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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第二章:邪道聖女~The prayers are NOT answered~
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13話

 少し休んでからジェットは1つ、伸びをすると、神の像の残骸を踏みしめながら立ち上がった。結界が作動した今、ここに居る意味もない。さっさとリリアナかオーガスかの援護に向かったほうがいいだろう。

 ジェットにしてはかなり手早く片付けた方だが、それでもオーガスには文句の1つでも言われるだろうか。

 そんな事を考えつつ、大聖堂の外へ出たジェットだったが。

「止まれ!」

 ジェットを出迎えたのは、大聖堂の入り口を囲むように陣形をとり、剣と盾とを構える聖騎士達と、聖騎士達の後ろからこちらを窺う民衆達。

 聖騎士らから向けられるものは義憤と使命感。民衆から向けられるものは恐怖と好奇心。どのみち、敵対以外の何かはそこに存在していない。

 ……石が飛んでこないのが不思議だ、などと、ジェットは他人事のようにぼんやり思った。

「神を冒涜する悪魔め!貴様は我ら聖騎士が討伐する!」

 彼らを見て、ジェットは……溜息を吐きつつ、大人しく両手を上げた。


 ジェットは全く抵抗しなかった。その様子に聖騎士達は、むしろ困惑しさえした。

 だが、無抵抗を示すために挙げられたジェットの腕の片方は、どう見ても化け物のそれである。

 ……結果、聖騎士達は、ジェットをその場で殺そうとするのではなく……。




 ギ、と錆びついた音とともに格子戸が閉められ、やがて、がちゃり、と錠が回される。

 ここは大聖堂の地下に存在する地下牢。どうやら聖騎士達は、ジェットを殺すよりも捕らえることを選んだらしかった。

「ここで大人しくしていろ!」

「ああ。分かった」

 聖騎士の言葉に大人しく頷くと、聖騎士達はますます面食らう。だが、結局ジェットを牢に閉じ込めたまま、彼らは去っていった。


 牢に1人取り残されて、ジェットはぼんやり立ち尽くした。

 何故投獄されたのか、などとは考えない。どう考えても、『大聖堂を荒らした』からである。或いは、化け物めいた左腕のせいかもしれないが。

 ジェットは牢の中を見回す。

 部屋の中にあるものは、粗末な寝床と、小さな水差し。古い鉄の燭台と、ちびた蝋燭。排便用の壺も部屋の隅にある。

 壁には1つ、明り取り用の窓があるが、当然のように鉄格子が嵌まっていて抜け出せそうにない。

 ……だが、ソルティナで既に1回、檻から抜けたジェットである。自らの体を切り刻む為の道具があれば、十分、鉄格子の間を抜けられる。

 上手い具合に、鉄の燭台は土台が薄い鉄板でできている。床の石で少し研いでやれば、体を切り刻むのに使えなくもないだろう。

 ……だが、体を切り刻むのは最終手段だ。それに、今はただ、疲れている。

 ジェットは考える。ひとまず……オーガスの助けを待とう、と。どうにも期待は薄いが。

 そして一晩程度待ってみて、それが駄目そうなら、自分を切り刻んで脱出すればいい。

 そうと決まれば、成すべき事はただ1つ。

 ジェットは粗末な寝床に寝転がると、静かに目を閉じた。眠れば疲労はマシになるだろうから。




 ふと、ジェットは目を覚ました。よく眠っていたようにも、それほど眠っていないようにも思う。つまり、どれくらい時間が経ったのかはよく分からない。明り取りの窓から見える空は、相変わらず青い。

 それほど時間が経ったわけでもないのか、と、ジェットはぼんやり思いつつ、通路の奥から聞こえてくる物音に耳を澄ました。

 複数人分の靴の音。

 怒声がやはり、複数人分。……だが。

「……せ!放せと言っている!」

「大人しくしろ!」

「何だと!?貴様ら一体誰に向かって口を利いている!例え私の身分が貧民であったとしても、聖都を魔物の手から守った者への仕打ちがこれか!?神の騎士とやらが聞いて呆れる!貴様らにとってはこれが正義か?神の思召しなのか?ならばどうやら神の目は曇っておいでのようだな!」

