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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第三章:流星を追う者~Nostalgism~
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18話

 4人が揃ったのは、朝のやや遅い時間であった。

 身支度を整えて荷物をまとめ、宿を引き払って町に出る。

 そこで、ワイルマンの勧めに従って、ごく小さな食堂へと入ったのだった。

「いいとこでしょ」

「うん。美味いね。さっすが、爺さんのオススメだ。店はボロいけど」

「でしょでしょ。ここ、お気に入りなのよー。人も少ないし。店はボロいけど」

 褒めているのか貶しているのかよく分からない会話を交わしつつ、リリアナは満足げに食事を摂っている。

 食事自体は簡素なものであった。パンとスープと、軽い肉料理。決して珍しいものでもないが、それらが丁寧に調理してあることもあり、十分に満足できる食事と相成っていた。

 リリアナはアマーレンの中枢、聖王の娘として、それなりに良い暮らしをしてきた。だが、アマーレンは宗教都市であることもあり、基本的には清貧を良しとしていたのである。その筆頭は食事であり、アマーレンでの味気ない食事を食べ続けていたリリアナにとって、旅での食事は美味しく物珍しいものとして受け止められていた。野営中の食事であっても、彼女にとってはそれなりに価値のあるものだったのである。

「……朝からよく食べることだな」

「昨夜は碌に食っていないんでね」

 一方、ジェットは例の如く、大量の食事を腹に納めていた。

 今回は4人であることもあり、カウンター席ではなく、卓へと案内されている。よってオーガスは、いつにもまして不機嫌であった。

 この異常な食欲は『例の如く』であるが故、最早オーガスもリリアナも何も言わない。オーガスに至ってはげんなりしている、とでも言えよう。

 だが、ワイルマンにとっては、純粋に物珍しかったらしい。

「あー、そっか、ジェット君は健全な方面にいったのねー」

 よく食べるジェットを見てワイルマンがそう呟けば、ジェットは一度、食事の手を止めた。

「健全な、というと」

「うん。ほら、魔虫に憑りつかれた人って、魔虫の餌が必要でしょ。ジェット君はそれを食事で補ってるけど、人によっては違うじゃない」

 そう言われても、ジェットは自分以外の魔虫憑きの事など、碌に知らない。むしろ、自分の事すら、よく分からない箇所が未だにあるというのに。

 そういう顔をしていたところ、ワイルマンは首を傾げつつ、解説を挟む。

「例えば、うーん、他人の命とか。あとは、その人の理性とか。あ、多分蜘蛛女は他人の魔力とか奪ってたんだと思うけど。他にも、他人の血液とかっていうのもあったねえ……」

「うわー、おっかねえ」

「おっかない代価を払う時は、ま、それなりに少ない量で済むみたいだけどねえ」

「どちらにせよ、迷惑な話だな」

 オーガスはそう言いつつ、ふと思う。

 ジェットが『他人の血液』を必要とするような化け物でなくて、本当に良かった、と。

 ……同時に、それでもこの量を毎回の食事で平らげる様を見せられることは、また別であったが。




「さて。じゃ、どうすっかねえ。このまんまリラサージュへ行く、って訳にもいかなくなった」

 大方の食事が終わると、リリアナはそう切り出した。

「いっくら勇者が目指してるっつっても、下手にそっちに行くと、この爺さんがとっ捕まっちまうからね」


 元々、3人がリラサージュを目指していたのは、勇者が次に向かう町がリラサージュであろう、と判断されたためであった。

 勇者あるところに災いあり、とまでは言わないが、少なくとも、それ相応に何かがあるからこそ、勇者たちはリラサージュへと向かうのだろう、と。

 だが、ワイルマンはリラサージュから逃げて、レムリタへやってきたのだ。下手に戻ってしまえば、何かと厄介である。一度、ワイルマンを匿うと決めた身である。こうなれば一蓮托生、勇者からワイルマンを逃げ延びさせてやらねばなるまい。

「あ、そういうことなら儂、いくつか知ってること、あるのよ」

 だが、ジェット達3人の足枷になるであろうワイルマンは、同時にジェット達3人を導く光ともなる。

「多分、勇者様がリラサージュを目指してた理由の1つは、儂だと思うのよね。勇者様は、儂が国王陛下から脅迫状貰ってることなんて知らないみたいだし、素直にリラサージュを目指してくるでしょう。そんで、もう1つはね……多分、魔王、だろうねえ」


