い出してみる。今度は、もっと詳細に。
1.アリシアさんはウイスキーボンボンで酔っていた。ウイスキーボンボンは合計で15個食べていた。
2.場所はギルドの中。人数はいつもと変わらない、まばらくらい。
「ちょっと、落ち着いてくださいって……ちょ、僕のバッグ振り回さないでください!」
アリシアさんは涙目になりながら僕のバッグをタオルのようにグルグルと振り回した。
それにより、バッグからスライム入りの小瓶が発射され、床に落ちる。ガラスが割れて中の液体が飛び散った。
3.僕のバッグから発射されたスライム入りの小瓶が割れる。
「ヒッ! 何!?」
「ちょ、くっつかないでくださいよ! あ! 水が溢れた!」
ここだあああああああああああああ!!!
完全に見落としていたけれど、ここでアリシアさんは確かに僕にくっついている!!
そしてそのあと、『4.数秒間沈黙した後、叫び声を上げてアリシアさんはギルドから逃走』となるわけだ。
つまり、アリシアさんがスライムを克服した理由はアルコールではない。僕にくっついていたからだ!
「それはわかったよ。でも、どうして『ユート君にくっついたから』になるの? もしかしたら他に要因があるかもしれないよね?」
「いいえ。根拠はあります。単刀直入に言いますね。アリシアさん、僕のことが好きですよね?」
「へ?」
そう言うと、アリシアさんは頭の悪い声を漏らし、顔を真っ赤にした。比喩でもなんでもなく、やかんのように頭から蒸気がもくもくと上がる。
「えっ、あっ、へ? べ、別にぃ? 何の話?」
「とぼけないでくださいよ!! 僕のこと好きなんでしょう!!」
「デリカシーがなさすぎるわっ!」
「ぶべらっ」
アリシアさんに詰め寄る僕の頭に、リサが後ろから勢いよくチョップを入れた。
ちょっとヒートアップしすぎたかも。反省反省。
「ゴホン、アリシアさん。『好きなものと一緒大作戦』は覚えていますか?」
「うん。ぬいぐるみがベトベトになったやつでしょ?」
「そうです。リリーが犠牲になったやつです」
嫌いなものに立ち向かうときに、好きなものが一緒にあると中和される。そういう考えで実行された、僕とアリシアさんの、最初の克服作戦だ。
「あれは失敗していたと思われていましたけど……こうは考えられないですか?」
「ま、まさか……!」
どうやらアリシアさんも気付いたようだ。
「『好き度』が足りなかったんです!!」
アリシアさんのスライム嫌いは尋常なものではない。数値にするなら1億ってかんじだろうか。
だったら、好き度1万か2万くらいのクマのぬいぐるみでは嫌いの気持ちを相殺できないというわけだ。好き度1億かそれ以上のものを用意しないといけない。めちゃくちゃ好きなものだ。
「アリシアさん! あなた僕の事めちゃくちゃ好きなんでしょう!!」
僕は再びアリシアさんとの距離を詰めた。
「なあロリ。これなんか犯罪になったりするんじゃねえのか?」
「普段のアンタの行動の方が犯罪だからセーフよ。黒と灰色のものを並べたら黒の方が黒く見えるじゃない」
アリシアさんの目がぐるぐると回り始める。いつものテンパっているときの顔だ。とうとう耳から蒸気を吹き出して、アリシアさんは僕の前に顔を近づけた。
「そうだよおおおおおおおお!! 私はユート君のことが好き!! めっちゃ好きです!!」
「よし、作戦成功! さっそく魔王を倒しに行きましょう!」
僕はアリシアさんの手を引いて、魔王の方へ歩き出す。
「ちょ、待って!? なんでそんなに切り替えが早いの!? 私としては結構思い切って言ったつもりなんだけど!?」
何を言ってるんだアリシアさん。恥ずかしがっている場合じゃないだろう!!
もう魔王が目の前に来てるんだ!!
「さあ行きましょうアリシアさん! モタモタしてる場合じゃないです!」
「ユート君!? あ、そっか、徹夜が続いたからテンションがおかしくなってるのか!! だとしてもちょっと待って!?」
最高の気分だぜ!! ヒャッハー!!!




