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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第二章:邪道聖女~The prayers are NOT answered~
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1話

 深夜の大聖堂。ステンドグラスから差し込む月光が、祭壇と女を照らしていた。

 女は祈る訳でもなく、ただ、祭壇と向き合って立つ。祭壇の奥、神の姿を象ったとされる像を睨むようにして見つめながら。

「……神様、ね」

 ふと、女は笑った。

「―――」

 そして何事か呟いたが、声は誰にも届かなかった。

 恐らく、神にさえ。




 第二章:邪道聖女~The prayers are not answered~




 ソルティナからアマーレンまではそう遠くない。馬で行けば余裕を持って2日あまりの道程だ。

 どのみち一度は道中で宿を取ることになるが、時間のゆとりもある分、フォレッタからソルティナまでの道程よりは余程楽だと言えるだろう。

 ジェットとオーガスもまた、夕暮れ時には宿場へ到着することができたのだった。


 宿場は賑わっていた。聖都アマーレンへの巡礼客や、行商人、あわよくば神の祝福を授かろうと考える戦士達。……それらの人々が集まり賑わい、また、そういった人々が集まる故に、宿場自体も規模が大きく、一つの村を成していた。

 牧歌的な雰囲気ではあるが、アマーレンよりはソルティナに近いような……つまり、慎みよりは気楽、静謐よりは喧騒の似合う場所であった。

 ただし、信仰は確実に根付いているように思える。

 ソルティナの裏通りのような、神を捨て、神に見捨てられた人々はおらず、皆が懸命に正しく生きている。


「どうした、妙な顔をしているが」

「いや……」

 ジェットはオーガスの問いかけに曖昧な返事を返しながら、胸の内でひっそりと思う。

 ……どうにも、こういった場所は少しばかり、居心地が悪い。

 ジェット自身はレターリル陥落の日以来、神など棄ててしまっている。そして神もまた、ジェットなど最初から見ていないのだろう。

 そう思っているジェットとしては、のどかで信心深く、親切な人々の中、という場所は、非常に居心地が悪く感じられる。

 ましてや、片腕が化け物の腕と化した、今のジェットとしてみれば、尚更。

「大方、居心地が悪いとでも考えているのだろう?」

 オーガスはジェットを見てそう言う。ジェットは左手できつく、外套の内側を掴んでいる。左腕を隠そうとしているのがよく分かった。

「不安ならいっそ、真に化け物のふりをしたらどうだ。首輪でも掛けておけばそう恐れられまい」

 言ってから、ジェットが口を開きかけたのを見て、オーガスはすぐにその後を続けた。

「おい、冗談だ。……何故私が貴様のテイマーなぞやらねばならん」

 オーガスの冗談に対し、明らかに『前向き』な様子を見せていたジェットは、黙って頷いた。

「……全く、お前はつくづく、冗談を言うに不便な奴だな」

「戦場でならそこそこ便利な自負はあるんだが」

「それ以外ではとことん木偶の坊だろうが」


 軽口を叩きつつ歩けば、宿へと着いた。

 大勢が泊まれるようにか、中々に大きい。気配りも行き届いていると見え、それなりに快適そうな宿だった。

 例の如く1人1部屋取り、それぞれの部屋に荷物を置いたところで、2人は再び合流し……そして、オーガスは切り出した。

「食事は各自別でいいな?」

「構わないが、開口一番がそれでいいのか」

 ジェットは半ば呆れたが、オーガスとしてはこれが最優先事項である。

 それに、それほど大きくもない村だ。一晩程度別行動したところで、はぐれてどうしようもなくなるようなこともないだろう。

「有事の際には宿の前に集合。いいな?」

「分かった」

「出発は明朝8時でどうだ」

「ああ、それでいい」

 そういうわけで、会話もそこそこに、2人はさっさと別行動に移った。




 ジェットが感じる居心地の悪さとは別にして、宿場の人々は優しく、暖かだった。

 村の酒場兼食堂は暖かくジェットを迎え入れ、それ故に、ジェットに居心地の悪さを感じさせる。

 ジェットは放っておかれるか、無関心でいられるか、いっそ無下に扱われたほうが気が楽な性質だった。

「いらっしゃい、何にする?今日の日替わりは鶏の香草焼きよ」

 売り子に笑顔を向けられ、簡素なメニューを渡され、ジェットはますます居心地悪く思いつつも……メニューを見て、答えた。

「じゃあとりあえず、日替わり2人前と……パングラタンと川魚のフライとかぼちゃのスープとベイクドポテトとりんごのパイ」





 賑やかな場所ではあったが、ジェットの姿は目立った。

 ジェットを視界に入れた者は皆、ジェットの前の皿の量に驚き、それらを淡々と平らげていくジェットを見ては驚いた。

 そして、次第にジェットに驚く人が増えると……勇敢な者が現れる。

「よお兄ちゃん、いい食べっぷりだね」

 はすっぱな喋り方の女が1人、ジェットへと近づいていき……煮込まれた肉の皿を置いた。

「その食べっぷりに敬意を表して、私の奢りだ。もしまだ食えるんなら食ってよ」

 にっ、と、明るい笑みを向けられ、ジェットは困惑するが、取るべき行動はそれほど多くない。

「ああ。ありがとう。まだ食える」

 ぎこちないながらも笑みを返し、礼を言って、食べる。

 すると、歓声が上がる。

「すげえな、まだ食えるのか!」

 純粋な感嘆を前に、ジェットはまたしても困惑しつつ、しかし食べる手を止めないでいると。

「ならこっちも食ってみろや、うめえぞ!」

 今度はまた別の者が別の料理を置いていく。

 ……彼らは元々、陽気な人々の集まりだったのだろう。気がつけばジェットは見知らぬ旅人や店主から、あれを食ってみろ、これも美味いぞ、と料理を勧められては食べる、という奇妙な状態になっていた。

