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10話 聖都 4


 近い。

 近いが、決定打がない。

「この辺りです」

 アディスは焦り、苛立った。今は夜だ。本当に変態に捕まっていたら危険すぎる。

 あれは自分の物なのにと、怒りで魔力が渦巻きそうになる。竜は魔力だけでも風を作れてしまう種族だ。抑えて、人間の振りをしなければならない。

 自然と『振りをする』などと思うほど、アディスは竜になってしまったことに気付いて、ため息をつく。

「ホテルの中にしても、探しにくいっ」

「大丈夫。もうすぐハノ達が来ると思うから。ここまで場所が特定されていたら、たぶんやりやすいと思うから」

 ユイも焦りを見せている。

 彼自身がセーラをどのように思っているのか分からないが、ミラの友人としてのセーラは大切なはずだ。

「来た」

 ミラが呟き、その瞬間、見慣れたハノと、いつぞや見た女悪魔と、知らぬ男が現れる。男は悪魔を支配する神子だろう。

 人が突然現れたというのに、さすが聖都だけあって通行人達は驚きはしても騒ぎはしない。

「ハノ、レファリア。この周辺にいることまでは分かった。あとは正確な場所だけだから、お願い」

「はい。準備は出来ています」

 悪魔と半悪魔がそれぞれ勝手に探査を始める。仲良く手分けしてなどということはあり得ない。悪魔であるレファリアは半悪魔を見下しているはずだ。勝手にやらせた方がよほど効率がいい。

「方向としてはまだ向こうです。上の方に感じます」

 アディスの言葉に二人は上を見て、似たような顔をした。

「ない」

「上の方なのだけは確実です」

 悪魔に否定され、アディスはむっとして言う。

 セーラとの絆はそんなに薄いものではない。他の種族のような誓いだけの絆などより、はるかに濃く影響のある絆だ。

「いないって意味じゃなくて、ないんです」

「ない?」

「そこだけすり抜けるというか、あると思って手を伸ばして、ないかのようにすり抜けるような」

「逸らされているとか、そこだけ触れられないということですか?」

「違うけど、そう受け取ってくださってもかまいません。正確な位置は掴みにくいのですが、上の方です。あれだけ上の方となると、あのホテルです」

 レファリアはこのあたりで一番背の高い建造物を指さした。

 アディスは言葉を待たずにそこへと駆け込み、フロントにいた客を押しのける。

「支配人を呼びなさい!」

「お客様!? 困りますっ!」

 困るだろう。アディスも同じ立場なら困るし、図々しさに腹を立てていたところだ。

「大きな声では言えません。今すぐ、支配人でなくとも責任者を呼びなさい。何を置いても、一番に!」

 アディスの形相がよほど鬼気迫っていたのか、別の客を応対していたフロントの男が奥へと走る。その間ですら、待つには長すぎた。

「ちょっと失礼します」

 カウンターを飛び越え、奥へと消えた男を追う。

「お客様!?」

「アディス!」

 戸惑う受付嬢の横をミラも飛び越えてくる。

 とにかく、急がなくてはならない。

「女の子が誘拐されて監禁されています! 手遅れになる前に上階のキーを!」

「アディス、これ」

 ミラが戸棚を破壊して取り出し、受け取ったアディスは外で待つレファリアの手を取った。

「上!」

「はいっ」

 なぜか脅えたように頷く。相手は下級と言えども悪魔だ。漏れている魔力を感じ取っているのかも知れない。

 この手には鍵がある。しかし時間がない。

 こうなれば手は一つしかない。

 片っ端から開けて確かめるのだ。もちろん中に確認はとらず、ノックもせずに。

 悪魔の力で次々と部屋に侵入した方が早いのだが、さすがにそれは色々と問題になる。

 色々と見たくない物を見るだろうし、苦情が来るだろうし、外交問題の可能性もあるだろうが、アディスの知った事ではないと切り捨てた。悪魔の力を使って部屋に侵入するよりは幾分かましなはずだ。

