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9話 家族旅行1


 薪ストーブに火がともる、暖かい部屋から外を見る。

 短期間で作ったのに、すきま風が吹き込むこともない部屋に感動しながら、膝に頭を乗せるロヴァンの背を撫でる。

 すっかり懐かれた。

 いつもは外にいるのだが、暖かい場所の方がよいらしく、しとめた獲物をくわえては遊びに来る。飼い猫ではないが、ノラを家に出入りさせている半飼い主といったところか。文句を言うご近所さんもいないので手懐けても問題ないのがよい。

 とても賢い子で、ネルフィアが来る直前になると、察して帰る。ミラにも脅えているが、まだ人間の気配がするためか逃げ出さない。噛まなければ切られないと本能で悟っているのか、雰囲気で分かるのかもしれない。

 ロヴァンが脅えるネルフィアは、狭い住居が好きではないらしく、寝るときは上に帰る。しかし食事の時には小さくなってここに来る。

 ここもそれほど広い家ではないので、聖良とミラが同じベッドで寝て、男達はリビング兼ダイニングのカーペットとクッションで好きなように寝ている。

そんな日が続いて、ふと思い口にした。

「ユイ君達が来てけっこう経ちましたけど、まだ神殿に戻らなくてもいいんですか?」

 たまには帰らないといけないと言っていた気がする。そのたまにとは、月単位帰らなくても問題ないのだろうかと言う意味だ。魔法で超短縮したとはいえ、家が一軒建ってしまっている。

「帰れって意味じゃないですよ。なんか厳しそうな感じなのに立場は本当に大丈夫なんですか?」

「ユイ、肩身狭いから神殿が嫌い」

 黙々と木彫りの人形を作っていたミラが顔を上げて言う。刃物をいじっていると落ち着くらしい。かなり器用で、そのまま土産物屋にでも並べたい出来である。

「ミラさんの事でですか?」

「ユイ魔術師。魔術師、この国以外では嫌われる。自分たちにない力を持つから」

「なるほど」

「この国以外は例外なく魔術師であることは隠す。恐怖もあるけど、妬みが大きい。

 ユイの場合、上層部の一部しか知らないけど、それが周囲に伝わる。上に期待もされているから、やっかみの対象になる。半悪魔と私を連れているのも原因の一つ。帰りたい場所ではない」

「なるほど。でもどうやって魔術の勉強を?」

 滅多に教えてくれる人などいないと聞いている。しかしそこでハノの存在に気づいた。彼はへらりと曖昧に笑った。

「複雑な家庭環境ですね」

「セーラほどじゃないよ」

「そんな事ありません」

 聖良の家庭は複雑なのではない。ありふれた環境で、複雑ではない。ただ少し突飛なだけだ。

 アディスの方がよほど複雑である。

「僕もいっそのことこの国で生まれてたらなぁ」

「何言うんですかユイ。ちょっと前までハーネスの悪夢がありましたよ。神子でそれだけの魔力なんて、絶対に狙われます。それだけ器が大きければ、滅多な事じゃ身体を変える必要もなくなるし……この国に神子が生まれにくいのは良かったのか悪かったのか。

 そういえば逆に産まれやすい地域もありますよね」

「ああ、神殿の周辺は多いから、そこに神殿が出来たぐらいだし、地域性ってあるみたいだね。たまに近い身内で神子が何人か産まれることもあるし、遺伝がまったく関係ないって事もないみたい。ただし魔力を持っている人はあまりいないよ」

 そんな会話を聞きながら、聖良は蔦のかごを編む。ルルトに教えてもらったのだ。勉強したり、端切れを縫い合わせてパッチワークにしたり、やりたい事はたくさんあるが、今はルルトに教わった事を身につけるのが先決だ。

 ルルト達が竜の村に帰る前に、簡単なことは教えてもらわないと後々困るのは自分なのだ。

 竹のように切れる植物があり、それをデテルが細かくしている。少し教わったが、自分でやっていたら少量で日が暮れる。人生は長いので、余裕がある時に練習する予定だ。明日はデテルが用意したそれで、別の籠を作る。

