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10話 聖都 4.5


 夫婦街のとある雑貨屋。女性が好む可愛い小物やアクセサリーが売られるその店で、聖良がしゅんとして肩を落としていた。

 欲しい物が手に入らずに落ち込んでいるのだ。あまり物を欲しがらないセーラにしては珍しい事だった

 その姿を見て、アディスは抱きしめたい衝動に駆られる。

「セーラ、それがいいのか?」

 落ち込むセーラにミラが声をかける。セーラが見ているのは、これまた珍しくイヤリングだ。片耳がなくなり、たたき売られている物である。

 悪魔騒動はまだ昨日の出来事だが、相手が双灰の悪魔という事で一騒動があった。神子が侵入した悪魔を追い払い、少女が毒牙にかかる前に救い出したと、噂が広まったため、逃がした事に対しておとがめは無かった。

 アディスが部屋に押し入ってしまった者達も黙らせてもらった。

 あのホテルに泊まる以上は旅行者であるが、神殿がどうにかしてくれたらしい。

 だからこうして予定通りに買い物に来た。セーラが好む小物をいくつか買って帰るためだ。服も中にはセーラが着られる物がある。魔女にもらった灰色のドレスも、あれはあれで可愛い。

「いえ、小さな頃に、母がくれた物に似ていたから、懐かしいなって」

 彼女は親の形見もないのだ。アディスと違い、記憶があるからこそ辛い事もあるだろう。

「そっかぁ。それじゃあ、欲しいねぇ」

 若い店員も幼い姿のセーラが寂しげに言うものだから、胸を打たれて見切り品のそれを手に取る。

「ちょっとまってね。在庫の事を聞いてみるから」

 膝丈のスカートを翻し、店の奥へと走っていく。可愛い女の子だ。もう少し幼いぐらいがアディスの好みだが、あれぐらいでもまだ可愛いと思う。自分がセーラよりも年下だとは思いもせずに子供扱いしているところも可愛らしい。

「何を見ているんですか」

 セーラに髪を引っ張られ、そのまましゃがんで彼女を抱き上げる。こうやって嫉妬するセーラも可愛らしい。

「在庫があるといいな、と。セーラが日用品以外のものを欲しがるなんて、初めてですから。一つだけでも買って、真似て作らせるのもいいですね」

「アディスが作らせると高くなるでしょう。身に着けたいわけじゃないから、子供に与えられる程度のものがいいんですよ。なければないで、必要ありません」

 寂しいことを言う。物は物だと割り切っているのだ。

「セーラ、男っていうのは、愛しい女性のわがままに振り回されて幸せを感じるものなんですよ。もっと我が儘を言ってください」

 頬にキスをすると、彼女はむぅと唇を尖らせた。

「アディス、子供のくせに男を語るか。ユイより男らしい」

 ミラが腕を組んで頷く。

 ゼロ歳児以下と言われたユイは固まった。中身は魔術師とはいえ……などと思っているのだろう。

 それを見て、女街に入るための覆面で顔を隠したハノがくすくすと笑う。ここは夫婦街だが、女街にいる習慣で、覆面をしている者もたまにいる。顔に模様がある半悪魔なので、顔を隠すのに都合がいいのだ。

「本当に、ユイよりもずっとしっかりしているよね。

 セーラさんが姉と妹と母親と恋人を一人でこなしているから、早熟にもなるよ」

 もしもアディスが乗っ取りに失敗していたとしても、セーラが一緒であれば早熟になっていただろう。その時は彼女もアディスと一緒に竜の子供の栄養になるだけだが。

「私にとってはそれがユイの母なんだけど……」

 彼は曖昧に笑う。

 ハノは親もなく、人に蔑まれ、赤の他人に育てられたのだ。まっすぐ育っているのは、ユイの母親の人柄だろう。そんな立派な家族と、ユイは幼くして引き離されたのだ。この神子というシステムの残酷さは、何百年も変わっていないという。