 ワイルマンは、目を瞬かせた。

 3人の反応は、ワイルマンが予想していたものとは異なったのだ。

 ジェットは次に自分を殺し、自分が殺すであろう相手を思って仄暗い笑みを浮かべ、オーガスは獲物を見つけた獣のように目をぎらつかせ、リリアナはさも愉快そうに笑う。

「……もしかして、そちらさん達って、魔王に興味、ある?」

 ワイルマンがそう問えば、3人はそれぞれに、肯定の意を示したのであった。




 食事を終えた3人は、リラサージュ方面へ向かう乗合馬車に乗った。

 リラサージュへ向かう馬車であるからして、混み合うであろうと思っていた3人だったが。

「……まさか、1台貸し切れるとはねえ」

 ごとごと、と揺れる馬車には、御者こそいるものの、4人の他には誰も乗っていない。

「よいしょ、と。ま、儂にかかればこんなもんさね」

 ワイルマンは馬車の中でクッションを取り出してそこへ腰を下ろしながら、満面の笑みを浮かべた。

「一体何をやったんだ、爺さん」

「んー?いや、御者の男の子がねえ、儂の知り合いだったもんだから。ちょいとお願いして、出発の時刻を早めてもらっただけよ」

「……はっ。一体どんな『お願い』をしたのやらな」

 良からぬものを感じつつオーガスがそう言えば、ワイルマンはまた、楽し気に笑った。

「どうでもいいじゃない、そんなこと。あ、リリアナちゃん、クッション使う?もう1個あるよ」

「おー、気が利くじゃねえか。ありがとな。使わせてもらうよ」

 ……オーガスとジェットは顔を見合わせて、そして互いに、『最早何も言うまい』と、強く思った。

 どうやら自分達はまた、碌でもない仲間を増やしてしまったらしい、と、感じつつ。




「さて、と。じゃ、確認ね」

 馬車に揺られ始めて少し経ち、どうやらレムリタからの追手は来ていないようだ、と判断された頃。ワイルマンは荷物から地図を取り出し、馬車の床の上へ広げた。

「今居るのが、大体ここらへん。レムリタから西に向かってるところだからね」

 ワイルマンが指先で辿る道筋は、レムリタからリラサージュへと向かう道である。

「で、今日は多分、ここの宿場までは着くと思うから、そこで一泊して、ここから歩いて南西に向かうのよ」

「何も無いが」

 指先を辿って見ても、そこには何も無い。

 地図の上ではそこには道すら無く、ただ、森があるばかりである。

「大昔はねえ、ここにお城が1つ、あったらしいのよ」

「はは、爺さんですら『大昔』って言うぐらいじゃ、本当に大昔なんだね」

「そうねー。エリオドール国内だと他にも、フォレッタの近くとかにも、あるじゃない。古ーいお城。知ってる?」

 ワイルマンの言葉に、ジェットとオーガスは強く頷いた。

「ああ」

「私とジェットが初めて共に戦う羽目になったのがそこだ」

 2人にとって、フォレッタの古城はそれなりに印象深い場所である。

 オーガスにとっては自分の人生の大きな転機であったし、ジェットとしても……オーガスという、稀有な人材と出会うきっかけになった場所であるので。

「へー。案外皆、物知りねえ。ジジイの出番、無くなっちゃいそ……ま、いいや。で、そこの古いお城にね。向かおうと思います」


「そこに、『魔王』が居るって?だとしたら、リラサージュの連中は随分と呑気なもんだけど」

 リリアナが不審げにそう問えば、ワイルマンはのんびりと頷いた。

「そりゃ、多くの人は知らないでしょうよ。だってお城には結界、張ってあるし」

「結界、か。そういえば、フォレッタの古城にもあったな。覚えてるか?」

「忘れるものか。貴様が幾度となく挽肉になる様子など、忘れたくともそうそう忘れられん」

 オーガスは顔を顰めた。そもそも、ジェットを連れていった理由は、古城の結界を解かせるためだったのだ。忘れるはずがない。むしろジェットの方が、そのあたりの経緯を忘れていそうですらある。

「ま。それに、お城に居るのは、魔王じゃあ、ないねえ。……でも、ま、魔王の卵みたいなもんさね」

「卵……?」

 いよいよワイルマンの話は不可思議なものとなる。

 首を傾げたり眉を顰めたりする3人の若者を前に、ワイルマンはうんうん、と穏やかに頷いて、話し始めた。

「魔王ってのはね。魔物の王なわけじゃない。そんでもって、儂、ちょーっと、心当たりがあるのよねえ。……魔物を生み出す魔術の類。知ってる?」


「爺さん。それ、フォレッタの古城にもあったぞ」

「尤も、我々が着いた時には既に、『魔物を生み出す魔術』の媒体は持ち去られた後だったがな。我々がそれに出会ったのはソルティナの地下だった」

「それから、カラミアにもあったよな、多分。あのゴーレム動かしてたのって多分、それだろ?」

 3人がそれぞれに言えば、ワイルマンは目を円くし……そして、ぽつり、と、呟いた。

「……もしかして、とんでもない人達に付いてきちゃったのかしら、儂……」




 その時だった。

 馬が驚いたように嘶きを上げ、突如、馬車が激しく揺れる。

「うおわっ!?なっ、なんだあっ!?」

 リリアナが悲鳴らしくもない悲鳴を上げながら馬車の床を転がり、馬車の外に放り出されかける。

「馬鹿者がっ!」

 それをオーガスが咄嗟に捕まえ、リリアナはなんとか、馬車の中に留まった。

 ワイルマンは馬車の幌の一部にしがみついて体を支え、ジェットもまた、床に這いつくばるようにして揺れをやり過ごす。

 ……そうして揺れが収まって、4人は外の様子を見た。

 すると。

「うわー、きもっ。ジジイ、こういう魔物嫌いなのよねー。えんがちょ、えんがちょ」

 そこには、巨大な目玉がうねる触手を伴って、いくつも宙に浮いていたのであった。



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