「セーラ、そういう作業は楽しい?」

 ユイに問われて、聖良は考える。

「そうですね。昔からこういうのはよくやってたので。もらい物のセーターをほどいて作り直したり」

「やっぱり国でも……」

 隣にいたアディスが呟き、聖良はその膝を叩いた。

「失礼ですね。叔母さんが男物しかくれなかったんです。他人にプレゼントする手編みのマフラーを編まされたりもしましたし」

「…………そんな思い出があるのに楽しいんですか?」

「強制されなかったら楽しいですよ。自分の好きな素材で、自分の好きな物を作れるってとっても素敵なことです」

 アディスは押し黙る。彼には一生分からないだろう。

「セーラ、細かい作業好きだな。私は刃物を使う作業が好きだ」

「ミラさんは、お魚とかお肉さばくのお上手ですよね。私、そういうのは得意じゃないから羨ましいです」

 細かく指示しなければ大ざっぱにぶつ切りをするが、教えれば綺麗に切ってくれるようになった。兎ぐらいならともかく、規模が違う動物を捌くのは、聖良には無理だ。しかしミラは大小関係なく、一度教えてしまえば言われた通りに、綺麗に解体してしまう。

 どう頑張っても、聖良が彼女のように巨大生物を切るのは不可能なので、自分に可能な範囲で出来ることを増やしていく事にした。

 かごが一つ出来上がると、可愛い布を敷いて果物を入れる。

 木の家に、手作りの家具に、手作りの小物。

 昔からこのような可愛らしい、別荘のような場所に憧れていたのだ。聖良はうっとりと可愛らしい果物籠を眺めた。

「ああ、普通の女の子ってやっぱりこうなんだよね。可愛いなぁ」

 ユイがため息をついて言う。

 普通のという言葉がひっかかる。普通でないのはミラであり、彼女に比べたらどんな女性も可愛らしいだろう。

「神殿は女性が少ないんでしたっけ」

「普段いるところは未婚の女性は子供だけだよ。隣には逆パターンの女性ばかりの都と、両方住んでいる都があるんだ。だから三角っぽい形をしたところだよ。三つの都が、高い塀越しに並んでるって感じかな。その三つで一つの国なんだ。男街、女街、夫婦街、みんな合わせて聖都って言われてる。ちゃんと地名あるけど、住んでる人でも覚えてなかったりするから、俗称の方が有名かも」

「面白そうな所ですね」

「セーラならどこの区域でも出入り自由だよ」

「それは私に子供を演じろと」

「いやいやいや、小柄な人が子供のふりをするのは時々あるよ。十二歳まではいていいから、少しぐらい誤魔化しても見た目が幼かったら問題ないらしいし、やたらと大人っぽい十二歳もいるし」

 どのみち子供の振りをするという事だ。

 むくれているとアディスがにじり寄ってきて、いきなり聖良を抱きしめて頬ずりしてきた。

 聖良には、彼の考えることはよく分からない。振り払うと寂しがってそれはそれで鬱陶しいから、しばらくは我慢する。もう少し大人の女性に対する扱いだったら怒ったりしないのに、本当に学ばないというか、常識がないというか。

「あの~」

 堪えていると、知らない声と、こんこんとノックする音。聖良が動けないのでルルトが玄関を開けると、知らない女の人が入ってきた。二十代半ばの金髪の美女である。

 その人を見るなり、ミラが剣に手をかけ、ロヴァンが聖良の──というよりも、アディスの後ろに隠れる。懐く相手と頼れる相手が同位置ではないと、魔物ですら思っているようだ。

