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10話 聖都 3


 目を覚ますと、そこはまさしく『お茶会』だった。

「うおっ!?」

 聖良はここはどこだと見回す。

 知らないが、やたらとゴージャスな部屋で、高そうなレースのテーブルクロスの中央には、高そうな透かし彫りの花瓶に、高そうな花が生けてある。目の前には花柄の高そうなティーセットに、数々の手の込んだ高級そうなデザートが並べられている。それを取って談笑する美しい貴婦人達がまた現実離れしており、耽美でハイソな世界を作り出している。

 聖良はお茶会に参加しているかのように、テーブルの前にある椅子に縛り付けられていた。

 この縄さえなければ夢だと思って好き勝手し始めていたところである。これのせいで、現実的だと思い知らされた。

「………………」

 状況がさっぱり分からなかった。

 美人の使用人にお茶をもらって、気付いたら縛られて目の前でお茶会だ。意味が分からない。

 記憶を辿ると、薬か何かで眠らされたのだと推測出来たが、生半可な薬がなぜ聖良に効いたのか疑問だった。

「あら、起きたのね。起きたらますます可愛いわ」

「お茶はいかが? 美味しいクッキーもあるのよ」

「お着替えを先にします? その服は身体に合わないわ。始めに着ていた服が可愛かったけど、汚されてしまって残念ね。とってもとっても可愛かったのに」

 最後の言葉は先ほどお茶を入れてくれた女性だった。誘拐実行犯である。先ほどの掃除婦めいた服装では無く、このお茶会に参加するに相応しい、ベージュのドレスを身につけていた。

 この耽美な世界を作り出す絶世の美女達は誰だろうかと、聖良は首を傾げた。

 誘拐されているはずだが、そのような気分にならない、不思議な空間だった。

「……あら、起きたのですね。ごきげんよう」

 背後から、手が伸びて目の前にティーカップが置かれた。

「あ……」

 女の子だ。十代前半の、とても綺麗な女の子。赤毛が印象的な、魔女の……

「ええと」

「お久し振り。ルシウス様の魔女、ヘレナよ」

 微笑みの一つ浮かべる事もなく淡々と言う。無表情な子だ。

「…………ええと、ここは?」

「私達が借りている宿よ」

「こんな所にいていいんですか? この前、神子に追っかけられていたのに」

「グリーディアならともかく、ここは来たければ来てもいい場所よ。ただ、支配される恐れがあるから来ないだけであり、それさえ気にならなければ誰だって来るわ。今は悪魔を支配できる器が埋まってしまったから悪さをしなければ安全なものよ。自分を埋めるほどの使い魔を殺して、支配できなかったら馬鹿らしいもの。そんな冒険心を持つ気骨のある神子など滅多にいなそうよ」

 聖良は納得する。

 してはいけないのだろうが、納得する。

 神子が埋まってしまった自分の器に空きを作るには、今いる使い間を殺さなくてはならないのだ。

 戦力を殺して、悪魔に立ち向かうなど不可能である。神殿も町中に悪魔が侵入している状況を信者達に知られるとか、町中で悪魔退治が始まるなど、決して望まないだろう。ミラの怯え方を見ての、聖良の勝手な判断だが、あながち外れてはいないはずだ。

「でも、国を出てきたから、これ幸いと誘拐って、何を考えているんですか?」

「さあ」

「私なんてただ人種と話し方が珍しいだけでしょうに、こんな美人だらけの所に連れてこられても腹が立つだけなんですが」

「セシウス様は一定レベル以上の女性なら誰でもいいから。特に他人に嫁ごうとしている女性をさらうのがお好みのようね」

「…………」

 略奪好きというのは、人間の中にもいる。他人の幸せを奪って、壊し尽くして、それで飽きてしまったらポイと捨てるのだ。

「前、飽きたら帰すとか言ってましたけど、最悪なんですが」

「悪質極まりないという事は否定は出来ないわね」

 まさか肯定の言葉が返ってくるとは思いもしていなかった。

「そうねぇ、子供には分からないかも知れないわね。セシウス様は、力も内面も磨かない女には興味がないだけなのよ」

 美女の一人が、うっとりしながら言う。

 やはり飽きたら捨てるという事だ。大人になったら興味を無くすアディスと、どちらがマシなのか分からない。

 そう考えると、やはりアディスも最悪だ。

 今は生まれ変わって清らかだと言い張っているが、大人になったらどうなることかと考えると、少しうんざりした。今のまま聖良べったりでも、それはそれで鬱陶しいし、不特定多数の少女に手を伸ばすのも阻止しなければならない。

