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14話 空からの訪問者 2



 翌日の昼過ぎ、そけは本当に来た。

 凝ったデザインの飛行船だ。文字が書いてあり、どう見ても企業の宣伝用飛行船だった。

「商用ですねぇ」

「エンザは商人の国だからね……。あ、ほら、この大陸で使われている文字とは違う文字が使われているのが見える? その下にこの大陸の文字で訳が書かれている」

 ユイの指摘を受けて、聖良は文字をしっかり見た。知らない文字と、聖良にも分かる簡単な文字が書かれていた。

「何でも揃う、エンザ商会?」

「ここら辺の言葉は、他の大陸でも理解できる人がけっこういるからね。世界を飛ぶつもりなんだよ」

 空とは世界だ。世界中を回れる。

 船以上に、飛行機という存在は世界を変える。

「でも、みなさん暢気ですよね。こんな郊外にまで見に来るなんて。危ない物だったらどうするんでしょう。見に来ている私達が言うのも何ですけど」

 セーラの周りは人だらけで、アディスの腕に座るようにして、人形のように抱き上げられていた。国仕えしている役人という特権があるアディスとエリオットのおかげで前に進めるが、聖良が歩くと危ないからと、抱き上げてくれているのだ。

 エリオットが外に出る事を知った時、子供達は驚いたが、空飛ぶ物体と聞いて納得もしていた。他人は恐いが、好奇心も旺盛なのだと皆にはよく知られているのだ。

 子供達も来たがっていたが、危ないからと置いてきたのに、街人達が大挙していたため、後々に文句を言われるだろうとアディスは渋い顔をした。

 危機感がなく、普通ならこの世の終わりだと騒いでもおかしくないのにと、聖良はこの国の感覚が理解できなかった。

「みんな退屈なようです。先に来ている兵士が押しとどめているから良いんですよ」

 日本でも、事件があると人が集まる。ここまで出てくるというのもどうかと思ったが、他にめぼしい娯楽もないので仕方がない。

「あ、下りてくる。突いて良いか?」

 ミラは突くどころか、刃物を投げようとしていた。

「ミラさん、じっとしていると約束をしたのを覚えてますか? 落とすのはいつでも出来るでしょう」

 アディスに窘められ、ミラは不服そうにする。風船を叩き割るのを楽しいと思う子供もいるから、彼女がそれをしてみたいと思うのは、それ程おかしな事ではない。殲滅の悪魔と呼ばれる理由は、彼女の好戦的な性格もあるが、こういう好奇心の強さも原因だろう。首を突っ込んだ先で暴れるから被害が増える。

「アディス」

 聖良達から少し離れた、一般人を排除している場所に立っていたクレアが振り返る。

 アディスは苦労して彼女の元まで進んだ。

「どこでアレの事を知ったのですか?」

「聞こえてたんですか。地獄耳ですね」

「私はすべての性能が良くできています。

 それよりも、着陸許可を事前に寄越してはいましたが、若い子には教えてはいません。人が集まるだけならともかく、知っているとはどういうことです」

「私の情報網を舐めないでください。そちらとは関係ない方から情報が入ってきたんですよ」

 竜が心配して教えに来た、とは言えない。意味深な事を言って誤魔化すしかないのだ。

「あれが何かも分かっているようですね」

「なんの事やら」

 軽いと浮くということだけは理解してくれたが、重力とか空気に重さがある意味は理解してくれなかった。だから分かっているというよりも、知っているという方が正しい。

 クレアが再び仕事に戻ったので、聖良はアディスに問う。

「でも、普通に着地しようとしてるんですけど、どうやってるんでしょう。飛行船って、普通は人力で下ろす物なんですけど」

「ああ、それなら中で水でも作って重くしてるんじゃないですか? そういう道具があるんですよ。うちからの輸出品です」

「なるほど」

 こういうことがぽろっと出てくるのは、さすがは優秀な魔術師だ。重いと飛べないという言葉を覚えていてくれた。

「アディス、分かってるんじゃないですか」

「どこまで地獄耳なんですか」

 アディスとクレアが言い合い、聖良を地面に下ろした。ここは安全だがよく見える位置だ。

 飛行船は徐々に下降して、難なく着地すると、中から人が下りてきた。

 中心にいるのは小柄な人だ。女性かと思ったが、顔立ちからして男性であっだ。一六〇センチ半ばと、今まで見た男性の中で一番小柄である。

 真っ黒な癖っ毛で、小さな眼鏡を掛けて、商人らしい笑みを浮かべていた。

 人種はアディス達よりも聖良の方が近いような雰囲気だ。もちろん、日本人に見える、などという事はないが、アジア人では通る。彼らは何かを話し合った後、迷わず聖良達の方へと向かってきた。クレアがいるからだ。

「これはこれは美しいお嬢さん方、歓迎ありがとうございます」

 意味は分かるが、アクセントが少しだけおかしく聞こえた。彼が慣れないこの国の言葉を不完全な発音で話しているためだと、雰囲気から分かった。それでも意味としてははっきりと理解できて、。魔術とは本当に面白いと聖良は感心する。