 彼女さえ無事なら、たとえ何があろうがかまわない。今の、人間ではない彼には切り捨てられる程度のものだ。

 便利だが、なくてはならない物ではない。

 今の彼に大切なのは、たった一人だ。






 聖良は困っている。

 どれぐらい困っているかというと、見知らぬ男に抱きしめられるぐらいには困っている。

 なにせ、知らぬ相手だから反撃していいのかいけないのか、判断つかないのだ。トロアなら慣れたのでどうにでも出来るが、相手は初対面の悪魔だ。息子の言い分を思い出すと、ろくでなしである。

 膝の上に載せられて、自分の魔女になれと勧誘を受けている。

 いきなりひどい事をされないのは、彼がアディスと同じで無理強いは意味がないと思うタイプだからと推測した。だから拒否している限りは問題ない。

 問題は、その拒否だ。

 下手な事は出来ないし、もしもマインドコントロールのような事が出来たとしたら、とても危険である。これだけ多くの美女が集まっているのだから、そんな力がないとは言い切れない。

 とりあえずは、無難に流す事にした。流す事には慣れている。幸い聖良は、色気とかそういう物とは縁遠い外見だ。アディスのような特殊な性癖の者や、とにかく見境がない者以外は、聖良に悪戯以上の事をしないと、理解している。

 いつものように指で髪をすかれ、頬を撫でられる。

 こういう男がする事は、なぜ決まってこれなのかと疑問に思った。

「可愛い服も、美味しい料理も、快適な環境もある。いつも綺麗にして、私が可愛がってあげるよ」

「いや、全部間に合ってます」

 自分の料理は自分の口に合うし、生活費を出してくれているアディスは裕福だし、着飾るのは最近飽きてきた。凝った服は疲れるのだ。ただでさえ胸のせいで肩が凝るのに、疲れるような事はしたくない。

 だから彼の提案に用は無い。

「山奥に住んでいるんだろう」

「自然に囲まれていい所です」

「私の城も自然には囲まれているよ。可愛らしい動物もいる」

「可愛らしい動物ならうちに二匹もペットがいます。可愛いですよ」

 もちろん、アディスを含む。

「犬とか、猫かい」

「中間ぐらいです」

「中間?」

「フレアさんからいただきました」

「……ああ、あの子か」

 息子の友人に手を出そうというのだから、暇人である。長く生きているから、本当に退屈で、これはただの退屈しのぎなのだろう。飽きるから新しい玩具を欲しがるのだ。

 美人は三日で飽きるというから、間違いはないはずだ。そうでなければ、この美女の一山がいて、わざわざ聖良にかまうはずもない。

「あの人見知りが気に入るなんて、優しい子なんだね」

「人見知りなんですか、あの人が」

「人見知りだよ。たまに会っても兄の背に隠れて目も合わせない」

「嫌われてるだけじゃ……」

 また、つい本音を口にしてしまった。

「ええ、どう見ても嫌われていますね」

 ヘレナが肯定する。

「少なくとも、私にはそれなりに話をしてくださいますもの」

 大した関わりがない聖良ですら分かる事実だ。聖良よりも付き合いはあるだろうヘレナと話すのは当然である。

「まったく、親に懐かないとは可愛くない子だ」

「あの病んでる兄と一緒に暮らさせているのがそもそもの間違いだと思いますよ」

「育てたのはあれではないよ。そもそも、男を育てるはずがない。顔を合わせるようになったのは大きくなって、女の格好を始めた頃かららしい」

 あまり突っ込んだ事は聞きたくないので聞かないが、フレアも色々と苦労しているようだ。それでもあの男に育てられたわけではないというのは、せめてもの救いである。

 しかし育ての親が関係なくとも、あのように個性的になるのだから、二人の性格については親が悪いのだ。親が。

 やはりこの男に係わってはいけない。聖良は普通に生きたいのだ。

「君は可愛いから、何かされなかったかい」

「逆さづりにされて殺されかけました」

「可哀相に。グリーディアに戻っても、あの子がいるから不安だろう。ここにいるといい」

「いや、今はもう大丈夫なので問題ありません」

 二人きりになったら危険だろうが、そんな事のないように気を使っている。このように眠らされて誘拐されない限りは大丈夫だ。フレアの目もあり、もう誘拐などしないはずである。

