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8話 グリーディアの魔物 3

 案の定にらみ合うアディスと人形師。

 夫婦は見つかっていない。

 今は聖良のためにと、人形達に周囲を探してもらっている。

 なのに二人は睨み合っている。

 その間にフレアも来て、話がますますややこしくなった。

「もう、二人ともいつまで見つめ合ってるの? 気色悪いわ」

 二人は目をそらして、それでも意識は互いに向いていた。趣味が被っているところがあるから、同族嫌悪的する部分があるのだ。

「でもどうしてさっき別れたばかりのセーラ達がここにいるのよ」

「ご近所さんだ」

 どんな説明だそれは、と、アディスは思い切り顔を顰めて首を横に振る。

「この近所にアーネス所有の家があります。飛んできたら目立つから」

 アディスは苛立った様子で腕を組みながら言う。

「考えることは一緒ねぇ」

「さすがに屋敷一つ隠すような事をしていたら、見つかった時に怪しまれるからやりませんけどね」

「やっぱり怪しいかしら?」

「そりゃ怪しいですよ。あまりにも怪しかったから試しに様子を見に来たんですから」

「普通は分からないわよ。あなたどうして分かったの?」

「天才に不可能はないんです」

 フレアの顔つきが険しくなる。

「嫌な男ね。こんなに性格悪いなんて思わなかったわ。遠くから見たらいい男なのに」

「どうして連続殺人鬼の弟に愛想を売らなきゃいけないんですか」

 ユイが驚いて後ずさる。変な男というだけの認識だったのに、殺人鬼に塗り替えられたのだから驚くのは当然だ。

「それに、その近眼で遠くから見えるんですか?」

「なんとなくよ」

 フレアは胸を張って言う。

「しかし、殺人の結果に捜索を手伝ってもらっているのですから、複雑な思いですね。セーラがそのうちの一人にならなくて本当に良かったですよ」

 まったくだと聖良も頷いた。

 想像するだけで治まった鳥肌が復活する。

 トロアの事といい、自分が肝の小さい人間なのだと思い知った。

 トラウマなどに気付いていられる余裕は、自分の人生においてなかったのに、気付く事が出来るようになった。

 いつの間にか心にゆとりが出来ていたらしい。

 いい事なのだろう。

 少しだけ贅沢をしている気分だ。

 しかし、もしこの世界に召喚されず、遺産を取り戻して進学して一人になっていたら、どんな風に暮らしていたのだろうか。

 きっと今よりも昔の事を思いだして、ウジウジしていたに違いない。今はアディスがいるから寂しくても擦り寄っていけばいいが、一人だったらどうだったのだろうか。

 一人ではないから分からない。

「でも、何を捜索しているの?」

 ぼーっとしていたら、フレアに尋ねられた。

「老夫婦ですよ。管理を任されていたんですが、姿が見えなくて。最近目が悪くなったらしくて心配なんですよ。魔物の噂も聞きます」

 フレアはこくりと首をかしげた。そして目を泳がせる。

「心当たりがあるなら言いなさい」

 アディスが冷たく言う。冷たくもなるような、明らかに怪しい反応だった。

「そのご夫婦のことは知らないわ」

「ではなぜ動揺したんですか」

「その魔物の方は、心当たりがあるかも」

「かも?」

 曖昧な言葉にアディスの声にはさらに怒気が混じる。可愛いと思わない男性相手だと容赦がない。ユイは可愛い男の子の範疇に入るらしく多少の事なら快く許すが、これが彼の男性に対する本来の態度なのだろう。