「始めまして、エンザ商会グリーディア支部代表を就任いたしました、レンファと申します。あなたがクレア様ですね。噂に違わぬ美しさ、一目で分かりました」

 男はにこにこと笑いながら、彼よりも少し背の高いクレアに笑みを向けた。

 女の聖良でも身長差が気になるのだ。男の彼ではさぞ気になる事だろうと、聖良は勝手に同情した。

 王妃と知っての挨拶にしては、始めましてとは失礼な気がしたが、耳に入る言葉はカタコトなのでさして違和感はなかった。言葉が不自由な外国人なら、首をひねるような少し失礼な言葉を、爽やかな笑顔で悪気もなく使っているなら許してしまうものだ。

「始めまして、レンファ。面白い乗り物ですね」

「そうでしょう。我がエンザ国が開発した飛行船です」

 エンザ国のエンザ商会。

 日本何とかという会社名があるのだから、そのまま国の名前でもおかしくはないだろう。ただ、何を扱っているのかさっぱり分からない。

「どうやって飛んでいるのかしら」

「それは企業秘密です。推進力に関しては、御国の技術も使用しております」

 エンジンがないのなら魔法資源を使うしかない。魔具を動かすための動力は、意外と身近にあるらしく、水で動く物も多い。これはこれで制限があって面倒らしいが、資源の枯渇知らずなエコ燃料である。

 そのやりとりを見て、アディスが不敵に笑いながらクレアの背後に近づいた。

「ガスですよ」

 アディスがクレアに囁くふりをして、あまり声を潜めずに言う。

「軽い気体を入れているだけです。水の中で軽い物が浮くように、空気の中でも軽い物は浮くのです」

 クレアは理解できないらしく、きょとんとした。

 アディスは最終的にこの説明で理解してくれたが、いきなり言われても混乱するだけだ。クレアは風船も見た事がないのだから。

「……魔術ばかりの国だと思っていたのですが、よくご存じで」

 レンファは笑顔を崩さずに言う。それでも一瞬だけ息を飲んだのを聖良は見た。

「グリーディアは鉱石は豊富にありますが、ガスは出ませんから、あまり使われていないだけです。それに入っているのが安全でない気体だとしたら、私の思い違いになりますが」

 聖良は傍らでため息をつきそうになった。

 もちろん、この国の人間が牽制することに意味はあるのは理解できる。

 全く知りませんでしたと、知っているけどやらないよ、とでは全く違う。相手の技術を過小評価しているのと、知らないと思っているのではかなり違う。過小評価ももちろん悪い印象には違いないが、資源がないからやらないとも言ったので、これから先、相手を悩ませるはずだ。

 しかもこんなに若い、見栄え重視のようにも見える男の発言であるからより考える。アディスはレンファと目が合うと、ますますいい笑みを浮かべた。

「どうぞご安心ください。エンザ王の名にかけて我が社の商品に危険はありません。墜落の危険もなく、世界一安全な乗り物である事は保証します。我が社以外の粗悪品は別ですが」

 一番大切なのは、存在を知るよりも、作れる技術の有無だから彼も笑みを返す。

 それから彼は聖良を見た。人種が他の者達と近いから、気になるのは仕方がない。

「ひょっとして、こちらの技術者が亡命でも?」

「いいえ。彼女はそちらの生まれではありませんが」

 聖良はこくこくと頷く。

「可愛らしいお嬢さんですね。おいくつですか」

「え……十八ですけど」

 聖良が素直に答えると、彼は驚いたように目を見開いた。

 普通に見上げる程度の身長差しかないから、とても楽だ。

 彼はすぐに微笑みに戻し、聖良の手を取った。

「お嬢さん、結婚を前提にお付き合いっ」

 唐突に馬鹿な事を言うレンファは、聖良が何かする前に自分自身の連れに殴られて手を離した。

「支店長! いきなり馬鹿な事をしないでください! その方は既婚者ですよ!」

「うるさい! 生涯に一度の恋を邪魔するなっ!」

「だから人妻だと言っているじゃないですかっ! よくご覧なさい」

 聞いた事のない言葉だが、魔術で理解できた。アディスも外国人相手なので、自分で術を掛けているから聞こえているはずだった。

「残念ですが彼女は私の妻ですので、別の方を探して下さい。当国は美女の多い国ですから、きっとレンファ殿の気に入る女性が他にもいるでしょう」

 アディスは変わらぬ笑顔でレンファへと牽制する。しかもいるはずがないと思いながらだ。

 聖良はただ呆れて見ているしかなかった。

 レンファは明らかに背丈を見ていた。この一段の中で一番小柄なのは彼だから、人種的にあれが普通というわけではない。他の人達を見る限り、日本人よりはずっと平均が高い。

「申し訳ございません。この方はまだこちらの言葉に慣れていませんので」

「ファシャ、魔術師は言語の差など魔術で乗り越えると言うぞ」

 フォローした部下に、レンファがすかさず言い返す。

 聖良達は引きつり笑いを浮かべるしかない。

 爆発はしなかったが、変な人は乗っていた。

 変な人と、爆発、どちらが良かったのか、今のところはまだ分からない。



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