「お客さん、お客さん」

 店の奥から女の子が出てくる。その顔には笑みが浮かんでいて、希望はあるようだ。

「うちにはないんですけど、女街にある本店の方ならたぶんあるって」

「女街……ですか」

 セーラはちらちらと面々を見て、ため息をついた。

「無理ですね」

「気持ちは理解できますが、即答しなくても」

 女はミラとネルフィア。他は男である。既婚者なら入れるが、本当の意味で既婚者はいない。

「大丈夫、入れないのはトロアさんだけだから」

「えっ」

 ハノの言葉に、トロアは自分だけ入れないと言われて固まった。

「そんな事ないですよ。まあ神子様がいらっしゃるから、顔さえ隠せば一人ぐらい半端だって昼間の内は大丈夫ですよ」

 店員の少女が言うと、トロアは顔を輝かせた。

 セーラは不安げにアディスを見上げてくる。提案は有り難いが、夫婦ごっこを続けなければならないのに嫌気が差しているのだろう。

 アディスは寂しくてセーラの頭をぐちゃぐちゃとかき回す。

「これ、本店の地図です。覆面はお持ちですか? まだでしたら、うちでも売ってますよ」

「じゃあ、それをください」

「はい」

 抱き上げられたままのセーラはため息をついて肩を落とす。

 そんなすべての仕草が可愛らしくて愛おしいのだ。






「え、入れない?」

 店の入り口で、店員の中年女性の言葉を聞いたアディスが愕然とした。

 聖良はそんなアディスを無視して店に入るが、彼は諦めずに何やら騒いでいた。もちろん無視して可愛くて広々とした店内を堪能する。可愛い雑貨に、可愛いアクセサリ。こういう店が嫌いな女性も珍しいだろう。聖良の世界にあったような物もあるが、異国風の珍しい小物がたくさんある。グリーディアともかなり違う雰囲気で新鮮だ。こちらの方がころころとした無駄に可愛い雰囲気の小物が多い。グリーディアは魔術国家だから、生活の中にもそれが含まれていて、それっぽい小物が多いため、よけいにそう感じてしまう。

「可愛いです」

「セーラ、これ何だ?」

「ただの鞠でしょう」

「子供が遊ぶ奴か」

「って、ゴムですね。ゴムなんてあるんだ」

 てんてんとよく弾む。可愛い鞠で、飾っておくだけでもいいようなものだ。ミラが遊んでいるというのも、見ていて安らぐ。ああ普通だ、と。

「ロヴァンが喜んで追いかけそうですね。お土産の候補として考えておきましょうか」

「ロヴァン、猫。よく動く玩具は喜ぶ。あと、いい匂いのする物も好き」

 ミラもたまに遊びに来るロヴァンの事は可愛がっていた。懐いてくるからだ。

 ネルフィアは、彼女にとっては用途不明の道具を見て首をかしげて、これはこれで楽しそうにしていた。

 女だけで店に入ったとは思えないテンションだ。気楽でいいが、少し違うような気もするのだ。他の客はもっときゃぴきゃぴしている。

「セーラ、これ可愛いですよ」

 知らない声で呼ばれて、肩を叩かれ、振り返って目を点にした。

 金髪の美少女がいた。

 見覚えがある。

 鏡の中で見た事がある。

 それが聖良を見てニコニコと笑っている。

「…………アディス?」

「モリィですよ」

 アディスが用意した女の子の頭蓋骨、聖良の苗字からとってつけた名を仮に与えられている姿をしたアディスは、聖良よりも背が低いため上目づかいで見つめてきた。

 改めて見ると本当に可愛い。

「ほら、可愛い」

 首に何かを当てられて、聖良は一歩後退する。

「な、なんで……そんな格好を」

 周囲を気にして声を潜めて問う。

「女の子なら、お店に入れるからですよ。人気のないところに走っていって着替えてきました。いけませんか?」

「わざわざ持ってきてたんですか。服まで」

 服もちゃんとモリィのために買った物だ。ようは聖良が着られない、普通の子供服である。ベロア生地が温かい、袖が大きく広がった赤色のドレスである。とても可愛い。

 それはいいのだが、先ほどから聖良には、アディスの話し方が変に聞こえる。

 なんというか、いつもと話し方が違う印象を受けるのだ。聞こえるというか、印象だ。聖良はこの耳で聞いた言葉そのものを理解しているのではない。だから印象があるだけで、普通に聞こえている。翻訳の調子がおかしいのだろうか。