 構われるのは得意ではないジェットだったが、物を食べられるならやぶさかではない。それに、所詮、相手は酔っ払いである。大した返事もしなくとも、勝手に笑い、勝手に楽しみ、勝手に満足する。見方によっては見世物にされているような状態ではあったが、それを気にするジェットではない。

 結果として、ジェットは自分が払った金額分の倍近い料理をただで飲み食いすることになったのだった。




 そんな食堂の片隅、ジェットが着いている卓から出来る限り離れたカウンター席では、オーガスが眉間に皺を寄せながら食事を摂っていた。

 不運にも、選んだ食事処がジェットと同じだったのである。尚、そもそもこの村にまともな食事処はここの他に無い。

 それでも別の席で他人として食事を摂れるのだから、まだましか、と思いながらも、いつの間にか喧騒の中心になっているジェットを遠巻きに眺めてため息を吐いていたのだが。

「あんたはいいのかい。なんか面白いことやってるけど」

 オーガスの隣の席に腰を下ろしたのは、はすっぱな喋り方をする女だ。

 赤みがかった癖毛の金髪と、楽しげに細められた緑の瞳、そして何より、はすっぱな喋り方と表情が印象に残る女だった。

 黙っていればかなりの美女だろうに、と思いつつ、オーガスは掛けられた言葉に返事をする。

「何が面白いものか、あんなもの」

「お気に召さなかったかい?なら悪かったよ」

 女が申し訳無さそうな顔をするのを見てオーガスは、乱暴な返事になったことを少しばかり、反省した。

「……あれは私の連れだ。食事の度にあれを見せられていれば嫌になりもする」

 補足するようにそう言えば、女は目を丸くし、それから破顔した。

「あははは!そうかぁ、それもそうかもな!あれは中々いい食べっぷりだ、見ていて気分がいいけど、確かに、毎回毎回見たいもんじゃあないか!」

 そもそもオーガスは一度たりとも『見ていて気分がいい』などと思ったことはないのだが、とりあえず、頷いておくことにした。


 女はいつの間にか、オーガスの隣の席に居座ることを決めたらしい。酒を注文し、つまみも無しに飲み始めた。

「兄ちゃん達はアマーレンへ行くのかい?」

「ああ」

「巡礼……ってツラじゃあねえよなあ。あ、じゃあ神の祝福を授かりにでも来た?」

「いや……」

 まさか、魔物の襲来を予期して来た、などと言うわけにもいかない。オーガスが言葉を濁すと、女は、すっ、と、ジェットへ視線を移し、目を細めた。

「……ああ、呪いか」

 背筋が凍るような、警戒心が張り詰めるような、そんな気持ちでオーガスが女の顔を見ると、女は慌てたように両手を顔の前で振る。

「や、別にどうこうしようんて思ってないって!呪われた人に偏見がある奴も居るけどさ、私はそういうの無いから!」

 女の言葉にひとまず警戒心を収めたオーガスだったが、それでも緊張感は保つ。

「……いや、悪かったって。ほんと、脅かすつもりはなかったんだよ。たださ、私はこう、ちょっとばかし、目がいいもんだから。色々見えちまうのさ」

「魔術の心得があるのか」

 オーガスは女の言う『色々見える』ということが、魔術的な意味合いであることをすぐに見抜いた。

 オーガスもある程度は魔術を扱える身だ。女が魔術に携わる身であろうことは、話しかけられた時からなんとなく察している。

「ま、そういうことさ。ちょっとばっかり自信があるよ」

 強気にもそう言って笑う女の言葉は、酔った勢い半分、実力に裏付けられた自信半分、だろうか。

 少なくとも、敵に回して良いことはないだろう。オーガスはそう、内心で思うに留めておいた。



「解呪目当てってことは、アレかい?聖女様に会いに来たっていうことか?」

「まあ、そうなるか。聖女は神の祝福を大いに受けていると聞く。呪いを解くこともできるだろうからな」

 オーガスが答えると、女は笑みを浮かべながら頷いた。

「ああ。聖女様ならきっとなんとかできるだろうさ。癒やしの魔術の腕は確かだよ。ただ……」

 言いかけて、女は言葉を途切れさせる。

 虚空を見据えたまま表情を動かさない女を見て、オーガスは流石に心配になる。

「……おい、どうした?」

 その瞬間、女の瞳の奥に稲光めいて光が走ったように見えた。


「……まずい」

 女は表情を失って呟くと……身を翻して店の中央、卓の上に飛び乗った。

 突然の蛮行に店内の皆が驚く中、女は自らの服の裾を片手で捲り上げる。

 下卑た歓声と囃し立てる笑い声が響く中、しかし、女は険しい表情の中まま虚空を見据え、そして、太腿の外側に括り付けられていた杖を取り出した。

 杖を掲げた女の目が、強い魔力に煌めく。


 瞬間、店の外から魔物の呻き声が聞こえた。

 静まり返る店内で、女は肩で息をつきつつ、声を張り上げた。

「魔物だ!かなりの数がいやがる!結界を張ったけど長くはもたないよ!戦える奴は戦え!」


 オーガスは剣に手をやりながら立ち上がる。

 ジェットもまた、食事を片付けて立ち上がったところだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんな面白い話があったとはな。 しまったぜ
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