22話
守るとは言ったものの、ジェットもオーガスも、守ることは苦手分野である。
まず、ジェットについては言うまでもない。ジェットが相手に『勝てない』一番の理由は、『守れない』ことにある。
いくら死なない体だったとしても、叩き潰され、再生して追い縋っても再び潰されるような有様では、防衛戦として機能しない。
永遠に戦っていれば勝機があるかもしれないが、多くの相手は、ジェットに見切りをつけて去っていってしまう。永遠にジェットのみを狙い続けてくれる敵など、そうは居ない。
敵をその場に留め置くため、ジェットは下級の結界だけはなんとか習得したものの、城塞の巨人を前に、下級結界程度が通用するとは思えない。
次に、オーガスについても、守る事は苦手分野だ。
何せオーガスの戦術において、最たる弱点となるものは、『魔法剣を使うまで、また、使った後の隙』なのだ。
誰か守ってくれる者が居るからこその魔法剣であり、守る側に回るとなれば、オーガスにとれる戦法は狭まる。
まだ、一撃で死んでくれる敵を相手にしているのならば、『攻撃は最大の防御也』を実践すればよいだけであるが、城塞の巨人は一撃で死んでくれるような相手ではないだろう。即ち、魔法剣を放った後に、必ず反撃が来るということだ。
……つまり、2人が強大な敵を相手取って、誰かを守ろうとしたのならば、結論は、至極単純かつ、愚かしいほどに危険なものになる。
「私が引きつける。ジェット。お前は私の盾になれ」
「一撃殴られれば吹っ飛ぶ盾だぞ」
「分かっている。貴様如きに過度な期待はしていない」
オーガスは至極嫌そうな顔をしながら、魔法剣の構えをとった。
「その代わり、ふっ飛ばされてから次の攻撃が来るまでに再生しろ。そして私の代わりにもう一度ふっ飛ばされるがいい」
「人使いが荒いな」
ジェットも溜息を吐きつつ、ナイフを構えた。
「化け物が使ってもらえるだけありがたいと思え」
「それもそうだな。……来るぞ」
城塞の巨人は溶け落ち、崩れ落ちた腕を忌々し気に振るいながら、2人の戦士を睥睨した。
戦いは、酷く泥臭いものであった。
オーガスの魔法剣は遠くまで届き、ありとあらゆるものを斬るが、それは極度の集中と大きな隙を伴ってこそ生まれる、言わば必殺の一撃なのである。
今、オーガスが放つ攻撃は全て、自らやリリアナへ向かう攻撃を斬り開き、躱す為のものでしかない。
極限まで消耗を抑え、隙を減らし、瞬間瞬間の判断によって、必要最低限のものだけを斬る。
……決して楽な仕事ではなかったが、それでもオーガスはやり遂げるべく、剣を振るう。
こんな所で死ぬわけにはいかない。ましてや、このままでは脱獄犯の汚名を返上する前に死ぬことになる。
それはオーガスにとって何よりも許しがたい事である。今の彼を集中させ、動かしているのはそのプライドに他ならない。
……一方、ジェットはといえば、いつもと何ら変わりのない戦いぶりであった。
要は、盾である。
本人もオーガスに言っていたとおり、『一撃殴られれば吹っ飛ぶ盾』ではあったが、それでもなんとか、盾としての役目を果たすべく、動く。
……そしてジェットは、ただ殴り潰され、砕かれ、吹き飛ばされるだけの存在ではなかった。
化け物めいた左腕は、城塞の巨人の体に傷を付けるに値する武器であったのだ。
石材の床を砕き、石材の魔物を砕いた左手である。いかに巨大であろうとも、石材でできている城塞の巨人相手にも、十分に通用するだけの力があった。
だが勿論、それだけである。手は手だ。リリアナの魔法やオーガスの魔法剣のように、長距離に対応できる武器ではない。そして相手は、城塞の巨人。その巨体故、並大抵の武器、並大抵の攻撃手段では、そもそも攻撃を当てることすらできないのだ。
……それでもジェットが、ごく僅かずつにでも城塞の巨人に攻撃を加えられたのは、死なない体故である。
城塞の巨人が如何なる巨体を持っていても、攻撃手段が殴る、蹴るに類するものである以上、攻撃する時には必ず、相手に接触する。そしてその瞬間、ジェットは巨人の拳を抉り砕き、相手の脚を割り砕き……そして次の瞬間にはジェット自身が叩き潰され、踏み潰され、吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた『盾』が再生されるまでの間にもう一撃、城塞の巨人の拳が振り下ろされれば、オーガスが魔法剣でなんとかその拳を斬り、砕き、軌道を逸らす。
そうして次の一撃が来る前に、ジェットはなんとか人間めいた形の肉塊にまで再生を終え、再び巨人によって叩き潰されるのである。