「アディス、さっきから」

「モリィです」

 唇に指を当てられてため息をつく。そんな二人を見てミラが不思議そうに言う。

「セーラみたいな話し方をしている。どうした?」

「は?」

 聖良は意味が変わらず、間の抜けた声を出した。

「いつもはセーラが化けてますから、可能な限り合わせないと」

 聖良にも変に聞こえたのは、聖良の口調を真似ているつもりだったからのようだ。

「今ので……私の話し方っぽく聞こえるんですか?」

「セーラほど発音よくない。でも、発音いい」

 他国語の発音など、生まれた時から住んでいないと明確な差を聞き取れなかったりするものだ。英語だって、癖があるのかないのか、聞いてもよく分からなかった。どうせ教材レベルの発音でないとまともに聞き取れないのだから。

 それにしてもショックだ。

「そんなに悲壮感出さなくても……。

 それよりもセーラ、目当ての物は見つかりましたか?」

「いえ、まだ……」

 他に可愛い物があるから、つい見てしまうのだ。欲しいかどうかと聞かれたら別にいらないと答えるが、見ているのは楽しい。

「お店の方に聞いてみましょうか。セーラ、耳飾りを出してください」

 片耳だけのそれは安かったので買ってきた。アディスに渡すと、始めにアディス達に注意していた中年だがとても可愛い店員に、事情を説明して商品を見せてもらう。本当に可愛いらしいおばさんで、布が重ねられたふりふりのエプロンがよく似合う。

「似たようなのがたくさんありますね。セーラ、どれがいいですか」

 アディスに並んで覗き込む。片方だけの物とほぼ同じデザインの物を見つけた。だが、その隣にあった違う石がついたイヤリングの方が記憶の中の物に近い気がした。手に取ってみると、石の感じが似ている。つけられた値札を見るが、それほど高くない。貨幣が違うので、まず船の中で教えてもらった方法でおおよそのグリーディアの貨幣価値に直し、さらに今までの経験からおおよそで日本円に直してみる。おそらく、1万円ぐらいだ。

 アディスがお金を払うと耳につけてくれた。鞄の中から百均で買った鏡を取りだして見る。この世界では鏡は高い物らしく、これがキャベツ以下の値段だと言ったら驚愕された。粗悪品だが、多少乱暴にしても割れないので便利だ。

 童顔の聖良には、アディスが無闇に買い与えようとする高い宝石に比べればずっと似合っている。髪を上げる手を離せばすとんとした髪に隠れてしまうが、首を振ってちらりと見えるのがいい。

「可愛いですよ」

 満足していたのだが、目の前で飾る必要もないほど可愛い女の子に言われると空しくなった。

 それでも、このイヤリングが可愛らしいのは間違いない。聖良が今着ている黒みがかった緑色のワンピースとよく合う。大人の女性がつけたら安っぽいが、童顔の聖良にはちょうどよい。

「モリィにはこういうの似合いますよ」

 気になっていた赤い花のついた髪留めで『モリィ』の髪を結って見せると、彼は満足そうに頷いた。

「アディス、すっきりだ」

 ミラが首回りが涼しげになったアディスに言う。

「ミラさん、モリィです」

「モリィ?」

「その方が可愛いでしょう」

「うん」

 ミラは小さい物は可愛いと思っている節がある。だからモリィが小さいから可愛いとか、小さい髪飾りが可愛いとか、そういう小さいからという理由で頷いていそうだった。

「今日はいっぱいお買い物しましょうね。甘い物も女街が一番いいそうですよ。普段はミラさんもこっちには来ないでしょう。女同士、食べ歩きしましょうね」

「アディスは面白い」

「モリィです。

 ミラさんは大人の女性だから、ファンシーな装飾品よりも、ちゃんとした物の方がいいでしょうか。宝石店は夫婦街のほうが良さげなんですけど。まあこちらは女性が自分に買うためデザインが充実しているそうですから、好みの物を探しましょうか」