 身体が子供で行動範囲が限定されている今が、一番気楽だった。彼の将来の事は考えたくもない。

 それでもアディスは安全なので、今は目の前の危機をどうにかしなければならない。女性ばかりというのはある意味安心できるのだが、縛られているのには変わりない。

「ああ、縛られていてはお茶が飲めませんね」

 しゅるりと音を立てて、勝手に縄が外れた。

 お茶を飲みたくてヒモを見ていたわけではないのだが、ほどいてくれた事には感謝する。あっさりと懸念が払拭されて、ほっと息をつく。もしもの時は、窓から飛び降りればいい。

「今度は薬など入っていません。どうぞ。その間に着替えを用意します」

 やはり薬を盛られたのだ。フレア経由で、生半可な薬は効かないと聞いているだろうから、すごい薬を用意したのだろう。死ななくてよかったと胸をなで下ろす。

「さあ、美味しいのよ。食べて」

 勧められ、しぶしぶ手にする。今更毒など入れないだろうと信じて。

 聖良は遠慮がちにクッキーを一つ手に取っただ。二つに割ると、断面から乾燥した果物らしきつぶつぶが見えた。口に含むと、バターの風味が口に広がる。

「あ……なんか懐かしい」

 学校の休み時間、こんなようなクッキーをもらって食べた。

 知り合いはやたらと聖良に物を食べさせてくれた。

 人は可哀相な相手に施すのが好きなものだが、あれは何かきっかけがあったはずだ。

 確か、隣のクラスの男子生徒に告白されて、無理と即答した時、友人達にとっては条件のいい男子だったらしく、振った理由を聞かれたのだ。

 その時は困った挙げ句、素直に『金を持っていない学生と付き合っても自分にはマイナスにしかならないから、あの家にいる限り無理。連れ出してくれるような大人の男の人ならともかく、彼氏なんて作ったら食事の制限も受けるかも。デートできる服もないし、お金かかるし絶対やだ』というような内容を言ったら、そのうち話が大きくなって皆がお菓子をたくさんくれるようになったのだ。

 おかげで太った。

 今思えば、彼もアディスのような人間だったのかもしれない。好きでもないのに告白されたときめきに身を任せて、なんとなく付き合うような事をしなくてよかったと、今更思った。

 バイトと家事と勉強の忙しさでイライラしていたからか、まったくときめかなかったのがよかったのだ。あの時聖良が求めていたのは、あしながおじさん的存在だったから。

「ど、どうしたの? 何か辛い事を思い出したの?」

「いえ、故郷の友人の事を。よくこれに似た菓子を頂きました。なんだか懐かしいです」

「まあ……」

 この容姿だから、色々と想像するところがあったのか魔女達に抱きしめられる。

「可哀相に」

「こんなに小さいのに、苦労をしたのね」

 彼女たちの脳内では、聖良がとんでもない苦労をしている事になっているらしく、悲しむ振りをして楽しげだ。

 人というのは他人の不幸が大好きなのである。そういう不幸な人間に暇つぶし程度にかまうのも大好きなのだ。

 この人達は、凡人ではただ見上げることしか出来ないような高みから見下ろしているタイプだ。高い位置にいすぎて、腹も立たない。

「お着替えを用意しましたが、身体に合うか見てください」

 戻ってきたらしいヘレナが声をかけてくるが、彼女も小柄な子なので魔女達に阻まれて見えない。もがいているとようやく放してもらい、今度は服を押し当てられたが、魔女達によってそれは投げ捨てられる。