「この前、ヘレナ達が来た時の帰りに、ちょっと可愛い子を見つけて、持って帰ってきたのよ」

 アディスが掴みかかろうとしたので聖良が袖を掴んで止める。

「いい子なのよ。賢いのよ。お手とかするし。ちょっと反抗期になって数日帰ってこない時があるけど、パミラには懐いてるわ」

 パミラは人形の事だ。きっと世話をしたのだろう。動物は餌をくれる人にある程度なつく。

「可愛い子って、話では大型の猫のような姿をしていると聞いたのですが」

「可愛いじゃない。ふかふかで、大きくて。時々噛むけど、愛情表現の一種だし」

 人形やフレアなら良いだろうが、その愛情表現は一般人だと死ぬ。本当に遊びのつもりだとしても、運が良くても重症。

「たぶん、魔物はパミラのところに戻ってくるわ。老人なんて食べないだろうし。けっこういいもの食べさせてるから。あの子がいるから最近は大きな野生動物も見あたらないから、野犬にやられたって可能性も薄いわ」

 だといいのだが、高齢なので心配でならなかった。

「なんだったら、パティを探しに行きましょうか。見つけたら安心でしょう」

「でも、一度戻らないと……あの人が」

 あの赤い破壊神が心配して動き出す。その様は格好良いが恐ろしい。彼女の動きを止めるのは、彼らを捜すよりももっと重要だ。

 アディスがセーラを見て悩んでいると、殺人鬼から距離を置いたユイが言った。

「ああ、それならハノに僕から伝えようか。彼は短距離なら空を飛べるから、すぐにでも止めるために上に行けるよ」

「伝える?」

「繋がってるから。本当は中に入れておけるんだけど、僕は二人とも配下にしたくてしたわけじゃないからね。

 ミラの場合は出した時に無意識に切り掛かられそうだし、絶対にやりたくないからやらないんだけど」

 入れておけるとは何だろう。よく分からないが、連絡を取る手段があるのだけは分かった。

「ちょっと難しいけど……むっ」

 目を伏せて力む。端から見るとそれ以外の変化はないので変な人に見える。

「ユイ、不器用」

「ミラは送っても無視するだろう」

「あれは雑音」

 ユイが落ち込んだ。

「ウルは自然に出来る。他の連中も出来ている。ユイは器だけ。ただの足手まといの弱点。魔術使えなかったら心配で寝る間も離れられない」

 ユイはため息をついて、無理をして笑う。

「じゃあ、おじいさん達を探しに行こう。人手は多い方が良いし」

 心配ではないから離れられるという意味もあるのだが、気付いているだろうか。ユイの命はミラの命なのだから。






 聖良はふと、疑問に思う。

 なぜ自分は一人で先頭を歩いているのだろうか。

 かなり緊張するのだが。

 というか、なぜ先頭なのだろう。

 アディスがなぜか先を歩けと言うから歩いているのだ。

 何があっても痛い思いはさせないと。

「私、生き餌なんでしょーか。それともトラブルほいほい?」

 背後をついてきているはずのアディス達に声をかける。

 さほど離れてはいないが、いつもこれぐらいの距離があれば被害を受けているので、不安があった。だから声をかける。

 明らかに何かが起こるのを待たれると、いつも自分だけが何かに巻き込まれているようで不満だ。

「違いますよ。ただ、効率を考えると、この配置が」

「一緒じゃないですか」

「離れていても、お母さん並のが突っ込んでような事がなければ大丈夫ですって」

 そんな事態は死ぬ。問題外。むしろ死ねなくて苦しむ事になるのだ。

 また一つトラウマが増えそうな気がした。それとも、そのうち慣れるのだろうか。

 ネルフィアになら突っ込まれて痛い思いをしても、仕方が無い事だと割り切れそうだが、問題なのは予想外な事が起こる場合だ。ネルフィアの突撃は予想範囲内であり、意外性もない。問題なのは意外性のあるトラブルである。

「…………」

 不安を口にしたら、現実になりそうで怖かったので口をつぐむ。怖いが、背後にはなぜかフレア達も一緒についてくる。だから大丈夫だ。

 目を伏せ、歩く。

 いつもの森の中よりも、木々は間隔を開けて生えていて、歩きやすい。いつもの森が歩きにくいだけだが、逃げやすそうなので安心できる。ここは手入れされた森なのだ。

 自分の身は自分が守ろう、そう誓った。






 セーラは気付いている。気付いているが、健気に一人前を歩いている。

 すまないと思うが、アディスを越える不運発生率を持つ彼女は、この距離さえあればそれが発生する。そしてこの距離なら取り返しのつかないような不幸にはならない。何だかんだといつも最後にはけろりとしているのだ。そんな姿がどんな人生を歩んできたのだと、健気に思えてたまらなくなる。

