18話 教育と躾け5
「やぁ」
聖良は覚えのある子供の声を聞き、何気なくそちらを向いた。
「っ」
向いて、喉まで出かかった悲鳴を何とか飲み込んだ。
赤毛の少年。
赤毛の少女。
うり二つな二人は、手をつないで笑みを浮かべてそこにいた。
「こんにちは」
少年が声をかける。
お揃いのベルベットのドレスとスーツ。どちらも同じモチーフの、デザイン違いの帽子。
真っ白な肌に、両の口角が上がっただけの薄い唇、薔薇色の頬。瞳はきらきら輝いて、それがどこか嘘くさい。
姿だけ見れば天使のように愛らしい男女の双子に見えるが、その中身は老獪な魔王だ。
ネルフィアは誰よりも強いから魔王だが、彼等のどちらかは、魔物を統べるために魔王である。
二人の姿を見て、ハノは完全に硬直している。
「こ、こんにちは。ウルさんとリファさん……ですよね?」
「うん。よろしくね」
少女が笑みを浮かべた。
なんとなく、聖良は少女の方がウルだと思った。
リファにはない何かがあるような気がした。
そう、近づいてはいけない、なにかの引き金になるという、数々のド変人遭遇から得た、本能のような何かが、聖良にそう訴えていた。
「ど、どうしたんですか、こんな所に」
「面白そうなお茶会だから、ボクも混ぜてもらおうと思ったんだ」
少年が言うが、聖良は少女の方から視線を外せずにいた。
少女の方は聖良とエスカを見比べて、にっこりと笑っている。
「見せてもらった時と姿が違うから一瞬分からなかったよ」
意味不明な少女の言葉。しかしそれで、少女がウルであると確信を持った。
「聡い子は好きだよ」
少女が笑みを浮かべて歩み出る。
「始めまして。ボクはウル。神子のウル。血溜まりの聖者。堕落の王。背徳の王。
色んな呼ばれ方があるけど、ウルと呼んでいいよ。
よろしくね」
三百年は生きているらしい、性別不明の人類最強と言って過言ではない化け物が、表面だけは親しみやすい笑みを湛え、どこからともなく現れた執事二人が用意した立派な椅子に座り、勝手にお茶会に参加した。
一人は綺麗な顔立ちの大人の男性。
ミラが言っていた悪魔のロバス。
もう一人はエスカと同じほどの年頃の子供だ。癖のある黒髪は、油で誤魔化されているがかなり痛んでいて、肌にも細かな傷がある。
彼がウルの傍ら、聖良の斜め後に立つと、寒気がした。
その雰囲気が、気配が、何かの線を越えるような嫌な感覚が、どこか似ていた。
「ミラさん……」
ウルはそう呟いた聖良を見た。
「よく分かったね」
ウルはおかしな色を含む、爛々たる眼を聖良に向けていた。
「顔はそんなに似てないと思うけど、どうしてわかった?」
どう答えるのが正解なのか、聖良には分からなかった。
「……あの、独特の雰囲気が。近づいちゃ切られるなって感覚が」
ミラと一緒にいると分かってくる、人間に野生の本能的な物を蘇らせる、独特の危機感を感じるのだ。
ミラは背後から接近しなければ切らない。だが、この少年は知らない他人。
恐怖しかない。
「この子はミラの遠い親戚みたい」
「親戚……」
「そう。とある人間離れした男の子孫。どれだけ薄まっても、たまにミラやこの子みたいなのが生まれるみたい。
とっても面白い家系なんだ」
ウルは執事の格好をした子供を手で示して言った。
少女の姿をしているため、仮に彼女とする。
彼女は目的の相手、聖良とエスカ以外は目にも入れていない。
こちらの護衛達はまったく動けず、金縛りにあったように固まっているから、警戒する必要もないのだ。
それは護衛対象であるマリス達にも言えた。
まるで目を開けたまま意識を失った……魂がないような目をしている。
「マリス様達に何を?」
「どちらかというと、君たちに効かなかっただけだよ。神子はともかく、竜の加護は面白いね」
見抜かれていた。
アディスはここにいない。
問題は硬直しているハーティだ。
聖良が何もないのに、竜である彼女が何かあるはずがない。
「ハーティ?」
彼女に声を掛けるが、ただぶるぶると震えるだけだった。
「大丈夫。ただ怯えてるだけじゃないかな。意識ははっきりしているみたいだし。
キミはボクと同族だから感じないんだよ」
