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20話 知識3


 アーネスは今日もモリィを抱えていた。

 モリィはそこが定位置とばかりに、アーネスへともたれかかっている。

 愛らしい姿だが、しかし本性は竜である。竜がいるという噂を消すのは難しく、噂だけなら彼らの組織外にも多少は出回っていた。

 竜がいる事を耳にした者は冗談だと笑い飛ばしたり、怯えるのだという。

 しかし彼女は育ての親の躾がよかったのかとても大人しく、竜とは思えないほど礼儀正しいから、『恐ろしい』という印象は全くない。

 今日は白いシャツと、春めいた若草色のワンピースを身につけている。

「今日も可愛らしい服を着ていますね、モリィちゃん」

 モリィは少し首を傾げた。金色の巻き毛が肩から流れる。実際に彼女を買うことになったとしたら、大抵の人間が溺愛してしまうだろう愛らしさだ。

「子供服は見ていて楽しいものですよ。大人の服と違い、可愛らしくて仕方がない」

 アーネスは親馬鹿めいた事をいい、モリィの頭を撫でた。親子ほどの年の差があるためか、手つきに嫌らしさは感じられなかった。

「ええ、本当に」

「しかしモリィを見たいわけではないでしょう。私も暇ではないから、余計な話はなしにしましょうか」

 アーネスは彼女の頭を撫でながら言う。

「ああ、これは申し訳ありません。では手短に」

 モリィは興味がなさそうにジュースを飲んでいる。子供は長時間じっとしていられない。彼女がぐずる前に話を住ませなければならなかった。

「アディスさんから話は聞いていると思いますが、開発の協力をお願いしたいのです。

 そのための資金ならいくらでも。アーネスさんにも興味深い分野だと思います」

 アーネスは笑みを浮かべた。

 研究内容を素人から提示されるのは快く思わないかもしれないが、つまらない研究ではないはずだ。

 彼等は違法にだが、研究のために集まっている集団なのだから。

「さぁて……モリィはどうしたい?」

 モリィは少し驚いたようにアーネスを見上げた。

「研究するのは私じゃないですから」

「何かねだってみなさい。きっと快くくれるよ」

 モリィは首を傾げる。控え目なセーラの影響が強く、普段から甘やかされて何でも買ってもらえていそうな生活をしているモリィは、欲しい物がないのかうんうんと悩んだ。

 欲というのは、物足りていると弱くなるものだ。

 大人になって宝石にでも興味を持てば際限なく財産を使うが、そういった高価な物に興味を持たなければ、強いて欲しいと言わなくなるのである。

 彼女は迷った末に口を開く。

「じゃあ、可愛いもの」

 あまりにも可愛らしく笑って言うので、レンファは頷いてファシャに視線を向けた。

 彼はすぐさま荷物の中からデフォルメされた白猫のヌイグルミを取り出す。のんびりとした雰囲気に心が和む品である。

「かわいい」

 モリィはアーネスの膝から下りて、両手を差し出す。テーブル越しにファシャが手渡せば、抱きしめて頬をすり寄せた。

「先日里帰りした時に、モリィちゃんのために流行っているヌイグルミを買ってきたんですよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 モリィは笑みを浮かべながらアーネスの膝に戻る。彼女はヌイグルミを掲げ、一緒になって首を傾げ、手足を弄り、再び抱きしめた。

「どうやら気に入ったようだね」

 アーネスはモリィの頭を撫でて、唇の端を引き上げる。子供を膝に乗せていても、斜に構えるのが実に様になった。

「概要はセーラから聞きましたが、国では理解してもらえましたか」

「ええ。試しに作らせてみました」

 その言葉を聞いて、アーネスとモリィが同じように眉根を寄せた。

「こちらです」

 ファシャがテーブルに試作品を置いた。

「もう出来たんですか?」

 子供らしく遊んでいたモリィが、セーラに似た仕草で試作品を凝視した。

「よくできましたねぇ」

 セーラの知識があるためか、彼女が持つ知性は子供の物ではない。

「この国は小さな金属の加工技術が高いので、細かい部品は注文したそうです」

 魔導具に細かく正確なパーツを使うため、加工のための道具も他国を飛び抜けていた。

 この国で大型の魔導具があまりない理由も、そこにある。小型化こそ正義という風潮なのだ。

 ファシャが火をつけると、カシャカシャと試作器二号が動いた。国に持ち帰った物よりも複雑な動きをして、人形の動きがよくなっていた。

 爆発しないように、蒸気を逃がすため簡単に煙突のような物をつけて、錘の栓を付けた。緩いのですぐに蒸気が逃げてしまっていた。

「まさか、最初に作るのが玩具とは……」

 アーネスが動く人形をつつこうとして、蒸気に触れて手を引いた。

「どうにか工夫して、売れませんかねぇ、これ」

 レンファは商人だ。売れる物を考えるのは彼の仕事でもある。

「火傷しそうな玩具を子供には……」

「もちろん玩具としては危険で……風を使えば……」

 呟いてから、それでは今までと大差ない事に気付いて首を横に振る。

「風を使うなら、くるくる回ると可愛い物がいいです」

「回る?」

 モリィは肯いた。

「鳴り続けるオルゴールとか」

「そういう物はすでにありますね」

「それに紐でオモチャを付けて、赤ちゃんの上で回すとよく寝るんだって」

 モリィは立ち上がり、くるりと回ってスカートを広げる。

 ぐずる子供は親の悩みだ。赤ん坊は音と動く物に反応する。優しい音と、ふんわり回る玩具。

「おお、それはいい。私の姉がもうすぐ出産するので、試してみる事にします」

 レンファは未だ見ぬ甥、もしくは姪の事を考えた。まだ生まれていないが、つい色々と買ってしまい、商品開発をさせてしまうのだ。

「ふふ……小さなあなたの姉なら、さぞや可愛らしい女性なのでしょうね。安産である事を祈りますよ」

 アーネスの嫌味に、ファシャは首を横に振る。

「ラルサ様は、私と同じぐらいの長身の方です」

「…………」

 モリィの哀れみの目が、レンファの胸をえぐる。

 子供の純粋な目は、大人の悪意よりも痛い時がある。



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