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16話 エンザ4  


 セーラは衣装選びを終えて、逃げるようにアルティーサの夫捜しを開始した。

 同郷の相手に出会ったのだから、落ち着いて少し話したらどうだと提案してみたが、彼女は国が違うから異世界人と大して違わないと言う。まだ半年足らずだから、というのもあるだろうが、セーラはそんなところもクールでセーラらしい。

 それほど、次の服を合わせられるのが嫌だったとも言う。

 結果的に後回しにされる事になったイーリンが少し可哀相だと、アディスは哀れに思った。

 何年も故郷を離れていれば、普通は懐かしいのは当然。セーラのように故郷に大した未練がない方が珍しい。

「セーラは、あと十年も生きたら、何にも驚かなくなりそうですね」

 アディスは隣に立つユイとエリオットに話しかけた。エリオットは男とも女ともつかない、不思議な雰囲気に仕立て上げられ、とても満足している。

「ますますミラのいいお友達になれそうな……」

「でも、セーラってあんまりいい家族じゃなかったんでしょ。元の世界に未練が無くても仕方がないと思うよ?

 我慢するのに慣れすぎるのはどうかと思うけど、ミラの事はそんなに我慢しているようにも見えないし」

 セーラはミラが手を引っ張っている。二人ともこの国の服を着ている。セーラは可愛い女の子の物を、ミラは動きやすい男物を。もちろんパーティ用ではなく、普段使い用に貰った物だ。

 見た目だけは、仲のよい友人同士。

 実際の所は、凶人と、目をつぶり流される女。

 ただし、流されつつも、たまに忠告はするから、それなりにいい友人でもある。

 セーラも裏表のないミラは、怖いけれど普通にしている分には疲れないらしい。

「さあ、こちらが商人の談話室になっています」

 レンファに通された部屋は、談話室というよりも酒場だった。

「この国は酒場を談話室と呼ぶんですか?」

「多少の酒は関係を円滑にさせる力がありますから。もちろん有料です」

 どこまで商売につなげるのかと呆れた。

「何かお飲みになりますか?」

「アルコール以外をお願いします」

「分かりました。イーリン、何かさっぱりしたジュースと、食事の手配を」

「わ、わかりました」

 イーリンが中国語なまりの言葉で了解し、カウンターに向かう。

「あちらの席が空いていますね。どうぞ」

 レンファに空いた席に誘導される。

 酒類は出ているが、談話室というのも頷ける、大人数でも話しやすい席から、密談しやすい席まで様々あった。

 席に着くと、すぐに人がやってくる。

「レンファ様、お久し振りです。私をお呼びと聞いて参りました。そちらの異国の方々が、グリーディアの?」

 話からして、レンファが事前に使いをやっていたらしい。

「ご足労をおかけして申し訳ありません。

 そうです。そちらの銀髪の青年が、未来の魔術師長、ハーネスの再来と言われているアディス殿。こちらの方は神殿で最も力のある神子のユイ殿です」

「おお、あのハーネスの再来とは」

 国内では陰口になるのだが、国外では凄い魔術師でしかない。

「しかも最強といえば、殲滅の悪魔を支配した神子様のことでしょうか」

「ええ。その方がそちらの女性ですよ」

 セーラを庇うようにしていたミラは、視線を集めてますます威嚇した。それをセーラがなだめて、無難なスプーンを持たせておく。

 スプーンなら、間違っても死にはしない。それを常に持ち歩いているセーラの慣れ方が怖い。

 ひょっとしたら、セーラも魔物か何かの類と思われているかも知れないが、それはそれでよし。誰も神子の魔物に手を掛けるような事はないから。

「ところで、今回この方々が遠路遙々エンザまでいらっしゃったのは、人捜しが目当てなのですよ。

 そちらの美しいご婦人は、十五年程前に夫である獣人と生き別れになったそうです。あなたは商売柄、獣人と会う事も多いので、もしご存じの事があれば教えていただけませんか?」

