表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/110

14話 空からの訪問者 1

 聖良はいつものように釣りをしながら、編み物をしていた。

 隣ではよほど退屈なのか、ハーティどころか、ユイとハノも編み物をしている。本来なら寒いはずだが、ミラが一定範囲を温かくする魔術を使っているため、山おろしも恐くない。

 聖良は今、自分の靴下を編んでいる。もちろん編み物の本を読みながらだ。さすがに何も見ずにさくさく編めるのは模様無しのマフラーだけだ。書いてある事はあまり分からないが、編み図の意味を覚えれば関係ない。

 ミラはそれをじっと見ているだけで、自分でする気はないようだった。

「よし、出来た」

 聖良の足は小さいから、男性二人に比べると簡単だ。ハーティは細かい事が苦手らしく、その二人よりもさらに苦戦している。大ざっぱな性格になりがちな竜なので仕方がない。

「これで寝る時も暖かいです」

 聖良は冷え性なので、寝る時、足の冷えが辛い。アディスは温かく無いどころか、聖良の熱を奪っていく。

「次はミラさんのも作りますね」

 彼女が無言で頷いた時、ばしゃんと湖の中にフレアが落ちた。竜になって飛行練習をしていたのだが、まだ完全には飛べないでいる。少しだけ水しぶきが飛んできたが、被害はない。

