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7話 魔道士 3

 綺麗な水で傷口を洗い流し、人の姿に戻ったアディスが軽く治療する。彼は十代の前半までには優しいらしく、十代半ばのユイに対してよりもうんと優しかった。

 顔立ちが綺麗に整っているのもあるだろう。頭が小さくて、目鼻立ちがはっきりしている。

 映画の中で見たのなら、うっとりしてしまいそうな異国の美少年だ。服は血で汚れているので、アディスの服を着せると、ぶかぶかで可愛いらしかった。

「やぁ、可愛いですねぇ。さすが悪魔はセンスが良い」

「だから、思ってても男の子に可愛いって言っちゃ駄目ですって」

 可愛い可愛いと言われて傷ついた様子のアデライトを見ても、可愛いと言い続けるアディスの後頭部に、ミラにもらった杖を振り下ろす。竜の姿だったら石斧の刑だ。

「で、元気になったところで、どうしてこの国にいるのか話してくださいね。じゃないとここから下ろしてあげられませんよ。傷も完全に治っていないから、ここから下りる事も登る事も出来ないでしょう」

 聖良が笑顔で言うと、アデライトは視線をそらし、聖良の膝の上に頭を乗せて撫でられている狼を見つめる。イーザという名前らしい。

「…………くつろいで」

 ちら、と主を見たイーザは、聖良に甘えるように擦り寄る。聖良は大きな犬も好きだ。白くて綺麗で、とても愛嬌がある。

「あ、ササミがあるんですよ。いりますか?」

 尋ねるとイーザはのそりと起き上がり、尻尾を激しく振った。

「イーザ、お前……」

 アデライトが手を伸ばし、その瞬間、彼の腹が鳴る。顔を赤らめる彼を見て、アディスが容赦なく笑った。

「そろそろ昼食の時間ですね」

 聖良は立ち上がり巣の外に出て貯蔵庫の中を見る。

 卵と野菜とベーコンが目に入り、マヨネーズも作り置きしてあるので、パンに挟むことにした。

 かまどの前で呪文を唱えて持続する炎を入れ、フライパンを温める。バターでささっと卵を炒ってから、焼いたパンに切れ目を入れてサンドにする。卵は使い切ってしまったので、これから野菜は塩かドレッシングの生活に戻る。卵はなかなか手に入らないのだ。

「アディス」

 呼ぶとアディスが顔を出す。

「これお願いします。プリンがあるんですけど、食後にします? おやつにします?」

「ミラさんに睨まれたので、早めに出してあげるのがよいかと」

「わかりました。先食べてていいですよ」

 聖良はデザートの準備をはじめる。昨日ホイップした生クリームが保冷庫に残っているので、果物を添えてプリンアラモードにするつもりだった。ネルフィアの分として二つ作っていたので、それをアデライトの分にする。