お互いにお互いの攻撃が決定打にならない。
城塞の巨人のジェットを狙った攻撃は全て無駄に終わり、オーガスやリリアナを狙った攻撃は魔法剣に斬り伏せられるか、ジェットの体に阻まれ、寸前で届かない。
ジェットの攻撃は慎ましやかにすぎるものであり、オーガスの攻撃は、攻撃の体をした防御でしかない。
……こうしてじりじりと、何の意味も無く、ただ消耗していくだけの時間が過ぎていき。
そして、ついに。
「待たせたなっ!」
リリアナが空を裂くように吠えれば、ギラリ、と、光が周囲を照らす。
爛々と目を光らせて、リリアナは城塞の巨人を睨み……その一撃を、放った。
「ぶち抜け!」
杖から放たれた一条の光線は、見事、城塞の巨人の頭部を焼き切り、さらにはそのまま下りて、首、胸、腹……と、一直線に焼き切っていく。
そして、爆発。
城塞の巨人が、吠える。3人の鼓膜を破らんとする勢いで、激しく、強く、巨人は断末魔の叫びを上げた。
更には叫びを打ち消さんばかりに、爆発音が轟音となって響き渡る。
……そうして、それらが大方収まった時。
「……やった、な」
3人の視線の先には、土埃に霞む中、その巨体を跡形も無く崩れさせた、巨人であった石材の姿が、あったのである。
「だー!もー、つっかれた!」
リリアナがその場に座り込むと、オーガスはため息を吐きながら剣を収めた。
「それはこちらの台詞だ。随分と人をこき使ってくれたな、邪道聖女よ」
「ま、いいじゃん。とりあえず敵は倒せたんだし、文句ないだろ?」
疲労の色が濃いものの、笑顔を浮かべるリリアナを見て、オーガスはますます深くため息を吐く。
……実際、あれほどの巨体の魔物に打ち勝ったということは、記念すべき快挙である。
オーガス1人では到底、無傷で勝つことはできなかったであろう。それはこの3人の誰にでも言える事であるが。
だがオーガスは勝利に酔い痴れるより先に、考えるべきことに思い当たった。
「……そもそも、この城塞自体が魔物だなどと、聞いていなかったが。貴様もまさか知らなかったのか?」
問われて、リリアナは表情を曇らせた。
「いや。私も知らなかったぜ、まさか城塞自体が魔物だったなんてさ。……なんだろうな、昔からずっとこうだったなんて思いにくいけど、けど、いつ入れ替わったかなんて……」
リリアナの困惑気味な返答に、オーガスは、ふと、思い出した。
……ジェットは、『同類の気配は感じる』と言っていたのだ。その『同類』とは魔虫の方かと思ったが。
「ここにも、有りそうだな」
ジェットは左手を強く握りながら、そう呟いた。
視線の先には、土埃に煙る城塞跡と……その城塞跡で、少しずつ動く、石材の破片があった。
砕けた石材が、動いている。
その光景は、十分すぎる程の驚きを3人にもたらした。
石材はカタカタと動き、時にはふわり、と宙に浮き、ある一点へと徐々に集まっていく。
その中心に何があるのかは、土煙に煙って判然としない。だが、ジェットとオーガスはそれぞれ、中心に何があるのか、察しがついていた。
「な、なんで動いてんだよ!?さっきあれだけぶっ壊したばっかりだろうが!」
「落ち着け。まだあの巨人が復活した訳ではない」
慌てるリリアナとは対照的に、オーガスは落ち着いていた。
まだ、大丈夫だ。石材は緩やかな速度で集まりゆくのみ。腕の一本、指の一本にすら、なっていない。まだ。
「貴様は先ほどの魔術の準備をしておけ。恐らくはもう一発、必要になるぞ」
「はああ!?またやれって!?随分人使いが荒いな、おい!」
「どの口がそれを言うか」
リリアナが厳しい表情で再び杖を構えたのを見て、オーガスはジェットに近づく。
ジェットは左腕を強く握りながら、じっと、土煙の向こう側を見つめていた。
「ジェット」
オーガスが声をかければ、ジェットは視線だけ、オーガスに向ける。
「あれは『魔物を生み出す魔術』による産物だな?」
「だろうな」
「なら、あの黒い石が、あの中心か」
「かもしれない」
オーガスは黙って、土煙の向こう側に向けて魔法剣を放つ。
石材の欠片を斬った感覚と共に、何かに弾かれたような感覚をもまた、覚える。
「……また殻にこもっているようだな」
舌打ちと共にオーガスがそう言えば、ジェットは少し考え……土煙の方へと、歩き始めた。
「待て」
だが、そんなジェットの腕を掴んで、オーガスは止める。
「貴様がまた生贄になると言うなら止めはしないが、何も無駄にそうなることもあるまい?」
ジェットは黙って、オーガスの言葉の続きを待つ。
そして、続けられた言葉に、驚愕することになった。
「あの巨人が復活するまで、待て」