「だいじょーぶですかぁ?」

 声を掛けると、フレアは可愛らしく泳いで岸に向かう。竜の犬かきはとても可愛い。岸にたどり着くと、ぷるぷると身を震わせて水を飛ばし、掛かったアディスが文句を言う。

 その様子を見て聖良は呟いた。

「可愛い……」

「本当に、見た目だけは微笑ましい兄弟だなぁ」

 聖良の言葉にユイが賛同する。

「人間の姿よりも、こっちの方が仲がよさそうでいいですよね。可愛いし」

 聖良はあの二人を見るのが幸せだった。あれならもっと可愛がるのに、そう言うと本人達は不服そうにする。

「ハーティは混ざらないんですか?」

「子供の遊びみたいで、水を差すのもなんだし……」

「ハーティとミリアは同じ年ぐらいだと思ってたんですけど、違うんですか?」

「彼女の方が年下……かな。人間で言えば十二歳ぐらい」

 今のハーティの見た目は十四歳ぐらいだ。

「可愛い盛りですね。トロアさんが五年も引きこもるはずです」

 可愛い妹が幼くして死んでしまったのだ。竜なんて頑丈な生き物でも、子供の内は死にやすいらしい。

「噂をすれば、トロアさんじゃないですか」

 ハノが空を指さし、聖良が見上げると何も見えなかった。おかしいなと首を回していたとき、竜二人が悲鳴を上げた。

 ぎょっとして視線を下ろすと、湖の畔の一角が土煙で見えなくなっている。何事かと、聖良は靴下を籠の中に大切にしまい、背後に隠す。

 最近は落ち着いてきたが、この世界に来てから、服の破損が多いのだ。作ったばかりの編み物など、下手をすれば燃やされてしまう。

「み、ミラさん、これだけは──この靴下だけは守ってください」

 咄嗟に一番強くてそれほど不運ではない相手に託すと、聖良は警戒しながら土煙が収まるのを待った。

「ちょ、マジ、やめぇぇぇぇぇえ」

 聞こえた悲鳴はフレアではなく、アディスの物だった。

 姿が見えると、抱きしめられたアディスに、抱きしめるトロア。そして茫然としているフレア。

 近くにいたから、間違えられてアディスが抱きしめられているのだ。

「トロアさん! 力抜いてください!」

 前ほどの力はこもっていないようだが、アディスはじたばたするのをやめてしまった。

「落ちたから! 落ちたから!」

 聖良が駆け寄って止めると、彼はきょとんとして聖良を見る。そしてフレアを見る。

「あ、間違えた」

「私にそんな事するつもりだったんですか!?」

 アディスはぐったりと倒れたかと思うと、すぐに起きた。ぜいぜいと荒い息をついて、死ぬかと思ったと呟く。

「セーラが二人? このミリアは誰だ?」

「それはフレアさんです」

「なんでセーラじゃないんだ!?」

「もしもの時のためです!」

「そうか。もしもの時のためか。なるほど」

 トロアは納得する。彼の目に聖良がどのように見えるのかが知れた。

「兄さん、平気?」

「な、なんとか」

 フレアが心配して顔を覗き込むと、アディスは背中をさすりながら立ち上がり、トロアを睨み付けた。

「セーラだったらどうするんですっ!」

「いや、ごめんごめん」

「ごめんですんだら、セーラはトロアさんに対して怯えてませんよ。また逃げられるようになりたいんですか!?」

「う……つい」

 妹の事となると見境がなくなるのは相変わらずだ。

 あそこに聖良がいたら、被害を受けていたのは聖良である。そう考えると、背筋が凍る。

「この二人はともかく、セーラはこんな所で何をしてたんだ?」

「え……編み物です」

「編み物?」

「毛糸で靴下を作ってました。トロアさんは何しに突撃してきたんですか?」

「家の方に誰もいなかったから、探したんだ」

 彼はいつもアディスがするように尻尾を振る。浮かれている時、彼らはぺしぺしと尻尾を輪を描くように上下に振るのだ。

「反省してください」

「……もうしない」

 嘘だ、と聖良は直感する。もちろん彼に嘘をつくつもりはない。しかし彼はミリアの姿を見ると理解がどこかに行ってしまうのだ。。

 ミリアの格好は、万が一の時以外にしないと心に決めた。

「で、アディス達はミリアで何を遊んでたんだ? あんまり感心しないぞ」

「飛ぶ練習をしてたんです」

「そっか。セーラがやると、また変な事が起こるからな」

 そんなつもりはないし、もう飛べるようになっているのだが、頷いておく事にした。

「で、結局何をしに来たんです? しばらく来ないみたいな事言ってませんでした?」

 雪が降ってきたら、一冬は大人しくしていると彼は言った。さすがに竜も雪山を飛ぶのはキツイらしい。

「いやな、なんかあっちからこっちの方に変なのが飛んできてるらしいんだ。セーラ達はついてないから、変な事に巻き込まれないように注意しておこうと思って」

 変な物が飛んでくるとは、的を射ない言葉だ。彼が変というからには、よほど変なのだ。

 円盤形の未確認飛行物体が聖良の脳裏をよぎり、薄ら笑った。

 あっちと指さした方角は聖都のある大陸内部の方角ではなく、海のある方角だ。この国は大陸の端にある半島だ。海から飛んでくる物となると、かなりの距離を飛んでいる事になる。

「あちらは、ランドア大陸の方ですね。確かまっすぐ行くと竜がいる島があると聞いています」

「アディスは本当に物知りだなぁ。そっから一人知らせに飛んできたんだ。飛んでる変なのは竜の翼よりもずいぶん遅いから、到着するのは明日だろうって。だから町には行かない方がいいぞ」

 皆は顔を合わせる。

 トロアは運悪く聖良達が町に行き、巻き込まれるのを危惧したのだ。フレアが遊びに来ているので、何かの流れで町に行く事になっていた可能性は、否定できない。

「で、その変なのとはどんな物なんですか?」

 トロアは首をかしげ、手で楕円を作る。

「こんなんだって」

 アディス達は首をかしげるが、聖良はそれを見てぴんと来た。

 この世界の文明レベルで、飛行が可能なその形。

「飛行船かもしれませんね」

「なんだ、それ」

「空気よりも軽い気体を大きな風船に入れて空を飛ぶ乗り物です」

 皆は首をかしげる。

「軽い気体?」

 元の世界では軽い気体というのがあることだけは、子供でも理解できる事だ。それを証明する方法など、聖良は知らない。

「空気には重さがあるんですよ。なんていうか、気体は目に見えないけど、重さがあるんです。

 どう説明していいのか分からないから、知りたければ後でじっくり教えますけど、その中でも軽い気体を集めるんです。

 ほら、水の中でも軽いと浮くでしょう。空気の中でも軽いと浮くんです。とにかく浮くんです」

 浮く物だという認識さえあればそれでいいのだ。

「空気で空を飛ぶのか?」

「そうです、ミラさん。他には熱を使った熱気球とかありますけど、形が明らかに飛行船なんです。空飛ぶ楕円型の風船につり下がった船を思い浮かべれば、それほど的外れじゃないと思います」