 ……ジェットは聞き知った声が捲し立てるのを聞いて、頭を抱えた。

 どうやら、助けは来ない。




 やがて、隣の牢の戸が開閉する音と、人が牢に投げ込まれる鈍い音、そして、よく回る口による怨嗟と呪詛の言葉がつらつらと聞こえ、やがて、ガチャリ、と、重く錠の回る音が響く。

 その間もオーガスの声は絶えることが無かったが、聖騎士達のものと思しき足音が遠ざかっていくと、やがて、オーガスの声も途絶えた。

 ようやく訪れた静寂に、オーガスのものと思しき嘆息と、ごくごく小さな悪態だけが、小さく溶けるように響く。

 そして、嘆息も悪態もすっかり宙に溶けきり、静寂が蓋をするような空間が生まれて、更に少し置いてから。

「……オーガス」

 ジェットが小さく呼べば、隣の牢から明らかな反応の気配があった。

「ジェットか?」

「ああ」

 鋭く囁くような問いかけに肯定を返せば、安堵とも呆れともつかない溜息が聞こえてきた。

「……まさか、お前も捕まったのか」

「そのまさか、だ」

「はっ、化け物にはお似合いだな。私にはまるで相応しくないが」

 聞く相手が居るとなれば、オーガスは途端に饒舌になる性質らしい。息をするように嫌味を1つ2つ零せば、オーガスは大分、調子を取り戻したらしかった。

「……さて、どうする、ジェット。どうやら随分と話が違うようだ。ならばひとまずここを出て、あの阿婆擦れ聖女を問い詰めてやらねばなるまい?」

 そう言う声は、憎悪と気力に満ち溢れていた。




 牢の壁はレンガ壁だ。また、2人の牢は隣り合っているが故に向かい合ってはおらず、よって、互いに互いの姿は見えない。だが、声を届けることができれば、相談くらいはできる。

「私は剣を取り上げられている。剣さえあれば、この程度の鉄格子、いかようにもできるのだがな。……お前も武器など持っていないだろう?」

 オーガスが暴れていた理由の一つは、剣を取り上げられた事だった。

 騎士たるオーガスにとって、剣とは特別な意味を持つ。であるからして、オーガスは己の剣を己同様に大切に扱っているのだ。そんな剣を取り上げられたとなっては、黙っていることなどできなかったのである。

