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17話 神子と悪魔5

5


 よく食べ、よく学び、そしてよく遊ぶ事が、子供にとって大切だ。

 遊びの中に学びを取り入れてやれば効率がよい。

 教え子達は、今は庭でセーラと歌っている。ハーティとミラも混じり楽しげだった。初めて聞く、単調だが軽快な旋律が二人にとっては新鮮で楽しいらしく、上手くいっている。

「アーネスは参加しないの?」

 手を休めて、子供達を見守っていると、フレアが黒髪の魔道士としてのアディス名を呼んだ。

「私のキャラではありません」

「格好付けだものねぇ」

 フレアがにやにやと笑いながら、木陰のベンチに座るアディスの背後から抱きつき、手元を覗き込んだ。

「さっきから、何をしているの?」

 フレアはアディスの持つ本を覗き込みながら尋ねた。

「教材に注釈を……これで独学で勉強もしやすくなります。

 勉強は難しすぎてはいけないし、簡単すぎてもいけません。

 その意味で、この教材は完璧に近いバランスです」

 後々はセーラもこれで学ばせる予定だが、彼女はまだ言葉を覚えている最中で、まだ絵本止まりである。

「で、どう? ものになりそう?」

「そうですね。私も悪魔などほとんど見た事がありませんが、魔力だけでも貴方の父と比べられるようになるでしょう。

 どこまで底上げできるか、それを補う魔物を見つけるか、ですね。

 ウルは力は弱くとも、多種多様な、使い勝手のいい魔物が多いそうです」

「へぇ」

 アディスはフレアの手を払い、つれない調子で続ける。

「それほど暇なら、この周囲の魔物について調べてきなさい。

 補助として使えそうなのがいれば、二人のどちらかに。

 支配せずとも飼い慣らせそうなら、飼っているだけでもいいでしょう」

 濃い化粧をして、本来の可愛らしさを殺している弟分は、妖美に微笑み身を離す。

「そうねぇ。じゃあ、私も役に立とうかしら」

 半悪魔である彼にとって、神殿の力が及ばない場所というものは、安住の地となりえる。

 皆にとって、この計画は悪くないのだ。

 利益がなければ、誘拐犯一味などとうに潰している。とくにアスベレーグが生きているのは、セーラとあの二人の子供のおかげだ。

「何か」

「別に」

 視線に気付いた彼が振り返り、アディスは曖昧に笑って誤魔化す。

 アスベレーグはしばし考え込み、おもむろに口を開いた。

「モリィはセーラに似ていますね」

「それがどうしました」

「話し方までそっくりだ」

「それがどうしました。貴方には関係のない事です。些細な事でも、詮索はやめなさい。

 少なくとも私は、知り合いの女の子を付け狙った男に好意など持てません。

 私は好まない相手に詮索されると殺したくなってしまう質です」

 可愛い子供や優秀な魔道士や学者ならともかく、気持ちの悪い化け物に変身する男に詮索されるのは、それだけで腹が立つのだ。

「余計な詮索をされてまで、手を組む必要は私にはない。面白そうだからしているだけの事です。

 詮索されるにしても、あの子供達によって、自発的にされたいのですよ。

 教え子が疑問のままに調べ、行動して真実を掴むのは、大変好ましい事ですから」

 ちゃんと育てば、そのうちアディスが竜であると知られるはずだ。

 それまでにアディスは竜としての成長をしなければならない。

 彼は竜としては子供子供して、セーラがいなければ何も出来ない。

 ゼロ歳児だと知られる事のないように、体裁を繕えるぐらいには成長しなければならない。

「ねぇ、アーネスお兄さん」

 いつの間にか歌が終わり、エスカがアディスに声をかけた。

「どうしました」

「観光はしないの?」

「観光はいつでも出来ます。今は遊びながらでも勉強をする時間です」

 エスカはしゅんと肩を落とす。素直に残念がられると、可愛くてたまらない。

「じゃあ、簡単なテストをして、いい点が取れたら街に夕飯でも食べに行きましょうか」

「本当?」

「何が食べたいですか?」

「えと、屋台で売ってるおまんじゅう」

 なんて無垢な瞳だろうか。

 既に大人と言える年齢のセーラと違い、純粋な子供らしさがある。

 いや、セーラでも内容に大差はないが。

「だ、ダメだ。屋台の物なんて食べて腹でも壊したらどうする!?」

 アディスが和んでいると、アスベレーグがどこの熱心な母親だというような事を口にした。

「そんなに衛生環境が悪いのですか?」

「いや、そういうわけではなく……慣れていればどうと言う事はないのだが、慣れない貴族はたまに腹を壊す者が……」

 綺麗な生活をしすぎて、汚い場所で病気になるという、あの軟弱な現象だ。

「それは夏場の話だろ」

 獣人のフラクがエスカの背後に立ち、呆れ顔で言う。

「前から思っていたが、お前は過保護すぎるんだ。

 子供って言うのは、案外しっかりしてるもんだぞ。

 うちの義理の息子なんて、母親を育ててるぞ?」

 それは特殊な例だ。母親に生活力がなさ過ぎて、幼い息子が逞しく育ちすぎたのだ。

「生活環境が違いすぎる。エスカはこの国の事しか知らないんだ。

 獣人の環境で育った子供と、都会の子を同列に扱うのが間違いだろう」

 都会で生活していたのに、適応能力は低くないセーラが特殊なのだろう。

 腹を壊さないのは、竜の血の恩恵なのかも知れないが。

「この子達には、安全な材料で作られた、最高の料理を食べて欲しいというのが、皆の願いだ」

 フラクではないが、呆れるのは当然だ。

 過保護すぎるから、子供達が内緒で外出をしてしまい、念入りに内緒だと主張していたのである。

 そんなやりとりをする彼らの間に、セーラが割って入った。

「知ってますか? 幼い頃に身体によいとされる物を食べさせられ続け、ジャンクフードとかの、食べたい物を我慢させられた子って、大人になって自立した時、反動でジャンクフードばっかり食べるようになる事もあるんですよ」