「え?」
「人間が固まっているのはボクのペットの力。
その子が固まっているのはボクに対する恐怖。
そのどちらにも当てはまるキミは、少し特殊かな。よっぽどの血統なんだろうね。
ああ、その子に悪さをするつもりは、今のところはないから安心していいよ。
ボクは逆らわない動物を虐待するほど非道じゃないからね。
もちろん逆らわない人間も殺さない」
可愛らしく笑う様だけ見れば、綺麗な綺麗な女の子。
人形のようにきめ細やかな白い肌に、綺麗な赤い巻き毛。
薄い唇を笑みにすれば、数百年生きる化け物だと分かっていても騙されそうになる。
「動けないでいる彼らには聞こえないから平気だよ。
ボクも他人には聞かせたくないからね」
ウルは固まっているマリスを指さした。
聖良は手に汗握り、緊張を表に出さぬように微笑んだ。
アディスのせいで、猫を被るのが上手くなっている。
「モリィ……」
エスカが不安げに聖良を見た。聖良が落ち着いているから、彼女も落ち着いている。
「不安に思う必要はないよ。ボクはキミみたいに力のある子は歓迎だから。
一人だけが突出しているとつまらないしバランスが悪い。
ユイが狙っているように、第三勢力が出来るのは面白そうだ」
女の子の姿でも、話し方は男の子のようであった。
可愛いので、ボクという一人称がよく似合っている。
「だから、キミの事も、無理をしてまで欲しいワケじゃない」
ウルはハーティを見て笑みを浮かべた。
「ひっ……」
息を飲んで怯えるハーティ。
彼女は怯えきっていて、役に立ちそうも無い。
「さすがにトロの血縁者だけあって、トロそうだなぁ」
トロ。以前見た竜の事だ。
「竜はすでにいるからですか?」
「うん。トロを殺してまで手に入れる価値があるかどうか疑問だからね。
その子に出来る事なら、トロにも出来そうだし、別にいらない。
キミみたいに面白い子なら考えたけど」
聖良はさすがに顔を顰めた。
聖良は特別不運なところ以外は普通だ。
ハーティがそのように言われるほどの価値はない。
「君たちが国から出てきてくれて本当に喜ばしいよ。
あの国には入れないからね」
悪魔はグリーディアには入れず、ウルは乗り物酔いがひどいらしく、今までは接触する機会がなかったが、出てしまえばいくらでも接触が可能なのだ。
「どうして出てきたのが分かったんですか?」
「悪魔以外のボクのペットは入れるからね」
くつりと笑う悪魔のような美少女を見て、聖良は背中の汗が冷えて寒気を感じた。
無難にお茶を濁すか、問うか。
どちらも有効だと思われた。
やり方次第だ。
彼女の言動、ミラからの情報を信じるなら、ウルという人間は、逆らう者は殺す。逆らった者の身内もたまに殺す。
それ以外には、滅多に手を出さない。
馬鹿な事をしなければ、害はない可能性は高い。
「お菓子はいかがですか」
「ありがとう。お礼にボクのシェフが作ったお菓子をどうぞ」
見た事のないお菓子が出された。
生地にたくさん何かが練り込まれた焼き菓子に、可愛らしい器でジャムが添えられている。
「変な物は入っていないから」
ウルが一つ口に含み食べてみせる。
聖良はエスカが食べるよりも先に口に含む。
万が一の時も、聖良なら大丈夫だからだ。
「とっても美味しいですね」
遅効性の何かもしれない。しかしエスカに食べるなというのは、ウルを怒らせることになる。
ウルは自分を信じない者は殺し、信じる者はたまに救うらしい。
「うん。うちのシェフは腕が良いからね」
確かに腕が良い。
リンゴがたくさん練り込んである、程よい甘さの焼き菓子。グリーディアの甘すぎる菓子よりも口に合う。甘さが足りなければジャムもある。
「ウル様、ミラ達が来たようです」
ロバスがウルの傍らに身をかがめて耳打ちした。
聖良は舌打ちしたくなった。
ミラがいるならアディスもいる。
「早かったね。ロバス、カラン、ボクは可愛い坊やがどれほどのモノか、見てみたいな」
それが誰を示す言葉なのか、聖良には分からなかった。
坊やは二人いるのだ。
「私達だけで?」
「ミラは通して良いよ。悪魔は悪魔同士、揉んであげたら? 後輩に技術を教えるのも楽しいかもよ」