 アディスは、セーラであろうが利用できるものは利用する男だ。相手によって利用する方法を変えればいいのだ。

「ねぇ、本当にこんなんでどうにかなると思ってるの?」

 フレアが不服そうに言う。

「セーラは一緒になってもう何回も目の前から忽然と消えています」

「それだめじゃない!」

「常に警戒するのと、消えると思って今だけ全神経を集中させて警戒するのでは話が違いますよ」

 と言っている間にセーラが何かに躓いて転けた。

「パティだわっ」

「は!?」

 疑問を口にする前にセーラが蔦のようなもので宙づりにされた。こんな事が出来るならなぜ言わない。

「ちょ、なに!? きゃぁあ、落ちるぅ、助けてっ」

 逆さ吊りになったセーラが、悲鳴を上げて騒いだ。アディスは自称飼い主を睨み、怒鳴り付けようとした時、

「こらっ、ちょっと何してるの!?」

 フレアが止めるよりも前に、聞き覚えのある女の子の声が響いた。

「こら、ロヴァン! ちょっと何してるの!? おろしなさいっ!」

「っていうか、なんでこんな所に女の子が!?」

 そう言って近づいてくるのは、見覚えのあるどころではない少女達、ロゼとシファの二人だった。彼女たちが向かう先から、茂みに隠れていた魔物が出てくる。確かに大きな猫といった雰囲気だ。セーラも好きそうな、見た目だけなら可愛い巨大猫。

「ロヴァン、イタズラしちゃダメでしょ! そんな小さな子を苛めちゃだめっ!」

「って、ちょっと! なんでアディスと人形師がいっしょに!?」

 シファとロゼがこちらを見て驚いて後ずさる。

 自分自身の顔はそこそこ知られているのは理解していたが、顔を合わせたことがないはずの二人がしっかりと知っているのには驚いた。気付かないうちにこちらを見ていたのだろう。

「パティ! どこに行ってたの?」

 やはりあの生物がパティらしく、それはじっとフレアを見つめる。

「そんなことよりも、私また宙づりなんですけど……って、男の人は見ないでくださいっ!」

 セーラはスカートを抑えながらこちらを睨んでくる。信用がないものだ。

「アディス受け止める。私が切る」

 ミラに言われるがままにかまえて、落ちてきたセーラを受け止める。子供サイズとはいえ、この高さから落ちてくれば普通の人間だと負荷が大きいのだが、竜になってからは肉体派になっているため苦もない。人の姿をしていても、力がすべてなりを潜めるわけでなく、いろいろと助かっている。

「あんまり見ないでください!」

 セーラがめくれ上がったスカートを手で押さえているので、そっと地面におろしてやる。セーラを宙づりにしていたような植物が地面に落ちると、うねうねと周囲を這い、不気味な光景だった。

「パティ、そんなに威嚇してどうしたの?」

 その威嚇対象は間違いなくアディスである。フレアはあの森であれを捕獲したのだ。アディスの匂いに敏感になっていてもおかしくはない。しかし相手は魔物。

「フレア、嫌われているんじゃないですか」

「失礼ね! 飼い主は私なのよっ」

 アディスは鬱陶しい蔦を蹴散らし、パティだかロヴァンだか知らないが、その大きな猫と犬の中間のような生物へと笑顔で近寄る。それは逃げない。逃げられないと分かっている。竜を前にして、存在の差を思い知っているのだ。