「どうしてこんな灰色のドレスなのっ。灰色はご主人様達だけで十分よっ」

「私が持っている胸回りが大きめの服はこれだけです。今の服よりはいいと思うのですが。色は地味ですが、生地はいいし、飾りも可愛らしいと思います」

 捨てられたドレスが拾われて、改めてあてがわれる。

 確かに灰色っぽいが、淡い色なので十分可愛い。切り返しがついていたり、レースがついていたりするので、地味だが高い服だ。

「まあ、この服よりはいいわね」

 魔女が諦めた。

 問題があるとすれば、ウエストが合うかどうかだ。この手の服はぶかぶかに見えてウエストが細いのが可愛いのである。身体は入っても、見苦しい事にならないか不安があった。

「では、どうぞこちらに」

 手を引かれ、隣の部屋に連れ連れて行かれる。やたらと広い部屋に何人用だという大きなベッドが鎮座していた。

「…………」

「お着替えを手伝います」

 聖良は灰色のドレスの、背中にあるたくさんのボタンを見てげんなりした。

 一人で着られない服の多い事多い事。普段着はとくかも、よそ行きの服はアディスに手伝ってもらう事もある。もちろん、限界までは自分で頑張るが、限界がある。

 今聖良が着ている、肩がずり下がるような、余りすぎの服を着るよりはいいので、渋々と着替えた。

 案の定、手は届くがボタンなど指に挟むぐらいしかできない部分があり、控えていたヘレナに手伝ってもらう。

 伸ばしっぱなしの髪を手櫛で整え、自分を見下ろしてげんなりした。このような服は、華奢な女の子が来た方が似合う。

 アディスならやたらと褒めるのだろうが、彼は幼い容姿なら何でもいい傾向にある。

「お似合いよ」

 感情一切なしの棒読みで言われると逆に清々しかった。店員の心にもない笑顔よりはずっといい。

「ところで、私はいつ帰してもらえるんでしょう」

「…………さあ」

「さあって」

「私が部屋に戻ってきていたら縛られていたもの。

 話を聞いたら、可愛かったから薬で眠らせて連れてきたそうよ」

「…………」

「おそらく、ただの好奇心や退屈しのぎでしょう。大人しくお茶の相手をしていれば、セシウス様に見つからない限りすぐに帰していただけるわ」

「…………ああ、変態の方の……いえ、フレアさんのお父さんですね」

「ええ、変態の方」

 ヘレナはさらりと肯定する。この少女の表情には出ない性格が見えたような気がした。

 そんな事を考えていると、唐突にドアが開いた。

「誰が変態だって?」

 男性が顔を出す。

 フレアに似たその顔立ちを見れば、言われるまでもなく件の悪魔なのだと判断できる。

「セシウス様、もう戻られたのですか」

「ああ、退屈だからね。

 でも、知らないうちに可愛い子を連れ込んでいるね」

 聖良は後ずさる。

「背丈が同じぐらいなのに、ずいぶんと印象の違う子だ。可愛いね」

 にこにこと微笑む様は、フレアがもしもまともだった時の姿そのもので……

「あれ?」

 首をひねる。

 フレア以外の誰かかが思い浮かぶような気がした。

「どうかした?」

「いや……さすがにフレアさんは似てるんだなと」

 彼は一瞬きょとんとした。

「君がフレアのお気に入りの子か。聞いた通りの話し方だね。

 フレアは多少僕に似ているかもしれないが、僕の方がいい男だろ?」

 聖良は呆れた。

 息子よりもいい男だと主張する場合、そのすべては冗談だと思っていたのだが、彼の場合は本気だ。

「まあ……男らしいですねぇ」

 彼は女装しているから、女らしいのだ。いい男と言われれば、男の格好をしている彼の方がいい男に決まっている。比べるのが間違っている。

「ふふ、面白い子だね」

 セシウスが手を伸ばしてくる。後退して、小さなガラスが埋め込まれた窓の外を見てぎょっとした。

 光が遠い。下の方にある。かなり高い。さすがに、これは高くて飛び降りれない。

「綺麗な髪だね」

 窓の外に気をとられている内に、セシウスが近づき頭部に触れてきた。

「綺麗な肌だ」

「そりゃ、どーも」

 間近で見ると、うぬぼれるだけあり綺麗な顔だ。アディスよりも整った、左右対称の歪みの無い顔立ちだ。しかしぱっと見の雰囲気を含めると、優しげなアディスの顔の方が好みだった。もちろんアディスには口が裂けても言えないが。

「おいで、一緒にお茶にしよう。美味しい菓子を買ってきたから」

 手を引かれる。かなり嫌なのだが、相手は悪魔。抵抗するだけ無駄だ。

 もとの席に座らされ、聖良はため息をついた。

 本当に菓子が増えており、お茶には花が浮かんでいる。

 魔女がこれだけいて、悪魔もいて、高すぎる場所。

 いくらなんでも、逃げ出すには条件が悪すぎた。






 最後の手段とアディスが手にしたのは、セーラが身につけていたペンダントだった。

 それをぶら下げて、歩くだけ。

 ユイはどんな大魔術が見られるのかと期待していたので、少しばかりがっかりした。アディスの魔術は繊細で参考になるのだ。ゼロ歳児の竜から学ぶというのも、悲しいものがあるが、中身が名高い魔術師なので気に病む必要はないと自分に言い聞かせた。

