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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第二章:邪道聖女~The prayers are NOT answered~
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31話

 翌日、ジェットの解呪の儀式が執り行われた。

 大聖堂の裏側に位置する一角、朝陽が差し込む明るい小部屋で、ジェットは白大理石の台の上にうつ伏せで寝かされ、鎖で拘束されていた。

 これから首を刎ねるのだと言われても納得してしまいそうな光景であったが、ジェットの表情は酷く穏やかである。

「では、これより解呪の儀を行う」

 聖王は昨日とは異なる法衣を着込み、豪奢な杖を携えている。傍らに控えるロザリエもまた、衣服は変わらず聖女用の法衣ではあったが、新たに白銀の盃に満たされた聖水やアミュレットらしい宝玉飾りを携え、真剣な表情を浮かべていた。

 ……そして、それらの様子を、部屋の片隅でオーガスとリリアナがじっと見ている。


 儀式は静かに始まった。

 ロザリエが捧げ持つ盃から、ジェットの左腕へと聖水が零される。

 ジェットはやや表情を動かしたが、それほど痛みを感じている様子でもない。

 ……何故なら今回は例の薬を飲んでいるからだ。

 ジェットは昨夜の内に、リリアナ伝いにオーガスから痛み止めを届けてもらっていた。またしても、オーガスに薬の説明をしておいてよかった、と呑気に思いながら、ジェットは儀式の次の行程を待つ。

「……神よ」

 やがて聖王が、祈りの言葉を口にした。

「大地を見守りし神よ、民を愛されし神よ。我ら人の子が祈り奉る……」

 言葉が発されゆくにつれ、聖水を掛けられたジェットの左腕が、ぼんやりと光を纏うようになる。

「彼を悪しきものより救い給え。哀れなる者に慈悲を与え給え……」

 祈りの言葉が一区切りする。

 ……その時、ジェットの腕が白く燃え上がった。

 聖王とロザリエが祈りの言葉を唱える中、ジェットはやや顔を顰めつつ、燃える左腕を見ていた。

 祈りの言葉が発されゆく度に、より強く腕は燃えるが……ジェットは、ふと、気づいてしまった。

「……再生している……」

 化け物の腕は燃えては灰になり、灰になっては再生されていた。

 ふと、ジェットが視線を移せば、ジェットと同じことに気づいたらしいオーガスが、いっそ呆れたような顔でジェットを見ているのだった。




 ……ジェットは魔術に明るくない。だが、そんなジェットにも分かったのは、『魔物を生み出す魔術』の呪いと、自身に巣食う魔虫とが、相互に絡み合い、1つの効果を生み出してしまっているらしい、ということだった。

 どうやら、魔虫は呪いをもジェットの体の一部だと認識してしまっているようで、解呪されても解呪されても、その呪いを再生させてしまうらしかった。

 だが、魔虫の事情など知らない聖王とロザリエは、一向に解ける気配のない呪いに焦りを見せながら、懸命に解呪の儀式を続けている。

「……なあ、オーガス」

「何だ」

 解呪の儀式の外側で、2人は小さく言葉を交わす。

「これ、確かにやめさせたくなるな」

「はっ。確かに、不毛極まりないからな」

 2人の視線の先で、ジェットは少しばかり、困ったような表情を浮かべている。

 魔虫に巣食われる者として、この解呪に成功の見込みがないことを悟ってしまったのだ。それでも尚続く儀式に、どうしていいのか分からない様子であった。

「……ジェットが痛がってないのが救い、だよなあ」

 そんなジェットを見て、リリアナはぼやいた。

 ジェットは昨日、『痛みに耐えかねた』と、言っていた。

 あのジェットが、痛みに苦しむ姿を眼前で見せられたら……私は何をするか、分からねえな、と、リリアナは思う。

 だからこそ、リリアナは今がそうではないことに安堵すると同時に、ジェットが痛みに苦しむ様子を眼前で見ていたのであろうオーガスを、心底哀れに思う。

 普段から化け物扱いしている相手であっても……否、普段から化け物として扱おうと努力している相手だからこそ、人間らしく、痛みに叫ぶ姿を見せられるのはさぞ堪えただろう、と。