「なんでレファリアさんが……」

 ユイが立ち上がり、笑顔で彼女を迎え入れた。いい笑顔だ。いい作り物の笑顔だ。

「その女性はどこのどなたですか」

 アディスの愛想の良い質問に、ユイは笑顔を崩さずに答えた。

「同僚の使い魔だよ。悪魔のレファリアさん」

 悪魔が使い魔。

 彼らはすごい存在のように言われているのに、神子達はあっさり支配してしまうようだ。

「下級ですが、本物のようですね」

 アディスの言葉にレファリアの顔が引きつる。

 みな刺々しい。アディスはどんな種族でも女の人には優しいはずなのだが、刺々しい。

「そうだとしても、この国に悪魔を送り付けるなんて、神殿は安定を崩してこの国を壊そうというつもりなんでしょうかねぇ」

 単純作業で頭がぽーっとしていたが、言われてみればその通り。使い魔と言えども一番来てはいけない種族ではないか。この国の住人であるアディスがピリピリしない方が危ない傾向だ。

「そ、その人を……」

 レファリアはミラを見ないようにおどおどしながら押す仕草をする。ハノがミラの肩に手をかけて下がらせると、彼女は正面を向いた。

「ウィンデル様からの言付けです。すぐに戻ってこられるようにと」

「どうして?」

「理由までは存じません。神殿全体の意志です」

 ユイは思い切り顔を顰めた。帰りたくないと話していた所だからそうなるのも至極当然。

 噂をすれば影がさすというが、なぜこうも言葉にすると嫌なことを引き寄せるのだろうか。一瞬聖良が悪いのかとも考えたが、ことわざになるほどよくあることなので、きっと違うはずだ。聖良ばかりがついてないとは限らないのだから。

「なぜ」

 ミラが剣の柄を握りしめたまま問うと、レファリアはひぃと後ずさる。顔面は蒼白。震えは止まらず、理由や種族を知らなければ心配していたところだ。

「私は、知らない」

「悪魔のくせに使えない。情報の収集もしていないとは、悪魔と呼ぶのも他の連中に悪い。並の悪魔、使い魔でも、もっとしっかりしている」

 どうやら彼女、ミラに嫌われているらしい。

「ミラ、無駄に威嚇しなくていいよ。レファリア、長老達の意向ってこと?」

「はい」

「それは新しい服作ったから戻ってきなさいレベルか、手に負えない魔物が暴れているから戻ってきなさいレベルか、どちら寄り?」

「おそらく後者かと」

「そう……」

 ユイは深いため息をついて、ミラへと向き直る。

 先ほどまで、ミラは上機嫌だった。その機嫌が、下降している。冷えている。

「ごめんミラ。一回戻るよ」

「…………」

「いや、むくれられても」

「長老のところ嫌。呼ばれると連れてかれる。嫌い。行きたくない」

「えっと……長老のところに……行かなきゃダメかな?」

 ユイはレファリアに問う。彼女は明らかに問いを発したユイではなく、ふくれ面のミラを見ている。

「お、おおおお、おそらく……は……そ、そぉなる、かとっ」

 最後の方は声が裏返っていた。

「ミラさん本気で脅えられてますね。神殿の皆さん、ミラさんを見るとああなんですか?」

「あれは極端」

「そうですか。なにかあったんですね……」

「昔の男を殺したとかで食ってかかってきたから木の枝を折って串刺しにしただけ。しぶといから全身を壁に縫いつけてやったらああなった。ユイが身を守ってもいいけど、殺すなって言うから仕方なくやったのに」

「そうですか。殺さないように押さえつけたんですね」

 脅えて当然だ。しかし、なまじ力がある相手だと、半端な事をすれば危険なのはミラだろう。反撃が不可能なほどに押さえ込むというのは、間違っていない。

 例えば、変質者などには、中途半端な反撃はかえって危険だ、やるなら徹底的にやれ、と、テレビの護身術コーナーで誰かが言っていた。

 ミラは間違っていないし、その方法が一番彼女自身も安全なのだが……やられた本人にしてみればたまったものではない。ミラはやられそうになったら百倍返し以上なので、自然と恨みも恐れも買いやすい。