「それでセーラ、見つかるのか?」

 真っ先に暴れそうなミラだが、アディスがまだ手段があるというので落ち着いていた。その方法にも興味津々だ。

 同じく真っ先に暴れそうなネルフィアは、現在ホテルの部屋でぐっすりと眠っている。怒りで喉が渇いたらしく、部屋にあった冷めた茶を一気のみしたら眠ってしまったのだ。心配の種が寝てくれたので、アディスはトロアに暴走しないようくどくどと言い含めてから、心おきなく活動を始めた。

「なんとなく、ですが」

「ダウジング、人も探せるのか?」

 鉱山を見つけるという話は聞くが、人を探せるとは聞かない。

「さあ他人のする事は分かりませんね。

 私の場合はセーラ限定ですよ。これは私の魔力を追っているんです。セーラと私の魔力は繋がっていますから、それを探っているんですよ。

 道具などなくとも普段からなんとなく分かるんですが、かなり漠然とした事しか分かりません。ある程度の距離があれば方向は定めやすいですが、近づくとどうしても曖昧になるんですよ。それにここは、魔力のある生物が多い。道具を使って方向を定めないと、一人の人間を探すのは時間が掛かります」

 ずかずかと進むアディスは、ホテルの廊下の突き当たりに差し掛かり足を止めた。窓を開き、人々が行き交う通りを眺め──飛び降りた。

 ここは三階だが、魔術師であり竜であるアディスにとっては高さなど関係ないのだろう。

「追えないって」

「それはユイだけ。安心しろ、抱えてやる」

 理解する前に、ミラがユイを肩に担ぎ上げる。

 窓枠に足をかける。

 ハノが神殿で留守番をしている以上、この場にいるまともに人間なのが自分一人しかないなのだと、ユイは今更ながら気付いた。

「ちょ、ちょちょちょっ」

 言葉が上手く出ない。上半身が外に出ていた。腰よりも頭の方が低い位置に来て、人々が行き交う地面が見えた。悲鳴を上げる間もなく、ミラは窓から飛び出る。

「ひぃいいいいっ」

 肩に垂らしていた三つ編みが顔面を打つ。

 一瞬、意識が飛び、気付けば地面に下ろされていた。

 足が震えて立てないでいると、ミラが再び肩に担ぎ上げて歩く。

「ミラ、持とうか? 女の子がわざわざ重いもの持つ事ないよ」

 トロアは日頃から女性には優しくする、という聖良の言葉を実行するべく、ユイを荷物扱いした。竜の中でもまっとうな常識を持つラゼスは、一番危険なネルフィアが起きた時、暴走しないように見張ってくれているのでここにいないことが悔やまれた。できれば逆の役割の方が心穏やかでいられたのだが、夫婦を引き離して役割を交代しろなどとは、言えない。とても言えない。