「つんけんしたところが、また可愛いね」

 こめかみにキスをされた。

 最近よくされる。膝に座らせているとキスしやすい位置なのだろう。この世界に来た当初は恥ずかしくて抵抗したものだが、キス魔のアディスと天然のネルフィアのせいですっかり慣れていた。最近はトロアも加わり、フレアにもされる。

 この程度なら、流せる。

「唇に菓子のクズがついているね」

 耳元で囁かれて、さすがに慌てた。美人ばかりのこの場所で、いい年してみっともない。顔があつくなり、手の甲で拭おうと動くが、その手を止められる。

「僕が取ってあげるよ」

「いえいえいえ」

「赤くなって、可愛い」

 なぜか顔が近づいてくる。

 本気で嫌がっているのだが、嫌がるのも楽しんでいる。アディスもそういうところがある。ちょっとした意地悪をして、聖良が嫌がるのを見て楽しむらしい。一般の人間も、ペットにそんな事をして喜んだり悶えたりしているので、それと同じだ。

 つくづく、行動パターンが似ている。

 顔を背けるが、くすりと笑って続けてくる。

 とても鬱陶しいのだが、口に出すのも躊躇われる。しかし、そのままでは危険だ。アディスにされる分にはまだいいが、悪魔なぞにこれ以上触れられたくもない。だが、嫌がるのを見てますます楽しげに嫌がらせを続けてくる。顔に手を添えられて、首を回せないようにされた。

 危険だ。

 さすがに、許容できない。

「嫌だと言ってるんです」

「困る顔が可愛いからいけないんだよ」

 自信家らしき彼は、聖良の言葉など軽く流す。顔がさらに寄る。

 だめだ。

「無理です。とてもウザイです」

 動きが止まった。やや顔が引きつっている。しかし再び動き出した。

 この男は駄目だ。

「ぶっちゃけ好みのタイプじゃありません。とても受け付けません」

 素直に告白すると、セシウスの頬がひくひくと引きつった。

 大きな音を立ててドアが開いたようだが、必死な聖良はそれどころではなく、首が横に動かせないならばと、うつむくように前に動かした。

 結果的に頭突きなどしてしまったのだが、悪いのはこの悪魔だ。

「セーラ!?」

 アディスの声が耳に響く。

 遅い。自分で対処したところだ。

 しかし、軟禁されている場所を嗅ぎつけてくるとは、さすがはアディスだ。信じてはいたが、思ったよりも早かった。

「てめっ、うちの妹になにしてんだぁぁぁぁあ」

 トロアの罵声が部屋に響いた。

 聖良の身体が浮き上がり、セシウスの身体が吹っ飛んでいくのが見えた。セシウスのいたところに、トロアの左足がある。蹴り飛ばされたようだ。

「きゃあああっ」

「セシウス様っ」

 魔女達が騒ぐが、聖良はそれどころではなかった。

 抱きしめられている。トロアに。

「ちょ、まってまってまってっ」

 混乱して、手足をじたばたさせるが、抱えられているので力も出ない。

 幸いにも本人は反省していたらしく、少し苦しい程度の力だったが、記憶にないはずの恐怖のために暴れた。

「セーラ、かわいそうにっ」

 これにアディスまで加わった。

 彼の力が加わり、苦しさは増したが、肩の力は抜けた。寄りかかるとトロアの腕の中からアディスの腕の中に移動させられた。

「こんな変態親父に監禁されて、さぞ恐かったでしょうね。何もされていませんか?」

 擦り寄られ、撫でられ、先ほどまでされていた事なのに、アディスがそれをするだけで気が抜ける。

 少しばかり温度の低い彼の抱擁は、冬場は冷えるのでやめて欲しいと思っていたが、こういう時には良いものだ。思わずしがみつくと、アディスの腕に力がこもる。

 気持ち悪い性癖の男のはずだが、この腕の中にいると安堵する。

「あのセーラがこんなに怖がっているなんて……かわいそうにっ」

「いや、怖がっているんじゃなくて、安心しているんですよ」

 知らない人ばかりに囲まれるのは疲れる。知っている者に抱きしめられれば、誰だって安心する。

 セシウスが起き上がり、腰をさすって立ち上がる。蹴られたところよりも、床で打った腰を気にしている。

「せ、セシウス!? 双灰のセシウス!?」

 聖良の記憶に薄い女性が入り口で叫んでいる。どこかで会ったかも知れないが、今日、大量の美人と出会い、この世界の人間の顔の区別があまりついていない聖良はどこで出会ったのか思い出せなかった。

