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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第三章:流星を追う者~Nostalgism~
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4話

 ジェットは荒れた花畑で、比較的まともな状態の花から雄蕊を摘み取り、花粉を採集した。

 瓶に少しずつ、花粉を集めていく。その作業の傍ら、可能な限り呼吸は控えた。つまるところ、花粉を吸いに来たわけではない、と自らに言い訳できる程度には気を付けて作業を行ったのである。

 ……実際、この花の花粉は貴重である。瓶一本分の花粉が、ジェットの臓物数個分を上回る値段で売れる。

 どの町でもソルティナのように臓物を買い取ってくれる店がある訳ではない。レムリタがどうかは分からない以上、路銀を確保する手段は多く持っていた方がいいだろう。

 ……そして万が一、何かあった時は……この花粉を使えばいい。

 幸福感に支配されていれば、痛み止めや興奮剤が切れても動くことができる。

 或いは、治療の手段が無い人間に使えば、痛みや恐怖を和らげてやることができる。リリアナが居る以上あまり使い時は無いかもしれないが、折角の貴重な素材だ。採集していって損はないだろう。

 そして、雄蕊を摘み取った花は、口の中に放り込む。

 元々魔力を吸って生きている花だ。そこらの雑草よりは余程、魔虫を誤魔化す材料になる。

 特に味も無く、ただ甘やかな香りがするだけの花弁を咀嚼して嚥下すると、幾らかは魔虫の騒がしさが収まった。それと同時に、花弁に付着した花粉を摂取することで、どうしようもないような絶望感も多少は薄れる。これで、多少はまともに動けるだろう。

 瓶に花粉を集め終え、腹を花弁で満たし、ジェットは再び、元来た道を戻った。




 横道に戻ると、流石にオーガスに不審げな目で見られた。

「……随分と遅かったな」

「少し手間取った」

 ジェット自身もよく分からない返事をすれば、オーガスは呆れとも嫌悪ともつかない表情を浮かべた。

「……そうか」

 藪蛇を恐れてか、それ以上の追及が無かったのが救いである。何やら不名誉な勘違いをされているような気もしたが、薬にかまけていたと知られるよりはいいだろう、と、ジェットはそれ以上、特に何も言わなかった。オーガスからも特に何も言われなかった。


「んー、にゃ……んっ」

 ジェットが荷物の整理をしていると、リリアナが目を覚ましたらしい。

 リリアナは猫のように背を伸ばしてから、ぺたりと座り込んだ姿勢を取り、ぼんやりしながら数度、目を瞬かせた。

「起きたか。起きたな。さっさと目を覚ませ」

「んー……よし。起きた」

 それから数度、首を回したり伸びをしたりして、リリアナはようやく、しっかりと目を開いた。

「あ、ジェットも起きたんだな」

「ああ」

「大丈夫か?やたら悲しかったりしないか?」

 リリアナは心配そうにジェットを覗き込む。

「問題ない。寝ている間に済んだらしい」

 ジェットがそう返答すると、リリアナはにっかりと笑みを浮かべ、それはよかった、と頷いた。

 一方、オーガスはやや疑いの目をジェットに向けていたが、特に何も言わなかった。

 ……オーガスが見たジェットの姿からすれば、『寝ている間に済んだ』とは到底思えなかった。

 そして実際、ジェットは未だに絶望感や喪失感の渦中にあった。尤も、花粉を多少なりとも摂取して、大分ましになってはいたが。

「なら、そろそろ出発するぞ。遅くなって良い事など碌に無い」

「ん。私は動けるよ。ジェットは?」

「動ける。……盾の役目は果たすさ」

 それぞれがそれぞれに立ち上がり、3人はのっそりと、横道から出て歩き始める。

「はー、これ、出口まであとどれぐらいあるのかねえ……」

「それは貴様が知っているべき事なのだがな」

 先の見えない洞窟は、まだ先が長いように思えた。




 結局、そこから出口まで、それなりに歩くことになった。

 原因は距離ではなく、迷路である。

 休憩した近辺に脇道があった事から察された通り、とにかく、道が枝分かれして入り組んでいた。

 正解を知らぬ3人はひたすら、片っ端から脇道を進んでは行き止まって引き返す、という作業を繰り返す羽目になったため、それはそれは無駄に歩かされる羽目になったのである。

