第2部エピローグ-下 燻る光
―― ルルーファ・ルーファ ――
『人の上に立つ者、人前では常に威厳を保つべし。銀星団の長となる男ならば魂の奥底まで刻んでおけ』。我が恩師である大団長の、芯まで染み入る金言である。
しかし大団長は、直後に腑抜けた口調で、こう付け加えた。『っつっても、常に威厳を振りまくなんて、ぜってえ心が疲れるだけだからよ。みっともねえくらい完全に肩の力を抜く時間も作っとけ』と。
こちらもありがたき御言葉ではあるが、俺が令和の世に来てからは杞憂の考え方だ。人の生き死にを気に病むような緊迫した環境ではない。自分から戦乱に足を突っ込むような状況を作る気もない。平和な世の中で心の疲れなど感じないだろう。『みっともねえくらい肩の力を抜く時間』など必要ない――筈だった。
まあ、世の中そう上手く回んねえんだよな、これが。
「団長」
すっかり聞き慣れた声で呼ばれ、閉じていた瞼を開く。声の主である後江慧悟は薄っすらと笑いを浮かべながら、テーブルに突っ伏したままの俺を見下ろしていた。片手には琥珀色の液体が注がれたグラス。俺の眼の前に置かれているものと同じ、ロックのウィスキーである。
「おはようございます」
「おう」
「もうすぐ隊長が着きますよ」
「もうそんな時間か」
「紅焔アグニスの復帰配信にも間に合いましたね」
顔だけを上げて窓に視線を向ける。厚手のカーテンで覆われているものの、隙間から零れる西日が夕刻を告げていた。ここは後江慧悟の自宅――ではなく、ウィークリーマンションの一室。彼の根城のひとつである。普段から不正な取り引きを繰り返している関係で敵が多い慧悟は、普段は短期賃貸を転々としながら生活をしているようだ。
閑話休題。
スマホを取り出し、手癖でYaーTaプロの社内連絡を確認する。お嬢の機材トラブル解決のため、キィがお嬢の自宅へ向かったとの連絡が回っていた。今頃は到着している時間帯か。専門家が見るのだからすぐに解決するだろう。お嬢の復帰を阻む障害が消えたことを確信してから、再び俺は思考を手放して突っ伏した。配信が始まるまで元気をチャージだ。
持て余した時間で配信サイトのおすすめ一覧を眺めていると、我らの待ち人がようやく部屋に入ってきた。
「すんません、お待たせしました! 朝倉進、現着です!」
「隊長の燃費が悪そうなバカでかい発声を聞くと溜め息が出ますね」
「おーう出してろ出してろ。無意識でも、てめぇに嫌がらせできてるなら本望よ」
進は嬉しそうに「うはは」と笑いながら俺の向かいの椅子に腰を下ろした。そして脱力して机に突っ伏す俺を見て苦笑いを向けた。
「団長が凹む姿を見るのは久しぶりッス。慧悟から聞きましたが、のり子嬢ちゃんの一件で堪えてるんですって?」
「お嬢や姫に落ち込む姿を見せないように苦心したぞ……見苦しくても我慢してくれ。今日の俺はお世話されるだけの堕落人間に徹すると決めたのだ。明日からいつもの団長になるからよ」
「構いませんよ。今日は俺と慧悟でとことん労いますから。まあ、やることをやってからですが」
「隊長も言ってますし、早速ですが始めましょうか」
慧悟の一声と共に俺は身を起こし、乱れた髪を手ぐしで整える。慧悟がよく冷えたグラスにウィスキーを注いで進に渡すと、進はちびりと一献傾けてから話を聞く姿勢となった。
これから話し合うのは、紅焔アグニスの顔バレ騒動を巡る後始末の連絡や調査報告のまとめである。元銀星団だけで集まっているのは、俺達の間でしか共有できない情報があるためだ。
導入として、慧悟は事件のあらすじを語りはじめた。
YaーTaプロの専用配信アプリの誤動作によりお嬢の素顔が映し出されたこと。紅焔アグニスの失墜に便乗してレーナたち一行がお嬢やその友人を誘拐したこと。1期生による決死の素顔配信が功を奏し、YaーTaプロダクションは復帰路線へ戻せたこと。
