41話
オーガスが連れられて向かった先は、ロザリエの部屋だった。
司祭が断りを入れてから扉を開き、それに伴ってオーガスも室内へと入る。
ロザリエは寝台の上で半身を起こし、どこかぼんやりとしながらも目を覚ましていた。
「ロザリエ嬢、加減はいかがかな」
オーガスが声をかけると、ロザリエは緩慢な動作でオーガスを見て、そして、頭痛を堪えるように頭を押さえた。
「頭が……酷く、痛みます。それから、とても、寒くて……」
「それは労しいことだ。……あなたは邪悪なる術師の姦計に陥れられ、氷柱に囚われていたのだ。体が冷えもするだろう」
オーガスはさらり、とそう言って、ロザリエの反応を見た。
事実と異なる『ロザリエは氷柱に囚われていた』という言葉を聞いて、何らかの反応を示すだろう、と思ったのだ。
案の定、ロザリエは少しばかり、戸惑うような様子を見せた。
「そう、なのですね。……お父様から伺いました」
ロザリエの反応を見る限り、魔虫憑きになっていた時の記憶は確かにあるらしい。
さて、ならば、ここからどのように話すべきか。
オーガスは思案しつつ、ロザリエと、リリアナにとって利益になるような話の持っていき方を考え始めたが。
「……あの、2人で、お話、できませんか」
ロザリエは気まずげに、そう、切り出したのだった。
気を利かせた司祭が席を外して、ロザリエとオーガスは部屋に2人きりになった。
「……さて。人払いも済んだが。何から話す?」
オーガスがそう促すと、ロザリエは困惑を隠そうともせず、言った。
「あの。オーガス様。これは一体、どういうことなのですか。私は、私は、氷に囚われて人質になってなど」
「ロザリエ嬢」
オーガスは、堰を切ったように喋り出し始めたロザリエを制した。
そして、言葉を選びながら話す。
「……まず、あなたは間違いなく、邪悪なる呪術師に陥れられたのだ。それは覚えておいでだな」
「ええ。記憶に霞が掛かったようではありますが、確かに、覚えて……います」
罰せられる罪人のような面持ちでいるロザリエを見て、安心させるように笑みを浮かべつつ、オーガスは続けた。
「その後、あなたは『虫』を飲まされた。違うか」
ロザリエは、はっとしたようになり、そして……おずおずと、頷いた。オーガスの微笑みに励まされるように。
「はい。確か……禍々しい、幼虫のような、ものを……それは、私の中で、私を、食らって……ああ!」
「そうか。それ以上思い出さなくていい。辛かっただろう」
思い出したのか、ロザリエは身震いした。オーガスは震えるロザリエの肩を支えて、ロザリエの記憶を断ち切るようにそう言った。おぞましい記憶など、必要以上に思い出さなくてもいいだろう。特に、うら若く弱い乙女なら、尚更。
「それからの事は、覚えているか?」
ロザリエの意識を、魔虫を飲んだ記憶から逸らすためにオーガスはその先の記憶を問う。
「……ごめんなさい、そこから、はっきりとは覚えていないのです。何があったかは……ただ……」
少し落ち着いたロザリエは、しかし、言い淀んだ。
酷く、迷うような素振りを見せ……結局は、オーガスの視線に後押しされるように、言葉を発する。
「ただ、酷く……寒くて。それから、とても、とても……悲しくて、苦しくて……全てが、憎かった!」
いよいよ肩を震わせながら涙を零し始めたロザリエを宥めながら、オーガスは思案する。
……どうやらロザリエは、これ以上はっきりとした事は覚えていないらしい。
氷柱の内に閉じこもり、周囲を氷で攻撃していたロザリエは、いわば、魔虫に憑りつかれてすぐの、暴走状態。その間の事は、曖昧にしか記憶していないのだろう。
尤も、事実としての記憶は無くても、感情は覚えているらしい。
魔虫の暴走はロザリエの感情に連動していたようであるから、致し方ない事なのかもしれないが……いっそ、何も覚えていない方がロザリエは幸福だっただろう。
「……オーガス様。私は、私は……聖騎士の皆や、あなたを、私の手で、傷つけたのですね?憎しみに任せて!」
涙を零しながらロザリエはそう言って、オーガスの瞳を覗き込んだ。
