11話
「……お姉様、とは、一体……?」
「あ?そのまんまだよ。聖女ロザリエ様は私の妹だ」
恐る恐る、といった様子で聞いたオーガスに、あっけらかん、とリリアナは答えて、笑った。
清楚と清純を形にしたような聖女ロザリエ。対して、粗野で人擦れしているリリアナ。雰囲気も振る舞いも浮かべる表情もまるで異なるが、確かに、似ているところがある。
ロザリエは桃色がかった髪であるが、リリアナも赤みのある金髪である。瞳にしろ、リリアナの翠の瞳がもう少し青みがかれば、ロザリエのものだ。言われてみれば血筋のものだろう、と納得がいく。そして何より、顔の造形はよく似ていた。
……だからこそ、オーガスは驚愕する。
立ち居振る舞いや、纏う衣装、そして浮かべる表情によって、こうも人は変わって見えるものなのか、と。
オーガスとジェットが驚愕している間、姉妹の会話が続く。
「よし、ロザリエ。逃げな。私はここで結界張っとくから」
「な、何を言っているのですか、お姉様!逃げろと仰るの?皆が戦っているのに?」
「そうだ。部屋に篭って得意でもない結界張ってる暇があるんなら、お前を狙う魔物から聖騎士達を逃がす為、お前が逃げた方がいいんだ」
「魔物が、私、を……?」
ロザリエは恐怖と驚愕の表情を浮かべる。
そして直後、リリアナの言葉を裏付けるかのように、窓を破ってガーゴイルの腕が伸びた。
ひっ、と、ロザリエが喉を鳴らす。
「させるか!」
だが、ガーゴイルの手がロザリエに届くことはない。
オーガスの振るった剣が、ごく薄く魔術の刃を纏って、ガーゴイルの腕を切断していた。
石の腕が、鈍い音を立てて床に転がる。それを見て、ロザリエはますます身を固くした。
「さ。ロザリエ。逃げな。お前の事はこっちの金髪の騎士様が守ってくれる」
だが、リリアナに言葉を掛けられると、ロザリエはきっ、と、リリアナを睨みつける。
「いいえ!私は逃げません!」
そしてロザリエは、胸に抱いた杖を、より強く抱きしめた。
「聖女として、次期聖王として、私がここで、結界を……!」
「それ言ったら私も一応聖女サマだぜ。みんな忘れてるだろうし私も時々忘れるけどな」
だが、リリアナはロザリエに近づくとそう言って、ロザリエの杖を取り上げる。
代わりにリリアナが杖屋から強奪してきた2本の杖の内の1本を握らせると……ロザリエの頭を、ぽんぽん、と、軽く叩くように撫でる。
「でも、こっちは忘れた事ねえよ。私はロザリエのお姉ちゃんだ。そうだろ?」
真夏の太陽のような笑顔を浮かべるリリアナに、ロザリエは目を見開いた。
「だ……だから何だと言うのですか!あなたが姉だとしても、私は……!」
「おいオーガス!この強情ちゃんを連れてっちまってくれ!」
それでもまだ言い募ろうとするロザリエの言葉を遮って、リリアナがオーガスを振り返る。
「ああ、分かった。……ロザリエ嬢、失礼する!」
リリアナの言葉を受けたオーガスは、素早く、かつ完璧な動作でロザリエに傅くと、その一瞬後にはもう、ロザリエを横抱きにして尖塔の小部屋を出ていった。
「きゃ!な、何を……!」
困惑するロザリエを抱えたまま、オーガスは走る。
「ろ、ロザリエ様が攫われたぞ!?」
「何奴だ!追え!」
魔物だけではなく聖騎士達までもが追ってきたのは少々計算違いだったが、それも都合が良いかもしれない。
少なくとも、追ってくる魔物が、聖騎士達に阻まれて、オーガス達に到達しにくい。そして聖騎士達は、ロザリエを抱えたオーガスを無闇に攻撃する訳にもいかないのだ。結果、オーガスへの攻撃は少なくなる。
「ロザリエ嬢」
魔物の攻撃と聖騎士の怒声から逃走しながら、オーガスはロザリエに笑みを向ける。
「私があなたをお守りする。安心なされよ。私はそこらの聖騎士よりも強い」
ロザリエが見上げたオーガスの笑みは余裕と自信に満ち、いっそ傲慢ですらある。
だが、それ故に、ロザリエにはその笑みが眩しく映った。
質素と清純、戒律と信仰に満たされたこの大聖堂ではまず見られない類の、その笑みが。
