19話
「さて。今回の魔物の襲撃の理由が、聖王関係の家督争いだってんなら、王都やソルティナに居る親戚筋が犯人ってことも考えられるし、異教徒の反乱っつうことなら異教総本山のジェイルディンとか、何なら異文化圏のリベラニアとかも考えられる。単に人間を殺したいっていうなら、そもそもアマーレンじゃないとこ狙うだろうし。……でも、本当にこれが魔王関係だっつうなら、旧聖都カラミアなんだよ」
時刻も休憩に程よい頃だ。3人は比較的まともな廃墟の陰に馬を停め、休憩を挟むことにした。
携帯食と、ジェットが仕留めた鳥とで昼食を摂りつつ、リリアナは2人に語って聞かせる。
「何故なら、カラミアには悪魔が封印されてるからさ」
語るのは、旧聖都の話。
そして、勇者と魔王の伝説である。
「聖都っていやあ聞こえは良いけどね、元々は砦だったんだ。アマーレンもそうだよ。大聖堂って言えば、今でこそ神聖極まれり、みたいな顔してるけどさ。元々は単なる城塞。戦士が集まってドンパチやってただけの場所。聖なる場所、なんてのは後付けでしかないんだ」
道すがら、リリアナはそんな話をしながら楽しげに歩く。
「戦場には神官の仕事がある。戦士達を癒やしたり、死者を弔ったり。そのために神官達が集まって、気づけばこのザマ、ってわけよ」
そう言うリリアナもまた、神官の1人であるはずなのだが、本人の話しぶりからは全く神官らしさが感じられない。
「随分と皮肉な話だな」
「ま、戦いがなけりゃ、神官の仕事もそうそう無いからな。人間、苦しいからこそ神に縋るんだろうし、逆に、幸福であるなら神なんて要らねえ……っと、話が逸れたか」
果ては、神官にあるまじきことに、神を不要とまで言いつつ、しかしそれに悪びれるでもなく、リリアナは話の筋道を戻すにとどめた。
「……ま、要は、アマーレンも旧聖都カラミアも、元々戦場なのさ。じゃあ何と戦っていたのか、って言やあ……」
「魔物、か」
「ご明答。そ。要は、魔物との戦闘最前線が旧聖都カラミアだったのさ」
「あんた達も、神話の有名なところくらいは知ってるだろ?」
リリアナが問えば、ジェットもオーガスも、それぞれ頷いた。
2人とも、幼少の頃にはお伽噺として神話を聞かされて育ったし、オーガスは教養として、一応は神学も学んでいる。好みかどうかは別だが。
「なら、勇者と悪魔の下りは知ってるよな。勇者が悪魔を倒して、でも死の直前、悪魔は勇者に呪いをかける。でも呪いは勇者に届かず、神によって払われた。……ってところさ」
リリアナの話す神話の一節は、比較的有名なくだりである。
お伽噺としては、勇者の魔王退治の為の枝葉、飾り程度にしか使われないことが多く、また、脚色されることも多いが、どこかで一度くらいは聞くくだりではある。
「あれ、一応は正しいらしいぜ。実際にあったんだってよ」
だからこそ、ジェットもオーガスも、リリアナの言葉に半信半疑である。
何せ、2人にとって神話は神話以外の何物でもない。いわば、物語であり、非現実なのである。
「あ、さては信じてねえな?……じゃあ、神話神話っつってるけど、そもそもあんた達、今に残ってる神話が1人の勇者の物語じゃあないって事は知ってるか?」
……だが、リリアナがそう言えば、2人とも、リリアナの言わんとすることが分かってきた。
「勇者は過去に何人も何人も居る。今だって、勇者探せば数人はゴロゴロ出てきやがるだろ?神話ってのは、それらの勇者の武勇伝を継ぎ接ぎして作ったものなんだよ。だから神話の中で勇者はとんでもない超人なんだ」
「実際の勇者を見ても人間とは思えないがな」
オーガスが皮肉を挟めば、リリアナは同意にもとれるような仕草で肩を竦めた。どうやらリリアナも、勇者を信奉しているわけではないらしい。
「ま、ここまでくれば分かると思うけどね。今話した部分は、割と最近……つっても100年200年よりもっと余裕で前なんだけどよ。まあ、それでも比較的、最近の話らしい」