簡潔に圧縮された情報を、進は感心して相槌を入れていた。心の中では「普段から余計な事さえしなければ優秀だったのに」と嘆きながら聞いているかもしれない。
「それにしても素顔配信なんて、団長も思い切ったッスね。LUFAのビジュアルを使いたくなかったからVtuberの道を決めたのに」
「仮に俺達が顔を出さないまま復帰していたら、長期間お嬢ひとりにだけ、素顔に関する批判が集中するだろうからな」
「紅焔アグニスだけに辛い思いはさせない。だから自分たちも痛みを背負う覚悟を決めた――尊み溢れる連帯責任というやつですよ。YaーTaプロダクションの心象回復として、この上なく効果てきめんだったでしょうね」
「俺たちの素顔が世間に受け入れられるかの大博打だった。器量良し悪しに関係なく、演者の露出は受け付けないというリスナーも少なくないだろうからな。ほぼ杞憂に終わって何よりだが。お嬢の熱意があったからこそ実現できた奇跡の賜物と言える。
かくして俺達1期生は平等となった。素顔を晒しても活動を続けるアイドルVtuber――という条件に限ってだが」
『条件に限って』というワードを出した直後、俺は我慢せず盛大に溜め息をついた。声に出して憂鬱な気分になったからだ。話の進行を妨げるので、今は憂鬱の理由を語るまい。
「まあまあ。団長の露出は事故ゆえの不可抗力みたいなもんでしょ。もう悪い噂はほとんど目立ってません。結果オーライで受け止めましょうぜ」
進の慰めに対し、慧悟はぴくりと片眉を上げた。
「隊長。今の発言、一箇所だけ訂正させてください」
「おん? やけに不穏な言い回しだな」
「僕が真相を語るために理想の流れを作ってくださるとは。流石は隊長です」
続きを話していいか、こちらにアイコンタクトを送ってきた慧悟に俺が頷くと、慧悟は訂正内容を発表した。
「本件の発端は偶発的な『事故』ではありません。計画的な『犯行』です」
「!?」
「リンさんの解析により、YaーTaプロダクションで使用していた専用の配信アプリに細工が見つかりました。紅焔アグニスがスマホゲームのコラボ配信を始める際、アバター機能を切るような時限プログラムが仕組まれていたのです」
「そんじゃあ、あの事故はのり子嬢ちゃんを誘拐した連中の仕業だったってのか!」
「いいえ」
「いいえって……他に動機がある奴なんていないだろ?」
「隊長の問いは後ほどお答えします。僕達の話を聞いていれば、そのうち全容が理解できてくるはずです」
進は「理解が追いつかない」といった表情を作って俺達に視線をよこしてきた。推理モノは苦手だったな。フォローは引き続き慧悟に任せるとしよう。
「実行犯は2名です。それぞれ誘拐犯とは別の組織に所属する者です。どの組織か分かりますか?」
「……悪い、考える余裕が無え。続けてくれ」
「この犯行を実現するのに必要な要素は2つ。ひとつめはプログラムの実装。ふたつめは時限装置の作動タイミングを設定するために配信スケジュールを把握することです。この要素を同時に満たせる人物は犯行当時に居ませんでした。前者はソフト開発会社の機密事項。後者はYaーTaプロダクションの社外秘事項。交わらないのも当然ですね。だから2名必要なのです」
「ってぇコトは、内部犯行だったってのか!? それも片方はYaーTaプロダクションの!?」
進は今日一番の大声を上げた。無理もない。クリーンな職場環境を心がけている俺達の事務所から裏切り者など出ない――そう確信しているからこその驚きだ。
「まずは前者の実行犯について。こちらは開発会社のプログラマーでした。既に容疑者として警察側で聴取済みです」
「そいつがYaーTaプロ側の依頼でソフトに細工したのか……聴取済みっつったな。逮捕じゃねえのか」
「顔バレの一件は、表向きでは事故として処理されています。YaーTaプロとしても、これ以上波風を立たせたくないでしょうから、妥当な落とし所です。ですから立件はできませんし処罰もできません。