 だが、結界が生きていた部分がいくらかあり、魔物はそれほど出なかった。

 ジェットが本調子でなく、魔虫の魔力切れも心配される今、あまり交戦せずに済んだのは不幸中の幸いだっただろう。

 そうして、3人はなんとか、消耗し切る前に洞窟を抜けたのだった。


 洞窟の出口は巧妙に隠されていた。……入り口、と言った方がいいのかもしれないが。

 多少は魔術の心得が無いと、開くどころか見つけることすら難しい。旧聖都カラミアからの緊急避難通路として使われていた、というだけあり、それなりに守りの術が組まれていた。先程の迷路にしても、1つの守りであると考えるのが妥当であろう。

 魔術的な要素を備えた扉を開けば、暗闇に慣れた3人の目には酷く眩しく、朝日が刺さる。

「もう朝になっていたか」

「まっぶしいなあ、おい」

 太陽は既に地平の彼方へと沈みきってから昇っていたらしい。結局、休憩を除けばほぼ丸1日程度歩きどおしであったということになる。

「あれがレムリタか」

 明るさに目が慣れてきて、辺りを見回せば、眼下に小さな町が見えた。

 小さくはあるが、穏やかな暮らしがそこにあるであろうことは察せられた。山から流れる川は近く、山の恵みもそれなりに受けられる。辺鄙な土地ではあるものの、豊かな場所であるとも言える。

「そ。……まあ、私もそれほど馴染みがある場所じゃあない。精々、1回か2回、来たぐらいだな。この道から来るのは初めてだったけど」

「だろうな」

 さて、眼下に見える町は近いようで遠い。

 レムリタまでの道は鋭く切り立った山の斜面である。ここを下りていくのは中々骨だろう。ましてや、洞窟を抜けてすぐの、疲労した状態では。

「……食事を摂りたいんだが、いいか」

 ジェットの提案に、オーガスもリリアナも即座に賛成した。




 山の中であることが幸いして、食料となる獣にも困らなかった。ジェットは早々に、斜面を駆けのぼる鹿を1頭仕留めることに成功する。

 多少欝々とした気分ではあったものの、獣を捌く手つきに迷いはない。どうやら、花粉の効果だの毒薬の効果だのも大分抜けてきたらしい。相変わらず魔力不足はそうであったが、それも食事で改善されるだろう。

 捌いた肉はリリアナが調理した。調理とは言っても、塩を振って焼く程度の、簡素なものである。野営中であることを考えればこれで十分だ。

「さて。じゃ、食おうか」

 香ばしく焼きあがった肉は、疲労した3人の食欲を大いに刺激した。洞窟の中で口にしたものといえば、干し肉と砂糖菓子と水、それに携帯用の固いパン程度なものである。暖かい食事というものは、それだけで価値があった。

「ジェットはそっちな。足りなくなったら焼きながら食ってくれよ」

「ああ」

 そして何より、ジェットにとっては満足な量の食事を摂ることが何よりも大切である。

 携帯食程度の分量では、到底魔虫は満足してくれない。早速肉に齧り付けば、魔虫由来の腹痛がようやく収まった。

「よく食うなあ……」

「あまり見るな。胸やけするぞ」

「あはは。私はあんた程、細い神経してないんでね。大丈夫大丈夫。むしろ気分がいいくらいだよ。あーあ、あとはこれで酒でもありゃあなあ」

 食べることだけに意識を集中しているジェットを眺めて、リリアナはケラケラ笑う。一方、オーガスは渋面である。

 尚、オーガスは学習の末、ジェットに背を向けて食事を摂っていた。快適といえば快適であるが、その代わりにリリアナの満面の笑みを見る羽目になっており、これはこれでなんとなく落ち着かない。元々、オーガスは食事は1人で摂りたい性分であった。その点、ジェットとはそこそこ気が合うが、リリアナとは気が合いそうにない。


「レムリタに着いたらさ、一杯やろうぜ。洞窟抜けた祝いってことで」

「1人でやっていろ」

 リリアナとオーガスがそんな会話をし始めた頃、ジェットの魔虫がようやく大人しくなってきた。

「なあ、リリアナ」

「ん?」

 食べる以外の用途で口を使えるようになったジェットは、やっと会話に参加する。

「レムリタはどういう町なんだ。俺は行った事がないから分からないんだが……」

「ああ、レムリタかい?そうだねえ、何も無いけど……リラサージュの近場だからね、薬や杖、魔導書なんかはそれなりにあるよ。それから、町の真ん中にでかい時計塔がある。アレは見ごたえがあるかな。……んー、あとは取り立てて何も無いね。何せ、辺鄙な場所だし」

 つまり、何ということも無いごく普通の町であるらしい。

 ジェットとしては、『そういった』薬屋の有無や、人間の臓物を買い取ってくれる業者の有無も聞きたかったのだが、そもそも、そういったものが在ってもリリアナは知らないだろう、と思い直して口を噤む。