「セシウス……セーラを連れていこうとしていた悪魔ですね。まだ諦めていなかったとは……すみませんセーラ。私が目を離したばかりに」

 ぎゅうと力を込められ、足をじたばたさせてもがく。

「アディス、苦しいですって」

「ああ、すみません。でも、もう離れませんから、安心してくださいね。ちゃんと憂いも始末しますから」

 憂いとは、じっと聖良達を見ているセシウスの事だろう。怒るかとも思ったが、大人しい。

「なかなかいい男達だね。私にははるかに劣るが」

「ええ、いい男ね。本当にいい男だわ」

 セシウスの言葉に魔女が続いたため、彼の頬がぴくりと引きつった。

「愛されてるのね」

「いい男が二人もいたら満足ね」

「ええ、満足ね」

 魔女達は納得してくれたようだ。納得してしまうのが、なんとも自由な魔女達である。魔女は主を立てるものだと思っていたので意外だった。

「一途に愛されるのも、いいわよねぇ」

 セシウスに一途さが欠ける事は、誰が見ても明らかである。魔女達は気にしていないのかとも思っていたが、実は気にしているのだ。それはそうだろう。魔女になることが目当てだとしても、やはりその他大勢というのは、聖良なら嫌だ。目的と感情を切り離して、こんな所には参加しない。

「ずいぶんと、和やかですね。セーラは可愛い格好をしていますし」

「ただ珍しい子と話をしたかったからだから、当然だわ。この件に関しては、セシウス様は後からいらしただけよ」

 ヘレナが前に進み出た。アディスではなく、果物ナイフを手に入れて嬉々とするミラを睨み付けながら。

 この中で一番危険なのは彼女だ。

「あの時の……」

「お久し振り。ルシウス様の魔女、ヘレナよ」

 彼女は『ルシウス』を強調して言う。

「明日にもお返ししようと思ったのだけれど、自分から探し当てるとは……さすがはグリーディアの魔術師」

「何がお返ししようと思った、ですか。用が済んだら捨てるみたいに、よくもまあ」

「セシウス様は外泊の予定だったの。あなた方が来なくとも、間もなく戻られるルシウス様が、返してこいとおっしゃったでしょう。常識を持ち合わせたお方だから」

 アディスはじとっとセシウスを見る。

 彼も常識のなさで、アディスにとやかくいわれたくないだろう。

「できれば、そちらの女性から凶器を取り上げていただきたいのだけれど。私達は喧嘩はしない主義なの。もう、誘拐まがいの事はしないと思うわ」

「紛いではなく、紛う方なく誘拐です」

「セシウス様は誘拐のプロだから、やっぱり誘拐はするかも……」

 いやなプロだ。見習いたくもない。

「プロとはなんだい。僕はただ言葉を解する美しい花を摘むだけだ。甘言に惑わされ、手を取った者を連れてきているだけだよ。今回は、帰ってきたら自分の部屋にいたのだから、自分の主義には反しないさ。お前も可愛い小動物を見たら、触れたくなるだろう」