「その代わり、もし私が傷ついたらその時は、あなたの手で癒してほしい。癒しの魔術が達者であらせられると聞くが」
「え、ええ……勿論。傷ついた方を癒すのが、聖女たる私の務めです、から……」
しどろもどろにロザリエが答えれば、オーガスは声を上げて笑った。
「それは頼もしい。……では、聖女様。少々乱暴な逃避行になるが。しっかり捕まっておられよ!」
「えっ」
そして、跳躍。浮遊感。後に、着地の衝撃。
尖塔から尖塔へと飛び移ったのだと、数秒遅れてロザリエは理解した。
オーガスはロザリエが未だ経験したことの無いような道筋で、大聖堂を駆け抜けていく。
追いかけてくる魔物と、本来ならば自らを守るはずの聖騎士達から逃れながらの、見知らぬ騎士との少々乱暴な逃避行。
……ロザリエは気がつけば、心臓を激しく脈打たせていた。
恐怖と、緊張と……それ以外の、何かに。
「さーてと。あっちがあっちでやってる間、こっちもこっちでやりますかね、っと」
ロザリエとオーガスの消えた部屋の中、リリアナはロザリエが抱いていた杖を、勢いよく床へと突き立てた。
十字と円を組み合わせた意匠の杖は、聖女にのみ与えられるものだ。癒しと守りの魔術によく向く。
代わりにロザリエに与えた杖は、癒しの魔術のみに特化した代物だ。一方、リリアナの手元に残ったもう1本の杖は、攻撃や破壊の為の魔術に向く代物である。
「……よし。じゃ、ジェット。よろしくな。私、しばらくは木偶のぼーになるから」
「分かった」
杖とリリアナを中心にして、魔術が展開されていく。
余りにも高度なそれは、魔術に疎いジェットにも十分に感じられる程の力を持ってして、広がっていく。
……そして、その力に気付いたのだろう。ロザリエに向かっていた魔物達も、一部がこちらへ襲ってくる。
その数は少ないが、ジェットが無傷で応対できるような数でもない。だが、リリアナへは攻撃させない。
「……俺は強くはないが。弱くもないぞ。きっとな」
どうせ人間の言葉など理解しないであろう魔物達に向けて、或いは自分自身に向けて、ジェットはそう言うと、外套を脱ぎ捨て、剣を抜き、魔物の群れへと向かっていった。
オーガスはロザリエを抱え、大聖堂の尖塔から尖塔へと飛び移り、飛び降りることで移動していた。
低い場所から高い場所へと移動するのは難しいが、高い場所から低い場所へと降りていくのは容易い。こうしたオーガスの移動は、移動距離を稼ぎ、魔物と距離を置くと同時に、重い鎧兜を纏った聖騎士達を振り切るのにも役立った。
そして、オーガスに追いつけまいと諦めた聖騎士達は、その場で魔物を片付ける事を優先し始める。
比較的軽装の聖騎士と空を飛べる魔物だけが追ってくる状況になって、オーガスはようやく、戦う場所を探し始めた。
……オーガスが戦闘の舞台として選ぶ場所には、幾つかの条件がある。
1つは、遮るものがあることだ。
オーガスの魔法剣は壁などものともせずに斬り裂くが、相手の攻撃は大抵そうではない。遮蔽物はオーガスにとってのみはたらく盾となるのだ。よって、オーガスが1人で複数の敵と渡り合う時、遮蔽物はある程度多くなくてはならない。
そしてもう1つは、ある程度の狭さ。或いは、敵が襲ってくる方向が、ある程度限られること。
魔法剣は万能ではない。その破壊力も、攻撃の届く範囲も、他のどんな攻撃方法にもそうは劣らないものではあるが、なにせ、1人で戦う時に使うには、隙が大きすぎる。
魔法剣を使用している間は魔法剣のみしか使用できず、また、魔法剣の出力を上げれば、当然反動と消耗も大きくなる。
であるからして、オーガスは、四方八方から遅い来る敵と戦うには分が悪いのだ。
ある程度、敵がやってくる方向が定められており、かつ、敵が自らの前に到達するより先に魔法剣で殺す。それがオーガスにとって最も理想的な戦い方である。
……オーガスはそのような地形を探して移動し、そして。
「……よし」
2つの尖塔の隙間を抜けた先、やや高い塀を有すバルコニー。
