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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第二章:邪道聖女~The prayers are NOT answered~
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7話

 オーガスは紙を広げてごく簡単に、アマーレンとその周辺の地図を書く。更にその上に、金貨を1枚と銀貨を1枚、置いた。金貨がオーガス、銀貨がジェットを表す駒代わりらしい。

「……あんた、器用だな」

「忘れたか?私は元々、騎士団を率いていたのだ。作戦を立てることには慣れている」

 地図を書くのも駒を並べるのも、久しぶりだった。それでも手は滑らかに動いたのだから、一度覚えた事というものは、そうそう体から抜け出ないらしい。

「アマーレンから最も近い都市はソルティナ。馬で2日、寝ずに飛ばせば1日でも到達できる距離だ。当然、宿場からはより近い」

 地図に書かれるのは、ほぼ、2人が通ってきた道筋になる。即ち、ソルティナからアマーレンにかけての。

「さて。魔物達が宿場を襲った理由は、勇者関係ではないだろう、ということは既に話したな」

 オーガスの言葉に、ジェットは頷く。

 そのあたりの話は既にしている。

「勇者をどうこうするなら、ソルティナで済ませたほうが良い。勇者をアマーレンへ動かしたいのだとしても、ソルティナで偽の情報を撒くなりしておびき寄せたほうが、余程やりやすい。ここまではいいな?」

「ああ」

「そして、『魔王の配下を名乗る勢力が、アマーレンを狙っている』という情報は、今や、我々のみが知り得る情報だ。そして、『ソルティナとアマーレンの間の宿場を魔物が襲った』という事実も、知る者はそう多くない。まだ新しい情報だからな。……これら、我々のみに許された情報を、どう生かすかが肝要な訳だ」

「……『アマーレンを襲う連中が先に宿場を襲った理由』か」




 ジェットの答えに、オーガスは頷く。

「まあ、どのみち推測混じりにしかならんが」

 前置きをしつつ、オーガスは地図上のアマーレン周辺を、ぐるり、と指先でなぞった。

「まず前提として、アマーレンに一番近い都市はソルティナだ。馬なら余裕を持っても2日の距離だな。非常に近い。2つの都市が並んでいるにしては、両方大きい都市だ。互いに性質も正反対。上手く住み分けができている」

 オーガスが指でなぞった範囲にある都市は、ソルティナしかない。宿場や村の類はまばらにあるものの、それらのほとんどは、ただ、宿があるだけ、小さな畑があるだけ、といった具合である。

「……さて。こんなに都市同士が近いのだ。アマーレンとソルティナの間にある小さな宿場を1つ潰したところで、アマーレンを孤立させるには至らない」

 ソルティナからアマーレンまで、馬をとばせば1日の距離だ。間の宿が無くなったところで、アマーレンにとっても、ソルティナにとっても、短期的な不利益にはなりにくいだろう。

「アマーレンの戦力を割こうとしたのか」

「いや。ソルティナの兵が来る可能性もあるのだ。そうなれば、勇者をわざわざアマーレンへ引き寄せることになる」

 本来ならば、勇者はソルティナでどうにかされていたはずなのだ。或いは、今まさにどうにかされているのか。

 とにかく、アマーレンを落としたいのであれば、本来、宿場になど手を出すべきではないのである。

「……それに、襲撃は失敗してる」

「そうだな。魔物の軍勢、それも、ガーゴイルの軍勢だったにもかかわらず、見事、小さな宿場1つ潰せなかった訳だ」

 そう言って、オーガスは笑う。

「私が思うに……」

 そして、地図上の宿場町の上に、銅貨を1枚、置いた。

「優秀な術師を1人、殺すことが目的だったのだろう」




「術師?……ああ、あの女か。酒場の勘定を払わなかった」

 ジェットの記憶の仕方にオーガスは何か言いたいような気もしたが、ひとまず流して、頷く。

「ああ。聖都アマーレンは町全体を結界に覆われた都市だという。襲うのにこれほど不都合なこともあるまい。更に強い結界を編む術師が居るとすれば、そいつはさぞかし邪魔だろうな」