「いいえ、まったく」

 ヘレナは子供の姿をしているのにずいぶんと冷めている。聖良も自分が情熱的だとか、直情的だとかは思いもしていないが、ここまで冷めてはいない。

「まったく、お前は冷たいね。愛らしい物を愛でる心も大切だよ」

「ルシウス様の命令であれば従います」

「命令は関係ないだろう。せっかく年の近い女の子がいるのだから、楽しそうに話をしたり出来ないのか」

「さあ」

 年は、近いらしい。どのレベルで近いのか分からないが、近いらしい。

「というか、途中からセシウス様が独占していたじゃないですかぁ」

「私達もまだ遊んでいないのに」

「地味な服を華やかにするために、いろいろとする予定だったのに」

 悪魔は魔女達に責められ始めた。

 聖良の想像する悪魔と魔女の関係とは違うらしい。

「お客様!? 一体何を!?」

 ホテルの従業員が入り口に駆けつけてきた。これだけ騒げば当然だが、これだけにしては外が騒がしい。

 助かったのでいいのだが、アディスは何をしたのだろう。

「おやおや、騒がしいと思えば、やはりうちが原因か」

 人をかき分け、セシウスによく似た男と、見た事のある女と、知り合い程度には面識のある少年が入ってきた。

「あれ……あれ? 頭が……」

 アデライトは記憶障害を起こしているらしく、頭を抱えている。聖良の事も忘れているのだろう。知り合った相手に忘れられるというのは悲しい事だ。

「セシウス、何の騒ぎだ。誰かが上階の部屋をしらみつぶしにしていると聞いたんだけど」

「それは僕の知るところではないよ。僕の魔女が可愛い女の子を連れ込んでいただけだからね。息子のお友達だから、もてなしていたんだよ」

 どんなもてなし方だと殴り倒したい。

「保護者の了解も得ずにか。そりゃあ怒って無茶もするだろう。そんな小さな子じゃ、心配にならない方がおかしいだろ」

 未だに抱きかかえられている聖良を見て、セシウスそっくりの男が言う。そっくりだが、表情が違うので見分けはつきそうだ。セシウスが格好つけてすまし顔なのに対して、彼は皮肉げに唇を歪める。性格の差が顔に出ると、同じパーツでもちゃんと見分けがつくのだと感心した。

「ルシウス様、お帰りなさいませ」

 ヘレナが主の胸に飛び込んだ。今まで人形のようだと思っていた彼女が、少しばかり笑っていた。

 彼女は心から主を慕っているらしい。

「ただいま。クセラのおかげでずいぶんと遅くなってしまった。すまなかったな。無駄に苦労しただろう」

「いいえ」

 悪魔に甘える彼女はとてみ可愛らしかった。

 可愛いからアディスがじっと見つめている。

 いつもの事だが、少しばかり腹立たしい。

「アディス」

「はい、何ですか。ああ、こんな所には長居をしたくないと言う事ですね。ここはミラさん達に任せて帰りましょう。悪魔が入り込んだのは、私達の責任ではありませんし、その尻ぬぐいをさせられた私達は被害者ですから」