「遂に戦いも終わりに近づいた頃にね。強大な力を持った悪魔が現れた。魔王の腹心であったその悪魔は、カラミアを焼き払い、人を数多殺し……だが、突如として現れた勇者によって、瀕死にまで追い込まれた」
お伽噺のような逆転劇。ほんの一言で終わってしまうような。
だが、それが現実に起こり得ることは、ジェットもオーガスも知っている。勇者は、町を焼き払い人を数多殺す悪魔でさえも、あっさりと瀕死に追い込めるほどに強い。いっそ、理不尽なまでに。
「だが悪魔は最後の力を振り絞って、勇者に呪いを掛けた。自らの命が消える時、神の加護を受けし勇者もまた、死ぬように、とね。そこで、殺すに殺せず、生かしてもおけない悪魔は、初代聖王の手によって封印され、勇者は事なきを得たんだとさ」
結局は幸福な終わり方をするその話を聞いて、2人は特に何の感慨も覚えない。
「……で、そのお伽噺がどうした。その話と、アマーレンを襲った敵と、何の繋がりがある」
うんざりしたようにオーガスが言えば、リリアナは顔の前に指を立てて、問うた。
「さて。じゃ、考えてみな。そもそもなんだって、今回、魔物連中はアマーレンを襲った?考えてみな。アマーレンには、何がある?」
リリアナの誘導的な問いに、2人はまさか、と思いつつ、先ほどの話を脳内で反芻し……。
「悪魔の封印を担う、聖王がおいであそばすのさ!」
答える前に出された答えに、表情を険しくするのだった。
「どうせ魔物の連中、聖王を殺して封印を解こうとしたんだろ」
「ロザリエ嬢が狙われたのも、それか」
「ああ。そういうことだろうさ。あの子は次期聖王だからね。親父を殺して、次はロザリエ。単純だね。それに、アマーレンの聖女様っつうのは代々勇者が現れる度、お供して戦ってきたっていうじゃないか。実際、ロザリエは勇者から勧誘を受けてた。狙われる理由は十分過ぎる」
オーガスは、魔物に怯えるロザリエを思い出して、表情を険しくする。かの白薔薇の如き乙女が魔物に命を狙われている。なんとも不憫であった。
恐らくロザリエは、戦うことを好む性質ではない。それでもその血故に、戦いへ巻き込まれるとはなんと不運なことか。
「聖王が死ねば、悪魔の封印は解かれる。そう考えてアマーレンを襲ってきたんだろうよ、魔物連中は」
どうやら、アマーレンの聖王に連なる一族は、統治でもなく、ましてや飾りでもない役割を担っていたらしい。
その血を用いた大掛かりな魔術では、子孫へ脈々と受け継がれる血と共に、魔術自体をも受け継ぐことができるという。恐らく、初代聖王が行った封印は、アマーレンの聖王に連なる一族へと血脈ごと受け継がれているのだろう。
それは、現アマーレン聖王へ。そして、ロザリエや……もしかしたら、リリアナへも、受け継がれているのかもしれない。
「……ってことで、魔物がアマーレン襲ってきた理由はわかっただろ?ついでに、旧聖都カラミアに行こうとしてる理由も」
「封印されている悪魔とやらの近くに、魔物の群を率いる何者かが居るはずだ、と?」
「そ。こっちが外れなら、また別に他に行くアテも無いではないけどね。十中八九、こっちで当たりだ。んで、そこらへんに居る魔物を片っ端からぶっ殺せば終わり。簡単だろ?」
「言うだけなら、な」
リリアナは簡単だなどと言ってのけるが、実際、城塞1つに蔓延った魔物を全滅させるなど、容易いことではない。
ましてや、相手がただの魔物ではなく、誰かの手によって統率されて動く、魔物の群であるならば、尚更だ。
「ああ。だからあんた達を連れてきた」
それでもリリアナは3人でなんとかするつもりらしい。
「私にいい考えがあるんだ」
……にっかりと笑うリリアナを見て、ジェットとオーガスは、それぞれに思った。
どうやら、『いい考え』とやらが自分たちにとってもいい考えである保証は無いぞ、と。
かくして3人は、旧聖都カラミアへと足を踏み入れた。