「なるほど。それは楽しそうですね」
ロバスが頷き、姿を消した。
「カラン、キミは白い子を」
何もかも、お見通しのようだ。
聖良は笑顔のまま、手が震えないように握りしめた。
アディスは結界に阻まれ内側に入れず、それを打ち破ろうとしていた。
あと少しというところで、突然執事のような形をした男が現れた。
金髪に青い瞳の、整った甘い顔立ちに笑みを浮かべている。表面だけはとても穏やかだが、魔力を感じることが出来れば、見た目の印象など綺麗に吹き飛ぶ。
これは悪魔だ。
「ミラはどうぞ。ウル様がお待ちです。女性だけでお茶会をお楽しみ下さい」
「女だけ? 他はどうした」
「他人を気になさるとは珍しい。もちろんハノと、ついでに他の人間達も無事です。少し固まっているだけです。まだ誰も死んでいません」
まだ、とつけるのが嫌らしい。
ミラは進もうとして、たった一歩で足を止めた。
「トロは……そこか」
隠し持っていたフォークを投げつける。
盗んだと言うより、手が勝手に凶器になる物をくすねていたのだ。彼女の悪いクセだ。
ミラはフォークを投げた方を睨む。
沈黙が落ち、誰もいないのかと思ったその時、
「ぎゃっ」
かなり遅れて悲鳴が上がり、木の枝から人影が落ちた。
地面に落ちたオレンジ髪の男は、しくしくと泣き出した。
アディスは緊迫感のない男の様子に、どうしたものかと呆れた。
「痛い」
「にぶっ」
マデリオはその男を見て言った。
まったくだ。
「トロ、幼子にまで馬鹿にされて……。そのフォークを抜いたらどうです」
ロバスが肩に突き刺さっているフォークを指した。
「抜いても痛そう……」
「面倒くさい男ですね」
ロバスが指を引くような仕草をすると、トロの肩からフォークが抜ける。血は流れ出ることなく、ほんのわずか、季節感のない麻のチュニックを汚しているだけだった。
「痛かった」
「…………はぁ」
ロバスがため息を吐く。
そんな彼の隣に、気配もなく小さな少年が立った。
細かな傷跡が目立つ、可愛らしい男の子だった。
「おや、カラン」
「ロバス、白いのどれ? 白いのいない」
無表情な子供だった。
子供は元気に笑っているのが一番可愛いが、彼の目は死人のように揺るがない。
「その黒くて背の高い男性ですよ。今は黒いんです」
「白いのに黒いの?」
「ええ。外見はいくらでも変えられます」
「ロバスみたいに?」
「私とはまた違う方法だから、私には分かりません。
知りたければ本人から聞けばいいんですよ。
カランは強い子ですから」
「わかった」
次の瞬間、既視感を覚えた。
(ああ、これは良くない)
そう思ったと同時に、アディスの目の前で火花が散る。
既視感。
前に一度、体験した事がある。
それを成した少年は、自分の長柄斧を見て首を傾げた。
「へぇ、なかなか強い結界ですね。カランを止めるとは」
ロバスの言葉にアディスは内心の驚愕を隠して笑みを浮かべた。
前に似たような事をしてくれたミラならここで、離れたりせず畳みかける。
それをしないのは、経験のなさ故だ。
慌てず、より強固な術を上掛けする。
今度は攻撃に反応する物ではなく、始めから自分にまとわりついている結界だ。短時間しかもたないが、他のどの結界よりも強固に自分を守ってくれる。
ミラで学習したアディスが、自分のために作った術だ。
人間の魔力では扱いきれないかったものを改造した。
「驚いた。まるでミラさんのような子供ですね」
「おやおや、こちらも当ててしまうのですね」
ロバスは楽しげに手を打った。
当ててしまうという台詞に、皆が顔を顰めて子供を見た。
「その子はカラン。ウル様が拾われた、ミラと祖を同じくする者です。遠い親戚ですね」
「親戚?」
ミラが首を傾げる。カランはそんなミラを見た。
互いに疑問はあれど、無感動であった。
「ウル様は身内なら分かりますから。確実に親戚です。
中にいる竜の女の子と、トロが親戚であるように」
アディスは名前のようにとろい男を見た。
「いくらハーティでも、こんなに馬鹿じゃないわよ」
珍しくフレアの口からハーティを庇うような言葉が出た。
その通りだ。