 プリンを少し押して容器との間に空気を入れ、軽い衝撃を与えると器に滑り落ちる。慣れれば一瞬で出来る作業で、果物も準備してあるからあっという間にできあがった。

「アディス、取りに来てください」

「はいはい」

 お盆などないから、手渡しするのが一番早い。終わるとアディスが作った階段を上って巣の中に戻る。便利なので、これからどんどん暇を与えて生活を充実させていきたかった。

 空いている場所に座ると、既にミラがプリンを食べていた。好きに食べてもらえばいいのだが、メインを無視しなくても、と思った。

「気に入りましたか」

 こくりと頷く。

「よかった」

 聖良はベーコンタマゴサンドにかぶりつき、空腹を満たす。やはりシンプルな料理は下手に凝るよりも美味しい。

「で、お話しは出来たんですか?」

「なかなか口を割らなくてね」

「どうしてお話しできないんですか? やっぱり悪いことをしに来たんですか?」

 聖良が尋ねると視線をそらす。

「ち、違う」

 その様子を見て、アディスが笑った。

「可愛くて、あんまり強く出るのが可哀相になるんですよねぇ」

 見境のないアディスは指についたマヨネーズをなめながら言う。

「アディス、子供のくせに年上を可愛がる?」

 ミラが不思議そうにアディスを見る。外見は子供だが、魔道士だから中身は年上の可能性があるのだ。

「私は年齢とか種族に関係なく可愛い子が好きなんですよ」

「前は若い人間の女の子がいいって言ってたのに、すっかり開き直りましたね」

「可愛いものは可愛いんです。あ、ユイも可愛いですよ」

 本当に見境のない男である。

「でも、話さないと本当に帰れませんよ。魔道士などがこの国に入ったなど、由由しき事態と取られるのが、分かっていて入ったのでしょう」

 アデライトはまた視線を逸らす。そして、

「俺は仮契約だ」

「仮契約……まさか君は、双灰の悪魔の魔道士か」

 ユイの問いに、アデライトは不服そうに唇をとがらせる。正解らしい。

「そういえば、仮契約しかしないしない悪魔がいると聞いた事がありますが、まさかあの変態兄弟の父親の魔道士だとは……」

「へ……変態?」

 アディスの子供らしくない言葉に、ユイが驚いた。。

「うちの国でかなり昔から住み着いている半悪魔ですよ。他国の方は彼らの性癖のことまでは知らないと思いますが、ド変態ですよ。この前、セーラが誘拐されて人形にされそうになったんです。

 それ以来、人形を見るとちょっと動きが止まるんですよ。怖かったんでしょうねぇ」

「相変わらずトラブルに巻き込まれてるね。厄落としでもした方がいいんじゃ無いかな」

 聖良はこの世界にもそんな物があるのかと驚いた。機会があれば是非してもらいたい。

「しかし、あの兄弟に会うために、わざわざこんな所まで……というのも説得力がありませんね」

「ど、どこが?」

「もちろん、悪魔なら遠方と連絡を取るための手段などいくらでもあるでしょう」

 アデライトは目をそらす。分かりやすくて、とても可愛らしいと聖良は思った。

「だ、大した用じゃない」

「大した用でないのなら、言ってしまった方がいいですよ。じゃないと頭の中をのぞき見することになります。廃人になりかねませんよ」

 聖良は驚いてベーコンサンドを落としそうになった。ミラが興味津々とアディスを見て、ユイが慌てる。

「この国にはそんな危険な魔術があるのっ!?」

「危険だから禁呪として封じられていますよ」

「禁じられている術をなんで知ってるんだ……」

 アディスは涼しい顔をして、アデライトへと微笑んでいる。その笑顔が実に胡散臭い。

「本当に何をしに来たんです? 魔術師の研究でも盗みに来たんですか?」

 彼はふるふると首を横に振り、一瞬だけ聖良を見た。助けを求めているのだろうが、聖良には助けられない。これがテストの答案を盗みに入ったという程度ならともかく、国が動きかねないような事なのだ。

「だから、大したことじゃ……ない」

「大したことじゃないんなら言いなさい」

 アディスが子供を叱るように言う。アデライトはちらりと聖良を見て、うつむく。さっきからちらちらとこちらを見ているが、助けられないものは助けられないのだ。ここで偽善者ぶって口を出す、可愛くてヒロインらしい、鬱陶しい女になれるほどの空気を読めない善意を、聖良は持っていない。

