29話
3人は道中に野営を挟みつつも、翌日の早朝に無事、聖都アマーレンへの帰還を果たした。
「そこの馬!止まれ!」
アマーレンの街門前、兵士達は今日も健在であった。自らの職務を果たそうと、声を張り上げるが。
「……と、止まれ!何故止まらない!?」
3人の馬は、碌に速度を落とさず街門へと向かう。兵士達は慌てた様子で槍を構えるも、挨拶代わり、とでもいうように火の玉が1つ飛び、兵士達は身を竦ませる。
「るっせーなあ、てめーら、聖女様の顔も分かんねーの?そこは『止まれ』じゃなくって『おかえりなさいませ』だろうがよ」
そこを通り過ぎていくリリアナには笑顔でそう言われ。
「すまんな」
「悪いが通してもらうぞ」
続いて通り過ぎた2人もあっさりと去っていき。
……取り残された兵士達は、情けない顔でただ、邪道聖女達の走っていく方……大聖堂の方を見て、ため息を吐くのだった。
「おらおら、リリアナ様のお帰りだぜ!てめーら、道開けな!」
大聖堂に着いてからも、リリアナは傍若無人に振る舞った。
このような振る舞いは今に始まったものではないのだろう。司祭や神官達は眉を顰めはしても、それ以上何か反応するでもない。
かくして、ずかずかと礼拝堂へ入り込んだリリアナは、祭壇の側、割れ砕けた床や壊れた神の像を修復しているらしい職人達と、その監修をしているらしい1人の司祭へと近づいていった。
「よお、叔父さん。朝っぱらから精が出るね」
どうやら司祭は、リリアナの叔父らしい。リリアナが声をかけると、驚いたように顔を上げた。
「リリアナ!?お、お前、アマーレンから脱走したと聞いていたが!?」
「おう。まあな。ところで親父は何処に居る?すぐに会いたい」
返答など碌にせずにそう言うリリアナに、叔父であるらしい司祭は困惑した様子で、しかし律儀に答える。
「兄上ならば第一塔だ。ロザリエも共に居るはずだが……」
「……ロザリエも?」
眉を顰めたリリアナに、司祭は頷き返す。
「ああ。どうやら……『封印が解けた』と」
司祭の話を聞くや否や、大笑いしながらリリアナは大聖堂を往く。
緊迫した雰囲気の大聖堂に響く笑い声は、十分すぎる程に異質である。だが、リリアナはそれはそれは楽しそうに、聖王とロザリエの居るという第一塔へと向かうのであった。
「あーあ、親父、どんな顔すっかなあ、楽しみだなあ……あ、持ってきてるよな、死体」
「ああ」
リリアナの後ろを付いていくジェットは、悪魔の死体を担いでいる。討伐の証拠となるものだけに、ぞんざいな扱い方はできない。
「そっか。じゃ、親父にはそれ見せびらかして、あんた達2人の功績を認めるように言うよ」
「最悪、貴様の説明が悪くとも、この悪魔の死体を証拠に私自身の手で悪魔討伐の功績を勝ち取る。むしろ貴様は黙っていた方がいいのではないか?」
「まあ、そういうのに関しては、私よりあんたの方が口、回りそうだよなあ……」
3人は会話しながら大聖堂の中を進み、やがて、目的の塔へとたどり着く。
塔の最上に位置する部屋に、聖王とロザリエが居るらしい。
そしてどうやら、それは間違っていないようだ。
「……魔術の気配、だな」
「おう。随分頑張ってるみたいだ」
扉の前までくればいよいよ、隠しようもなく神聖かつ清浄な魔術の気配が色濃く漂ってくる。
「……あまり居心地がいいとは言えないな」
ジェットは魔術を扱う感性を持ち合わせていないが、清浄な空気は感じるらしい。左腕を押さえつつ、居心地悪そうに視線を彷徨わせる。
「ま、我慢してよ。すぐにこの魔術、止めさせるからさ。……じゃ、いくぜ」