 ……そして何より、オーガスは魔法剣さえ使えれば、鉄格子もレンガ壁もものともせずに斬り開くことができるのだ。今ここに剣があれば、と、思わざるを得ない。

「残念だが、こっちにも何も無い。が、部屋に鉄の燭台がある。上手く使えば自分を刻むくらいはできそうだな」

「刻んでどうす……ああ、そうか。そうだったな。貴様はそうやっていくらでも脱獄できるのか」

 だが、幸か不幸か、ジェットは碌な武器が無くとも脱獄ができる。勿論、大変な作業を伴いはするが。

「ならさっさと牢を出ろ。そして私を牢から出せ」

「もう始めてる」

 会話する傍ら、ジェットは燭台の台座の縁を研ぎ始めている。

「結構な事だ」

 金属を石で擦る音が規則的に響く中、オーガスはそう言って、それからふと、思い出したように口にした。

「……お前は以前、お前の不死身を『呪いのようなものだ』と評していたな」

「ああ、そんなことも言ったかもしれない」

 研ぎに集中しているらしいジェットに、しかしオーガスは遠慮なく話しかける。

「この聖都に来て、ようやくその意味が理解できたぞ」


 研ぎの規則的な音が途絶える。

「……そうか」

 だが、ジェットはそう相槌を打つと、また、研ぎの作業に戻った。

 しゃっ、しゃっ、と、再び小気味よい音が規則的に響き始めると、オーガスは独り言のように話し始める。

 実際、独り言だった。返事など期待せず、ただ、何とは無しに、自らの内にわだかまる何かを吐き出す為に、言葉を吐きだしていく。

 オーガスは度々、言葉をそのように使う。

「聖女ロザリエの癒しの魔術は、それはそれは立派なものだったぞ。……傷も痛みも、一瞬で消えた」

 始めこそ言葉を選びながら話し始めたが、その内、接ぎ穂も要らない程に言葉が湧いて出るようになる。

「だが、傷も痛みも消え失せても、癒されないものがあった。私自身、それが何なのかは分からん。精神とでも言うべきなのか、或いは異なる何かなのか。そもそも、それを表す言葉が存在しているのかも分からん。……だが、言い表せなくとも、それは確かに存在していた。そして、傷つき、摩耗した」

 そこで一度、オーガスは迷うように言葉を止めた。だが、生まれた静寂を埋めるように、結局は言葉を吐きだす。

「確実に傷つき、摩耗し、尚且つ癒されない部分があるのにも関わらず、体は動く。面白いものだ。戦うことをやめずに済むというのに、何故だろうな。ただ考えていたのは、もう休みたいと、そればかりだった」

 しゃり、と、研ぎの音が乱れ、止まる。

「ジェット。お前も似たような事を考えているのか」

「俺は……」

 お互い、壁に隔てられ、相手の表情は見えない。見えなくてよかったのかもしれない。

「……特に何も考えていない」

 再び、研ぎの音が連続する。音は必要以上に規則的だった。


「……それにしても、あんた、よく、そうも次から次へと言葉が出てくるな」

 研ぎの傍ら、珍しくもジェットの方から言葉を発する。ジェットは沈黙を厭う性質ではないので、単に暇を持て余した結果か……或いは、沈黙を厭うであろう隣の囚人への気遣いか。

「はっ。言葉は人間のみに許された特権、人間のみが味わうことのできる享楽だぞ?言葉を使わずして何が人間か」

 ジェットの言葉にはすぐ、返事が返ってくる。

 言葉を投げかけられた途端、水を得た魚のようにつらつらと言葉を連ねるオーガスは、ジェットからすれば異種の生き物である。だが、別に不愉快でもなかった。

「分かった。あんた、黙ってるのが苦手なんだな」

 一方、ジェットがそう言えば、オーガスは多少、不愉快に思ったらしい。

「……そうかもしれんな」

 不機嫌そうにそう言って、それきりオーガスも黙る。

 しばらくは研ぎの音だけが、地下牢に漂っていた。




「……よし、いいだろう」

 やがて、ジェットは満足そうにそう言って、燭台の土台を眺めた。自分自身を切り刻むのに十分な鋭さをもって、鉄板の縁が輝いている。ありあわせでなんとかした割には上出来だろう。

「そうか。ならさっさとやれ」

「ああ」

 律儀に、しかし傲慢に掛けられる言葉へ適当に返事を返すと、ジェットは自分の腕を、可能な限り格子の向こう側へと出す。

 そして、上腕がつっかえたところで燭台の縁を腕の内側にあてがい……。

「待て、ジェット!」

 オーガスの鋭い囁きに、ジェットは腕と燭台を引っ込めた。

「誰か、来るぞ」

 かつ、かつ、と、誰かの靴音が地下牢へ響く。

 ジェットは燭台を寝床に隠し、オーガスは身構えて、それぞれに来訪者を待つ。

 靴音は複数人分。重い音が2、3人分と、軽い音が1人分。それらは次第に近づいて……やがて、2人の目の前に、彼女は現れた。

 ……否。『2人の』前に、ではなかったかもしれない。

「……騎士様……」

 ごく小さな窓から差し込む光と、伴の聖騎士が掲げるランプの光の頼りない灯りのみに照らされ、それでも尚、桃色がかった髪と湖めいた瞳は美しい。

 聖女ロザリエはひどく心を痛めた面持ちで、牢の中のオーガスを見つめていた。


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