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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第一章:怪物と騎士~A fate worse than DEATH~
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36話

 

 部屋の戸が叩かれた時、オーガスは食事を摂っていた。

 外で食べてきても良かったのだが、思うところがあり、持ち帰りのサンドイッチを買って部屋で食べることにしたのだ。

「入れ」

 ノックに応えると、ドアが開いて、ジェットが入ってくる。

 ジェットは後ろ手にドアを閉めつつ、しかし、戸口から進もうとはしない。

「左腕の調子はどうだ」

 なのでオーガスから話を振ってやると、ジェットはオーガスから十分に距離をとった上で、左腕を見せた。

 先程まで外套に隠してあった左腕は、出されてみれば見るもおぞましい、化け物の腕である。

「……こうなった」

「そうか。まあ、寝た程度で戻るとも思っていなかったが。まあいい。とりあえず、食え」

 オーガスはジェットの左腕に大した感想も述べず、代わりに机の上に乗ったサンドイッチを示した。

 量は2人分を上回る程度にある。

 これにはジェットも虚を突かれたらしく、まじまじとオーガスを見つめつつ、動かない。

「……どうした。食わんのか?」

「いや……貰う」

 だが、促されれば席に着いてサンドイッチを食べ始めた。

 戦闘中に小悪魔を食っていたとはいえ、空腹だったのだろう。

 暫し、互いに無言で食事を続けることになった。




「さて。貴様の腕の話だが」

 オーガスは食事を終え、ジェットは未だ食事中。そんな時にオーガスはそう切り出した。

「数度、斬り落としたのだがな、生えてくる腕は全てそれだったぞ」

「……そうか」

「原因はあの黒い石か」

 ジェットの記憶にも、朧ながら残っている。黒い石の残滓が、肩から指先までを覆っていたこと。そしてジェットはそれをオーガスに言わなかったが、あの時、黒い石の残滓を浴びた腕が、ひどく熱く、ひどく痛んだ。

 酸で焼かれた時のような感覚。あれは、恐らく。

「恐らく、呪いの一種だ」

 あの黒い石には、破壊された時に近くに居た者を呪うよう、魔術が組んであったのだろう。そして、ジェットは呪いの犠牲になった。

「そうか。まあ、そうだろうな。貴様の存在は中々に奇天烈だが、呪いも効くのだな」

「体が再生する以外はほとんど常人と変わらないんだ」

「それから食欲も常軌を逸しているが、な」

 いつの間にか卓の上のサンドイッチを消費し切っていたジェットを見てそういいつつ、オーガスはふと、笑みをこぼした。

「……なあ、化け物よ。良い事を教えてやろう。貴様のその腕、もしかすると治るかもしれん」




「聖都アマーレンは知っているか」

「いや……あまり詳しくはない」

「そうか。私もそれほど詳しくはないが。……まあ、神の力を扱う神官の総本山だ、ということくらいは知っているだろう。そして、『聖女』の存在も」

 ジェットは頷く。

 聖都アマーレンはその名の通り、神への信仰の総本山であり、神が与える力を扱い特殊な魔術を用いる神官達の集う場所だ。

 そして、『聖女』。

 神官達の頂点に立ち、信仰と民を束ねる存在だ、ということくらいはジェットも知っている。

「神に最も愛され、神に大いなる力を与えられたという『聖女』なら、貴様の呪い程度、解けるのではないか?」

「……かも、しれないが。俺が聖都で歓迎されるとは思えないな」

 一方でジェットは、自分が他者の目にどう映るかも知っている。

 魔虫に憑りつかれ、死んでも死なない体を持ち、人の道を半ば外れた薬に手を出し、挙句、左腕は化け物のそれと化した。

 いわば、ジェットは神の祝福から外れた者なのだ。まず、神の御膝下である聖都アマーレンでは歓迎されないだろう。

「それはそうだろうな。聖都でなくとも、私ならまず貴様を歓迎しはせん」

 オーガスもそれは分かっている。ジェットが歓迎されるのは、精々戦場くらいなものだ。

「だがどうやら薬屋に扮していた連中は、本来はソルティナに勇者をおびき寄せた後、聖都アマーレンを襲う予定だったらしい。つまり、この後、アマーレンは戦禍に呑まれる可能性が高い。……そうなれば化け物だろうと、傭兵は歓迎されるだろうよ。……或いは、兵を失った騎士でも、な」