 魔獣だから。

「可愛いですね」

 手を伸ばすと大人しく触れさせた。

「ほら、セーラも好きでしょう」

 呼ぶと彼女は幼女のように無邪気な顔をして寄ってくる。女の子にはこういう動物がよく効く。機嫌は直ったようだ。

「パティ、もうどこに行ってたの。ダメでしょうこの子は」

 フレアが脅えているパティを抱きしめた。

 彼も半悪魔。魔物が脅える気配を生まれ持っている。

「ちょっと、この子はロヴァンよ。ロヴァンでなくても、男の子よ。どうしてそんな可愛い名前つけてるのよ」

 フレアは固まった。知らなかったようだ。そういえばアディスのことも雌だと思い込んでいた。

「何でもかんでも可愛い名前をつければいいってもんじゃないでしょうに」

「う、うるさいわねっ。どうして知ってるの!? アーネスに聞いたの!?」

 今度はアディスが固まった。

 赤の他人の振りをする予定だったのに、アーネスなどの名を出したらこの二人は確実に食い付いて来るではないか。

「ちょっと、どうしてアディスがアーネス様を……」

「え?」

 案の定食ってかかってこようとしたのでとぼけてみる。

「それにモリィと同じ話し方してたわ」

 セーラの話し方も聞かれていた。

「ひょっとして、あなたがモリィに血を分けた人?」

 何か言われる前にユイとミラを睨む。彼らも馬鹿ではないので、こくりと頷く。二人はアーネスなど知らないが、誰だそれはと言われるのが一番怖い。最後まで馬鹿でないことを祈りながら、ここは退散することにした。

「……オチが分かってきたので帰りましょうか」

「そ、そうですねぇ」

 きっと散歩か何かだったのだろう。この二人がいるということは、他にもう一人二人誰かがいて、あの夫婦は彼らと一緒にいる。

 だったら心配する事はない。まさか新しくペットを作って散歩をしているとは思わなかった。人生、もっと予想外な事も予想して生きないといけないらしい。

「ちょっと!」

 変な詮索はされたくない。言い訳ならアーネスの時の方が良い。うっかりアディスが知らないはずの変なことを口走ってはたまらない。

 そう思ってセーラを抱き上げようとした時、

「二人とも、そろそろ日が暮れるから帰った方が良いですよ」

「え……?」

 セーラのまっとうな言葉に、毒気の多い二人は面食らった顔をした。

「女の子二人でいると危ないです」

 と、人形師を見る。二人も危機感を持ったのか、追求しようとする姿勢がゆるんだ。

 アディスはほっとして、ロヴァンの首を撫でる。

「あと、この子は危ないから元の森に返しておきます。可愛がってくれたのにごめんなさい」

 フレアが何やら文句を言っているが、セーラはこれを持ち帰ると聞き、嬉しそうにロヴァンの背を撫でる。

「ほら、ロヴァン君、お家に帰ろうか。ここにいると街で騒ぎになるからね」

 セーラが歩くと、匂いが染みついているせいか素直に従う。

「この大きさなら、セーラ一人ぐらい余裕で乗れるんじゃないですか」

 アディスはセーラの腰を掴み、ロヴァンの背に乗せてやる。これでセーラの足は確保されたので、これ以上何か聞かれる前にと走った。走るのが嫌だったのか、半悪魔の二人は少し目を離した隙に姿を消した。どうやったのか、アディスにも分からない。きっと次に来た時、屋敷はもぬけの殻になっているのだろう。

 が、とにかく今は逃げよう。問題は後回しだ。きっとあのジェロン達が困ることになるので、アーネスとして行くよりも先にアディスとしてまた行かなければならない。

 言い訳はいくらでも考えられるが──

「……なんか、最近、なし崩し的にばれていってる気がするんですけど、どうなってるんでしょうねぇ」

 ロヴァンにしがみつくセーラは無言だ。

 もしも彼女が地面に立っていても何も答えなかっただろう。

 きっと運の問題だと考えているだろうから。

 それが言えるのがアディス達だけではなく、人形師達にも言えることだというのが、少しだけ慰めになった。


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