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6話 人形師の館 おまけ


 美少女誘拐騒動の翌日。

 セーラは美少女ということになっている。アディスが攫ってきた異国の姫君などという噂まで流れているほどだ。

 だからアディスは帰ってこないのだと噂が流れている。あれでも大人だという正しい情報もあるが、間違った情報の方が多い。

 そんな噂が膨れあがっていることも知らず、当の本人達はクレアの質問攻めと、あの二人を紹介しなさいという深夜まで続いた拷問に近い拘束のためか、げんなりとして、図書室にやってきた。

 昨日からずっとセーラはアディスに引っ付いている。クレアに拘束されている間もずっと。

 平然としているようだが、実はかなり心の傷になっているらしく、自分の安全な位置から離れない。

 アディスをよく知るディアスから見れば、あの位置がもっとも危険なのだが、四六時中一緒にいて何もされないせいか、彼女は安心しきっている。しばらく前のアディスなら確実に手を出している状況なのだが、本当に何もない様子だった。

 元々我慢強い男だが、我慢しなくていいところではまったく遠慮などしないのに、何を考えているのだか。

「セーラ、ちょっと私は仕事があるからここにいてくれますか?」

 アディスは穏やかに穏やかに、ほら知り合いが一杯とディアスを指さす。しかしセーラは不安なのか、アディス好みの可愛らしい顔を強張らせ、瞳を潤ませて見上げる。

 アディスはたまらないとばかりにぎゅっと抱きしめる。このあたりは我慢していない。

 しばらくして、再び意志を固めたのか、セーラをひょいと抱き上げてこちらに近づいてくる。そしてディアスの前を通り越し、エリオットのところまで行くと、その膝にセーラを座らせる。

「ちょ、兄さんっ」

 突然のことにエリオットが顔を上げ、すぐにうつむいて抗議する。耳まで赤くなっていた。

 どうやらセーラのことは『女性』として認識し、妹分達とは別物と認識しているようだ。

「そこは城内で一番安全ですよ」

「そういう問題じゃなくてっ」

 抗議するのはエリオット。俯き、さらに視線をそらす。胸でも目に入ったのだろう。あの位置からなら谷間ぐらい見えるはずだ。

「お昼には戻ってきますから、我慢してくださいね。お仕事しないと帰れません」

「う……わかりました」

 セーラの方は妥協したのか、エリオットの膝の上で頷く。

 アディスよりははるかに安全な男だと皆も認めるだろうが、膝の上に置くのはまた別だ。彼だって男。同年代の女の子とこのように接触したことなどない。人目のある場所では間違いなど起こらないだろうが、刺激するようなことをしなくとも良いだろうに。

 彼は人見知りも激しいが、純情無垢だ。

「じゃあ、エリオット、セーラの側にいてあげてくださいね」

 アディスは笑顔でセーラに手を振って、嫌々の様子で図書室を出て行く。

 事後処理が山ほど残っているのだろう。ジェロンもデスクワークだ。なぜかディアスにはいつも声がかからない。ディアスにやらせると手間が増えるかららしいが、失礼な話だ。

「えと……セーラ、昨日からずっとこう?」

 堪えかねたのか、エリオットが先に声をかける。

「え……そうですね」

 いつもの突き放すような元気がない。エリオットも気付いたのか、どうにかしたくてもどうにも出来ないで悩んでいる。彼は膝に女の子を乗せているだけで精一杯なのだ。

「……ディアス」

 エリオットが珍しくディアスに助けを求めてくる。

 助けを求められても、下手に引き離したら後が怖い。

「訓練だと思ってろ」

「く、訓練?」

「もう少し他人に慣れろよ。目を合わせとまでは言わないけど、初対面の人間がいても逃げ出さないようにならないと、お前は一生そのままだぞ。セーラで大丈夫になったら、もっと大人の女紹介してやる」