 自嘲も込めた笑みを浮かべつつ、オーガスは続ける。

「今の私が明らかにできる功績は、たかが古代種のドラゴン一匹の手柄だけだ。しかも勇者とやらのせいで私の功績が霞んだ。フォレッタで兵も失っているのだ、このままおめおめとは戻れん」

「……強欲だな」

「志が高いと言え」

 水を差されたことに気分を害したオーガスは不機嫌そうな顔をする。

 だがひとまず、結論を言った。

「貴様もどうせアマーレンへ行くだろう。なら、共に来い」


 ジェットは考え、そして、唐突に言った。

「ちょっと、俺の部屋に来てくれ」




 嫌な予感がしつつも、オーガスはジェットの部屋へと移動した。

 ジェットはオーガスに構わず自らの荷物を漁り、そして、中から瓶や缶を取り出していく。

「……それは何だ?」

「薬だ」

「それは見れば分かる。一体何のために広げている?」

「あんたに効果を一通り説明しておこうと思ってな」


 ジェットがそう言えば、オーガスはあからさまに顔を顰めた。

「……聞きたくもないのだが。そのようなおぞましい薬の詳細など」

「いいか、こっちの小瓶が睡眠薬だ。俺は1本で大体6時間眠れる。ちなみにあんたは疲れてる時に1滴で2時間半だ」

「待て、何の話だ!?まさか貴様、私に薬を盛ったことがあるのか!?」

「それでこっちの」

「話を聞け!」

 だがジェットはオーガスを無視して説明を続ける。死に続けることで鍛えられた精神力の賜物であろう。

「大瓶の中身が痛み止めだ。携帯する時は革の小袋の中に入れてある。普段、戦闘前に2錠飲んでいる。戦闘が長引きそうな時は3錠。余裕があれば飲み足すこともあるが、あまり飲みすぎると副作用が酷い。……ああ、あんたは使わない方がいい」

「頼まれたとしても使うものか。この化け物め」

 褐色の瓶の中に詰められた虚ろに白い錠剤を見て、オーガスは顔を引き攣らせる。化け物(ジェット)御用達の薬である。碌でもない物であることは百も承知だ。

「こっちの缶の中身は興奮剤。こっちも1回2錠か3錠だ。それ以上飲むと、攻撃的になれるはなれるんだが、理性も完璧に消えるから効率的じゃない」

 オーガスは最早、説明にも薬の現物にも辟易としていたが、ジェットの説明は続いた。

「こっちの陶器の瓶は、前にも見せたか。感覚を過敏にする薬だ。拷問に使うんでもなければ俺でも1錠で十分だな。こっちの赤い缶は酒みたいなものだ。とりあえず酩酊できる。緑の箱のは毒薬だが、俺は魔力の補充剤として使ってる。飲めば多少苦しむ羽目になるが、再生は速くなる。この袋の中身は……あんたも見たな、食欲増進剤だ」