「…………」

 他人の部屋に押し入ったと言っていた。この時間では、寝ていたり、色々とあるだろう。

「……その前に、謝って回った方が」

「いいんですよ。悪魔が入り込んでいたとなれば、誰も文句は言わないでしょう。寝ている横に悪魔がいたかもしれないんですよ。

 グリーディアの魔術師は悪魔の天敵だと思われていますからね。私達は救い主なんですよ。

 じゃあ、あとは任せます」

 聖良を抱き上げたまま、出ていこうとするアディス。その腕に女の人がしがみついた。

「ちょ、任せるって、これだけ騒ぎを大きくして、ほっとくの!? 双灰相手に!」

「あなたも悪魔でしょう」

「位が違う! 三人だけ先に帰ってずるい! あの連中と残していかないでよ!」

 彼女の言う三人には、トロアも含まれている。聖良さえ無事なら、竜の彼は本当にここには用がない。帰るのは当然である。

 残る連中で恐ろしいのは悪魔とミラしかいない。悪魔とミラがいれば普通に考えれば恐怖で身がすくみ上がる。

「悪魔のくせに、気が小さいですね」

 アディスは彼女を悪魔だと口にした。彼女はミラに脅えていた女悪魔だ。つまり、彼女とアディスは顔見知り程度の面識である。

「アディス、いつの間にか懐かれたんですか?」

「知りませんよ。大方、まともでない連中と違って、私はまともでいて、ここにいる実力があると踏んだのでしょう」

「なるほど」

 異常な所にいた後では、聖良ですらアディスが普通に見えて、一緒にいると安心する。それに近い感情だ。

「ほんと、騒がしいな。ヘレナ、俺達も帰るか。買い物も済んだし」

「はい。いいものは見つかりました?」

「さあ。浮かれているからそれなりなんだろう。武器の事は俺は分からないから、帰ったらクセラに見せてもらえ」

「はい」

 どうやらクセラの武器を買いに行っていたようだ。前の時に破壊されたから、その関係かもしれない。

「騒がせて悪かったな。

 逃がしてしまうが、双灰の悪魔の名を出せば叱られる事もないだろう。馬鹿な弟のせいで、知名度は高いみたいだからな」

 その言葉はミラの腕を押さえているユイに向けられていた。

 聖良が誘拐などされたばかりに、彼は悪魔を逃がしたと叱られるかもしれないのだ。

「ユイ、閉じこめて殺せばいい。一匹なら、出来ない事もない」

「恐い恐い。さすがに人で有りながら殲滅の悪魔と呼ばれるだけはある。

 確かに、こちらには役にも立たない魔女もどきが半分ほど混じっているから不利だな」

 ルシウスはセシウスの魔女達を見る。

 魔道士とは、魔の道に落ちた悪魔の手駒であり、魔術などの能力がある事が前提だという。セシウスは、おそらく好み重視で実力は二の次で集めているに違いない。

 聖良の事もよく知りもせず、気軽に声をかけていた。

 ただのナンパ男なのだ。

「俺の方は、俺はヘレナさえ守っていれば問題ないからいいけどな」

「私達は見捨てるんですか」

 クセラがアデライトの頭に手を乗せて言う。

「お前達とヘレナは違うだろう。か弱い女の子だ。叩いても壊れないお前等とは違う」

「失礼な。私だってか弱くはないが女……だぞ」

 クセラは女の子、とは言えなかったようである。いい年して自分を『女の子』などというのは厚かましい。聖良ですら、そろそろ女の子は卒業だと思っているのだ。

「じゃあ、弟よ。俺は先に帰って寝る。子供は寝る時間だからな。お嬢ちゃん、これからもうちの甥っ子と仲良くしてやってくれな」

 ルシウスとその魔道士達が消える。

「仕方が無い。帰るか」

「はい」

 セシウスもそう言うと、魔女達を伴い姿を消した。

 ミラは不服そうに果物ナイフを握りしめ「結界を張れば逃げられなかったのに」と文句を言った。

 アディスも縋り付いたままの女悪魔を振り払って部屋を出る。

 抱き上げられたままの聖良は、ゆっくりと歩く揺れが心地よくて、うとうとと瞼が落ちそうになる。

 薬が抜けていないわけではないだろう。いつもはとっくに眠っている時間だからだ。昔から、早寝早起きの習慣がついているから夜は弱い。

「あ、そうだ。アディス、探しに来てくれてありがとう」

「セーラだって、探しに来てくれたでしょう」

 それもそうだ。

 探しに来てもらって、お互い様とかそう言う気持ちよりも、それが当然という気持ちの方が大きい。手間を取らせてしまったという気持ちよりも、感謝の方が大きい。もちろん前から感謝はあったが、感謝にも色々と違いがあるのだ。