まあ、かの会社は処理のずさんなソフトを開発したとして、社会的な制裁を受けてしまっています。そのうちソフト開発の会社も自然消滅するでしょう。僕や団長が手を下すまでもない」
「手を下すまでもない、って……のり子嬢ちゃんを辛い目に遭わせた奴に対して、銀星団としちゃ随分と手ぬるいじゃねえの」
「真相を聞けば納得すると思いますよ。団長。続きはお願いできますか」
俺が頷くと、ふたりの視線が俺に集中した。
「YaーTaプロ側の調査に関しては、警察が本腰を上げる前に俺とリンが担当させてもらった」
「団長側の関係者で一番怪しいっつったらキィちゃんですけど」
「進の指摘はごもっともだ。だが彼女はあくまで機材係。社内スケジュールの詳細は把握できない」
「そりゃ確かに。では次点で怪しかったヤヤ嬢も除外ッスかね。あの娘は未だに得体が知れないところありますが――」
進はそこまで口に出してから、驚愕の表情になった。対象者に行き着いたようだ。
「団長。当時、事務所内でスケジュールの詳細を知ってたのは?」
「プロデューサーの舞人だけだな」
「ありえねえ!」
進は勢いよく席を立った。
「プロデューサーさんが1期生の皆を陥れたですって? それこそ動機が無えじゃないですか! あの人の情熱っぷりは俺でも知ってますぜ!?」
「進の言うとおりだ。だが今回、俺は動機という要素を切り捨てて調査を切り出した。切り捨てる以外、真実にはたどり着けないと考えたからだ」
「動機が必要ねえって――ああ……ああああ!?」
「動機を必要としない犯罪を生み出せる、悪魔の申し子が居たよな」
どうやら進の中でも繋がったようだな。決して交わるはずのない点と線が。
「いや、そいつに関しては聖女の生まれ変わりと言うべきか」
「ローレライの野郎か……ッ!!」
驚きと怒りが籠もった呟き。今にもテーブルを拳で叩き割りかねない勢いだ。実行する前に、俺は手を差し出して進を制止する。
「すんません。もっともお怒りなのは団長でしたのに……大人気なかったッス」
「ローレライが舞人とプログラマーに接触。ふたりの意識に介入して例の顔バレプログラムを仕込んだ。その後、渦中の我々の混乱に乗じて誘拐犯たちが臨機応変に動き、お嬢たちを拉致した――これが事件の真相だ」
目の前に置かれていたウィスキーをひとくち呷る。気が滅入った時の気付けは酒に限る。
「……俺達1期生の実写配信が終わって数日後、俺とリンのふたりで舞人へ詰め寄った時。彼の取り乱しようは、それはもう酷いものだった。顔バレした直後のお嬢にも匹敵するほど錯乱していたよ。『自分が佐藤さんを陥れるはずがない。私が絶対に見たくない光景なのに』――そんな調子で自問自答を繰り返し、自責の念で自らの首を締めるほど追い詰められた」
「犯行当時は罪の意識を感じなかったところを、団長からの指摘で正常な認識を取り戻した。似たような状況を経験した僕だから言わせてもらいますが、僕ですら反吐の出る所業です。プログラマーの彼も似たような反応でしたよ。
だから如月プロデューサー、そして実行犯のプログラマー。ふたりへのお咎めは無しです。もちろん僕と団長からのお仕置きもね。むしろソフト開発の関係者には十分な補償と復帰支援をするつもりです」
「プロデューサーさんは、今どうしてるんで?」
「進が心配するような事態は起こっていない。彼はもう行為の仔細など忘れて、俺達のために今日も元気に働いておるよ」
「忘れて……?」
持っていたグラスをテーブルに戻し、俺は姿勢を正した。
「進。慧悟。今から俺が下す命令には絶対に従うな」
「え?」
狼狽える進を無視して、瞼を閉じ、視界の情報を消す。
一点集中。脳内でシチュエーションを整える。イメージは博打。賭けを成功させねば俺の大切な者が死ぬ――そんな大博打のシーンを想起する。理は要らない。ただただ感情のままに妄想を巡らせる。
そして感情を声に乗せ、解き放つ。