「案外、建物の類も残っているものだな」
「ああ。面白いことにさ。ブラウニーとか、そういう類の妖精も住んでるんだよ、ここ。多分、カラミアが生きていた頃の名残なんだと思うけど」
ブラウニー、とは、やたらと家事と他者の世話とを好む、なんとも都合の良い妖精である。
人の目に触れずに衣食住の世話をすることを主とする妖精だが、衣や食の世話に困っていなくとも、建物の掃除の他、簡単な補修も行う為、広い建物や人の手が普段入らないような建物に住まわせておくと何かと便利なのである。エメルド家でも、蔵や別荘、或いは屋敷の屋根裏などにはブラウニーを住まわせているため、オーガスにとってもブラウニーは馴染みのある存在であった。
……尤も、ブラウニーは何処にでも住み着くわけではない。その場所に人や人の名残があり、かつ荒れすぎておらず、それでいてブラウニーを脅かすものが無いことがブラウニーの住み着く最低条件であるため、真の廃墟には住み着かないはずなのだが。
「人が住んでいる、ということか?」
「いや?ここには何度か来てるけど、人なんて見たこともねえ。多分、ブラウニーは魔物の世話してたんだ。自分を虐めない奴で、かつ世話させてくれる奴なら割と誰でもいいみたいだし、魔物の方も、勝手に世話される奴は大人しく世話されてるし……」
だがリリアナはそう言って……ふと、荒れた石畳の道の端に、目を留めた。
なんとそこには、焦げ茶の服に揃いのクリーム色のエプロンと三角巾とを着けた小さな生き物が数匹、荷物らしきものを背負って、忙しなく移動していく姿があった。
「……けど、今、カラミアに居る奴は、ブラウニーを虐めるみたいだな」
沈む船からは、ネズミが真っ先に逃げ出すという。
古びた城塞から逃げ出してくるブラウニー達を見て、リリアナは嫌な予感をひしひしと感じるのだった。
古びた城塞は古びていても城塞であり、旧くあっても尚、聖都であったことを強く感じさせた。
3人が建物の内部へと足を踏み入れると、静まり返った空気の中に、古く強い魔術の気配を感じる。
……そして、それと同時に、魔物の気配も。
「よーし、どうやら外れ、ってことは無さそうだね」
リリアナはにやり、と笑って、背中から杖を抜いて手に持つ。何時でも戦えるように、ということだろう。
オーガスもまた、何時でも剣を抜けるよう、剣の柄に手を置きつつ……ふと、ジェットの様子に目を留めた。
「……どうした?」
ジェットはやや顔を顰めながら、苛立つように、戸惑うように……左腕を、押さえていた。
「いや……大丈夫だ。何でもない」
声を掛けられて我に返ったようにそう返事はするものの、左腕を強く握る右手は、関節が白く浮き上がるほど、強く握られている。爪を立て、左腕の肌を突き破らんとするかのような様子は、あまりにも異様である。
それを見て、リリアナは何か言おうと、口を開きかけた。恐らく、ジェットを案ずる言葉を。
だが、オーガスに手で制され、口を噤む。
「そうか。何でもないならいい。行くぞ。もたもたしている時間が惜しい」
「ああ」
オーガスはジェットを案ずるようなことは何も言わなかった。
ジェットもまた、もう一度腕を強く握ると、意を決したように手を離し、オーガスに続いて歩き始める。
……リリアナには今一つ、彼らの事が分からない。
だがとりあえず、2人はそれなりに、感性というか、感覚というか……そういったものがどこか似通っているのだろうな、とは、思った。
そして、それ故に全く異なるように見える2人が、なんとか共に旅をしているのだろう、とも。
「おい、ジェット。もう少しそちらを歩け。左腕の大きさを考えろ。邪魔だ」
「すまない。まだこの左手に慣れていないんでね」
「ならさっさと慣れろ。或いはまた司祭の所に行って聖水漬けにしてもらえ」
「聖水は二度と御免だな」
後ろから2人の様子を見ながら、リリアナもまた、歩き始めた。
何とはなしに、笑みを浮かべつつ。