だがリリアナはそう言ってウインクを1つ飛ばすと……勢いよく、扉を開いた。
「ただいまー!」
呑気な声を、上げながら。
扉を開ければ、そこには聖女ロザリエと、聖王らしい壮年の男がいた。大声を上げて入ってきたリリアナを見て、それぞれに驚愕の表情を浮かべる。
「よお、親父、ロザリエ。ご機嫌麗しゅう。雁首突き合わせてなにしてんのさ」
そのまま室内へと入り込んできたリリアナに、両者とも表情を苦らせた。
「……リリアナ。突然なんだ、騒々しい。それに、後ろの彼らは……?」
「ん?ダチだよ」
勝手に友達扱いされたジェットとオーガスはそれぞれに困惑や不服を表情で表明するが、リリアナは一向に構う様子がない。
だが、そんな2人……否、正確には唯1人のみを見たロザリエが、はっとしたように呟く。
オーガス様、と。
声こそ聞こえなかったが、唇の動きと熱い視線に気づいたオーガスは、ロザリエに少しばかり笑いかける。途端、ロザリエの頬はさっと紅色に染まった。
一連のロザリエの様子を見ていたリリアナはにやにやと笑い、ジェットはどこか居心地悪そうに視線を彷徨わせる。
そして聖王は……傍らのロザリエではなく、向かい合うリリアナを見て、深くため息を吐いた。
「……リリアナ、お前は一体、何時になったらまともな神官らしく振る舞えるようになるんだ?それにその格好。いつも言っているが、聖衣は正しく着なさい」
それを聞いたジェットとオーガスは、ロザリエとリリアナの衣服を見比べて……そうしてはじめて、リリアナが聖女の服を身に着けていることに気づいた。
今まで全くそうと思わなかったのは、リリアナが服の袖や裾をベルトで端折り、女物ではない革手袋や実用一辺倒なブーツを身に着けているからであり……そもそも、衣類以前に、振る舞いが聖職者のそれではなかったためだ。
「そんな日は永遠に来ないね。悪いけど」
リリアナは悪びれもせずにそう言うと、肩を竦めた。聖王は益々苦り切った表情を浮かべて、そして、ため息混じりに問う。
「リリアナ。お前は神聖の杖をどこにやった?」
「最初に聞くのがそれかよ」
悪魔の封印が解かれたことには気づいているのだから、そちらを先に聞くべきだろう、と思いつつ、リリアナは頭を掻き、答えた。
「あの杖ならぶっ壊した」
聖王とロザリエの反応は凄まじかった。
「なっ……こ、壊した、だと!?」
「おう」
あっさりと言って笑うリリアナに、聖王もロザリエも、それ以上言葉が出なかった。
何せ、宝物庫に保管されていた初代聖王の杖は、初代聖王が神より授かったもの……即ち、大聖堂の信仰を支える一柱であり、歴史的な遺産でもある。
そして何より……悪魔封印の為に、必要なものだ。それが、壊れた。聖王とロザリエの表情は、次第に驚愕から絶望へと変わっていく。
「でも安心しろよ」
そんな2人に、リリアナはにっかりと、笑った。
「悪魔退治はしてきてやったぜ」
「……は?」
聖王もロザリエも、理解が追いつかない様子である。無理もない。そもそも彼らは、リリアナが何故悪魔について知っているのか、というところから知らないのだから。
「おい、ジェット。あれ、見せてやってくれよ」
リリアナが振り返り、ジェットにそう言えば、ジェットは1つ頷いて、聖王とロザリエの前に、襤褸布の包みを置いた。
2人が注目する中、そっと、襤褸布を捲り……。
……下半身を失い、焼け焦げた悪魔の死体が現れた途端、ロザリエが悲鳴を上げた。
「こ、これは……!?」
聖王もまた、慄き、怯み、ようやくそれだけ口にした。
リリアナは2人の反応に満足したように頷くと、答える。
「悪魔の死体だ」
それから、リリアナではなくオーガスによる説明が成された。