「十五年前と言えば、獣人が襲われる事件があった時期ですな。それでただでさえ少なかった彼らの数が減り、そのせいで彼らは滅多に姿を見せないようになったのですよ」

 アルティーサは首をかしげて、手を叩いた。

「そんな感じだったかしらぁ」

「しっかりしてよ母さん。僕は何も知らされてないんだから」

「そうねぇ。あまり昔の事だから、ちょっと忘れ気味になっちゃっただけよ。ちゃんと思い出すねぇ」

「母さん、父さんの顔を忘れたりしていないよね?」

「大丈夫よぉ。私は顔で区別できないもの」

「別の物で区別していても、顔ぐらい覚えてなよ。気配を隠していたらどうするの?」

「その時は、向こうが見つけてくれるわ。いつもそうだもの」

「それは向こうから探しに来てくれたからだよ」

「きっと、何か理由があるのよ。焦っても仕方がないわぁ」

 意外と信頼しているようだ。

 息子は母の、とろいが相手に対する信頼だけはある様子を見て肩をすくめた。

 そうして十五年も待ってしまったのだ。エルフの気の長さには呆れる。

「彼女たちは、安全のために鳥に乗ってグリーディアに逃がされたそうです。迎えに来られない理由があるにせよ、手がかりの一つも掴めればといらっしゃいました」

「それは大変な思いを。

 分かりました。私の知っている獣人のいそうな場所をお教えしましょう。彼らもこのような理由があるのなら、教えなかった時の方が恨まれるでしょう」

 商人はぽやっとしたアルティーサの美貌に見惚れている。

 彼女も懐かしい衣装に着替えて。たらした布で耳を隠しているが、見る者が見ればエルフだと気付くだろう。

 彼の向ける眼差しは、純粋な心か、邪な心か。

「アルティーサさん、よかったですね」

「はい」

 セーラに声を掛けられ、アルティーサは微笑む。

「大丈夫ですよ。手がかりがあれば私が魔術で少し探ってみます。方向を探し出すぐらいなら出来るでしょう」

「人間の魔術って本当に便利ねぇ」

 本能で魔力を形にしている彼らには、力では敵わないが、術の繊細さでは人間が上だ。

 力がないから小手先の技術が生まれるのである。

 やがて、グリーディアか美女が目当てなのか分からないが、様々な情報提供者が現れ、商品を売り込み始めた。

 殲滅の悪魔に声を掛ける商人がいないので、聖良は安全。

 女にも見える格好をしているエリオットも、声を掛けられているが、あれはほっておけばいい。

 だからアディスは商人達から情報を聞き出すのに専念した。






 アディスとアルテ達一家が商人と話しているので、聖良は神子一味と一緒にぽーっとしていた。エリオットは眼鏡もかけずにひたすらキョロキョロ見回して、ミラは腕を組み周囲を警戒し、ユイはそんなミラを警戒し、ハノは悟った様子でぽーっとしている。一番聖良と近いのはハノだった。