「いいよそんなの。知性のない馬鹿女なんて紹介されてもつまらないし」

 この少年は、見た目や気の小ささに反して、言うことは言う男だ。けっこう本人を目の前にして馬鹿は嫌いとかい切る。幸いセーラは元の世界でそれなりに勉強をしていたらしく、かなり気に入られている。

 他にも女性官僚の中には、多少は話をする者もいる。

「頭のいい新人との合コンとか」

「絶対嫌」

「っていうか、合コン……ですか」

 エリオット以上に、セーラが不機嫌だった。

「アディス様を連れてくとすごいぞ。あの人すんげぇもてるから」

「そりゃーそうでしょうねぇ。行きたがらなそうですけど」

「だからよけいに希少価値が」

「なるほど」

 セーラは納得した様子で、腕を組み、ふと顔を上げたエリオットを見た。目が合った瞬間エリオットは再び赤くなって顔をそらす。

「エリオット君は目を合わせるのが嫌なんですか?」

「う……うん」

「目をつぶっていれば顔を合わせられますか?」

「え……わ、わかんない」

「じゃあ、目をつぶってみますから、顔を合わせられるか試してみます?」

 セーラがエリオットの膝の上に座ったまま、目を伏せて少し上向いて顔を向ける。

 なんだかおかしな構図だ。

 エリオットはそれでもダメなのか照れているのかよく分からない慌てようで、やはり顔を背ける。

「む、無理……なんか目が開きそうで」

「うーん、目隠しでもしてみます?」

 と、ハンカチで自ら目隠しをする。

 ますます何だかおかしな構図だ。

「あ、これなら……」

 それでダメだったらもう人として生きていくのも無理だろう。

「う……」

「え、なんですか?」

「手、前にあると……あ、そっか」

 と何を思ったか、これまたエリオットもハンカチを取り出してセーラの手首を後ろ手に縛る。

 ディアスは頭が痛くなってきた。

 それはないだろうそれは。

「……あれ?」

 セーラも首をかしげるが、それだけだ。自分で自分の格好を見ていないから、それほどの実感がないらしい。

「これなら平気っ!」

 エリオットが嬉しそうに手を叩いた。

 そこまでしてもこの無力な外見のセーラに脅えていたら、もうみんなお手上げだ。

「他人の顔、はじめてよく見れる」

 初めてなのか。

 彼の正確な年齢は知らないが、もう十六、十七歳になるはずなのだが、他人の顔をよく見たことがないというのも恐ろしい事実だ。

「セーラの顔小さい」

「あ……ありがとう? ございます?」

 疑問が湧いてくるのか疑問系。

 子供達も唖然としている。

 もうどのように反応していいのか分からないでいると、図書室のドアが開いた。

「お、お前達、なにをしているっ!?」

 選りに選ってアディスと、レフロだった。

 レフロは衝撃を受けた様子でしばし立ちすくみ、我に返るときょとんとしているエリオット達の元へとやってくる。セーラは背を向けているからエリオットにもたれるようにして身をねじっている。

「何を子供達の前で卑猥なことをっ!」

「ひわい!?」

 二人は驚いたようで慌てふためく。とくにエリオット。

 無茶なところが母に似て、真面目なところが父に似た王子様は、頭を抱えたくなるそれを見て怒り心頭に発したご様子だ。

「えと、ディアスが人と顔を合わせる練習をしろって」

 ──ええっ!?

