2話
店を出てすぐ、オーガスの目には魔物の姿が映った。
そして、何故か魔物の方ではなく、村の中心の方へ移動していくジェットの姿も。
「待て!ジェット!どこへ行く!」
「なんだ、居たのか。打ち合わせていた通り、宿の前に戻ろうかと」
「同じ店に居たんだぞ!?気づかなかったのか、貴様は!」
「全く気づかなかった」
オーガスはほとほと呆れながらもジェットを引っ張って魔物へと近づく。
魔物は結界に一度ぶつかった以降、攻めあぐねてグルグルと村の上空を回っていた。
空飛ぶ魔物は、ガーゴイル。石の体を持ち、空を飛ぶ魔物。魔術も扱う高等な魔物である。中々に厄介な相手だと言えるだろう。オーガスは小さく舌打ちした。
「あんたの魔法剣で落とせるか」
「分からん。結界が強すぎるかもしれんな」
オーガスの魔法剣は魔術結界すら切り裂くこともできる。しかし、一定以上の強さの結界を切り抜けることは難しい。
また、結界をすり抜けて魔法剣を放てば、結界の術者には負担がかかる。下手に結界を揺らがせると、この村自体が危ない。
村一つを覆う結界、それも、これほどの強さのものとなると、下手に触ればこちらが危ない。オーガスも魔術を扱えるとはいえ、本職は術士ではない。結界を操作するべきではないだろう。ジェットは言わずもがなだ。
「仕方ない、結界の外に出て、結界を背に戦うぞ」
オーガスはそう言うと、結界を潜り、外へ出た。
ガーゴイル達は強固な結界を前に攻めあぐねていた。だが、結界の外に出てきた人間を見つけると、すぐにそちらへ標的を変えた。
一斉に襲い掛かってくるガーゴイル達を前に、オーガスは魔法剣を放つ。
魔術の刃は石の体を持つ魔物ですら斬り裂くことができる。まともに魔法剣を食らったガーゴイルは、ただの石くれと化して地へ落ちた。
一方、ジェットは荷物と共に、外套を脱ぎ捨てて手近な場所へ放る。露わになった左腕は、正に化け物のそれである。
ガーゴイル達は、ジェットの腕をどう見たのか。それは定かではないが、少なくとも、ジェットを襲うことをやめはしなかった。
空から一直線に降り、半ば突進めいた攻撃を繰り出すガーゴイル相手に、ジェットは剣を構える。
剣士は、空を飛ぶ相手とは相性が悪い。己の剣の届かない位置から相手は襲い掛かってくるのだから。
……だからこそ、相手が自分を攻撃するその一瞬を、逃してはならない。
ガーゴイルがその爪を振りかぶり、ジェットの首を掻き切ろうとするのを見て……ジェットは避けなかった。
爪に切り裂かれた喉が血を噴き、ガーゴイルがにやり、と笑ったその瞬間、やっとジェットは動く。
相手を殺したと思って油断していたガーゴイルの片翼を、すれ違いざまに剣で打ち砕き、更に。
「……にが、すか」
化け物めいた左腕が、ガーゴイルの脚を掴んで離さない。
表情に絶望を過ぎらせたガーゴイルを笑って、ジェットはガーゴイルの首を打ち砕いた。
そうして数体のガーゴイルを殺していけば、ガーゴイル達は不利を悟って2人から逃げていく。
村の反対側に回るつもりかもしれない。2人はガーゴイル達を追いかける。
「おい、ジェット、見ていたぞ。どうやら化け物の本領発揮のようだな」
「ああ。案外、この腕も悪くない」
走る傍ら、会話を交わす。
オーガスも、ジェットが左腕を使う様子を見ていた。そして、化け物の腕の、力強さも。
「人間の腕より強いのか」
「強い。単純な力の強さなら、倍程度じゃきかない」
実際、ジェットの左腕は、力強かった。ガーゴイルの脚や翼を掴んで離さず、時には握る力の強さのあまり、掴んだガーゴイルを握り壊してしまうことすらあった。
ジェットは自らの体の一部が呪われ変じてしまったことに何も思わないわけではなかった。人並みに衝撃を受け、傷つきもした。
だが、ひとまず、多少は救われたように思った。何せ、この腕は性能がいい。魔物を殺す道具足り得るのなら、自らの体の一部が魔物になることもそう悪くないと、思うことができた。
「良かったな」
「ああ」
短いながら、オーガスの言葉は純粋にジェットを励ますものであった。
ジェットは薄く笑みを浮かべると、やがて見えてきた……他の戦士たちと戦うガーゴイル達の姿を認め、益々その笑みを深めるのだった。
結局、ジェットとオーガスはよく戦った。
オーガスの魔法剣は空へ届き、石すら斬り、ガーゴイルを幾体も地へ落とした。そしてその間、オーガスは傷一つ受けていない。
ジェットもまた、自らを囮としてガーゴイルを引き寄せ、首を、頭を、胸を切り裂かれながらも、切り裂かれたのと同じ分だけガーゴイルを破壊していった。