 夫婦街の宝石店に高い物が多いのは、男にねだるためだろう。

 それよりも、同年代なのに明らかに年代が違う扱いは腹立たしい。ミラには大人っぽいアクセサリーが似合うのは、聖良にだって分かっている。フォーマルだったら高そうな石がついていても似合うだろうし、普段ならシルバーアクセサリーとか、格好良くてシンプルな物が似合う。聖良にはあまり似合わない物も、彼女には似合うと分かっているが、目の前で言われると腹が立った。

「セーラも他に欲しい物はありますか。なければ私が選んじゃいますよ」

「…………」

 聖良はため息をつく。理解されるのは難しいのだろう。もしくは、こうやってふてくされているところを構うのが楽しいのか。

 アディスがまた可愛すぎる物を手にしているので、ぎょっとして真剣に選ぶ。

 特別欲しいとも思わないが、いらないわけでもない。アディスが選ぶよりは、自分の好みで選んだ方がいい。持っている服との相性を考えながら、いくつか髪留めとブローチを買った。元の世界ではした事が無いけど、スナップボタンもないこの世界では、ブローチはけっこう役に立つ。髪留めの一つはミラの頭につけてやる。ただのヘアピンだが、ミラにでも簡単につけられて、髪が邪魔になるのを防いでくれる。他にいいのがなかったら戻ってきて買う事にして、男達が待つ店の外へと出た。

「ミラさん、買ってもらったんだ。似合ってるよ」

 ハノがいつものように穏やかに言う。

「髪、邪魔にならない」

「そうか。よかったね」

 アディスも基本的には穏やかだが、ハノのような穏やかさはない。穏やかさの質が違うのだ。アディスは「エセ」と付くタイプである。

「甘い物買ってもらう。ハノも食べる?」

「何を食べるの?」

「甘いの」

「そうだね」

 まるで、幼稚園児と保父さんのようである。話が微妙にかみ合わないところが特に。

「アディス、腹が空いたね」

 朝食をたくさん食べ、道すがら買った物も食べたはずのネルフィアが言う。昼時とは言え、ラゼス達の食欲を考えると、彼女の食欲はとても旺盛だ。

「だから、この格好の時はモリィって読んでください。変装なんですから。あ、でもこの格好ならお母さんって呼んでも違和感ないですね。今度、男の子のも用意しましょうか」

「男の子なら、自分で化ければいいだろ。お前なら今でも多少は出来るだろうからね」

 アディスはきょとんとしてネルフィアをじっと見上げる。

「そうなんですか?」

「形やサイズ的に人間の子供になるぐらいはね。余計な物が付きっぱなしになるだろうから、人前には出られないけど」

 聖良はその姿を想像した。

 尻尾と角と竜っぽい耳付き翼付きで、幼いラゼス的美少年。

「いいっ! それいいですねっ!」

「は? 何でですか!?」

 聖良の真似をするのをやめて素で聞き返してくるアディス。

「だって、可愛いですよ、絶対に」

「ええ!? 不気味ですよ!」

 どうやら、想像している物は一致していないらしい。

 もう一つの可能性を考える。

 人形の竜肌。

「どうせなら、尻尾付き美少年の方向で」

「セーラ……そんなに尻尾が好きなんですか」

「角も翼も好きですよ」

「…………色々と、今までの自分を全否定されてきた気分です」

「何でですか?」

 人間としてのアディスよりも、現在の竜としてのアディスの方が好きだと言っているのだが、人間のアディスも顔は綺麗だと思うと伝えている。ただ、半分竜の美少年の前では劣ってしまう。

