23話
「……正気か?」
もう一度あの巨人とやり合えと言うのか、と、ジェットは胡乱気にオーガスを見やる。
「まあ聞け」
視線を受けて、オーガスは手短に、説明する。
「ソルティナで破壊した黒い石。あれは、獲物を吸い込む瞬間に口が開いたな」
「ああ」
黒い石の内部を露出させるために左腕を犠牲にしたジェットが覚えていない訳がない。むしろ、あの策はジェットの発案だったのだから。
「だが、今、あそこには、石が集まっているだけだな?」
「そうだな」
「私の見立てでは」
オーガスはそう前置きしつつ、しかし自信を持って言った。
「石が十分に集まった時点で、中心の何かは口を開くのだろうよ」
ジェットはオーガスの『見立て』を特に疑わなかった。納得がいったのだ。
もしジェットが例の黒い石を操る立場だったとすれば、今、この状態で黒い石を無防備にすることなど、しない。
周囲に石を集め、巨人の腕と成し、脚と成し、胴と成したところでようやく、それらを動かす為に、黒い石を使う。何も途中でわざわざ、魔術の中核を危険に晒す必要などないだろう。
「それは分かった。で、手段は?」
「もう準備させている」
オーガスが肩越しに示す方を見れば、そこには杖を構え、集中するリリアナの姿があった。
「……一発勝負か」
「そうだな。一応、私も魔法剣は使えるようにしておくが。あの邪道聖女の魔術は外殻も中核も全てまとめて破壊できるのだ。相手が防御の姿勢に入るより先に決着がついた方がいいだろう」
ジェットは納得した。要は、リリアナの魔術は、余りにも桁違いの破壊力を持っているのだ。
一撃、当たりさえすれば、大抵のものは破壊できる。さらには、一直線に伸びる光線は、届く距離も長い。狙いをどの程度まで付けられるのかはリリアナのみぞ知るところではあるが、先ほど、宣言通りに城塞の巨人の脳天を貫いたところを見る限り、それなりの精度で狙いを付けられるのだろう。
「聖女頼み、か」
「そういうことだ。貴様は露払いに徹していろ」
オーガスの言葉にジェットは頷くと、2人よりも更に前に出た。
……無いとは思いながらも、万一、自分の出番がやって来た時の為に。
徐々に、巨人の形が戻っていく。
集まった石材は砕かれ、細かくなってはいても、一所に集まってしまえばそれほど気にならない。
砕け残った石材が要所要所に配置され、巨人の骨となり、腕となる様子を見ながら、3人は固唾を飲んでいた。
「……これ、外したらどうなんの?」
「撤退。もしくは死だな」
「おっかねえ」
準備が整ったらしいリリアナとオーガスはそれぞれに武器を構えながら、会話を交わす。ごく軽い口調で会話するのは、重圧を誤魔化す為の意図的なものだろう。
「……さて。そろそろか」
オーガスが剣を正眼に構える傍ら、リリアナはその瞬間を、じっと、待った。
石が集まり、巨人の形を成し、そして、形を成した巨人が巨人として動くようにするために、何らかの魔術が使われる。
……リリアナが狙うのは、その一瞬だ。
魔力を感じ、魔術を読み取れるリリアナにしか見えないその一瞬を見極め、そして、巨人を破壊する。
既に巨人の形を成している石材を見ながら、リリアナの目は徐々に、ここではないどこかを見るものへと変わっていく。
即ち、魔力を見る目へと。
そして。
唐突に、リリアナの目が、見開かれる。
「っけええええええ!」
叫ぶように吠えるように、意味も無く吐き出された声よりも尚、強く眩く空を裂き、光線が、飛ぶ。
立て続いてオーガスの魔法剣も飛び、城塞の巨人の中心……人間でいうところの、心臓の場所が、斬り裂かれ、そして、届いた光線が、内部を灼いた。
石材がぼろぼろと落ち、破壊され、それらの間に何かがどろり、と流れ落ちていく。
壮大な滅びの瞬間を見ながら、瞬間、空気が砕けるような、そんな感覚を、ジェットは覚えた。
何者かの音無き絶叫か、或いは、何者かの形無き死か。
魔術に疎いジェットは、1つの大きな魔術の終わりを、そのように感じた。
……そして、魔術に聡い、残り2名は。
「やった」
「……やったな」
魔術の死を、強く実感していた。