「自分で歩くよ。震え、治まったから」

 羞恥というのは、恐怖をかき消してくれる事もある。とにかく、女性の肩に担がれるという恥ずかしい姿を晒し続けたくなどない。

 ユイは自分の足で走ってアディスを追う。

 突然空から降ってきた彼らは目立っているが、セーラの事となると周りが見えなくなるアディスは、気にもとめずに歩いている。

「恥ずかしいから、さっさと退散しよう」

「退散? セーラを捜すのだろう」

「探すよ。さっさと探すよっ!」

 アディスを追ってその場を離れ、進行方向に道がなくなるとユイが先を予測して道を探し、やがて街壁に突き当たる。

「この向こうは夫婦街だね。男女入り乱れているから厄介だ」

「荷物扱いできる小さな人だから、男女も関係ありませんよ。あれだけ軽いと女性でも持てます。脂肪は軽いですからね」

 それが何を意味していても、本人が聞いたら彼は殴られているだろう。その一言がなければ、セーラだっていつか彼の望むように心を開くのだろうが、まだまだ道程は遠そうだ。

「回り道は面倒くさいですね」

 アディスは何を思ったか、壁をよじ登り始めた。竜の握力で凹凸とも思えない部分に手をかけてするすると登る。

「た、確かに門まで行くと遠いけどっ!」

「アディス、面白い事をする」

 と言いながら、ミラは縄を振り回し上へと投げる。がしゃ、と音がして、何かが引っかかるとするすると登っていく。

「だから、何でそんなもの持ち歩いてるの!? ダメって言っただろ!」

「刃物ではない」

「凶器になるような物なら一緒だろ!」

「ユイ、我が儘。だったらそう言えばいい。道具は便利。私は人間だから、道具を使う」

 ミラとはこの事に関して、話していてもわかり合える事はないだろう。そんな日が来たらとても嬉しいのだが、想像できない。

「トロア、ユイ、頼む」

「わかった」

 トロアはユイを担ぎ、ミラに続いて縄を登っていく。ユイが自力で登っていたら、歩くような速度で上がっていく彼らには到底及ばないので、助かった。

 トロアが上まで来ると、上で待っていたミラはフックを回収して夫婦街側に飛び降りる。また、飛び降りるのだ。

 高いところは怖いのに、なぜこうも飛び降りるのだと文句を言いたいが、緊急時に言えるはずもない。

 人気もない所なのでいいが、見つかったら完全に不審者である。神子のユイがいるから見つかっても言い訳できるし、別に隠密行動でもないので問題ないのだが、なぜか隠れたくてたまらないのだ。

「もう……飛び降りないよね。これがラストだよね」

「高いところ嫌いなのか? 人間には多いらしいな。立てるか?」

「たて……る」

 自信はなかったが、下ろされると自分の足で立てた。ふらついているので手を引かれる。トロアに関してはセーラを半殺しにした時の姿が印象的だったが、落ち着いているといい竜なのが分かる。セーラを殺しかけてからはずっと脅えられ続けたらしいので、他人の扱いには気を使うようになったのだろう。ミラよりも物わかりがいいとは、どういう事だろうか。

「あっちの方は何があるんでしょう」

 アディスが指さした方は、街の中心地だった。

「神殿とか、デパートとか、ホテル街かな。三都の中で一番金があるタイプがいる場所だね」

 つまりは金が目当てとは限らない。

 また難儀な目にあって、彼女はなぜこうも不運なのだろうか。

「まさか、セーラの可愛いさと珍しさに目をつけた金持ちの変態がっ!?」

「うぅ……否定できないところが、セーラというか」

「せーらぁぁぁぁあ」

 アディスが走り出した。普段は余裕綽々で小生意気なぐらいのアディスが混乱している。

 大人の知能を持っていても、やはり子供なのだ。大人の知識を持っているからこそ焦り始めたのだろうが、セーラがいる時に比べると落ち着きが無い。

 ネルフィアよりはよほど保護者をしているセーラがいないと不安でたまらないのだ。彼女と結婚したいというのは、優しい年上のお姉さんに将来結婚すると言い張る、子供独特のあれだろう。

 そんな彼は混乱して忘れている。

 彼の心配は否定は出来ないが、案外けろりとしていそうなのもセーラなのだと。

 それを忘れて走る竜の子供は、とても足が速く、人間の足では追いつけず、またトロアに荷物よろしく抱えられた。

 人が増えてきて恥ずかしいのだが、今下ろせと言う勇気は、彼になかった。






「可愛いわ。ヘレナと違って灰色でも沈み込まないのね。あの子が着ると、どうにも似合わないのよ」

 何に沈み込むというのだろうか。意味が分からなかった。

「嫌そうな顔が可愛いわ。ヘレナじゃ何をしても無視するもの。あなたは可愛いわ」

 ヘレナは聖良と違い、本当に人形のようである。本当の意味で、人形師の人形に混じっていても生きているとは気付けなさそうなほど人形らしい。

 その人形師の父親は、先ほどからセーラの髪を弄って遊んでいる。アディスといい、この男といい、フレアといい、この手の男は髪を弄くり回すのが好きらしい。

「服を汚されたんだってね。かわいそうに。君のような可愛い子を傷つける男は、死んでしまえばいいんだよ」

 さすが悪魔だけあり、人の命は服よりも安いようだ。

「いやぁ、連れが適度なお仕置きをしているはずなので問題ありません」

「連れ、というのは、アディスとかいう男のことかい」

「まぁ」

 お仕置きしているのは彼だろう。

「人間にしてはなかなかの力を持っているようだけど、私には遠く及ばないよ」

「そうですねぇ」

 狭い場所な上、楽しんで手加減していたから、ヘレナも彼の本気は知らない。姿が見えないアデライトも、竜の記憶はないはずだ。

 竜に関しての情報が漏れていたら、もっと別の言い方をするだろう。だから、彼はまだ知らない。それを確認出来たのはいいが、ここから逃げられなければ何の意味もない。

「小さいのに冷めているね。ヘレナとは違った意味で冷静だ」

 頬を指先で撫でられる。

 アディスにされるのは慣れたが、知らない相手にされると気持ちが悪い。

「そんなに嫌がられると傷つくな」

「嫌がっているのが分かるならやめてください」

「嫌がる顔も可愛いよ」

 アディスと言っている事は似ているが、タイプが違う事に気付いた。アディスのアレは愛玩動物に対するものに似ているが、この男のはとにかくいやらしいのだ。聖良が今まで出会った事のないタイプである。思わずキモイ、と面と向かって言いたくなった。