 そんなことまでしろとは言っていない。

「ディアス、お前の仕業かっ」

「ただ練習しろって言っただけっ! こんな特殊プレイは指示してないっ」

「問答無用! 恥を知れっ!」

 レフロの指が動く。呪文よりも早いその光の魔法は、雷を放ってディアスを感電させた。

「あ……そういえば自分で動けないっ」

 足が短いから床に届かずばたばたと動かし、セーラが暴れるので手を出せないエリオット。

 それを見て、ディアスは諦めた。これはディアスが口を出すべき事ではなかった。逃げるべきだった。

 意識はなんとかあるが、動けない身体を子供達に突かれながら、ディアスは小さな親切心を持ったことに後悔した。






 縛られた異国の少女を立たせ、拘束を解き、目隠しを外してやる。

 小さな顔の小さな少女。

 噂ほどの美貌はないが、人形師に誘拐される程度には可愛らしい顔立ちをしている。

「セーラ、何きょとんとしてるんですか。しっかりしているかと思えば無防備なことを」

「はあ」

 彼女は無自覚のようで腕を組む。

「子供とはいえ、女性をあのようにするのは感心しないぞ、エリオット」

「セーラは僕達よりも年上だって」

「はぁ?」

 レフロはきょとんとしている少女を観察する。

「冗談だろう」

 確かに肉付きはいいが。

「うーん。アディスとかエリオット君って、男の人って感じしなくって」

「私も含まれてるんですかそれ」

「いやだって……」

 アディスがくすくすと笑ってセーラの頭を撫でる。完全に子供扱いをしている。

 本当に子供相手でも、女性にあのような態度はなかろう。この男らしいと言えばそうなのだが。

「ところで、お昼まで帰ってこないんじゃ?」

「ちょっとセーラにもついてきてもらえたらなと。少しは内部を見ていたでしょう?

 もしも怖かったらいいんですが」

「別に構いませんけど、居住区域からしばらくは目隠しされていたからよく分かりませんよ」

「ええ」

 セーラはアディスにぺとりと引っ付く。仲睦まじい様子で手を取り合い、アディスは幸せそうだ。

「アディス、この女性と結婚するというのは本当なのか?」

「結婚……」

 アディスは視線を泳がせ、頷いた。

「しましょうか、結婚」

「ええっ!?」

 セーラは驚いた様子でアディスを見上げる。

「け、結婚って……この国に戸籍ないですよ」

「何を言うんですか。それぐらい簡単に手に入ります」

 簡単になど手に入れられるものではないが、アディスの妻となる女性なら、一般市民よりは簡単だ。ハロイドが喜んで迎え入れてくれる。

「それに何で結婚なんですか。するなら他にいっぱい相手いるでしょうに」

「いませんよ。

 それにセーラは既婚者ですって目印つけていた方がいいと思うんですよね」

「目印?」

「左腕に銀色の腕輪している人がいるでしょう。あれは既婚者の証なんですよ。夫婦の名前を入れて溶接してあるので、離婚しないかぎりは外さないんです」

 セーラはへぇと感心したように声を出す。

「でも、そんな事のためにわざわざ戸籍汚さなくても。それっぽい腕輪していればいいんじゃないですか?」

「…………そうですねぇ」

 本当に男として見られていないようで、レフロは衝撃を受けた。

 アディスといえばこの国の女性で憧れを持たない者はいないのではと言われているほど、優れた容姿と魔術の腕で知られている。女性にも紳士的で、夫とするには理想の相手。それをさらりと振っている。

 レフロが女でも喜ぶだろう相手からのプロポーズを、慌てる様子もなく流している。

 確かにムードも何もないが、共に暮らしているのだ。あの男と暮らしていればどんな堅物女でもわずかながらに心動かされるだろうに……

「いくつなんだ、あの女性は」

「十八歳だって」

「十八なら適齢期だろう。なぜ断っているんだ」

「知らない。一緒に寝てるのに何もないぐらいだから、本当に意識してないんじゃないかな」

「一緒に寝て……」

 目の前が真っ白になる。

 責任を取れと言いたいところだが、本当に何もないのならかえってこの言葉はセーラへの侮辱となる。

 しかしアディスが何を考えているのか、レフロには分からなかった。

 一度手ひどく振られてから女性不審になったらしいが、そこまで一緒にいて何もしないというのもそれはそれでおかしい。レフロが女性だったら自信を無くす。

 つまりすべてはアディスが悪い。

 あとで二人きりになったときにでもはっきりと言ってやらねばならない。女性に恥をかかせるのは、何人たりとも許されるはずがないのだ。



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