「あの」

 一人で黙々と食べていたハノが呼びかける。

「…………ひょっとして、目当ては元々ここだったとか?」

 アデライトが顔をそらす。彼はどこまでも素直だ。

「は? なんでこんな所に用があるんですか」

「ここには生まれたての竜に、珍しい話し方をする女の子がいるから、不思議では無いよ。双灰の悪魔はそういう女の子のコレクターでもあるから、様子見と思えば……」

 それはただの予想だ。しかし、アデライトという嘘のつけない少年を見る限り、正解なのだろう。イーザが必死にしっぽで平静を装うように促しているが、もう遅い。

「……じゃあ、ユイ君たちが来なかったら、私また誘拐されていた可能性があったって事ですか?」

「…………セーラさんは、今後も誘拐には気をつけた方がいいね」

 ハノの言葉に少しばかりショックを受けた。

 こんな可愛い忠犬と可愛い男の子が誘拐を目論んでいたなんて、これから何を信じていけばいいのだろうか。

「お前、セーラを誘拐する気か。ユイ、双灰の悪魔を狩りに行こう」

「さらっと恐ろしいことを言うね。そんな大物に喧嘩を売りに行くならそれなりに援護がいるだろ」

「不要。たかが魔女と悪魔二匹。アディスも手伝う」

 アディスがびくりと震える。さすがに驚いたようだ。

「……いや、でも、セーラは無事ですから。もしもの時は竜の里にでも避難しますよ。あんまり目立った事をして恨みを買ってもどうかと思いますし」

「悪魔、力があるから簡単に諦めない。難しい方が退屈しのぎになるから力を入れる」

 アディスは腕を組んだ。

「でも、悪魔はこの国に入ってこないでしょう。せいぜい仮契約の魔道士だけ。それならどうとでもなります。現にこの子なら返り討ちにしていました」

 中身が完全に魔術師の竜など誰も予測していないから、戦力を見誤ったのだ。こんな赤ん坊の竜が他にもいたら、聖良はショックで寝込みそうだ。赤ん坊なのだ。生後半年にも満たない赤ん坊。せいぜい四、五ヶ月なのだ。本来なら可愛い盛りのはずなのだ。

 食べられそうなので、本物の赤ん坊竜を見たいとは思っていないが。

 聖良がまだ見ぬ本物チビ竜を想像していると、突然イーザが立ち上がる。

「来た」

 ミラの言葉を聞いて、聖良が何気なく立ち上がろうとするとハノに腕を取られた。ミラとユイが巣の外に出て、アディスがゆったりと階段を上って外に出る。

「私達はここにいよう。どうせ行っても役には立てないし」

「ハノさんは争いとか苦手なんですか?」

「半悪魔というと凶悪なイメージだけど、私は補助の方が得意で。

 ここが燃えないように結界を張るから、アデライトさんが変なことをしないように、一緒に見張ってくれめかな?」

 聖良はちらりとアデライト達を見る。怪我が完治していないため、動こうとしてまた呻いていた。

「逃げませんよね? 応急処置しかしてませんし」

 自力でこの巣から出るだけで、傷口が開いて大変だろう。聖良なら数時間も放置しておけば完全に治る傷だ。血を直接飲んだ時はもっと早かったが、最近は瞬く間に治るのはかすり傷と重症の時だけになった。死んでいるような傷が刺されたぐらいの傷になるまでは早いが、そこからは少し時間がかかる。安定したのだとネルフィアが言っていた。

 多少治るのに時間がかかっても、医者が目を剥く回復速度には変わりない。

「で、誰が来たんです」

「……危ない女二人」

 アデライトは視線を合わせずに言う。

「どんな方です?」

「火器女と、生粋の元魔術師の魔女」

「火器女……」

 この世界に火器があるのに驚いた。

 魔術があるのにそんな文化が発展したのか。いや、魔術はこの国だけで異常に特化した文化。つまり他の国に鉄砲があってもおかしくない。

 聖良は気になって、巣の壁にある隙間から外を見ようと移動した。

「可愛らしいお嬢さんが遠路遙々こんな奥地に来てくれるなんて、嬉しいですねぇ」

 聖良は石斧を手にして階段を上ろうとしたが、ハノに羽交い締めにされ、イーザが足下に立って邪魔をする。

「セーラさん、冷静に見えて意外に焼き餅焼きなんだね」

「違います。小さな女の子がいるんです。何かする前に殴っておかないとっ!」

「へ?」

 彼はアディスのロリコンとセクハラ癖を知らないのだ。聖良がどんな目に合わされているか。

「ここに色黒の男の子がいるでしょう」

 女の子の声だ。まだ幼さの残る可愛い声。

「いますよ。怪我をしているから保護しています」

「返していただけないかしら」

「まだだめですよ。怪我が治ってお話しがすんだら、山向こうまで送って差し上げます」

 アディスの変わらぬ穏やかな声。

 見えぬ壁の向こうに、緊張が漂い始めた。






 巣を出て迎え入れたのは、二十代半ばほどの女性と、セーラの外見年齢と同じほどの年頃の少女だ。赤い巻き毛が可愛らしい美少女で、実にアディス好みの顔立ちだった。

「可愛らしいお嬢さんが遠路遙々こんな奥地に来てくれるなんて、嬉しいですねぇ」

 声をかけると、彼女は瞬き一つせずにこちらを見た。表情は人形のように動かない。まるで人形師の作った人形のように、一定で動かない。しかしあれらと違い生気がある。生きている。