「小さいと可愛い。アディス、可愛い方がセーラ喜ぶ。何が不満?」

「私が可愛くなっても意味がないんですよ。私は可愛い物を愛でるのが好きなんですから」

「セーラも同じ。趣味が一緒。何がいけない?」

 ミラの言葉にアディスは目頭を押さえてため息をついた。

 ここには、本当の意味で理解し合えそうな者同士がいないと、今更ながらに気付いたようだ。






 クレープに似たデザートを受け取り、はむりと噛みつく。生地は甘いが、中身に少しヨーグルトと果物が入っていて、酸味が甘味を上手く中和して、とても美味しい。

「ヨーグルトもいいですけど、生クリーム入れたいですね」

「ああ、それは美味しそうですね。帰ったら作りましょう。甘い生クリーム好きです」

 アディスはモリィの姿で浮かれて言う。容姿というのはかなり威力を持つもので、中身がロリコンの変態だと知っていても、聖良はうっかり可愛いと思ってしまうのだ。

 今なら厄介な相手──例えばフレアなんかに会ったとしても、きっとアディスでありアーネスである存在が化けているとは説明しても信じないだろう。

「ああ、街中を歩いてもオカマやら殺人鬼と出会わないのって、いいですね」

 ふと、そんな事を思いついて口にした。グリーディアは何と会うか分からないので安心して外を出歩けない。

「何を唐突に。ここでもセーラを狙う悪魔には出会ったじゃないですか」

「でも悪魔はインパクト薄かったですし。それよりも普通に人を縛り付けてお茶会してた魔女のお姉さん達の方がよっぽど存在感が……」

 あの悪魔は、ただ自信に満ち溢れていて、ハーレム作っていただけだ。よくある男の野望を実現しただけである。大した印象はない。

「なんて言うか、よくいるじゃないですか、ああいう勘違い男。アディスもその気があるけど、個性は断然アディスの方が上です」

「失礼な意味の個性でしょう、それは。

 あとモリィです」

「モリィ……っていうか、自分の苗字なのに、変な気分です」

 一口クレープを食べる。美味しい。幸せだ。ネルフィアがあっという間に食べて別の物を物色し始めた。大食い選手並の彼女にとって、クレープ一つなど何の腹の足しにもならなかったのだろう。

「お母さんはいい食べっぷりですね。おごりがいがありますよ。今度から二つ三つ買わないといけま……」

 アディスが固まった。いきなり前にいたアディスが足を止めたので、背後にいたラゼスがつんのめる。

「アディ……モリィ、どうした?」

 息子の望み通り、聖良の苗字で呼ぶラゼス。

 そのアディスは震える指先を、とある店に向けた。

 聖良もあまりの事に愕然となる。

 見覚えのあるのが四人が出てくる。

 昨日見た仮契約の魔女二人とおそらくまともな方の悪魔と、そして──

「あ、昨日の……セーラさん」

「え、セーラっ!? やだ、こんな所で会えるなんて!」

 相変わらず女装しているフレアがいた。フレアがいた。グリーディアにいるはずのフレアがいた。

「セーラ……」

 アディスが横目で睨んでくる。聖良が何をしたというのだとにらみ返す。

 なぜか皆の視線を感じる。理解できない。

 そんな中、トロアだけが後ろから頭を撫でてくる。

「セーラ、今度から、迂闊に会いたくない奴の名前を口にしたりしない方がいいぞ。にーちゃんも、最近お前が心配だ。ここまで来ると普通じゃないな」

 トロアにまで言われると、聖良は自分の運命とはそこまでなのかと落ち込んでうつむいた。

 聖良には見えないが、皆は呆れ顔をしている。そうに違いないと、聖良は被害妄想混じりの怒りを燃やす。それを外に出しても意味はない。フレアがどこにいても彼の勝手だ。偶然、居合わせただけなのだ。