 結界を張った、あの女。あれほどの魔術の使い手だ。さぞかし、敵にとっては不都合な相手だろう。

 村1つを丸ごと覆い、ガーゴイルを凌ぎきれる結界を張ることができる者など、そう多くはない。

 更に、聖女やアマーレンについてそれなりによく知っていたようだった。酒場の主人とも顔見知りのようであったし、流れの魔術師には見えなかった。

 つまり、彼女は聖都アマーレンの関係者だ、と考えられる。

「……あの女1人の為に、ガーゴイルを何体も使ったっていうのか」

「私ならそうする。あれ程の魔術師が1人、はぐれていたのだ。殺すには最善の機会だっただろう。あれで敵陣の守りを崩せるなら、ガーゴイル程度、安いものだ」

 オーガスの迷いない言葉に、ジェットは釈然としないながらも頷いた。

「……だがそうなると、魔物の軍勢には既にアマーレン側の動向がある程度筒抜けになっていると考えられるな」

 酒場の女術師が宿場に居る時を見計らって襲ったのだとすれば、当然、アマーレン側なり、女術師個人なりの動向が知られていたことになる。

「まあ、突発的な襲撃だった可能性も否めんが……筒抜けならそれはそれで都合が良い。聖騎士達はさぞかし、苦戦を強いられるだろうからな」

「あんた、いい性格してるよな」

「そうだろう。私もそう自負しているさ」

 オーガスは鼻で笑うと、一度、表情を引き締めた。

「……さて、ここからは賭けになるが。一度、宿場へ戻ることを提案する」




「本当に賭けだな。その間にアマーレンが襲われるかもしれない」

 ジェットは厳しい表情であるが、オーガスの言葉を否定しはしない。そしてオーガスもまた、似たような表情で頷いた。

「まあ、そうなれば手柄は立て損ねるが、裏を返せばそれだけだ。聖女への伝手は他に探せばいい。それに、最悪、滅んでもいいだろう。こんな町など」

「流石にそこまでは思わないが」

 ジェットは少しばかり眉を寄せつつ、しかし、頷く。

「俺達がどうこうしなくとも、聖騎士達は居るからな。アマーレンだって、伊達に聖都を名乗っちゃいないだろう」

「そういうことだ。……そして、我々の戦力の代わりになる者などいくらでもいるが、村1つ丸ごと覆うような結界を張れる術師はそう代えが利かない」

「あの女、杖を駄目にしていたからな。もう一度襲われたら危ない」

「そうだろう。更に言うならば、あの女が村を出てから襲えばより一層都合がいい」

 ジェットは少し考えて、頷く。

「分かった。出るのは今すぐのほうがいいか」

「待て。貴様は昼寝をしていたが私は」

「ならあんたはアマーレンに残ってくれ。俺1人でも居ればそれなりに役には立つだろう」

 言いかけたオーガスは、口を閉じると憮然とした表情でジェットを見下ろすようにして睨む。

「……10分後に宿の前。いいな」

「1分後でもいい」

 ジェットの言葉を聞いているのかいないのか、オーガスは返事をすることなく、部屋を出ていったのだった。




 予告通り、10分後。2人は宿の前で馬に跨っていた。

「……まさか、こうもさっさと町を行き来する羽目になるとは、な」

「仕方ないだろう。確かに今、ここには魔物の影も気配も無いが、宿場でそれを感じることはできなかった」

「ああ、そうだな。何にせよ一度、こちらを確認せざるを得なかったな、全く……だとしてもこんな夜分に……」

「今まさに宿場が襲われていないとも限らない。早い方がいい」

「ああ。ああ。まさにその通りだ。その通りだとも」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、オーガスは馬の腹を軽く蹴って、馬を走らせ始める。