 実際にやらないと殺される場面もあるだろうから、彼女を責めるのはお門違いだろう。他人に悪意を持つというのは、そういうことだ。

 いつものように自分のいいように結論づけていると、聖良はミラに抱きしめられた。日本人の感覚だと、その抱擁は鬱陶しいと頭によぎることもあるのだが、まさかミラには言えまい。

「セーラは言わなくても分かる。賢い。好き」

 賢いのではなく、過剰な自己防衛の結果だが、それもまさかミラには言えまい。

 好かれていれば、裏切らなければ、あっさり殺されることはない。関わり合いにならないのが一番なのだが、こうなってしまった以上は関係を続ける必要がある。

 暴力的な所がなければ、面白いし元の世界の友人達よりも好感が持てるので、この環境は元の世界よりはいいと思っている。

 つまり、意外にみんな好きなのだ。

「ミラ、セーラが好きなのは分かったから、荷物をまとめてくれると有り難いな。悪魔が長くいるとまずいし」

「…………」

 ミラはしぶしぶといった様子で、寝室に向かう。荷物などほとんどないからあっという間にまとめて戻ってくる。

「洗濯物は生乾きですから、乾いたら大切にしまっておきますね」

「ありがとう。ジジイ達が呼ぶと時間がかかるから、雪が積もり始めたら来られないと思う」

 確かに雪山越えをして戻ってくると言われても困る。そろそろ上の方は積もっているだろう。そういう場所は避けて行くとしても、春を過ぎてからの方がいい。

 その言葉を聞いて、アディスは首を傾げた。

「でも来る時は船だったのに、次は山越えするんですか? 旅客船はないですが、神殿の権限でどうにでもなるでしょう。うちからも定期的に使者を派遣してますよ。

 人間のアディスは、先輩に一回連れてかれそうになりましたよ。むさい男どもと一緒にいるよりも、可愛い子供達に勉強教えてる方が楽しいって断りましたけど」

 誘った人が少し可哀相だ。アディスのアディスらしさ満載の断り文句を吐かれたら、聖良ならもう口をきいてやらない。

「グリーディアからはそんなに使者が来てるの? 知らなかった」

「他にもたくさん来ているでしょうから、仕方がないですね。魔術師だから、慎重な扱いされているみたいですし」

 魔術師の外交官がいるのだ。

 言語の問題もなくなるし、自分の身も自分で守れる。考えてみれば自分の身も守れないようでは、風当たりのきつそうな国の使者などやっていられないだろう。

「それって、壁に囲まれた三角形の変な国のことかしら?」

 興味津々といった顔のルルトが口を挟む。彼女もかごを編んでいたのだが、すっかり手が止まっている。

「ルルトさん、知ってるんですか?」

「あっちの方が、私やラゼスの母親の出身地なのよ。だから一度だけ見たことがあるわ。今度ラゼスが来た時に言えば、連れていってもらえるんじゃないかしらねぇ」

 ルルトは嫁に来る竜についてきたようだ。ラゼスの母親である普通のお嫁さんな竜と、可愛いギセル族を想像すると、可愛らしくて胸が高鳴った。

「でも、せっかく小屋を造ったのに……」

「何を言うの。子供がわざわざ寒い場所で冬を過ごすことなんてありませんよぉ。遠慮せずにおねだりなさいな。あちらは都会だからきっと楽しいよ」

 聖良はちら、とミラを見る。

 不機嫌な顔が治っている。いつもの冷静なミラだ。

「聖都か……一度行ってみたいと思ってたんですよね」

 アディスの言葉を聞いて、ユイは気が変わらないうちにとばかりに、希望を持ったミラの手を取った。

「じゃあ、行きますね。デテルさん、ルルトさん、お世話になりました。ネルフィアさんにもお伝え下さい」

「ご丁寧にどうも。またいらしてください」

「お元気で」

 二人は小さな手を小さく振り、聖良達もそれに倣う。

 神子ご一行は、速やかに本拠地に帰っていった。


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