 悪意の無い彼を一方的な八つ当たりで恨んでは、人として終わってしまう。

「…………なんでいるんですか、こんな遠いところに」

 怒りはぶつけないように、疑問をぶつける。

「みんなにセーラの事を聞いたのよ。あと、アディスが暴れ回ったって。じゃあ、たまには聖都にでもショッピングに来ようかしらって。まさか会えるなんて……。

 あら、アディスがいない? 男街に置いてきたの?」

 フレアが目を細めてアディスを探した。

「あなたは女の人として入ってるんですね……」

 コートを着て男だと分かるラインが隠れている。顔の模様も濃い化粧で隠れているし、見た目は女性にしか見えない。

「あら、モリィも一緒なのね。二人一緒のところは始めて見るわ。二人とも可愛いわ」

 アディスは聖良の背に隠れるようにしている。誘拐されて殺されかけた竜の子供だ。脅えて当然である。口数が減ってもおかしくはない。

「この子が脅えているから、失礼します」

「ええ、なんでぇ? お兄さまはいないわよ。お話ししましょうよ」

「この子にとってはフレアさんもお兄さんも大した違いはないんですよ。竜のぬいぐるみが欲しいとか無茶苦茶言ってたんでしょう」

「でも、いたのはアーネスでしょ。ちょっとビックリしてるだけよ」

 なんて前向きなのだろうか。人が嫌がっているのが楽しいのだろうか。鞭を持っているような相手だから、可能性は高い。

「フレア、無理強いはするなよ。

 お嬢さん、昨日はどうも。弟が失礼をしたな。今日はお友達と一緒か」

 かがみ込んで微笑みかけてくる悪魔は、気さくに笑って優しげに見えた。フレアが慕うだけあり、弟よりもこっちの方が好感度は高い。

「今日は弟はいないから安心していい」

 それは安心だ。

「ごめんねセーラ。あの変態親父に監禁されたんだって。兄さんと違って下心しかないから、もうどうしようもない人なの。本当にごめんなさいね。私も本当は縁を切りたいんだけど、切ったら切ったで別の子が被害を被るだけだし。

 弟が私みたいにされるなんて可哀相だわ」

 一斉にため息をつく悪魔一同。立場は違うが、聖良もこんなため息をいつもついている。

「…………話していても暗くなりそうですし、行きましょうか。モリィが脅えてますし」

「そんなに嫌わなくても。私は恐くないのよ」

「いや、誘拐したのあなたでしょう」

「……うぅん……こっちの方も可愛いから好きよ」

 竜と人の姿とどちらが可愛いかなど聞いてはいない。

 ある意味前向きな発言に、聖良は呆れてそれ以上の言葉を失った。

「……そういえば、そっちはアデライト君がいませんね」

 いるのはヘレナとクセラの二人だけ。一番よく知っている彼がいない。

「あの子は頭が痛いって家にいるみたいよ。

 記憶操作の後遺症で苦しんでいるようだ。可哀相だが仕方がない。

 しかし、あの大きな犬に会えないのは残念だ。

「そのアデライトから今連絡が来た」

 ルシウスが舌打ちして言う。

「また何かあったのか」

「そうだな。謹慎を命じたはずの愚弟が逃げた」

 落ち着きのない弟だ。それに有害な実力が伴うと、巻き込まれる側がとても不幸である。そして身内も不幸だ。

「ちょっと俺は行ってくるから、適当に遊んでおけ。金はほら」

 重そうな財布を渡し、裏路地へと走り込むルシウス。人目を気にする程度には常識があるらしい。

「うわっ、金貨じゃない。ホント、下々の生活を知らない悪魔ときたら、こんなの渡されても両替しなきゃならないじゃないの」

 フレアが数枚金貨を取り出し、太陽の光を当てて眼前で見る。見上げていると、彼女は視線に気付いて目を逸らした。

「そうだわ。お騒がせしたお礼に、何かおごりましょうか。昼食はまだでしょ?」

「けっこうですって。お金はアディスのおかげで不必要なほどありますから。それに、神子の混じった相手を誘うなんて変ですよ」

「いいじゃない。私を支配する余裕がない相手なんて恐くないわよ。半悪魔は悪魔よりも容量を食うらしいから、私を支配する馬鹿なんてそういないわよ。神子よりもミラの方がよっぽど恐いわ」

 その割には笑っている。

「なんでそんなに楽しそうなんですか」

「楽しいもの。ここの街って、私みたいなのでも女扱いしてくれて好きよ。それにセーラとモリィもいるんだもの。ついでにミラも。楽しいわよ」

 聖良は、その笑顔を見て脱力する。

 アディスに目で訴えかけると、彼は肩をすくめて首を横に振る。念のためか言葉は発しないが、彼も諦めたらしい。

「昼食だけですよ。ただ甘い物食べようとしてただけですから」

「デザートの美味しいところね。いいところがあるわ」

「ヘレナさん達引いてますよ」

 なぜこうもテンションが高いのか、聖良には理解できなかった。

 ヘレナ達も引いているように見えたが、実際のところ分からない。

 手を引かれ、アディスの手を引いて、連れて行かれた。



 その夜は疲れ果て、夕食も取らずに泥のように眠った。


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