54話中盤 魔王は街を滅ぼしたい!
「……あれ。ここは?」
気が付くと、僕は真っ暗な場所にいた。
「お兄、気が付きましたね。……いや、正確には気が付いてないんですけど」
困惑していると、目の前にカスミが現れた。困った表情で僕を見つめる彼女は、いつも通りだ。
少し前を思い出してみると……そうだ、僕はギルバートさんと話していて、倒れたんだった。ということは……。
「僕、死んだの?」
「死んでないですよ。なんでそういう結論になるんですか」
「だって、目の前に幽霊がいて、辺りが真っ暗だったらそう思うでしょ」
そう言うと、カスミは大きくため息を吐いた。僕としては、真剣に言ったつもりだったんだけど。
「お兄は過労で倒れたんです。寝不足で徹夜して作業したから。あの後ギルバートさんに運ばれて、病院のベッドですよ。……と言っても、お医者さんは街にはいませんけどね」
「じゃあ、ここはどこなのさ?」
「ここはお兄の頭の中とでも言いますかね。だからお兄は決して目覚めていませんし、カスミと対話することしかできません」
そっか、よくわからないところだな……。
「今、魔王が街にやってきて、お姉が戦ってるみたいですよ。……もっとも、スライム相手に戦えているとは思いませんけど」
倒れる前の僕だったら、すぐに起き上がってでもアリシアさんの元へ走っていただろう。
でも、今はなんだかそんな気になれなかった。心の世界にいるからか、脱力感が激しくて、動くことができない。
「……ごめん、カスミ。お前の言うことをもっと聞いておけば、こんなことにならなかったんだ」
「本当ですよ。ちゃんと人の話は聞いて欲しいものですね。これからはちゃんと寝てください」
「……怒らないのか、優しいな」
「あきれて怒る気にならないだけですよ」
体に力が入らなくて、僕は立っている場所にしゃがみこんだ。
「そろそろ起きないんですか? 魔王が街で暴れてるんですよ?」
「……うん。もう少しだけ」
今は、なんだか動きたくないんだ。
「もう少し、じゃないですよね?」
その時、カスミが放った言葉にどきりとした。
「目覚めたくないんでしょう? もっと言えば、このまま目覚めずにいれば、もう立ち上がらなくてすむと思っていますね」
「……何を根拠に、そんなこと!!」
「だったら、今すぐ目を覚ましてくださいよ。ここはお兄の世界ですから、その気になれば出来るはずですよ」
苦しくて、息が詰まる。くっ、と声が漏れた。
数秒が経って、数十秒が過ぎて。真っ暗なその世界は、何も変わらないまま、沈黙を保っていた。
「……ああ、そうだよ。僕は目覚めたくないんだ」
認めた。僕は怖がっている。
スライム克服作戦を必死に考えて、それでも何も思いつかなくて、アリシアさんに申し訳ない。結果が出せなかったくらいなら、もう二度と彼女に会いさえしなければ……僕は責められることはなくなる。
「怖いんだよ。カスミの言うことも聞かないで徹夜で作業して、当日にぶっ倒れて。挙句の果てにはスライムを倒せませんでした? そんなことを言ったらアリシアさんは、仲間たちはなんて言うと思う?
そもそも、僕は弱いんだ。戦闘面で役に立たないのに、そのほかの面でも使い物にならなかったら、僕はどうすればいいんだよ!? ロゼさんやダースだって、貢献してくれてるんだぞ!? それなのに、僕はまだ何もできていない。
このまま眠っていれば、きっとすべてが終わるんだよ。もしかしたら今僕がいる場所が破壊されて、死ねるかもしれない。二度と仲間の顔だって見なくていいから、こんなみじめな思いをすることはなくなる。それの何がいけないんだよ!?」
息が切れそうになるほど、僕は大きな声で叫んだ。客観的に見たら、僕は冷静じゃないだろう。でも、この怒りにも近い感情を、目の前の童女にぶつけなければいけないほど、僕は追い詰められていた。
カスミは黙って僕のことを見つめ、話を聞く。そして。
「いけません」
たった一言で一蹴した。
「お兄は確かに弱いです。でも、起き上がらなければいけません」
「なんでだよ!? もうこんな思いをするのはうんざりなんだよ!!」
「それでもです。お兄は起き上がって、お姉のところにいかなければいけません」
「だからなんでだって!! 僕はもうこれ以上、傷つきたくないんだ!」
「じゃあ、今まで一緒にいた仲間たちを見殺しにして、お兄は後悔しませんか?」
大事な仲間。
アリシアさんと出って、それからたくさんの仲間ができて、毎日が楽しくて……。
「お兄がここで逃げたら、一生後悔し続けますよ。一生自分を許すことができなくて、苦しみ続けることになりますよ」
「だったら、どうすればいいんだよ……」
「起き上がってください。弱くても、お兄は起き上がらなくてはいけないのです。お兄を呼ぶ声が聞こえてないんですか?」
カスミに言われて、僕は耳を澄ました。
『おいユート!! 起きろ!! お前、自分でやるって決めたんだろ!! だったら寝不足がなんだよ!! 起きろよ!』
やかましいダースの声。彼の顔が思い出される。
『ユート!! 私がせっかく起こしにきてやったんだから、起きろや!! ビンタするぞ!!』
その声と入り混じって、リサが僕の名を呼ぶのが聞こえる。
二人が、僕を起こそうとしているんだ。
「お兄、起き上がってください。お兄は弱くて、役立たずでも、起き上がって仲間のために走るしかないんです。それがお兄に残された唯一の選択肢で、責務です。だって、仲間たちを好きだと思った気持ちは、一生消えることなく心に残り続きます」
僕は、ゆっくりと立ち上がり、上を見つめた。真っ暗だった空間が、少しずつ白く変わり始めている。
「……ありがとう、カスミ。目が覚めたよ」
どうやら……僕はとても優秀な妹を持ってしまったようだ。
*
「ユートオオオオオ!! 起きろ!!!」
ダースとリサの声が響く病室で、僕は目を覚ました。
「おおおおおお!? 起きたぞ! ユートが起きた!」
目覚めは最悪、体はバキバキ言ってるし、何より目覚めのアラームが二人の怒号だ。
でも。
「二人とも、ありがとう! 僕をアリシアさんのところまで連れていってほしい!」
「おっしゃ! 患者を運ぶカラカラする台車、持って来たわよ!」
「ストレッチャーな。ユート、早くこれに乗れ!」
リサとダースに促され、僕はストレッチャーに寝転がった。カラカラカラ! という音が院内に響き渡る。
「カスミ、ありがとう。今回は助かったよ」
ストレッチャーで運ばれながら僕が言うと、カスミは小首を傾げた。
「何の話だかわかりませんよ。お兄はさっき起きたばっかりで、礼を言われる筋合いはありませんから」
「そっか……それでもいいよ。これからもよろしく頼むよ」
「これからも……ですか」
なぜか、カスミが暗い顔をした。でも、今はそれどころじゃないんだ。
わかったぞ。スライム克服の答えが!