何故、リリアナから説明しなかったかといえば、『リリアナが余計な事を言いそうだったから』である。勿論、そう判断したのはリリアナではない。オーガスである。
「……ということで、我々は悪魔を無事、倒し果せたということだ」
説明に際して、オーガスはいくつかの真実を秘匿した。
隠したことは、『魔物を生み出す魔術』について。泥臭い戦闘の詳細。ジェットの魔虫と呪いについて。オーガスが勇者を名乗ったこと。それから、『悪魔の封印を解いたこと』。
悪魔の封印は、『解いた』のではなく、『解けた』のだということにしてある。また、『解ける』ということを神の啓示によって知った、などと、全くの嘘を並べていた。
「全ては神の導きによるものだと私は思っている。悪魔を倒せたのも、神のお力あってのことだったのだろう」
果ては、露ほどにも思っていないような敬虔な台詞を述べて、如何にもそれらしく祈りの動作を取って見せさえする。
ジェットもリリアナも、唖然としながら……しかしそれを表に出すことなく、実にしおらしい様子でオーガスの説明を聞いていた。
……オーガスは弁が立つ方だとは思っていたが、こうも嘘八百を澄ました顔で並べ立て、態度すらそれらしく繕ってみせるなどとは、思わなかった。
貴族というのは皆こうなのだろうか、とジェットは思い、こいつ役者でも食っていけるぜ、とリリアナは思う。
「……話は分かった。証拠となる悪魔の体を持ち帰ってきたのだ、認めざるを得まい」
やがて、聖王は重々しく頷き、そう言った。
「だろ?もっと感謝してくれてもいいぜ、親父」
「リリアナ、お前は黙っていなさい」
だが、リリアナが口を挟む事を許す気はないらしい。改めてオーガスへと向き合い、聖王は微笑んだ。
「……さて、改めて、悪魔を倒してくれたことに礼を言おう。名を、何というのだね?」
「オーガス・エメルド。エメルド家の第四子だ」
堂々とオーガスが答えれば、聖王は納得がいったように頷く。
「そうか。かの名門エメルド家の。それならば悪魔を祓う偉業を成し遂げたことにも納得がいく。よくぞ、アマーレンを救って頂いた」
「恐悦至極だ」
オーガスはやや大仰に一礼すると……ふと、鋭い視線を聖王へと向けた。
「ところで」
「な、なにかね」
「お褒めの言葉を賜り、アマーレン防衛戦と悪魔討伐の功績を認めて頂けたということは……投獄されていた我々の嫌疑は晴れた、ということでよろしいか?」
オーガスの視線に気圧されたようになっていた聖王だったが、やがて、1つため息を吐くと、答え始めた。
「貴公には、ロザリエ誘拐の嫌疑がかかっていたのだ」
聖王の傍らで、ロザリエが縮こまる。
「だが、ロザリエから話は聞いた。なんでも、魔物に狙われていたロザリエを救い出すためだったと」
縮こまったロザリエが、ふわ、と、微笑みを口元に浮かべてオーガスを見た。どうやら、牢獄での言葉通り、オーガスの嫌疑はロザリエが晴らしたらしい。
「私の嫌疑が晴れたのならいい」
これでひとまず、損なわれた名誉を挽回することには成功した。オーガスは満足げに頷く。
だが。
「だが、そちらの御仁……呪いを纏っているな?更には、神の像と祭壇を、破壊したと」
聖王はジェットをじろり、と見て、棘のある声を発した。
「ああ」
ジェットは静かに、肯定の頷きを返した。それを見た聖王は、ますます表情を険しくする。
「オーガス・エメルド殿については、嫌疑は晴れ、アマーレン防衛と悪魔祓いとの功績を認めよう。だが……彼については、話が別だ」
聖王はそう言って、睨むようにジェットを見据えるのだった。