 アスベレーグは顔を歪めて沈黙した。

「おまんじゅうなら火も通っているしいいじゃないですか。

 不潔そうな店の商品はそりゃあだめですけど、清潔そうな店でも反対してたら、そのうち反抗期になった時に大変ですよ」

「あはは、子供に子供の反抗期を語られるって」

 フラクが腹を抱えて笑う。

 元の姿でも子供のようだが、今は本当に子供の姿なので仕方がない。

「確かに、子供はダメと言われる事に憧れるもんだ。たまにはいいだろ。

 食べられるって決まったわけでもないしなぁ」

「むぅぅ」

 エスカがむくれてフラクを睨み上げる。

「食べたかったら、ちゃんと勉強するんだぞぉ」

「するもん。勉強は好きだもん」

 いい子だった。持ち帰りたいほどには可愛い態度である。

 もちろん性的な意味ではなく、育てたいという意味だ。

 だというのに、セーラがむくれてアディスの前に立った。

「もちろん君にも買ってあげるよ。たくさん食べましょうね」

「はい……って、なんでそうなるんです? 私はそんなに欲張りじゃありません!」

「分かっています。半分こにして、食べたら運動ですね」

「だからっ……もういい」

 そう言って、アディスの隣に座る。

 子供に下心を向けるな。そう言いたいのだ。

「ハーティはいい子にしているのだから、モリィもいい子にしていなさい」

 この呆れたような目が、彼女らしさだ。

 嫉妬から邪魔してきてくれるなら、エスカの事など忘れてしまうほど浮かれそうだが、現実はそう上手くいかない。

「エスカ、なんとなく発音は理解しましたね」

「んん……なんとなく」

「この子のようになれとは言いません。この子は特殊だから、私にも真似は出来ません。

 なんとなく、でいいんです。正しい発音を知っていれば、それだけで道は縮まる。モリィ、午後はつき合いなさい」

「はい」

 お手本がいるので、簡単な魔術ならもう使えるはずだった。

 ただし、発音だけで、中身を理解せずに魔法を上手く発動させるのは、インチキをしているようなものなので、それだけは理解させなければならない。

 違う言語の音と歌詞を丸暗記して、内容を理解せずに歌うようなものである。

「アーネスお兄さん、早くお勉強しましょう」

「これも勉強の一環ですよ。さあ、日差しが出てきたので部屋に戻りましょう」

 こんがりと日に焼けた女の子も可愛いが、将来の事を考えれば肌は焼くべきではない。




 賑わいを見せる、白と赤と青の可愛らしい街は、夕日を浴びて赤く燃えていた。

 赤い光を受けてる屋台からは、芳ばしい香りが撒き散らかれ、聖良を堕落させんと誘惑する。金を落として肥え太れと誘惑する。

「モリィ、美味しそうですよ」

「い、いいんです。味は想像できますから」

 アディスは首をかしげて、目を付けた串焼きを買う。肉と野菜が交互に刺さった串だ。見た目は昨日食べた肉と同じだった。

 目の前に差し出され、聖良は誘惑に負けて一口食べる。

 この国の、独特の香辛料の味がする。最初は怯んだが、慣れるとこれが癖になるのだ。

「美味しいです。昨日食べたのとは、味も肉も少し違いますね」

「昨日よりはタレが濃いですね」

 昨日はこれに比べると上品だった。

「ほら、ハーティも」

「はい、いただきます」

 アディスに差し出されると、ハーティは命令を受けた部下のように硬い口調と動作で串を受け取る。

「お、美味しいです」

 ハーティの分かりやすさは子供達にも分かるらしく、その様子を見てはひそひそと三角だのと囁き合う。

「二人も食べてみますか」

「うん」

 新しい串を買うと、アディスはエスカに串を渡した。

 彼女は肉に噛みついて、串から引っこ抜いて咀嚼する

「本当だ。味が濃い!」