「ば、馬鹿じゃないもん」
「もんって……それが許されるのは子供だけよ!」
「むぅ」
「ああ、いらいらするっ」
フレアが頭を振って怒鳴り散らす。
何かが琴線に触れたようだ。
「トロ、その子はセシウスの息子だよ」
「ええ、あの嫌な奴の!? おれ、あいつキライ! いっつもおれのキライなハチをけしかけてくるから!」
蜂が嫌いな竜。
アディスには理解できなかった。
アディスは蜂を怖いと思った事はない。
それが魔物めいた巨大な蜂だとしても、人間の頃からまったく恐ろしくなかった。
「なんか、あの馬鹿親父の気持ちはちょっと分かるかも」
フレアはトロを見つめて、珍しく父親に共感した。
「そうですね。子供なら可愛いんですが、大人にやられると嗜虐心しか沸いてきませんね。蜂でも召喚しますか」
トロがびくりと震えて、子供であるカランの元まで走り、背に隠れた。
「蜂が怖いの?」
「うん」
「召喚させなきゃいいよ。召喚はロバスでも時間が掛かるから」
「あ、そっか」
ロバスが額を押さえて、苦悩を堪えるように首を横に振る。
子供の方がしっかりしている。
「ユイ、セーラのとこ、行く」
呆れ果てたのか、ミラが言った。
「え、いいの?」
「いい。セーラの方心配。ここにいて、ユイ巻き込まれたら大変。こいつら平気。どうせ殺す気ない」
ミラはユイの手を掴み、ずるずると引き摺っていった。
彼女は一番の戦力だが、セーラの方が心配なのは本当だ。
「マデリオの力を見に来た、というわけですか」
「もちろんそれもありますが、貴方が出てきたから来たのですよ。
赤の魔王の息子」
アディスは頭が痛くなった。
ウルがいる。身内なら確実に分かるとミラが言い切るウルが。
「母はそんなに有名ですか」
「もちろん。赤色は気性の荒い者が多いですが、群を抜いています」
「…………」
「あなたの母は、とても強いですよ。
カラン、遊んでもらいなさい。
私の魔女とは比べものにならない腕の魔術師です」
子供──カランは長柄斧を構える。
遊びにしては、命がけだ。
彼は子供だ。人間の、将来はミラのようになる、だがまだ甘さの残る子供。
育て方によってはミラを越えるかもしれない。
「貴方達はこの少年をどうするつもりです。子供にこんな目をさせるなど」
「ウル様が拾った時には既にそうでしたよ。まだ拾ってから間もないんです。
今はまだ、育て方を模索している所です。せっかくの才能ですから、上手く育てたいでしょう?」
才能。
まさしく才能だ。
ミラに並ぶ素質。
結界を食い破るには、力だけでは不可能だ。本能的に魔力の使い方を知っている、グリーディアにも滅多にいない魔術の才能の持ち主。
それでも、今はまだ、完成しているミラには遠く及ばない。
「経験を積ませ、完成させるのが目的ですか」
「さあ」
「私が殺したらどうするつもりですか」
「殺しはしないでしょう」
あちらにはセーラがいる。だから出来ない。相手はウルだ。何をするか分からない。ミラがいても、それはそれで不安要素の一つになってしまうのだ。
アディスは舌打ちして目の前の少年に向き合う。
「可哀相に」
彼は無言であった。
感情を一切見せることなく、彼は動いた。
アディスは人に化けている時、竜の時よりも視力が悪い。
竜は飛びながら獲物を捕らえるため、全ての感覚が鋭くできているから。
だからこの姿のまま、戦闘訓練を受けている彼に身体で付き合うのは意味がない。
強い結界と、大けがをさせない程度の弱い術。それがあれば十分だと判断した。
力を裂くのは結界だけでいい。防御上手なミラと違い、彼は下手そうだった。
「仕方がない」
壊さないように手加減するのは得意だ。
アディスはいつも、才能のある子供ばかりを相手にしていたのだから。
「少し遊んであげましょう」
フレアの頭の上には蜂に似た妖精がいた。
妖精というのを見るには特別な才能が必要なのだが、魔力を与えれば他人にも見えるようになる。
妖精はある程度姿を変えられるのだが、そのほとんどは虫のような姿だ。
だからあえて蜂の形体を取らせていた。
「意地悪っ! キライなの知っててそんなの呼ぶなんてっ!」