「右手を上げろ」
「!!!!」
進から息を吞む声が聞こえたので、俺は瞼を開いた。戸惑いの表情で右手を上げる慧悟と、驚きの表情で右手を上げる進の姿があった。
「……とうとうコントロールできちまったんですね。この力でプロデューサーさんの心をコントロールしちまったんですね」
「洒落にならないほどの集中力を要するがな。皮肉なことに、お嬢が殺された時の怒りがコツを掴むためのトリガーだったよ」
俺がそう呟くと、暫くの間は沈黙が続いた。俺の眉間の皺は今、最高潮に深く歪んでいるだろう。
「くそ忌々しい力だ。俺は心の向くままアイドル活動してえだけだってのに」
「俺が銀星団の副団長だったままなら、間違いなく団を動かしていましたね。ローレライの奴をぶっ殺すために。人の心を玩具みてえに弄ぶ外道は生かしちゃおけねえ」
「隊長。全面的に同感ですが、くれぐれも自分から捜索しようとしないでくださいね。面倒ですから」
「分かってるよ。今は漫画家の観照退だ。だがもしもローレライ本人を目の前にしたら自制できる自信は無え。そん時は止めるなよ、慧悟」
「できる限り腕の良い弁護士を手配しますよ。団長も、ローレライに関して暫くは僕たち警察にお任せください。下手に動かれて警戒されると捕捉が難しくなるかもしれません。僕の指示があるまで貴方はアイドル活動に専念してください」
「ああ」
「俺達の手で奴をぶっ殺してやりましょうぜ」
「いや。俺はたぶん殺さない」
進の決意に俺が即反論をした瞬間、ふたりはぎょっとした表情で俺を見ていた。銀星団の団長としてありえない言葉だからだ。敵には徹底的な無慈悲を貫く銀星団の流儀に反している。
慧悟は視線するどく俺を睨みながら、言った。
「佐藤のり子の影響ですね」
その問いに、俺は溜め息で返事をした。もちろん肯定の意味合いである。
現場にいなかった進へ、慧悟が当時のやりとりを説明してやると、進は感心の表情を浮かべた。
「『人殺しをするアイドルがいてたまるか』ねえ……甘っちょろい意見のは確かだが、ごもっとも過ぎて反論できねえのも確かだ」
「自分がいかに矮小かを思い知らされたよ。同時に、佐藤のり子が俺にとって尊敬するべき存在であることも再認した」
いたたまれない気分になり、俺は再びテーブルに突っ伏した。
「天結という世界最大の巨悪を滅ぼし、政府や警察という巨大組織を味方につけた俺は増長しておったのかもしれん。何をしても許される、神のような存在だと心の片隅で調子に乗っていたのだろう。
だが現実は違った。俺は一番のファンも喜ばせられない、ただの自己満足で威張り散らかす道化に過ぎなかったのだ。羞恥心で体に穴が空きそうな気分だよ。
だから俺はまずローレライとの対話から始めるだろうな。何を想い何を考え凶行に至ったか、その真意を問いただす。そんな当たり前の第一歩すら踏み出せないようじゃ、お嬢の隣に並ぶだなんて、夢のまた夢だろう」
1期生三人でトップアイドルを目指す。あの宣言は場を落ち着かせるための方便ではない。俺の決意表明でもあるのだ。
許されるならば。俺は本物のアイドルを目指したい。
「すっかりアイドルに心が染まっちまいましたね……敵は殺すと即断即決していた、あの屍山血海のルーファスとは思えねえプロセスだ」
「僕ですら佐藤のり子を説き伏せる方法を思いつかなかったと言えば、彼女の意思の固さが伝わってくれますかね」
「てめえのような捻くれ者には、さぞかし眩しかっただろうよ」
慧悟はしかめ面で進を睨みながら胸ポケットを漁った。そして煙草が無いことに気づいて溜息を吐く。慧悟が嫌味ですら言い返せないほど、お嬢の輝きは本物だったのである。
「まあ……貴方がたは、いざという時に銀星団として戻ってください。線引きさえ間違えないなら、僕は特に口出ししませんよ」
「そいつは杞憂でいいぞ、慧悟。アイドルVtuberを捨て去る、心の切り替え準備はいつでもできている。あくまで理想を目指すというだけだ」