「小さな女の子がいるんですっ。何かする前に殴っておかないとっ!」

 巣の中からセーラの声が聞こえた。

 自分はそこまで見境がないと思われているのだろうか。心外だ。傷ついた。こんなに優しくして尽くしているのに、こんなに信用がないなんてなぜだ。

 アディスは一瞬気を散らした事に気付いて、再び魔女達に視線を戻す。

「……あれかしら」

「間違いなく」

 少女の言葉に女が頷く。

「本当にうちの子が狙いなんですね。悲しいです」

 見た目はとても可愛いのだが、中身はかなりの年寄りなのだろう。表情を失うほどには、きっと年寄りだ。そう思うとやりやすい。

「彼女は私のものです。お引き取り下さい」

「別に取って食おうってわけじゃない。ただ面白そうだから連れていくだけ。セシウス様が飽きたら返すさ」

「悪魔なんぞに若い娘を差し出せるものですか。あれは天地がひっくり返っても私の物です。お帰り願えないのなら、殲滅の悪魔が相手です」

 こういう時は通った名を出すのが一番だ。さすがに悪魔の城に住まう彼女たちでも知っているはずだ。知らないのなら勉強不足である。派手な事をしすぎて、グリーディアでも知られているぐらいなのだから。

「殲滅の悪魔……あれが?」

 独特の口調のせいか、女は巣を見つめた。あの可愛らしい声を聞いて悪魔とは失礼極まりない。

「これですよ、この方」

 ミラがため息をつきながら剣を抜く。

「セーラ狙う。殺すぞ」

 それはユイに対する確認だ。

「殺すのはちょっと……。

 魔女に手をかけると、もっと厄介な本体が来るかも知れないよ」

「だから狩りに行くと言っている。アディスも手伝うと、きっとネルフィアも手伝う。足と戦力の確保されている」

 ユイが頭を抱えた。彼の苦労は、ほぼこの女性一人にもたらされているのだろう。彼女がいれば、本来は苦悩するはずの厄介ごとですら、可愛らしく見えそうだ。

「せ、せめて話し合いを」

「魔女、悪魔の命令に従う。だから追い返す。でも傷つけると悪魔が来る。なら一番の手を打つまで。

 それともユイ、セーラを差し出した方がいいと?」

「そうは言ってないよ。ただ、可能な限りは穏便に話し合いで……」

「話し合い? なにそれ」

 彼女の言うことは正しい。逆らう以上は、徹底的にやらないといけない相手だ。中途半端は相手を刺激するだけ。刺激したと分からせる前に、皆殺しにする。

 アディスはアーネスとして、そうやって敵対者を殺してきた。

 アディスには出来ない、アディスのためになることを。

「私もミラさんに賛成です。セーラに害があるなら誰であろうと殺します」

 いくら見た目が可愛かろうと、大切なのは身内だ。

「話は決まったな。愚かな悪魔どもを殲滅だ」

 ミラが生き生きしている。何だかんだと暴れるのが好きなのだろう。

「乱暴な話しではありますが」

「アディスとは合わないと思うから、好きなようにやれ」

「補助しろと言われても困りますから、そうさせてもらいますよ」

 抜き身の剣を腕にひっさげ、ミラはかき消えるように見えるほど腰を低くして火器を持つ女の元へと動いた。飛び道具を持つ相手だ。狙いをつけさせないことが重要である。

「なら、私とはお嬢さんに遊んでいただきましょうか。生粋の魔女とやらがどれほどのものか、楽しみですね」

 以前のアディスなら悪魔の加護を受けた魔女が相手となると、魔力の差で厳しいと思っていたが、今は溢れんばかりの魔力がある。これがどれほどのものか、今まで試すような機会がなかった。

 悪魔を殺すような女では、試すではなく死闘になってしまうし、魔女は自分にとって程よい相手だ。

 セーラが女の子を殺すなんてと言わないかが心配だが。


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