崩れゆく城塞は、勝利の証である。そして何より、この気配が。目に見えぬものが砕け死んだ、この気配こそが、2人に勝利の実感をもたらしていた。
「あー……」
すっかり力が抜けたように、リリアナはその場に倒れ込んだ。
「も、無理……もう働かねえぞ、私は……」
リリアナは濡れた顔を拭うと、拭った手を見て顔を顰めた。どうやら極度の集中と、魔術の過度な使用によって鼻血を出していたらしい。鼻の下を乱暴に拭って、リリアナは更に力を失うように、地面にぐったりとへばりついた。
「許す。しばし休め。ご苦労だったな、邪道聖女よ」
「おう、あんた達もね……」
そしてそのまま、リリアナは目を閉じた。
どうやら意識を失ったらしい。
「……死んだのか」
「縁起でも無いことを言うな。眠っただけだ」
ジェットの本気か冗談か分からない言葉に真面目に返答しながら、オーガスはリリアナの体を抱き上げた。
ひとまず、どこかもう少しまともに休める場所へ運んでやるべきだろう。瓦礫や石片だらけの地面に寝かせておくのは、相手が『邪道』聖女だとしても忍びない。
「……オーガス」
リリアナを運ぶ傍ら、ジェットはふと、尋ねる。
「何だ」
「これで終わりじゃ、ないな?」
城塞は崩れ落ち、最早ぴくりとも動かない。どうやら、城塞の巨人の中核は確実に破壊されたようだ。
だが。
「ああ。勿論だ」
オーガスは表情を険しくしつつも、にやり、と笑う。
「この邪道聖女が目覚めたら、仕上げといこうではないか。……封印された悪魔とやらを拝まずに去るわけにもいくまい?」
旧聖都カラミアの大聖堂であった城塞からやや離れた、小屋の中。ひとまずそこで休憩しつつ、2人はリリアナの目覚めを待った。
「……魔術を使うと、こうなるものなのか」
リリアナをちらり、と見て、ジェットはそう問う。
ジェットは魔術を碌に扱えない。魔術で戦う者のことなど、碌に知らないのだ。
「普通はこうはならん。だが、酷使しすぎるとこうなる。魔術とは、精神を削るものだ。削りすぎれば当然、体に負荷が掛かる。最悪、死ぬこともあるだろうよ」
「……そうか」
「まあ、死なない程度に調整ができてこそ、いっぱしの魔術師だ。この女は随分とふざけた奴ではあるが、自らの限界を弁えない愚か者ではあるまい。案ずるだけ無駄だぞ」
表情を陰らせたジェットを思いやるというよりは嘲笑うように、オーガスはそう言って皮肉気な笑みを浮かべた。
「そうか」
尤も、ジェットにとっては単に安心の材料にしかならなかったが。
安堵の息を細く吐いたジェットを見て、少しばかり顔をしかめたオーガスは、長々とため息を吐いて、やがて、リリアナを見ながら言う。
「……まあ、今回の功労者だからな。今暫く、眠らせておいてやっても良いだろう。どのみち、悪魔とやらを見に行くのも、2人では手に余りそうだ」
「そうだな」
寝息すらか細く、ちら、と生きているのかすら不安になるような、そんな様子でリリアナは眠っている。しばらくは眠らせておいた方がいいだろう。あれだけの魔術を使ったのだ。消耗の程度は想像に難くない。
「私も休む。途中で起こせ」
「分かった」
やがて、オーガスも小屋の奥の方に入っていったのを見て、ジェットはふと、左手に目を落とした。
……弱い疼きが、収まらない。
まるで、内側からじわじわと甘噛みされているように。
やがて空には明るく月が輝くようになる。ジェットは月がのろのろと空を這うように動いていくのを眺めながら、じっと1人、警戒の任にあたり続けた。
警戒を怠ることなく、しかし、ジェットは思索に耽ってもいた。
考えることは、先ほど戦った城塞の巨人と、アマーレンを襲った石の魔物達についてである。
アマーレンを襲った魔物達は、石でできていた。
そして先程倒した城塞の巨人もまた、石でできていた。
……素直に考えるならば、これらは皆、城塞の巨人を復活させていたあの『魔物を生み出す魔術』によって生み出されていたのだろう。
だが、それだけのはずだ。
生み出されただけの魔物が、何の指示も無く、アマーレンを襲い……ましてや、リリアナ1人を2度に渡って襲うなど、するだろうか?