「その態度が、相手の加虐心を刺激するって分かってる?」
頭の上の使い魔が身を起こすだけで、びくりと震えて木に隠れる。
おかげでフレアは他の二人を見る余裕があった。この場を離れてしまうと、トロが何をするか分からないし、この妖精だけに見張らしておくと、余裕のあるロバスにどんな事をされるか分からない。
つまりこうして睨み合う事しかできない。
今はセーラが人質に取られている状態なのだ。
彼女の元に戻ったミラは、牽制にしかならない。
ミラが下手に動けば、そのとばっちりがセーラに向く可能性が高い。
彼らの目的がマデリオとアーネスの実力を見るのと、子供に経験を積ませるだけなら、じっとしておくのが得策。
アディスの方は、結界に有り得ないほど力を入れて、無難に遊んでやっていた。
いくら基礎能力が高く、才能があろうとも、アディスには遊ばれる程度の力でしかないようだ。
もちろん相性も悪い。奇襲でもない限りは、身体能力で補って戦える相手ではない。
竜になってからは、セーラと会話し続け発音が上手くなり、その上魔力で無茶が出来るため、魔術の発動が早くなった。
もっと竜の体の使い方を覚えれば、彼は伝説の竜になる事だろう。
問題はマデリオだ。
自分より格上の相手と対峙したのは初めてであり、どうしていいのか分からないため動けないでいた。
だが、無闇に突っかかるよりはずっといい。
「ほんと、馬鹿ね、貴方達。
せめて次の機会なら、マデリオも少しはマシになってたのに」
「まっさらから見ないと、どれだけ成長したか分からないじゃないですか。
教師の質で実力よりも上になった所を見ては意味がありません」
素質以上になるのはいいが、それがどこまでなのかを見てみたいらしい。
フレアは皮肉に笑う。
「マデリオ、よく聞いて」
「な、なんだよっ」
突っぱねるようで、救いを求めるような声が、彼の子供らしさを表している。
「悪魔っていうのはね、超個人主義なの。
本来なら、力の使い方のコツだって、遊んでいるうちに数十年かけて自然に覚える事を、人間の技術としてキミは覚えただけ。
学問としてではなく、自然の成り行きで力の使い方を覚える悪魔は、育ち方によってまったく異なる力の使い方をするわ。
だからどうしろなんてアドバイスは出来ない」
「それ意味ないだろ!」
「そうよ。無いわ。考えるだけ無駄なの。
殺すつもりはないみたいだし、生まれたばかりの悪魔がどれほどのものか、相手の方がよく分かっているから、何も考えずにやればいいのよ。
そうしたら、小手先の技術を身につけた後、キミがどれだけ強くなったかよく分かるしね。
そういう事でしょ、貴方の主が知りたいのは」
悪魔は変わらぬ微笑を浮かべたまま、否定も肯定もせずにフレアを見た。
「そういう所は、父親と似ていませんね。血より育ちという事ですか」
「当たり前でしょう。貴方達と一緒にしないで」
もしも育ちより血なら、アディスがあれほど子供好きになるはずがない。
彼の親は、子供好きではなかった。人としてのアディスの親も、竜としてのアディスの親も。
「マデリオ、とにかく自分に出来る事をやりなさい。
勝てなくても良いから。それがエスカと一緒にいる唯一の方法よ」
もしも彼よりもいい素材があったら、彼を殺して別の素材を支配させれば、強い神子が出来る。
三竦み。
そう思わせるのは、ウルにとっても悪くないはずだ。
ウルは世界征服を企んでいるわけでも、人々を恐怖に陥れたいわけでもない。
ただ神殿に逆らってまで独立を保ち、たまに自分の土地以外で騒動を起こし、自分の土地を守っているだけなのだ。
わざわざ逆らう者は皆殺し。
逆らわない者は生きていてもいい。
それがウル。
「人が混じると、やはり面白いモノが生まれますね。将来が楽しみです」
ロバスは楽しみという言葉を、マデリオを見ながら言った。
彼に何を期待しているのか、考えると虫酸が走る。
彼等はまだ子供だ。未来はいくらでもあるし、相手を決められる覚えもない。
「ゲスね」
「それが悪魔というモノです」
父を思い出し、そうだったとフレアは呟いた。
ゲスでない悪魔の方が、よほど珍しいのだから、仕方がない。




