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21話 世界の厄介者達1

「でねぇ、エイダに一番可能性があって腕の良い職人を紹介してもらったの」

 フレアの話を聞いて、アディスは自分の爪を研ぎながら、ふぅんと頷いた。

「で、どうなったんです。頷いたんですか?」

「うん。純粋な職人さん、飛行船に乗せてもらえると知ったらすっかり浮かれて、旅立っていったよ」

「旅立って?」

「作るのは国内でも、実際にどんな物を作りたいか聞きに行くんだって」

「なるほど。それで海外旅行ですか。今ごろさぞ喜んでいるでしょうねぇ」

 言いながら、アディスは部屋の隅の板の上でガリガリと爪を削る。

 爪がむずむずして仕方がないと言ったら、ラゼスが持ってきてくれたのだ。大きくなっている証拠だという。木を削るよりも、ずっとすっきりする。

 そんなアディスの隣では、セーラがふくふくとした、なごみ系の猫のヌイグルミを抱いて、丸干しした小魚を囓っていた。

「セーラ、何食べてるの?」

「メザシです。よく骨折するから、カルシウムを取らないと」

 そう聞いてフレアが目を細めた。

「……それって骨折に良いの?」

「骨を食べると骨が丈夫になるんです。女の人は歳を取ると、骨がスカスカになりやすいそうだから、気をつけないといけないんですよ」

「へぇ、クレア大丈夫かしら?」

「お酒が好きな人は色々と気をつけないと。美容のために果物や野菜も大切です。

 背も伸びます」

「ちょうだい」

 フレアは手を差し出してきた。セーラはしぶしぶメザシの器を差し出した。

「おやつにぴったりです」

 言いながら、セーラは三本目のメザシを食べる。

 フレアは頭をねじ切ってからかじり付いた。セーラは迷わず頭ごと食べている。

「塩味なのね」

「よくお酒のおつまみに食べられます」

「ああ、それはいいわ。ワインに合いそう」

「メザシとワインですか……」

 セーラは食べかけのメザシを眺めて眉間にしわを寄せた。

「セーラはお酒飲まないものね」

「はい」

 セーラは少しでも身長が伸びるようにと、食べる物には気を使っていた。

 十八歳では、もうこれ以上伸びる事はないと、分かっていながらの行動だ。彼女は夏になるまでには十九歳になる。

「兄さんも早くお酒が飲める歳になるといいわね」

「酒はいいですよ。一人で飲むなんてつまらない。セーラが飲めるようになったら飲みます」

「ふぅん」

 セーラはメザシを食べ終えると、児童書を取り出した。彼女はついに絵本からは卒業したのだ。

 片言だが、魔術がなくても日常会話なら困らないほど上達している。

 発音は相変わらず呪いの言葉のようで、意思疎通に困らないといった程度だが、言葉使いそのものは、絵本を読み続けたからセーラらしい丁寧なものだった。

「ところでいつものミラ達は? 夜に三人ともいないのは珍しいわね」

 フレアは静かな室内を見回す。カランは部屋の隅で本を読んでいるが、ユイ達の姿はないのだ。

「聖都に戻りましたよ」

「え、もう? 上の方は雪深いんじゃない?」

 セーラの答えを聞いて、フレアは目を丸くした。

「そろそろ一度戻らないとうるさそうだからって、ラゼスさんに送ってもらったんですよ。

 だからまたすぐに来るんじゃないかって、アディスが」

「それ、戻る意味あるの?」

 フレアを爪を研ぐアディスのしっぽを引っ張った。

「神殿も扱いに困っているそうですからね。定期連絡に戻る時以外は、人を襲わない場所にいてくれるのはありがたようです。

 ミラさんが必要な事態なんて、それこそ竜や大物悪魔との喧嘩ですからね」

「恐ろしい事態ね……」

 想像の中では、この世の終わりという光景だけが展開する。

 その光景の中では、母も一緒になって暴れている。本当に恐ろしい。

「ユイ君の魂がすり減りそうな事態です」

 セーラが額を押さえて呟いた。

「早くマデリオが育って、逃げ込む先が出来ればいいわね」

 ミラと、素質だけなら大物悪魔のマデリオが一緒にいれば、神殿でも手を出せない魔境になる。

 第二のウル体制の出来上がりだ。

「そろそろ一回、様子を見に行きますか」

「そうねぇ、頃合いねぇ。ところで人化は上手くできるようになったの?」

「一朝一夕に行きますか。翼がなくなれば尻尾が出たりと大変なんですよ」

 それをセーラが喜ぶのだ。

 隠れて練習をしていても、ユイがいたときはミラに発見されて、ろくな練習も出来なかったため、上達するはずがない。

「三日後に行きましょう。家に戻ったエルフのご一家にも声をかけないと行けませんし、色々と準備もありますし、土産を買わないと子供達が拗ねてしまいます」

「何が良いかしら」

「うちの国らしい玩具でも買っていきましょう。いっそカランと同じでも良いかもしれません」

 カランが顔を上げて期待するような目を向けてきた。

 何かを強請りたいのでは内。何も買ってもらえずとも、店に行きたいのだ。

 自分の趣味の物が売っている店なら、見ているだけで幸せになれるという気持ちは、アディスも理解できる。

「カラン、ついでにパーツでも買いましょうか。夏になったら風をおこす道具があったら快適ですよ。暴走しやすいから調整が今まで作った物よりも難しいですが」

 カランは指をくわえて暫く考え、無言で、しかし目を輝かせて頷いた。

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