 理解しているのかしていないのか、聖良が地面に描いた落書きを見て困惑している。

「そんな気体があるとして、どこにそんなものがあるんですか?」

「普通はヘリウムですけど、ガスって使います?」

「ガス?」

「地面の中にある、燃えたり臭ったり毒があったりする気体です」

 ガスの存在は知っているらしく、皆ああ、ああと納得し合う。

 元の世界では古くから知られていて、軍事利用もされていたから、この世界でも似たような事に使われているはずだ。

「そういう物の中に含まれていたりするんです。取り出せる技術があればの話ですけど」

「どうやって取り出すんですか?」

 セーラは首をかしげた。

「アディス、空を飛ぶ魔術があると知っているのと、それを身につけている事にどれだけ大きな差があるか分かりますか?」

 一介の女子高生が、ヘリウムの存在と利用価値はともかく、扱い方など知るはずがない。せいぜい、吸うと声が変わる、酸素ボンベにも入れられるとか、その程度の知識しかない。

「まあ、空飛ぶ大きな物体は、怖がるような物ではないってことですよ。軍事利用でもしなければ」

 沈黙が落ちる。

 それが問題なのかと聖良は気付いて、微笑んで見せた。

「とはいっても、重いと飛べませんから、人もそれほど乗せられませんし、せいぜい金持ち用の移動手段とか、宣伝とか、偵察用ですよ。落とすだけで爆発するような兵器なんてないでしょうから大丈夫です」

「なるほど」

「……ないといいですね」

 人に対して圧倒的な兵器があると、戦争は大きくなる。もっと世界は動いているはずだ。

「どっちなんですか?」

「可能だということです。それに、その大陸の事情は全く知りませんし、グリーディアには戦争とかの噂も入って来ないですし」

 テレビもネットもない世界では、他の国の情報など、簡単には入らない。

「まあ、大きな争いはないようですね」

 国仕えをしながら結社のボスをしているアディスが言う。彼が知らないのだから、簡単に知れるような革命は起こっていないのだ。

「じゃあいきなり他の大陸を襲う可能性はないでしょうから、可能性はないと思いますよ。少なくともいきなりグリーディアには来ないでしょう」

 グリーディアは鎖国に近い状態だ。しかも交通の要地にあるわけでもないし、資源が特別豊かなわけでもない。

「神子の間ではなんの噂もありませんよ。世界中どこにでもいる存在ですから、その手の話だけはあっという間に回ってきます。とくに私達は居場所の確認ついでに情報をもらっています」

 ハノは微笑み、話しながらも手は靴下を編んでいた。彼はとても器用な男性なのだ。聖良よりも器用に編み物をする、器用な男性。

「わざわざこの国に向かって来るのも、聖都に向かう途中でただ通りすがるだけって可能性もあります。失礼ですが、この国はよく分からない不気味な国という印象が強いですからね」

 こんな無茶苦茶なファンタジー世界の中でも浮いているのだから、魔術というのは面白い。

「で、その飛行船が来た方にある国って、どんな国なんですか?」

「がめつい商人の国」

「じゃあ、あるとしたら売り込みと技術目当てですねぇ。戦争があるとしたらその後です。というか、戦争を煽るんじゃないですか? 軍事品を売るのが一番金になりますからね」

 戦争があると景気が良くなると言われるほどだ。がめつくなくてもそれぐらいやるのが商人である。

「じゃあクレアに言った方が良いのかしら?」

「どう説明するんですか?」

「セーラ、説明してよ」

「私はなんでそんな事を知っているのかって言われますよ?」

 この程度の事でも、機密扱いの可能性だってある。

 下手な事は漏らせない。

「当面の間は様子を見るしか無いんじゃないですか? 何をしようとしているかも分かりませんし」

「そうねぇ。戻ったらちょっと様子を見てみるわ」

 フレアは少しだけ不本意そうに言う。見るならエリオットとしてであり、眼鏡有りであまり動き回りたくないのだ。

「あ、フレアさんもあんまり運が良い方じゃないから気をつけてくださいね」

「どういう意味?」

「爆発するかもしれないから火気厳禁です」

「は?」

「いや、入手しやすい気体を使ってたら、爆発したって聞いた事があります」

「どうしてそんな危険なことするの!?」

「よっぽど運が悪くなければ爆発しませんし、空を飛ぶのにまったくリスク無しなんてありえませんよ」

「そ、そうね」

 魔術文化があり、それを利用した道具もある。神殿が魔法の元になる魔術を育たないようにしているとはいえ、そういった力の存在があると知っているからこそ、科学に向かなかったと聖良は思っていた。