「日和ってはいないと」
「流石にな」
慧悟は険しい表情のまま俺を睨んだ。だが、すぐに肩の力を抜く。慧悟は銀星団の団長として戻ってほしいのだろう。しかし強要する権利は無い。つまり戻る機会ができたら応じる、という現状が最適な妥協点であろう。
「……そろそろじゃねえか?」
俺が呟いた瞬間、三人のスマホから一斉に通知音が鳴った。まもなく紅焔アグニスの復帰配信が始まる合図だ。配信所にアクセスすると、開演前にもかかわらず同接数は既に90万人を越えようとしていた。コメントは紅焔アグニスの帰還を喜ぶ声で満ち溢れている。
「時間ですね。では湿っぽい大人の報告会はお開きにして、素直に楽しむとしましょう」
「いやいや、ちょっと待っただぜ、おふたりさん」
慧悟がYuTubの画面を壁掛けの液晶テレビに写した直後、進は待ったをかけた。
「開演前なので団長のご気分を害されるのを承知で聞きますが……のり子嬢ちゃんを拉致した、あの輩の顛末を聞いてねえんですけど」
進がその話題を出した瞬間、俺は慧悟に「任せた」とひとこと伝えてから、机に突っ伏したままスマホの画面へ集中することにした。俺の出番は必要ないな。それに、この話題には興味を持ちたくない。ふたりの会話をBGMにしながら、YaーTaプロ関連のワード検索で世間の反応をリサーチすることにしよう。
『ローレライとの繋がりは無かったのかよ?』
『ええ。無関係です』
『断言できるのか?』
『しっかり全員を私的に聴取しましたよ。情報を絞れるだけ絞ってから、専門の業者に預けました。今頃の彼女たちは、刑務所のお勤めよりは世界に貢献している状況ですよ。だから、これだけは断言します。彼女たちは我々や佐藤のり子と今後一切関わることは無いでしょう。僕からお伝えできるのはここまでです』
『……お前が断言するなら問題ねえか。しかしローレライの犯行と無関係の状態で団長たちを出し抜くたぁ……侮りがたい判断力と行動力だったな』
『僕は彼女たちのことを割と評価していますよ。もっとも、最後の最後で詰めが甘いようでは話になりませんがね』
ということで、もはや俺が奴らに興味を持つことは無いだろう。考えるだけで無駄だからな。
さて。検索の結果、YaーTaプロに対する世間の反応も概ね良好といったところだ。帝星ナティカの復帰配信は、ネガティブな輩を抑えつける結果となっている。お嬢の復帰が無事に終わり、ルルーナ・フォーチュンも後に続くことができれば、暫くはYaーTaプロも安泰であろう。
「………………」
スマホを操作し、とあるYuTubチャンネルにアクセスする。ルルーナ・フォーチュンのチャンネルである。
「……これも民意か」
画面に表示されている数字を見て、俺は盛大に溜め息をついた。その溜め息をかき消すようにウィスキーを呷る。しかし心はやるせない気分のまま、胃の中が曇っていくだけだった。
本日の俺がアンニュイとなっている理由はふたつある。
佐藤のり子の光を見せつけられ、己の矮小さに打ちひしがれたことがひとつ。
そしてもうひとつは――。
Luruna Ch.ルルーナ・フォーチュン
チャンネル登録者数 240万人
かつて一世を風靡したカリスマ読者モデルのLUFA――この切り札を切った代償が現在の登録者数である。性格や言動の詳細が不明となっていたLUFAがルルーナ・フォーチュンを演じていたという衝撃は、Vtuberに感心を持たない人々の間にまで広がり、より多くの大衆に迎え入れられたことが原因のようだ。
アイドルVtuberとしての実力だけで勝ち取れた数字なら、どれだけ喜ばしかったことか。神様という輩は、いつだって俺に残酷な仕打ちをしてくれる。
この憤りは、いつか来たるローレライとの邂逅でぶつけてやるとしようかね。
銀星団団長としてではなく、YaーTaプロダクション1期生として。