 エスカは驚きながら、野菜を引っこ抜いて串をマデリオに渡した。

 二人はおおはしゃぎしながら食べ終える。

「喉渇いた」

 マデリオは串をアスベレーグに押し付けながら言った。

「喉が渇くのは、味が濃いからですよ。

 アスベレーグさんがダメって言うのは、こういう味の違いがあるからです。

 たまに食べると美味しいですけど、毎日こういう味の濃い物を食べると、身体に良くないんです」

 聖良は二人がはまりすぎないように教えた。

「どうして?」

「お塩の取りすぎは、身体に悪いんです。味が濃いっていうのは、質の良くない素材を誤魔化すために、味を濃くしているっていう場合もあります。

 この温かい国なら、肉なんてすぐに腐って、お腹を壊す原因になりますから、保存のためにも濃い味付けは必要です。

 それに舌が慣れてしまうと、薄味では物足りなくなります。

 子供の頃に正しい食事を覚えるのは、とてもとても大切なんです」

 エスカには長生きしてもらわなければならないので、健康的な生活は不可欠だろう。

「本当に、食べ物の事だけは熱いわね。もっとオシャレに興味を持てばいいのに」

 フレアが聖良の髪を一房手に取り、不服そうに言った。

「身綺麗にしてるじゃないですか。ちゃんとアクセサリーもつけています」

 アディスが買い与えてくれた物を、適当に選んでつけている。

 グリーディアらしい服というのは、まだ理解できていないが、合う合わないという、根本的な部分の感性は、どの国でも大差ない。

 しかし、自分からあれが欲しいと言わない事が、フレアには不服なのだ。

「とにかく、何事もほどほどです」

 健康的な生活だってほどほどがいい。

 健康オタクが長生きするとは限らない。

 健康のためなら死んでもいい、などと本末転倒な言葉で揶揄されるほどである。

「そうですね。ほどほどを守る事が大切です」

 アディスは同意し、新しい食べ物を差し出した。変な匂いのする変な干物。

「なんですか?」

「この辺りの名物だそうです。貝の干物だそうですよ」

 解にしては大きな干物だ。

 食べてみると、味付けにクセはあるが、甘辛くて美味しい。

 噛めば噛むほど上っ面の味が消え、残った素材の味が口に広がる。

「箱庭の人達のお土産に、こういうお酒に合いそうなの買っていきましょうか」

「そうですね。ジェイはあれで酒飲みですから喜びます」

「女の子には貝殻のアクセサリーとか」

 美少女達にはよく似合うだろう。

 グリーディアは監視された場所以外では海に近づく事を禁止されている。だから海に面している場所が多い国なのに、貝殻や海草などは高価なものだった。

「お酒も買っていきましょう。お料理にも使えますし」

「また来るんですから、ほどほどに」

「はい」

 グリーディアでは高価な魚介類だが、この国ではとても安い。

 エンザは何でもあるが、金持ちの国のため物価が高い。

 この国も軍事国家、先進国である事に代わりはないらしいから、他の国に比べたら高いかもしれない。

 しかし鎖国状態の国に、金持ちの国に、宗教の中心である大都市しか知らない聖良が身につけた物の価値からすれば安いのだ。

 ただ、元の世界のように単純明快な為替レートではないから、金銭感覚が正確だとは限らないのだが。

「貝殻のアクセサリーなら、いいお店があるの。まだやっているから見に行く?」

「はい、行きます」

 エスカの提案に、聖良は頷いた。そうすると彼女はとても嬉しそうに笑った。

 一緒に買い物をする同年代の女の子が珍しいのだ。

 こんな事で喜ぶ子供は可愛いと聖良は思った。



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