かといって、あれほどの魔物を動かすテイマーが居るとも思えない。
……だが、どこかには、誰かが居る。今回の一連の襲撃は、必ず、誰かの意思に基づいたものであるはずだ。
ならば、その『誰か』は、どこにいるのか。
もう1つ、気になる事があった。
月が登っても、月が動いても、相変わらず腕が疼くのだ。
ジェットは旧聖都カラミアへ足を踏み入れた時から、この腕の疼きは、『魔物を生み出す魔術』によるものだと、なんとなく思っていた。
そして、実際に城塞の巨人を倒した時、その時は……腕の疼きは、一度、収まったのだ。
だが、今はまた、弱く甘く、疼きが戻っている。
……まさか、まだ、『魔物を生み出す魔術』の産物がこの近辺にあるのか。
それとも……もしかすると、封印されている悪魔とやらが、原因なのだろうか。
答えの無い思考を続ける内に、月はすっかり空の淵へと溶け、そして、空が端から白み始める。
その頃になってようやく、ジェットはオーガスを起こすことにした。
「交代だ」
深く眠っていたオーガスは、ジェットに遠慮がちに揺すられて、不愉快そうに眼をうっすらと開けた。
「……今、時刻は」
「空が白んできた」
ジェットが答えると、オーガスは瞬間、ぽかん、としたような顔をし、それから、思いきり、顔をしかめ、ため息を吐いた。
「……何故、もっと早く起こさない」
起きなかった自らへの怒りを全て、起こさなかったジェットへの怒りへと転じながら、オーガスはのっそりと、体を起こした。
「気づいたら明け方になっていたんだ」
「そんな調子で真っ当に警戒できていたのか?」
「それは保証する」
「そうかそうか。実に不安だな。もしや、既に魔物に囲まれているのではあるまいな」
半ば冗談で、そして半ば本気でそう言って、オーガスは小屋の周囲を確認した。当然だが、魔物の姿は無い。
一通り確認を終えて、オーガスは小屋の入り口に陣取り……そして、ぼんやりと立っているジェットを見つけた。
「眠らないのか?」
「あまり眠いとは思わなくてね」
ジェットはそう言うが、ぼんやりしている様子を見ると、どうにも、安心できない。
「薬を使ってでも眠っておけ。休める内に休まないと、私の足を引っ張ることになりかねんぞ」
「……ああ、そうだな」
だが、オーガスが声をかけても、ジェットは依然としてぼんやりしたままである。
「……もしや、貴様」
オーガスはふと、嫌な予感に思い当たった。
そして……自らの記憶を辿り……恐る恐る、ジェットに確認する。
「貴様、さては、腹が減っているな?」
始めこそ、ジェットはぽかん、としていた。
だが、腹を押さえ、考えるような素振りを見せ……結局、頷いたのである。
「どうも、そうらしい」
他人事のような返事を聞いて、オーガスは長々と、ため息を吐いたのだった。