「……そうだな」

 リリアナの心境を知ってか知らずか、オーガスもまた、複雑そうな面持ちでそれだけ言葉を返す。

 ……その目はジェットを見据え、その手は剣の柄に置かれていた。




 聖王は焦っていた。

 聖王たる自分と、聖女たるロザリエの解呪が、全く通用しない。

 それは自らの力量不足を露呈することにもなるが、それ以上に……もし、人の呪いを解けなかったとあれば、それは神の力が及ばないものを認めてしまうことになる。

 聖王として、聖都アマーレンを統べる者として、それは避けねばならない。

 だが、いくら祈りの言葉を唱えても、聖水を使っても、ジェットの左腕の呪いは解けない。

 ……ならば。

 守らなければならないものを守るために、結論を出さねばならない。

『これは人間ではない』と。


 その時だった。

「さて。そろそろ茶番は幕引きとしようではないか」

 オーガスが剣を抜いて、じっと……ジェットを、睨んでいた。

「悪魔よ」

 オーガスの言葉に、ジェットはにやり、と嗤った。




「あ……悪魔?」

 オーガスの言葉に、ロザリエも聖王も、唖然とする。

 確かに、ジェットの呪いは解けない。そして、聖王と聖女の力を持ってしても解けない呪いなど、在るはずはない。在ってはならない。

 だから聖王は、ジェットが人間ではない故に呪いが解けないのだ、と主張するつもりだったが……まさか先に、オーガスがその役目をかって出るとは思わなかった。

「お、おい。オーガス。ジェットが悪魔ってどういうことだよ」

 リリアナが慌てたようにそう言い、オーガスの前に割って入る。

「何、簡単なことだ。解呪ができないのであれば、それは人間が呪われているからではなく、そもそもそいつ自体が魔物の類だということだ」

 オーガスはいとも簡単にそう言うと、構えた剣をジェットに向ける。

「恐らくは、悪魔祓いかアマーレン防衛戦かの時、悪魔がそいつに成り代わったのだろう。悪魔は殺さねばなるまい?」


「待てよ。ジェットは一緒に戦った仲間だろうが!それを悪魔って、お前」

「リリアナ。私は奴の鎖を斬る。貴様はそれに合わせて、奴を灰にしろ」

 リリアナは絶句した。

 オーガスはジェットを酷く扱う。それは知っている。

 だがそれは、互いにそれが心地良いからだということもまた、リリアナは知っているのだ。

 物のように扱い、物のように扱われることを良しとする……いっそ残酷な2人の関係を、しかし、リリアナは認めてもいた。

 だからこそ、オーガスがジェットを『悪魔』呼ばわりして、果ては『殺す』と言うなど、リリアナには納得できない。

「どうした、リリアナ」

 オーガスはそう言って、促すが。

「……できねえよ」

 リリアナはそう呟いた。ごく自然に、本心の吐露として。

「なんだって、そんなこと、しなきゃならないんだい。……もしジェットが本当に悪魔だったとしても、私は」

「目を覚ませ、リリアナ!」

 だが、オーガスの鋭い声が、リリアナの言葉を遮った。

 紫の瞳が冷たく、リリアナに向けられる。

「……よく考えろ。こいつは最初に解呪されかけた時、激しい痛みに悶え苦しんでいた。だが、今はどうだ?苦しむ様子があったか?『何故』痛みを感じないのか、考えてみるがいい。ああ、余計な口は叩くなよ?貴様はただ、黙ってその化け物を灰にすればいいのだ」

 リリアナは素直な性質である。だからこそ、オーガスの言葉に従って『余計な口は叩かない』まま、考えた。

 ジェットが『何故』痛みを感じないのか。

 そんなことは簡単だ。『薬でごまかしている』のだ。リリアナはそれを知っている。何せ、オーガスからジェットへ、例の痛み止めを運んだのはリリアナなのだから。

 そして当然ながら、ぶつぶつと文句を言いながらジェットの荷物を漁って目的の薬を探し出したオーガスもまた、ジェットが『何故』痛みを感じないかなど、知っているはずなのだ。

 そう。オーガスは、分かっているはずである。

 ……そこまで考えて、リリアナは、はっとした。

『余計な口は叩くな』と言った、オーガスの言葉の意味が、ようやく分かったので。

「ああ、そういうことか」

 非難を込めた目で見れば、オーガスは1つ、頷いた。

 それに1つ、リリアナは短くため息を吐く。

「見くびられたもんだね、私も」

 リリアナが頭をガシガシと掻きつつ杖を構えたのを見て、オーガスは笑った。

「覚悟は決まったな?」

「おうよ」

 不機嫌と不快とに目を細めながら、リリアナは魔術を編み始める。

 全ては、大理石の上、鎖に縛られたジェットを、灰にする為に。




「聖王、ロザリエ嬢!下がっておられよ!そして可能ならば、結界を!」

 オーガスはそう言って2人を下がらせ、魔法剣の構えをとった。

 できる限り、鋭く。そう意識して編まれる魔術の刃が、ジェットに向けて、振り抜かれる。

 まず、ジェットを戒める鎖が断ち切られた。すかさず、ジェットは逃げ出そうと、窓へ走る。

 そこへ追って魔術の刃が再び飛び、窓枠にかけられていたジェットの右手を、ざっくりと、肩口から斬り落とす。

 斬り飛ばされたジェットの右腕が窓の外へと落ちていった。

 それに唖然としたらしいジェットは……次いで迫った光線に焼かれて、窓辺に倒れる。

 振り向いたジェットは、リリアナを見て、絶望めいた表情を微かに浮かべた。

「しっかり、灰にしてやるぜ」

 だがそれも一瞬の事。

 白熱し、膨れ上がる光りに飲まれ、ジェットの姿は見えなくなる。


 ……そうして、ロザリエの張った結界の向こう側で光と熱が暴れ、それが止んだ時。

 ジェットの姿は、一欠片もそこに残ってはいなかったのだった。


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