「セーラさんは退屈ですか?」

 イーリンから飲み物を受け取ったレンファが、こちらにやって来た。

 彼と話をしたがる商人はいたが、聖良達を見ると声を掛けるだけで遠慮して離れた。

「いいんですか?」

「ええ。女性と話すのを邪魔するような無粋者はいません。あちらの話は私がいなくとも、アディスさんが聞いてればいいでしょう。仲介もしたし、お役目ごめんです」

 確かに、彼は忙しい商人だ。一緒に森に行ったり出来るわけではない。手がかりをくれるだけだ。それだけでありがたい。

「わざわざありがとうございました」

「いえいえ。獣人の事で動く商人は多いですからね。私達にとっては人事ではありません」

 獣人は彼らにとってそれほど特別なのだ。

 聖良は受け取ったジュースを飲んで、向かいに座ったレンファを見る。

「今、セーラさんのため、イーリンに料理を作らせてします」

 聖良はイーリンを思い浮かべた。

「料理……中華! 楽しみです!」

 似たような材料はある。だったら、美味しくも懐かしい料理が出てくる可能性が高い。聖良は中華も大好きだ。

「彼女は料理の腕が抜群ですから、期待していてください」

 本格中華ぽっいもの。

 急にお腹がすいてきた。

「彼女はまず厨房で働き始めたんですよ。野菜の皮むきぐらいなら、言葉が通じなくても分かりますから」

「芸は身を助けるってやつですね」

 中華料理は国に関係なく受け入れられやすい味だ。油を多く使用し、味が濃いからだ。

 叔母の我が儘で様々な料理を作らされた聖良も、食べる事の面では苦労していない。基本的に癖が強くなければ何でも食べられる。

 料理は強い。

「人心掌握はまず胃袋からですもんね」

 睡眠と食事は人間にとって大きな欲求。それが満たされてこそ、他の欲求が沸いてくるのだ。

「セーラさんは面白い事を言う。まさしくその通り。アディス殿も胃袋から?」

「それはないです。今はそうかもしれませんけど」

 彼はロリコンなのだから。

 それに、始めの頃は調味料もなくて困ったぐらいだ。今では散歩に出ても、夕飯の時間には帰ってくるいい子だ。

「セーラさんは本当に愉快な方だ。つくづく、アディスさんが羨ましい」

 愉快な事を言った覚えはない。

 聖良はむっとしながらジュースを飲む。

「ああ、イーリン、いいところに。ちょうど話をしていたんですよ。セーラさんは食べるのが趣味ですから、貴女が料理を作っていると聞いてそれは喜んでいらっしゃる」

 イーリンは複雑そうに笑う。

 どうしたのだろうかと疑問に思ったが、漂う臭いが彼女を現実に引き戻す。

 前菜のようなものが数種類、トレイに載っていた。

「美味しそう。いただいていいですか?」

「ええ、どうぞ。セーラさんのために作らせたのですから」

「ありがとうございます」

 聖良が箸をとって、よく変わらない野菜の和え物を皿によそっていると、料理が次々と運ばれてきた。

 ミラはその中の揚げた海老を摘んで首をかしげた。

「それは海老ですよ。前に焼いたりフライにして食べたじゃないですか」

 聖良は料理を取り分け、手を合わせてからまずは野菜の炒め物を口にした。異国の味だが、とても美味しい。

 幸せだ。

「生きてるって感じがします」

「ん、生きる事とは食べる事」

「ミラさん、これ美味しいです」

「美味しい」

「この小籠包も美味しい」

「熱い」

 聖良は久々に興奮した。

 ミラもいつもよりもテンションが高い。

 美味しい物は正義なのである。

「そ、そんなに喜んでもらえると嬉しいわ」

「セーラさんが食べる姿は、本当に幸せそうで見ていて飽きませんね。

 イーリン、ご苦労様でした」

「いえ、こんな小さな子が、国から離れてるんだから、このぐらいの事はしてあげたいんです」

「セーラさんは小柄ですが、もう十八歳だそうです。やはりセーラさんは特別小柄なんですね」

 レンファは嬉しそうに笑っている。

 聖良の幸せ気分が一気に萎んでいく。彼にとって小柄は大切なのかも知れないが、チビチビ言われるのは女の聖良だって嫌なのだ。

「じゅ……十八? 私と三つ違い?」

 イーリンはくわっと目を見開いて聖良を凝視した。

「セーラ、十八。私と一緒」

「ミラさん、そういうことは言っちゃ駄目です。ますます見比べられるじゃないですか!」

 ミラは化粧っけが無くても綺麗で大人っぽい女の子だ。比べられると泥沼にはまっていく。現に見比べている商人がちちらほらと。

「セーラ小さい。小さいは可愛い」

「そうです。セーラさんはこんなにも可愛らしいのですから、気にされる事はありません。

 あなたが独身であったら、どんな商売をふいにしてでも口説いていたところですよ」

 そこまでもレンファよりも小柄な女性は珍しいのかと、彼に同情はする。

「き、既婚者なの!?」

 イーリンが再び衝撃を受けて聖良を凝視し続ける。

「そちらのアディスさんが、彼女の旦那様ですよ」

 イーリンはアディスを凝視した。

「相手がもっとだめな男だったら、略奪もありだったのですが、地位も名誉も金も美しい容姿もある相手では、勝ち目がありません。私にあるのは地位と名誉と金だけです」

 さすがに背の事には触れなかった。

 アディスは多少背が低かったとしても、この顔があればモテていたはずだから、関係ないのだが、レンファにとっては触れたくない部分だったのだろう。触れるのは自虐的すぎる。

「ひと……づま」

 イーリンが未だショックを受けている。

「あちらの少女が奥様でしたか。あんなにお若い奥様がいらっしゃるとは羨ましい」

「若いと言っても六つしか年の差はありませんよ。見た目ではなく、献身的で家庭的なところに惚れ込んでいるんですよ。彼女が小さな身体で、ちまちまと家事をする姿がたまらなく愛おしくて」