 ……説明は続いた。

 碌でもない薬の説明を、延々とオーガスは聞かされた。

 それでも律儀に、オーガスは全ての説明を聞いた。ジェットの行動に振り回されるせいで精神力が鍛えられたのだろう。最早慣れなのかもしれない。


「……で。貴様、それを私に説明してどうする?まさか私に貴様の薬の世話をしろと?」

 ようやく終わった説明にすっかり気力を奪われたオーガスが問えば、ジェットは頷いた。

「ああ。腕が全部吹っ飛んで、更に再生が遅れてたりする時は自力で飲めないからな。万一の時は頼んだ」

 オーガスは天を仰いだ。そこには天井があるだけである。

「何故、私に」

「それと間違ってあんたが飲まないように」

「貴様はどこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ!」

「睡眠薬ぐらいなら飲んでもいいぞ。分量を間違えると死ぬが」

「誰が!使うか!ああ、そうだ、使うなら貴様にその瓶全て飲ませてやるとも!永遠に眠っていろ!」

「正直なところ、俺もそうしたいのは山々なんだがな、それをやると次に目が覚めた時、睡眠薬が効かなくなっていそうで中々実行できない」

 オーガスは頭を抱えた。

 この化け物とはまともに会話ができない。

「まあ、冗談はさておき」

 ジェットはそんなオーガスに構わず、続けた。

「当分はあんたと行動することになりそうだから」


 オーガスは一瞬、目を瞠る。

「そう、か」

 だがそれも一瞬の事、すぐに高慢な笑みを作ってみせた。

「……私と行動を共にする間にせめてもう少し、真っ当になれ」

 そして睨むようにジェットを見つめ、オーガスは手を差し出した。

「よろしく頼むぞ、ジェット」

 ジェットは差し出された手に一瞬躊躇った。だが、諦めたような笑みを浮かべて、その手を強く握る。

「ああ。こちらこそ。オーガス」




「ところで夕飯はどうする」

 ジェットがそう言ったのを聞き、オーガスは驚愕に目を見開いた。

「……まさか貴様、あの量では足りない、などと言うつもりではないだろうな?」

「そのまさか、だ」

 オーガスは天井あたりに視線をやりつつ、思った。

 再びジェットと組むことにしたが。

 もしかすると、再び自分は道を誤ったのではないか、と。

「もう数時間待て。……早めに食事を摂って早めに寝る。明日の朝、発つぞ」

 ……だがオーガスは、そう思う自分を捻じ伏せた。

 誤ったにしろ、何にしろ、この道を選ぶと決めたのは己自身なのだから。




 やがて日も傾き、夕暮れの赤い色に町が染まる頃、2人は食事の為に外に出た。

 ソルティナの表通りは平和そのものだ。昨夜、地下で凄まじい戦闘が繰り広げられていたなどとは知らない人々が、笑い合いながら行き交っていく。

「妙な気分だな。あれ程の労を費やしたにも関わらず、賛美も褒賞も無いとは」

「そんなもんだろう」

 今回の功績は、明るみに出せない。功績の証拠は碌に無く、検証しようと思えば手間も時間もかかる。そして『魔物を生み出す魔術』の存在や、『魔王を名乗る何者か』の存在が人々の混乱を招くのが関の山であろう。

 だから2人の活躍は、人々に知られることはない。讃えられることもない。

 死線を潜り、傷つき、更には呪いもを受け、結果として多くの人々を救ったのにも関わらず、それでも2人の功績は2人しか知らない。

 ジェットには慣れたことであり、オーガスにとってはありえないことだ。

 これほど戦って、なのに、得られたものが呪いのみとは。


「……え?魔物を生み出す魔術?」

 そんな折、オーガスの耳に、そんな声が届いた。

「……どうした?」

「黙っていろ」

 急に立ち止まったオーガスを訝しんだジェットを黙らせ、オーガスは建物の影で話す人影に集中する。

「はい、勇者様。どうやらこの町には、魔物を生み出す魔術とやらがあるようなのです」

 ……従者か部下か、はたまた仲間か。魔術師めいた女と話しているのは、他でもない、勇者その人であった。

「そんなものがあるなんて……」

「私も耳を疑いました。しかし、そうだとすればあの古代種のドラゴンにも納得がいきます」

 勇者と魔術師の女は、オーガスとジェットに気づくことなく会話を続けている。

「……調査が必要だな」

「ええ。恐らくはここソルティナの裏通り……無法者達の集う場所に例の魔術があるかと」

「行ったことのない場所だが……行ってみるしかないな」

 ……そんな会話を続ける勇者と魔術師の元をそっと離れ、オーガスとジェットは再び歩き始めた。


 そして十分、距離を取ってから。

「……おい、聞いたか、化け物」

「ああ」

 笑いを含んだ声で問えば、似たような声と噛み殺した笑いが返ってくる。

「どうやら我々は勇者の手柄を横取りしてしまったらしい」

「そうみたいだな」

 それ以上、2人は特に会話をせずに歩いた。時折、笑みを口元に滲ませながら。

 ……ささやかな、褒賞とも言えない褒賞に、少しばかり救われたような気がした。




「で。結局はこうなるのか」

 カウンター席、溜息を吐くオーガスの隣で、ジェットは早速、注文を始めた。

 料理の名前の羅列に早速げんなりしつつ、しかし、その中に酒の名前が入っていたことにオーガスは驚く。

 今まで、ジェットが酒を飲んでいるのを見たことがなかった。戦闘に備えて飲まないのか、はたまた飲んでも体や薬の都合で酔えない事情でもあるのか、それは判然としなかったが。……だが、少なくとも後者の理由ではなかったのだろう。