「どうぞ、お答えになって。はっきりと、仰ってください。私は、私は」
「あなたは何もしなかった。悪い夢だ。忘れてしまえ」
ロザリエの涙に揺れる視界の先、有明の空めいた紫の瞳はただひたすらに優しかった。
優しすぎて、その裏に無関心か拒絶かを感じてしまう程に。
ロザリエの瞳の奥に安堵と絶望が入り混じるのを見ながら、オーガスは、ふと、控えめなノックの音を聞いた。
「誰だ」
答えてから、自分ではなくロザリエが答えるべきだったな、と思い至って顔を顰める。
「ん?あ、オーガスか。私私。リリアナだ」
そしてオーガスは、扉の向こうから返ってきた呑気な声に、より一層別の意味で顔を顰めた。
「……どうした」
「いや、ロザリエが起きたんなら私も顔、見たいと思ってさ。入っていい?」
オーガスは、どうする、という意図を込めてロザリエを見る。だが。
……ロザリエは、どこか、様子がおかしかった。
まるで恐怖するように震え、呼吸は乱れ、瞳は見開かれ。
「……ロザリエ嬢?」
オーガスが声をかけるも、ロザリエは聞こえていないような様子で、じっと扉を見据え……そして、言った。
「入って」
その声の虚ろさにぞっとして、オーガスは……更にもう一度、ぞっとすることになる。
ロザリエは、杖を手にしていた。
オーガスは咄嗟に、ロザリエを寝台へ押し倒した。
婦女へ行うにはあまりにも野蛮な行為であったが、やむを得ない。
オーガスの目論見通り、咄嗟に、ロザリエは混乱した。おかげで、扉から入ってきたリリアナに向けて魔術が発動することはなかったのである。
「おっ……もしかして入らない方が良かった?」
リリアナは部屋に入って真っ先に、寝台の上のロザリエとオーガスとを見てそんなことを言ったが。
「……マジで入らない方が良かった奴か、これ」
オーガスの必死の形相と、ロザリエの様子、そして何より、ロザリエの手の中に杖があるのを見て、そう言って表情を引き締めた。
だが、リリアナは部屋から出ることなどしなかった。
「ロザリエ」
代わりに、自らへ杖を向けた妹へと、歩を進める。
歩み寄ったリリアナへ、ロザリエは魔術を放った。
オーガスに押さえつけられながらも、胸に抱いた杖を媒介にして、リリアナへ闇雲に魔術を放つ。
だが、それらは全て、リリアナの生み出した結界に阻まれた。
「ロザリエ」
再び呼びかけるリリアナを、ロザリエは強く、睨みつけていた。
憎悪と恐怖がない交ぜになった瞳が、リリアナを突き刺す。
……どう見ても異常な様子のロザリエに、リリアナは……笑いかけた。
「私、ここ、出てくことにした。さよならだ。ロザリエ」
一方、その頃ジェットは、火あぶりに処されていた。
血や泥に塗れて元の肌の色など分からない有様になっているジェットは、大人しく磔刑台に縛り付けられ、或いは釘で留めつけられて、薪の中央に据えられた。
そろそろ腹が減った、などと呑気に思っている内に聖なる銀の槍に体を貫かれ、薪に火を点けられ、やがて、足先から徐々に炙られていく感覚をぼんやりと感じ、それから眠気を強く感じ始めて目を閉じた。
聖騎士や司祭達は、悪魔の手先がぐったりと目を閉じて、大人しく焼かれていく様子を静観していた。
やがて、風変りな魔物が完全に灰になってしまうと、その灰に聖水を掛け、祈りの文句を唱えながら聖なる文様の刻まれた悪魔封じの壺の中に灰を収めていく。
完全に封をした壺は、やがて大聖堂の一角、浄化のための土地に穴を掘り、埋められた。その上に聖なるシンボルが刻まれ、魔物の復活を阻止する。
その場に立ち会った人々は皆、神への祈りを捧げ、聖歌を歌った。
こうして、魔物の封印の儀式は厳かに終了したのだった。
そして、人の気配が完全に消えてから、もそもそと、土が盛り上がる。
「……まさか、埋められるとは思わなかったな」
ジェットはやれやれ、とため息を吐きながら地面から這い出した。さながら、生ける屍のようであったが、本人としてもそのような感覚である。
ジェットは丁寧に地面の土を戻し、聖なるシンボルも律儀に刻み直して、そっと、その場を後にしたのだった。
……オーガスと約束している集合場所へ向かって。