 アディスが商人と自分勝手な事を話している。ロリコンのド変態のくせに。実年齢を聞いた時のあの態度、いまだに忘れられない。

「ほ……本当に結婚してるの?」

「まあ。神殿で式を挙げましたね。腕輪も買ってもらいました」

 説明も無しに。

 偽装結婚とはいえ、結婚式は少しぐらい夢を持っていたのに、非道い話だった。

 いつもしている腕輪は、長い袖に隠れて見えない。

 意味があるのか疑っていた腕輪だが、レンファの反応を見る限り、多少の効果はあるらしいのでつけっぱなしにしている。

 イーリンはまだ聖良とアディスを見比べている。かなり驚いているようだ。

 聖良だって、彼女の立場では驚くに違いないので、好きにさせた。

「どうしましたイーリン。アディスさんに一目惚れでもしましたか?」

「いえ、その……私は……」

 彼女はちらとレンファを見る。

 聖良は腕を組んで、悟った顔をした。

 見知らぬ所に突然放り出され、助けたくれた男に惚れるのは仕方がない。運命の出会いという奴だ。

 アディスとは大違い。

 たた、相手が悪すぎる。レンファの方はイーリンが自分よりもほんの少し大きいので、まったく恋愛の対象としてみていないように見えるのだ。

 障害が身長では、どうしようもない。背が高くなるのも難しいが、低くなるのは不可能だ。

「アディスとセーラが別れても、僕がセーラと結婚するから安心していいよ」

 エリオットはイーリンに向かい笑みを向けて言う。

 眼鏡無しだと彼の気はとても大きい。

「ねぇ、セーラ。兄さんを捨てたら僕といっしょになろうね」

「………………そうですね」

 もっと普通の人がいい、というのは贅沢なのだろう。彼は十分よくしてくれている。

 それでも、結婚となると遠慮願いたい。

 彼と結婚しても、聖良の想像する結婚生活とは、異なる生活になるだろうし。

 それ以前の問題として、聖良は今のところ、結婚したいと思う相手がいた事がないので、そういった気持ちが理解できる日が来るかどうかすら、自分自身で怪しんでいた。

 自分の甘いときめきや恋心がどこに消えたのかと、聖良は首を傾げたくなった。

 ひょっとして自分はおかしいのではないかと思うのだが、それは今さらどうでもいい事だ。

 恋に恋してただ流されるよりは、理性を働かせて流される方向ぐらいは決めたかった。

「……グリーディアの方は、小柄な女性がお好みで?」

「そうでもないよ。僕はセーラの性格が好きなんだもん。

 イーリンの問いに、エリオットはそう答えた。

「お菓子も美味しいし、お料理も美味しいし、暇があれば何か作ってる姿も可愛いし。

 全部が可愛い」

 この男達は変だ。

 聖良は心の底からそう思った。

「セーラさんが疑惑の目で見ていますよ」

「セーラったら疑り深い。僕の事ぐらい信じてくれてもいいのに。僕は兄さんと違って、目移りしないよ」

「おや、アディス殿は浮気を?」

「兄さん、いやらしい変態だもん」

 商人と話していたアディスが、笑顔でエリオットを睨んだ。

「アディスはいやらしい変態なのか? お前の仮面の変な兄と同じだな」

「お兄さまの事は言わないで。旅行に来た時ぐらい忘れさせてっ」

 なぜそこまでストレスになる兄と係わっているのか、聖良には理解できなかった。

 それが実の兄弟の絆というものかもしれないが、一人っ子だった聖良には理解できない。

「エリオット君、食べましょう。食べて幸せな気持ちになって忘れましょう。ハノさんなんか、我ここにあらずといったマイペースさで食べてますよ」

「ああ、いつの間にか海老がないっ」

 ハノが一瞬エリオットを見たが、遠慮無く自分が確保した海老を口に含んだ。

「ああ、海の海老は美味しいですね。前にセーラさんが作ってくれたエビフライというのもたいへん美味しかったですが」

 ハノは海老好きのようだ。

「ハノさんはカニとかも好きそうですね。私は不味い蟹缶しか食べたことなくて……」

 ふと、昔の事を思い出した。

 蟹を剥かせるだけ剥かせて、私の分の残さず食べたのだ、あいつらは。

 あとよく食べたのは、カニ風味かまぼことか。カニカマは美味しいけど、カニとは違う。

 思い出すと自分の人生を振り返ってしまう。

 飽食の日本に生まれながら、今が一番豊かな生活を送っているというのはなぜだ。

「セーラ、暗い事は思い出さなくていいよ。意地悪ババアのことなんて忘れたままでいいよ。ほら、食べようよ。食べて忘れよう」

「イーリン、蟹を用意してください。一番高い蟹を。

 セーラさん、蟹でよければいくらでも私がおごりますよ」

 イーリンはレンファに命令され、しぶしぶと厨房に戻っていった。睨まれたような気がしたのは、気のせいだと思っておく。

 睨まれても仕方のない展開なので、気にしないのが一番だ。

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