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伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。  作者: 東出八附子
1.5部 飛翔

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幕間2ー8話 神へと至る奉仕道


―― メイド長候補生 静江(しずえ) ――

 

 ルルちゃんからの強烈なラブコールを受けてから3日という時間が経とうとしていた。悲劇的な別れ方をしてしまった白石くんとは半日も経っていない間にあっけなく再会してしまい、その時はお互い気まずい空気となったけど、3日経った今ではすっかり馴染んでしまった。ミホさんとリエちゃん、二人の若い女の子ともすぐに打ち解けられて、白石くんの新しいお店はすっかり始動準備に入ったようだ。

 私のお店『春の泉』の引き払いが完了次第、私は白石くんの元で働くことになる。なお『春の泉』で使用していた喫茶設備や道具はリニューアル後の白石くんの店で役に立って貰う予定だ。

 さて、私はいま白石くんのお店にいる。その理由だけど……なんと、ルルちゃんがもう制服を用意してくれたのだ。それも私を含めた全員分である。ルルちゃんの服がハンドメイドと聞いた時は驚いたものだけど、私達の3着も例外じゃなかった。新たなメイド服を見たミホさんとリエちゃんは早くもメイド服談義で盛り上がっている。


「リエのエプロン、猫の刺しゅう入ってるんですけど! 足跡付き! 可愛すぎかよー!」

「ピンク色じゃないけど、このデザインだったらシックな色合いでも全然イケるな。髪色どうする? めっちゃ浮いてるけど」

「ここまで良いの用意してくれたんだから、髪色は戻して服に合わせるよ」

「おー、ガチじゃん。でも、いいなーパーソナルマーク。あたしもチャームポイント、アピールしとけば良かった」

「ミホ姉のものは胴回りのデザイン好きだよ。前のセクシー路線を取り込んだ感じだけど、でもエロさは感じないところが絶妙」

 

 元々ふたりが着ていた服の意匠を取り込んで個性を出した新たなメイド服である、とはルルちゃんの談なんだけど……古典的なデザイン寄りではあるものの、最近のコスプレ風なデザインも散りばめられているみたい。


「ルルさん、よく最近風のデザインも盛り込んだね。好きではなかったんじゃないの?」

「奉仕精神には沿っていなかったというだけだ。ふたりとも元のデザインに愛着があるみたいだから、可能な限り取り込ませてもらったよ。個性は大事にするべきだ。特に少数精鋭となる、この店ではね」

「順応性、高いなぁ……」


 はしゃぐ女子ふたりを前にして、白石くんはしみじみと呟いた。

 ミホさんとリエちゃんの服は、私のようなオバサンなんか着たって絶対に似合わないような代物だ。私もあんなヒラヒラがいっぱいついた服を着ないと駄目なのだろうか。


「安心してくれ、静江。君のメイド服はもっとシンプルに作っている。人前に出ても浮いて見えることは少ないだろう」

「そういえば、ついにリエたちも真のメイド長が拝見できるんだね」

「あたし、もう脳内で静江さんにメイド服を着せてるんだけどさ。思ったよりも似合いすぎてヤバいんだワ」

「オバサンをからかわないでくださいよ、もう……」

「さあ、着替えに行こうか。細かな調整が必要になるかもしれないから、しっかり合わせをしておかなくちゃ」


 ルルちゃんは私の手を取り、更衣室へ引っ張っていった。そして更衣室に着くなり、ルルちゃんは私用のメイド服を広げてみせた。若い女の子たちとは違い、特徴らしい特徴のない、フォーマルなデザインのメイド服だ。黒のワンピースに白のエプロン。カチューシャではなくキャップタイプの装飾。これ以上語ることの出来る特徴が無いくらいシンプルに洗練された制服だった。ルルちゃんの言う通り、キャップさえ付けなければ大きく目立つことは無いだろう。


「どうだ。だいぶ大人しいデザインにさせてもらったが。抵抗はあるだろうか」

「これなら大丈夫。着替えるわ。でも、よく考えたら、ルルちゃんって元はお爺ちゃんなのよねえ。男の人を前にしているみたいで恥ずかしいわ」

「静江の心は乙女なのだな。可愛らしいことだ」

「オバサンをからかわないでください」

「女性の可愛らしさに年齢は関係ないよ。さあ、服を脱いで、そこの化粧台に座って。もっと綺麗にして三人を驚かせよう」

 

 ルルちゃんに言われる通り、私は着替えを始めた。ルルちゃんの言葉遣いは逐一穏やかで優しい。老いた父親が娘に語りかける口調だ。精神的な年齢差を見たらそれくらいになるか。

 ルルちゃんのされるがままに身だしなみを整えてもらう。その手付きは慣れたものだ。きっと奥さん相手に繰り返してきたんだろうな。

 そういえば。

 