 久しく忘れていた感覚だ。

 家族が生きていた頃は、こんな感情があった。

「ん」

 アディスの肩に頬を乗せる。大人と子供状態だ。

「眠いんですか。寝ていいですよ。ずっと一緒にいますから」

「ん」

 起きたら、きっといつものように、アディスに抱え込まれて寝ているのだろう。その時になれば鬱陶しいと抜け出すために苦労しそうだが、安心してよく眠れる。

 暗い部屋でも、よくも眠れる。






「予想と違う……」

 起きた彼女はそう呟いた。

 それはそうだろう。

 彼女を抱きかかえるのはアディスとミラ。そのアディスを抱きかかえるトロア。

 一つのベッドを四人で使っているのだ。隣のベッドには、竜の夫婦が仲良く眠っている。

 ネルフィアが熟睡しているので、カジノの上階にあるホテルの部屋をそのまま借りたのだ。

「ハノさん……おはようございます」

 気を取り直した彼女は周囲を無視し、首だけ上げて挨拶する。彼女のそういうところが、異様な順応性の高さを生んでいるのだろう。

 ハノは彼女のそんなところを好ましく思っている。ミラとは全く違う意味だが、強い子だ。

「おはよう」

「えーと……昨日はお世話になりました」

「いや、いいんだよ。あんな悪魔がいては、遅かれ早かれ被害が出ていたから。

 知り合いだったからこそ、被害が未然に防げたんだしね」

「でも、どうしてそんな所に寝てるんです? ユイ君は?」

 ソファで身を丸めているハノは、笑いながらミラを指さす。

「ユイは神殿に。私は彼女が心配で」

 万が一の事があってはならない。多少刺されても死なない面々なので監視だけですんでいるが、普通の人間であれば、見ているが側が心配で眠れない。

「…………そういえば、うちでも近いところで寝ていましたね。いつもすみません」

 子供のような幼い顔に、可愛らしい笑みを浮かべる。

 幼いこの顔に騙されそうになるが、彼女は外見ほど幼くはない、聡い女性だ。

 監視も気付かれないようにしているつもりだったが、しっかりと気付いていたようである。

「ハノさんは、本当にミラさんが好きなんですね」

「どうしてそれで『好き』が出てくるだい?」

「だって、監視をするのはミラさんのためじゃないですか。私達なんて、ほっといても大丈夫なのに」

「まあ……そうですね」

 突き詰めれば、ミラの為だ。セーラの言葉は正しい。セーラの心配よりも、ミラの自由のためという意味合いが強い。万が一の事があったら、ミラの今よりも行動が制限されてしまう。

 ミラの事が好きだから、監視しているのだ。

 ハノにとって、まともに話が出来る人間の女性は、ミラとセーラだけと言ってもいい。とても話やすい。

 だからセーラを心配しているというのも間違いではない。

「他の人に言われたら否定するけど、あなたの場合は純粋な気持ちだから、否定しなくてもいいのが楽だな」

「じゅ、純粋?」

「はやし立てるような勘ぐりが好きではないから。好きにも、いろいろとあるし」

「ああ、そういうことですか」

 この好意を勘違いするような連中は、下世話すぎて苦手だ。とくに女性にはそういう傾向が強い。

「同じ意味で、あなたの事も好きかな」

「そうですね。私もハノさんの事好きですね。いいひとだし」

「そう言う人は、珍しいんだよ。私は半分悪魔だから。寿命も違うし」

 実のところ、寿命の違いはまだ分からない。ここまでは普通に成長してきた。ここから先、歳を取って初めてそれを感じ取るのだ。

 そしてその長いか短いかまだ分からない寿命を、神子たるユイににも分ける事になる。分配ではないので、分けたとしても減りはしない。ただ、共有するだけだ。

 この寿命でも足りないほど生きられたら、寿命だけは長そうな魔物を捕らえることになる。その時のために、ユイは使い魔を増やさない。

「ところで、助けていただけるとありがたいんですが」

 しっかりと抱きしめられている彼女は、上半身をわずかに起こすだけで、それ以上動けないでいるようだ。

「愛されてるね」

「ほんと、アディスと会ってからは……」

 決して嫌そうではない。夫婦になると張り切る子供の竜を、彼女は彼女なりに愛しているのだろう。

「愛は重いと言うけれど、私は今、物理的に重いです」

 三人がかりだ。ミラと竜二匹。

 助けてやりたかったが、寝ている彼等に近寄るのは無謀。ミラの場合、眠る前に抱えているならともかく、寝た後に手の届く範囲に近寄ると、言葉には言い表せないひどい目に合う。

 半悪魔のハノでも、生きていられるかどうか分からない。

「…………力及ばず申し訳ないけど、それに命を賭けるのはちょっと……」

 せめて寝ぼけて殺そうとしてからでないと、動く気にはなれない。止めるのも命がけなのだ。

「いや、助けを求めてから、自分でも無理かなぁって思ったんで」

 彼女はため息をついて枕に頭を預け、まずはアディスを起こす事から始めた。

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