 彼女のいた世界は、魔物もいなければ、魔法なんて物は迷信でしかないから、錬金術師達は危ない実験を繰り返し、聖良の知る技術へと繋がるものを発明した。だが、考え方を変えれば、別の答えが出てくる。そんな科学者達の当たり前の好奇心も神殿が潰してしまっている可能性が高いのだ。錬金術師達も異端との戦いだったが、王侯貴族のパトロンがいた。

 金と時間の掛かる研究を行いやすい環境の差というのは、グリーディアとその他の国にも出ている。

 それでも魔術は他国にもあるのだから、育ちにくい環境である可能性が高いだけで、科学技術が他国に無いとは言い切れない。

 問題はどこまで育っているかだ。

 素晴らしい技術は軍用にされ、強力な兵器があれば人はそれを使って戦争をしたがるものだ。お互いに同じ程の力があると分かっていれば、そうそう戦争にはならないが、完全に下であると分かっていたら、力を振るいたくなるものだ。この国に来たなら、それを確かめる意味があるかもしれない。それも簡単にはいかないだろう。この世界には悪魔や竜、それを操る神子がいるのだ。竜など、どれほどの破壊兵器を用意しなければならないかを考えると、聖良程度では分からない。

 大人の竜は、ミサイルの一発程度では死にそうもない。

 悪魔なら、勝手に世界を壊し始めたら怒るか、面白がるかして介入したがる。

 そして人間は超越した存在である彼らを恐れている。

 何も行動を起こしていなかった今の時点では、彼らのようなバケモノを相手に出来る兵器など出来ていない。悪魔を恐れてこの国に関する干渉は彼らも避ける。だから悪さはされないだろう。

 もちろん聖良の想像でしかないが。

「でもやっぱり恐いわねぇ。兄さん達もちょっと見に来てよ」

「いや、俺は止めに来たんだけど……」

 トロアがおろおろしながら聖良を後ろ手に庇う。しかし、ミリアの姿をしたフレアに見つめられ、少し折れそうになっていた。

 そんな中、いつもマイペースなミラがアディスの翼を引っ張った。

「アディス、私も行く」

「へ?」

 珍しい積極的な態度に皆は目を丸くした。

「空飛ぶ丸いの、私も見たい」

「ミラさんにもそんな野次馬根性がっ!?」

 アディスはミラが武器や魔術意外に興味を持った事に驚いて後ずさる。しかし手を離さずにミラは追う。

「見たい」

「み、見たいんですか」

「爆発も見たい」

「爆発はするかしないか分かりませんから!」

 ミラは首をかしげた。

「でも空飛ぶのは見たい。見えるところに行く。連れていけ」

 アディスはユイに助けを求めるが、ユイまで靴下編みに戻っていた。諦めきったこの態度から、止める来はない事がよく分かる。

 アディスは苛立つミラを見て、言葉を詰まらせた。

「…………っく……。

 まあ、いいか。そう毎回毎回、不安が現実の物になるはずもありませんし、不用意に近づかなければ良いんですよ。爆発するなら、結界でも張って見物していればいいですしね」

 アディスも実は見たかったらしく、押されてしまうと決意は早かった。

 しかも最後には爆発するとばかりの事を口にしていた。

「ちょ、本当に行くのか?」

「トロアさんは見たくないんですか?」

 彼は顔を逸らし、尻尾を揺らす。そして、

「…………い、行く」

 結局、全員で行く事になった。

 心配よりも、好奇心が打ち勝つ年頃なのだ。好奇心は猫をも殺すというのに、ダメな大人達である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