「ひとつ興味本位で聞きたいんだけど、いいかしら」

「もちろん」

「ルルちゃんはどうしてメイドさんを好きになったのかしら? ルルちゃんの世界ではメイドさんは特別な存在なの?」

「いや、ここの世界とそう変わらないよ。主人に仕える給仕でしかない。立場だけならね」

「では、特別な方がいたのね」

「俺が雇っていたメイド長だ。俺がここまでメイドの好事家になっちまったのは、そのメイド長の存在ありきなんだよ」


 腰を細く見せるためのコルセットをゆるく縛りながら、ルルちゃんは優しく微笑んだ。よほど良い思い出を思い返しているに違いない。


「私に似ていた?」

「いや。静江ほど優しくはなかったな。

 物腰は柔らかく。部下と主人には毅然とした態度で。されど自分にはより厳しく。所作は丁寧。あらゆる困難にも冷静一徹。一切の妥協を許さず、全身全霊で職務を全うする。メイドという存在を擬人化して徹底的に練磨したような(かた)だった。俺のメイドとしての作法は、ほぼ彼女の模倣となっているよ」

「『(かた)だった』って……配下に対する言葉遣いじゃないわね」


 指摘されたルルさんは、はっとした表情で私を見る。そして直後に、頬を緩めてはにかむ顔になった。


「いかんな。彼女にはつい敬意を払う口調になってしまうな。自身の身分を弁えろと、彼女から幾度も注意されていたんだが……なかなか癖が抜けん」

「それだけルルちゃんは、そのメイド長さんを尊敬していたのね」

「彼女の一挙手一投足が、俺の目にはどんな高貴な王族よりも神々しく見えた。俺にとって、ある種の神域だったとすら思える。俺は自国の神を生涯信仰しなかったが、彼女ならいくらでも崇め奉ることができるよ」


 そう語るルルちゃんの表情は、とても慈愛に満ちたものだった。

 そうか。そのメイド長さんこそがルルちゃんのメイド愛の原点なんだ。多くは語らずとも口調と表情だけで伝わってくる。彼女がルルちゃんにとって、どれだけ心の中で大きな存在となっているのか分かる。


「私は大役を任されてしまいそうなのですね」

「静江は静江なりの奉仕を見つけてくれれば十分だよ。そもそもメイドの仕事に正答など決まっていないのだから――ようし、できた」


 元々目立つ容姿ではなかったためか、特徴の無いメイド服が非常に良く馴染んでいる。客前に出ても恥ずかしくない程度となる必要最小限のメイクが、シンプルなデザインのメイド服をより自然に溶け込ませている。


「思った以上に……メイドですね」


 思わず浮かれる心を鎮めながら、スカートを引っ掛けないよう周囲に気をつけながらクルクルとその場で回ってしまった。ルルちゃんは懐が深い性格をしているせいか、どうにも童心に帰ってしまう。


「静江に関する懸念点は、統率力が今後どれだけ発揮できるかに尽きる。そこがメイド長を務められるかの転換点だな」

「母に認められるようなメイドを目指さなくちゃいけないのですね……」

「御婦人の話は忘れていいぞ」

「いいんですか?」

「今の静江に必要なのは御婦人への説得じゃあない。品格と奉仕へのひたむきな探求だ。只々(ただただ)最善を尽くせ。それがメイド長の使命となる。そして必ず御婦人の評価へ繋がるだろう。静江が意識せずともね」

「品格と奉仕……」

「その心を忘れなければ、誰だってメイドになれる。年齢性別は関係ないよ。

 最初の一歩を踏み出す方法を教えよう。メイド長から教わったんだ。彼女の直伝だぞ。

 まずは鏡の前に立って、目を閉じて。

 次に、手を身体の前で組む。

 踵をくっつける。

 視線は鏡の自分へ向くように。少し顎を引こうか。

 そして最後にとても重要なこと。背筋を、伸ばそう」


 言われるがままに、ひとつひとつ言われたことに従う。


「……さあ、目を開けてごらん」


 改めて鏡へ目を向けて、私は息を呑んだ。指示をしたルルちゃんも、とても嬉しそうにしていた。


 そこにはメイド服を着た静江ではなく、メイドが居た。


「やっぱりすげえよ、俺のメイド長は。世界を超えても、彼女はメイド長なのだな。俺は今、興奮を抑えるのに必死だよ」

 

 彼女の教えを目の当たりにして、私は感動に打ちひしがれてしまった。今の自分ならメイド長という役割も簡単にこなせてしまいそう――そんな気にさせるほどの気品に満ち溢れていた。

 ルルちゃんが彼女に敬意を払ってしまう理由を、私は理解できた気がした。



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