対照的な戦い方ながら、それ故に2人の戦いは噛み合った。
引きつけられたものはジェットが始末し、そうでないものはオーガスが魔法剣で斬る。オーガスに届きそうなガーゴイルがいればジェットが自らを盾にし、ジェットが留めている間にオーガスがジェットごと斬った。
他にもその場に居合わせた傭兵や旅人達も共に戦い、結果、襲ってきた魔物の群れを退けることに成功したのだった。
ようやく戦いが終わり、オーガスは長く息を吐いた。
「なんとかなったな」
そこへ、ジェットが寄ってくる。例の如くボロ雑巾さながらの格好になっているが、表情はそれなりに明るい。
「村への被害も少なそうだ。結界のおかげだな」
戦っていた者達の中には怪我人もそれなりに居たが、ガーゴイルの群れの襲撃を受けて尚、村への被害がほとんど無いのだ。圧勝したと言っても良いだろう。
「酒場で結界を張っていた女が居たが。中々の手腕だな」
「あの、卓に乗って太腿を出していた……」
「ああ。そいつだ」
随分とはすっぱな喋り方をする上、慎み深さとは対極にあるような女だったが、一角の魔術を修めているらしい。人は見かけによらないものだ、と、オーガスは感心するような、呆れるような心地で思った。
ふと、オーガスは誰かの囁きを聞く。また、こちらへ向けられる視線にも気づいた。
それは、好奇であり、恐怖であり、侮蔑であった。
それらはジェットを対象としている。
不死身であることは、戦っている途中に見でもしない限りは露見しない。だが、化け物の腕は、戦いが終わった今、大層目立つ。異様な姿として人々の目に留まり、囁きの種にされ、視線の対象となるのも当然のことだった。
ジェットは居心地悪そうに歩き、戦い始める前に投げ捨てた外套へと辿り着く。
外套を羽織って左腕を隠し、少々ばつの悪そうな顔をした。
「お前と居ると、勝利に水を差されるな」
「……それは悪かったな」
俺のせいじゃない、とでも言いたげなジェットの視線に、だったらどうした、とでも言うように視線を返して、オーガスは言った。
「ひとまず店に戻る。勘定がまだだ。どうせお前もまだだろう。行くぞ」
さっさと歩き始めたオーガスを見て、ジェットもまた、歩き始める。
……結局、自分は幾ら分食べたのだろう、と、思い起こしながら。
他人の視線よりも食事の勘定で頭を埋めることに成功しつつ。
店に戻ると、おろおろする店主と客達、そして、店の中央の卓の上、肩で息を吐く女の姿があった。
「終わった……か?」
ぜいぜいと荒い呼吸の合間を縫うように問う女に、2人は頷く。
「魔物の群れは退いた」
「あー……そ、かぁ……あー」
2人の返事を聞くや否や、ふっ、と、張り詰めていた空気が緩む。
結界が消えたのだ、と、オーガスは瞬時に判断した。
だらしなく卓の上に寝ころんで、女は杖を放り出す。
「あー、つっかれたー……もう働かねえ……動かねえ……」
「おい、品が無いぞ」
卓の上に放り出された女の脚が服の裾からはみ出ているのを見て、オーガスは顔を顰めて注意する。だが、女は一向に構う様子が無い。
ジェットは女が放り出した杖を拾い上げた。流石に武器を放り出すのはいかがなものか、と思いながら。
床に落ちた杖を取り上げ、そして……ジェットは気づいた。
「……おい、壊れたようだが」
杖に嵌めこまれていた石は砕け、細工も折れたり割れたりしている。
「もう少し武器は大切に扱った方がいいんじゃないのか」
「あー……いや、しょうがないんだよ」
ジェットの咎めるような言葉に、女はようやく反応する。
「その程度の杖だと、壊れっちまうのさ。ああいう結界を張ろうとすると、どうしても杖は使い捨てになっちまうんだ」
渋々、といった様子で起き上がった女はジェットから杖の残骸を受け取って、ため息を吐いた。
「あーあ、これ一本で三晩は飲めるんだよなあ……おーい、親父、私の頑張りに免じて今日は奢りってことでどう?え?駄目?」
そして杖の残骸を振りつつ店主とやり取りし……ようやく、卓の上から降りる。
「あー、兄ちゃん達も、ありがとな。魔物と戦ってくれたんだろ」
2人と向かい合って、女は太陽の如き笑みを浮かべた。
「まあ、私が言うことでもないけどさ。お疲れ様。今日はゆっくり休んでよ。……じゃ、私はこれにて。ちょっくら表の連中、治してくらぁ」
そしてさっさと店を出ていく女の背を見送り、ジェットとオーガスは顔を見合わせた。
「……あの女……」
「勘定を済ませていないな……」
美貌といい、結界の腕前といい、はすっぱな振る舞いといい、勘定を逃れたことといい。
とにかく、強く印象に残る女であった。