壁を背にし、張り出した屋根を頭上に、目の前には塀があって、そして向かってくる敵は2つの尖塔の間を抜けねばやってこられない。
「ロザリエ嬢。ここで交戦となる。少しばかり、お待ちを」
「わ、分かりました。どうぞ、ご無事で……」
オーガスは小部屋にロザリエを押し込むと、扉と壁を背にして剣を抜く。
「……さて」
最早隠しようもなく傲慢な笑みを浮かべ、オーガスは好戦的に前方を見据えた。
襲い来る魔物と、後からやってくる聖騎士達。魔物は殺してしまってもいいが、聖騎士を殺すと禍根を残す。面倒ではあるが、その面倒さもまた、今のオーガスには面白く感じられる。
「精々、暴れさせてもらうとしよう!」
魔法剣の構えを取り、オーガスは吠えた。
一方、ジェットは既に幾度となく、叩き潰され、引き裂かれていたが、リリアナを守り続けていた。
初めの内は真っ当に戦おうともしたのだが、どう足掻いても才の無い者。剣は折れ、予備のナイフもあらかた使い尽くし……ジェットは『剣』であることをやめた。
魔物の数には限りがあった。大半がロザリエを追って移動したのだ。残った魔物はそれほど多くない。ならば、大して強くもない戦士が孤軍奮闘し、魔物を殺さんと『剣』になるよりは……その攻撃の全てを受け止める、『盾』となったのだ。
ジェットは死んでも死なず、自らの意思を失わず、半ば以上肉塊となっても動いて、リリアナを守る盾となった。
そいてリリアナもまた、目の前で繰り広げられる惨劇に意識をやることなく、ただ、結界を張ることに集中した。
ジェットを気遣うことなどしなかった。ただその代わり、1秒でも早く結界を張れるよう、ひたすら魔術を編み続ける。
大規模な結界を張ることは、聖女の杖があったとしても難しい。
術者への負担も大きい。過度の集中と魔力の消耗が、リリアナを確実に蝕んでいく。
それでもリリアナは、魔術を止めない。緩めない。
何故なら、彼女の眼前、そして彼女の意識の外で、ジェットが幾度となく、死んでいるから。
そいて遂に、その時は訪れた。
「っけえええええええええええ!」
喉も枯れよと吠え、リリアナは遂に、結界を完成させる最後の一片を、編み上げた。
はずだった。
「な……なんで結界が発動しねえ!」
編み上げた結界はそこにある。アマーレンを覆い尽くし、全てを守るはずの結界は、しかし、全く機能していない。
まるで、結界の内側にもう一回り小さな、魔の結界を張られているかのような。
「くそ、なんだって……!」
リリアナは混乱しながらも、考えた。
何故、守りの結界は機能していないのか。
……恐らく、何者かが邪魔をしている。
だが、自分の他に、自分以上の術師がいる気配はない。ましてや、これだけ大規模な結界を阻止する逆結界であるならば、相当な準備が必要なはず。
では、その準備は、どこに。
リリアナは自らの想像と記憶の中のアマーレンを駆け巡る。
もし、守りの結界を邪魔するような魔術を内側に展開しているとしたら、それは当然、アマーレンの町の中にある。
ならば、考えるべきはアマーレンの中心。大聖堂の中の、どこか。
大聖堂の中に、魔物の手引をする者が紛れ込んでいるのか。この騒動の中?いや、それでは間に合わない。
リリアナは自らの魔術には自信がある。自分の魔術を封じることができる魔術だ。即席のものであるわけがない。
ならば前々から、大聖堂の中の何処かに、魔物側の術師が周到な準備を敷いていたとしか思えない。
前々から、だ。
そんなに前から準備をしていて、なのに、司祭にも聖騎士にもロザリエにも、現聖王であるリリアナとロザリエの父にも見抜けない呪術の隠し方。
……大聖堂の中心。ここではないどこか。そして、人の出入りがし易く、なのに調べられない……。
思い当たった。
「おい、ジェット!聞こえてっか!?」
リリアナが呼びかけると、ジェットが振り向いた。今は何とか人の形をしている。
「頼みがある」
リリアナは聖女の杖を床に放ると、より自分と気性の合う杖……攻撃用の杖を、構えた。
「大聖堂の祭壇にある、神の像を破壊してくれ!」