「ま、リラサージュの食糧を作る町、ぐらいの位置づけかな。レムリタが無いとリラサージュは困るだろうが……それだって、他の町からいくらでも持ってこられるだろうし……」

 しかし、リリアナの説明を聞けば聞くほど、レムリタという町への期待は薄れていく。

「飯は?」

「あ、それはまるで心配いらないね。うん。飯は美味い。それは保証するよ。あと、酒も美味い!山が近いから、水が美味いんだろうな、きっと」

「そうか。ならいい」

「貴様ら、本当にそれでいいのか?」

 オーガスは呆れかえったが、リリアナは酒があればいい人間で、ジェットは食事があればいい人間である。どちらも大して重要に思っていないオーガスからすれば理解できないことではあったが。

「……しかし、重要なものが何も無いとなると、長居は無用だろうな」

「まあ、名声が欲しいならレムリタは最悪かもね。のどかで平和で何にもありゃしない」

「事件も魔物も無ければ名声にならんからな」

「なら、俺が町を襲うか?」

「それも面倒だろうが。第一、アマーレンのような人の多い都市であるならともかく、辺鄙な田舎町でそれをやって何になる。労力の割に合わん名声しか得られん」

「それもそうか」

 聞く人が聞けば怒りそうな会話であるが、生憎この場にはこれを不快に思う者は居ない。

 よって、会話の末、ひとまずレムリタに1泊した後、リラサージュに向けて出発する、という段取りに落ち着いた。

「とりあえずレムリタに着いたら酒飲んで半日ゆっくり休もうな」

 リリアナが至極嬉しそうにそう言うのを聞きながら、オーガスはどうやってリリアナと別に食事を摂るかを考えるのであった。尚、ジェットは特に何も考えていない。




 休憩してから慎重な下山と相成った。

 切り立った斜面を構成する岩石は、風雨に曝されて鋭さを増している。下手に触れれば肌を切りかねない。

 そして何より、滑落が心配された。所々では、這いつくばるようにして四肢を使い、慎重に斜面を下りることもあった。

 ……そして、遂に。

「あっ」

 間の抜けた声がオーガスとリリアナの耳に届くや否や、2人が視線を向けた先で、ジェットが斜面を転がり落ちていった。

 やがてジェットは、鋭く石筍めいた岩に串刺しにされて止まった。

「……うっ、わあ」

「気を付けろ、リリアナ。明日は我が身、だ」

 リリアナは顔を引き攣らせ、オーガスは頭痛を堪えるようにして、慎重に、ゆっくりと斜面を下りることにする。

 ……その後も時折、ジェットは滑落した。

 2人の集中が途切れかけた頃、緊張感が薄れかけた頃を見計らったかのように落ち、その度に惨い姿を2人に晒した為、却って2人は怪我無く下山することができたのだった。


「俺1人ならむしろ飛び降りた方が早かったんだが……」

「それもどうなの?なんつうか、人間として、それはどうなの?」

「リリアナ。今更こいつに人の道を説くな。こいつの事は人間と思うな。大人しい化け物だと思え」

「ジェット。あんなん言われてっぞ。いいの?」

「いい」

「いいの!?」

「ああ、そうだ。良い事を思いついたぞ。次にこの山へもう一度登る事になったら、ジェットの腕を斬り落としてロープでも括りつけて投げ上げればいい。残った体は燃やす。そうすれば腕の方から再生するのだったな?そこでお前がロープを固定すればこちら2人が楽に登れる」

「成程。いい考えだな」

「……わあお。こいつぁすげえな。……いや、ジェットも相当すげえけど、オーガス、あんたもすげえよ」

 そんな会話をしつつ、3人はレムリタに向かって歩く。この分ならば、昼前には十分、町に到着するだろう。




 レムリタへ入る前に、近くの川へ寄って、ジェットの体の血を落とした。ジェットの体を汚しているものは、魔物の返り血以上にジェット自身の血液である。どう見ても不気味だ。

 それから着替えて、ようやく3人は町へ入ることができるようになる。

「そっかぁ。ジェットって、結構着替え、要るんだな」

「ああ。基本的に盗賊に出会ったらこいつの着替えを剥ぎ取るものだと思え」

 ジェットが着替えるまで明後日の方を向いて座り込み、黄昏ていたリリアナは、オーガスの言葉を聞いていよいよ心配になってくる。

「……なあ、もしかして私、付いてくる相手、間違えたかな」

「はっ。それを言うか」

 リリアナの言葉にオーガスは笑って……ロザリエあたりが見たら衝撃を受けそうな笑みを存分に浮かべて……言った。

「先輩から一言、言ってやろう。……『もう遅い』とな」



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