「……今日くらいはいいだろう」

 珍しく、オーガスが口を開く前にジェットが言った。その台詞が言い訳じみて妙に可笑しく、オーガスは笑う。

「ああ、そうだとも。一つの巨悪が明るみに出るより先に潰えたのだ。少々羽を伸ばしても許されるだろう。それから、貴様がまた一歩化け物に近づいた記念だな」

「……あんた、もう酔ってるのか?妙に機嫌がいいが」

「貴様こそな」

 どちらからということもなく、互いのグラスを控えめにぶつけて軽い音を立てると、2人は黙って食事を始めた。

 ……オーガスは思った。酒を飲むのも悪くない。特に、ジェットと食事を共にするのならば。

 多少なりとも酔えば、隣の異常な食欲から、多少は意識を逸らせるので。




 翌朝、2人はソルティナを発つことになった。

「馬は昨日、手配しておいた」

「流石だな」

「ちなみに金は貴様の財布から出してある」

「……流石だな」

「何度貴様を宿のベッドまで運んでやったと思っているんだ。運び賃だと思え」

 相変わらずのやり取りを交わしながら、朝日が金色に照らす道を歩く。

 だが、2人の前に立ちはだかる人影があった。

「……オーガス」

「何だ、兄上」

 そこにはオーガスにとって憎むべき見慣れた顔があった。


「馬番がエメルド家の者から馬を用意するように言われたと聞いたのでな。ようやく貴様に会えたという訳だ、オーガス。随分と手間取らせてくれたな」

 オーガスとしては、特に再会に手間取らせたつもりはない。

 偶々、ユリアスが知らないような安宿に泊まる羽目になっていたり、偶々、表通りの薬屋の地下へ行くことになったりしていたから、ユリアスに足取りがつかめなかったというだけだ。

「それは申し訳ないことをしたな。それで、一体何の用だ、兄上」

 全く『申し訳ない』などとは思っていないような口ぶりでそういえば、ユリアスは怒りを露わに、言った。

「貴様、何故、あのような手紙を寄越した!」

 オーガスは一瞬、何のことか分からなかった。が、すぐに思い出す。

 古代種のドラゴン5体が襲ってくる直前、ソルティナを守るべく、ユリアス率いるエメルド第二騎士団を動かすように手紙を出していた。結局、ユリアスが騎士団を動かすことはなかったようだが。

「何故、とは?そのままだ、兄上。脅威となる魔物が町を襲う可能性があの時点で既に考えられた。だからこそ、ソルティナに居て、かつ私の手の届く位置にあった武力、つまりはエメルド第二騎士団に宛てて手紙を書いたまでのことだ」

「そんなことは分かっている!」

 ユリアスは苛立ちを隠そうともせず、声を荒げた。

「オーガス!貴様は何故、敵に塩を贈るような真似をした!俺を馬鹿にしているのか!」

 詰め寄るユリアスを、しかし、オーガスは鼻で笑ってあしらう。

「はっ。浅薄だな、ユリアス。いいか、私は貴様のくだらない誇りなどどうでもいいのだ」

 そしてその紫色の瞳を、強く鋭くユリアスに向けた。

「ただ、ソルティナを守るという大義のもと、動いたまでだ。……騎士の誇りにかけて!」




 それ以上の言葉を失い立ち尽くすユリアスを取り残して、2人は歩き出す。

「……さっきの。あれはフォレッタを発った後頃、俺があんたに言ったことだった気がするんだが」

「だから何だ」

 釈然としない様子のジェットと、悪びれもしない様子のオーガスは、互いにくつくつ笑う。

「あんた、自分が言われて腹が立つことを相手に言うだろ」

「……だから何だ」

「俺が言った事に腹が立ったんだな」

「そうかもな」

 一層くつくつと笑うジェットに、オーガスは怒るでもなくそう言うのみだった。


「さて、と。これで徒歩よりはましな旅路になるだろうよ」

「だな」

 街門手前には、予め手配しておいた馬が2頭、停まっていた。

 馬番に幾らかの金を握らせてから、2人はそれぞれ馬に跨る。

「……貴様が居る限り、真にましな旅路になるとは思えんがな」

「そうだな、俺もそう思う」

 2人は馬を駆り、ソルティナを発った。

 向かう先はアマーレン。

 いずれ来る災禍を知らず、今日も神へと祈りを捧げる聖都である。


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[一言] 面白い‼二人の関係性がとても良い‼
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