 まさか言えるはずもないので無視して飲み食いする。アディス達と一緒にわいわい食べたら美味しいのだろうが、じっと見られると美味しいとも感じなかった。

「そういえば、今は何時ですか?」

「十二時だよ」

「そろそろ帰らないと」

「泊まっていけばいいよ」

「いえ、帰らないと叱られますし、たぶんものすごい騒ぎになってますから」

 アディスがきっと──そこまで考えて、ネルフィアとトロアの存在を思い出した。

 血の気が引いた。

 炎を吐く二人は、聖良の脳内で大怪獣的な姿で描かれる。

「……ほ、ほんとに帰らないとっ!」

「殲滅の悪魔は神子に支配されて、大人しいものよ」

 ヘレナの言葉に首を横に振る。

「と、とにかく帰らないと、火の海にっ」

「火の海?」

「うっかりそんな事をしそうな人を連れてきてしまったんですよ! っていうか、ここどこですか!? 神殿どこですか!?」

 アディスとラゼスがきっと大変な目に合っている。ひょっとしたら上手く説得できているかも知れないが、また匂いを追ったりと無駄な事をしているかもしれない。

「焦る顔も可愛いね。しかし、焦る理由が身内の事とは、剛胆なのか気が小さいのか」

 綺麗な顔に微笑を浮かべ、髪に触れてくる。やっている事はアディスとほぼ同じなのだが、やはりアディスのは思い切り抱きしめて、擦り寄って、弄って、たまらなくなりキスをして来るという、動物相手の反応であり、この男とは違う。

「セシウス様、本当に気色悪いぐらいは思われているので諦めてはいかがでしょう」

「ヘレナ、お前はもっと歪曲な表現が出来ないのかい?」

「事実を述べたまでです」

 ヘレナが聖良の気持ちを代弁してくれた。彼女の主はこの変態の方ではなく、兄の方だ。主でないから逆らえるのだろう。

「セーラだったかな。君はこんないい男に見つめられて、何も思わない?」

 見つめられる。

 いい男には違いないが、こんな美女に囲まれているような男にどうやったらときめくというのだろう。聖良はけっこうロマンチストだ。他人も見ている男の視線など、毛ほども感じない。どうにもフレアを思い起こす顔をしているから、余計に別の事を考えてしまう。

「とくに何も。帰していただければ感謝しますが」

 セシウスは少しむっとした。

 自分に惚れない女を嫌悪するタイプだろうか。

「まだ小さいから、セシウス様の魅力が分からないのね」

「子供にはルシウス様の方が懐かれるもの」

「子供は無邪気で可愛いわ」

「身も心ももう十八歳です」

 子供扱いされるのだけは心外なので、慰める魔女達をうっかり遮ってしまった。言わない方がよかったのだが、言ってしまった。

 セシウスと魔女達が一斉に聖良を見た。

「まさか、誰かのお手つき?」

「正真正銘普通に年をとってます。失礼な」

 今更隠しても仕方がないので、変な詮索をされるよりは事実を言った方がいい。

「まあ…………病気かしら」

「栄養状態が悪かったの? 小さなころに必要なだけ食べないと、あまり育たないというものね」

「なんて可哀相なのっ」

 魔女達に同情され、自分が作ったのに自分だけ少なくて貧相な食事だったのを思い出し、あまり否定できなくなった。

「きっとそうに違いありません!」

 普通に背が伸びなかったと思うより、その方がまだいい気がした。

「まあ。たくさんお食べなさいな」

「いや、今食べると太るんじゃないかと。これ以上太るのは……」

 腹が出てきたら、最悪だ。

「そうね。今はちょうどいいものね」

「そうだわ。明日はもっと美味しいものを食べましょう」

 彼女たちは明日まで聖良をここに拘束するつもり満々らしい。

 とにかく、今夜を無事に乗り切る事を考えようと思った。

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