 ジェットも並んで馬を走らせつつ、ふと、言った。

「……ところで」

「何だ」

「眠気覚まし程度に、1つ、話を聞いてくれないか」

 自ら話し始めたジェットを珍しく思いつつ、オーガスは黙って続きを促す。

「またアマーレンに戻ってから、の話になると思うが、面白いことを思いついたんだ」

 仄暗いような笑みを浮かべるジェットに、何か嫌な予感を察知しつつも、オーガスは黙って、ジェットの話を聞く。

「折角、こんな腕になったんだ。『悪役』になるのも、悪くないと思わないか」




 そうして月が地の果てに沈み、夜明けの気配が迫り、話の種も尽きたころ。

「……ん、見ろ。賭けに勝ったみたいだ」

「ほう。……随分と派手にやっているな」

 2人は、ある1点目がけて攻撃を繰り返しているらしい魔物達の姿を見て、馬を急がせた。


 ギャアギャアと喚く魔物の声。その合間に煌めく、魔術。

 魔物に囲まれ、魔物に襲われつつも耐え続ける結界の中に居るのは、女術師の姿であった。




「いやー!助かった!ありがとな、兄ちゃん達!」

 結界の内に立てこもり、耐えるばかりだった女術師は無事、救出された。

 救出の方法は至って簡単、オーガスが魔法剣で切り刻み、ジェットが切り刻まれつつ殴り、掴み、握りつぶし、斬りつける。それらをしばらく繰り返しただけだ。だが、その戦い方は単調ながら、それぞれの破壊力故に、強かった。

 特に、女術師だけを執拗に狙う魔物達を相手にするのならば。


 女術師は結界を張り続けていたらしい。1人分の結界を張り続けるだけなら、村1つ覆うよりは遥かに効率よく結界を維持できる。

 だが、あくまでも『村1つ覆うよりは』だ。

 攻撃され続ける中、結界を維持し続けるということは、相当に厳しい。魔術の心得が多少あるオーガスは、その難しさをよく知っている。

「全く。一体どれくらいの間、杖も無しに結界を張っていたんだ」

「飲み屋から追い出されてからだからなあ、ざっと6時間?ま、そんなもん。でも、杖代わりならあったよ。ほら見ろ。もうぶっ壊れてやがる」

 女は手を開いて、中に握っていたらしいアミュレットを見せた。

 嵌まっていた宝石は砕け、繊細な金属細工は焼け落ち、見るも無残な有様になっている。どうやらこれを魔術の媒介として利用していたらしい。

 アミュレットの残骸を放り捨て、カラカラと笑う女を見て、オーガスは小さく、「ありえん、化け物か」と呟いた。

 実際、6時間もの間ずっと結界を張り続けるのは、容易いことではない。彼女がいかに優秀であったとしても。また、アミュレットが1つばかり、あったとしても。

 その証拠に、女は笑いながらも疲労を色濃く滲ませている。

「はー……いや、死ぬかと思った。本当に。はは。でも賭けには勝ったって訳だ」

「賭け?」

 ついさっき、自分達がしていた会話と似たような言葉を聞き、ジェットは尋ね返す。

「ああ。賭け。私の結界が破られるのが先か、誰かそこそこ強い奴が街道を通りがかってくれるかの一本勝負!で、勝ったのは私、ってわけだ!はっはー、魔物共め、ざまーみろ!」

 女は危機を脱した安堵からか、或いは緊張から解放されて少々興奮が行きすぎているのか、やたらと機嫌よく笑う。

 ……或いは、まだ酔いが残っているのかもしれない。




「……じゃあ、そろそろ出るか。あまりゆっくりもしていられない。襲撃がまた失敗したと知ったら、今度はどうなるか分からないぞ」

 ジェットは再び馬に乗り、それから、ふと、言う。

「オーガス、そっちに乗せられるか?俺は人を乗せるのに慣れていないんだが」

「仕方ないな。なら荷物は全部お前が持て」

 2人の会話を、女はきょとん、としつつ聞いていた。

 が。

「……さて、失礼するぞ」

「は?」

 オーガスはさらり、と女を横抱きにすると、自らの馬の上に乗せた。

「は?あ?え?おい、なんで私を馬に乗っけるんだよ」

 女は困惑していたが、オーガスは構わず、自らも乗馬する。

「どうせアマーレンへ行くのだろう?なら感謝しろ。我々が護衛してやる」

「……は?」

「運び賃と護衛の代金は……そうだな、アマーレンに着いたら、労働で払ってもらうとするか」

 オーガスが高慢な笑みを浮かべてそう言えば、女はいよいよ、唖然として目を瞬かせる。

「お力添え願うぞ?魔術師殿」

「お……おう?何?なんかあんの?え?」

 説明は後だとばかりに、オーガスは馬を走らせ始める。

 黎明の光が、辺りを染め上げ始めていた。


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