30話
オークションは静かに白熱した。
金貨の10枚や20枚ではきかない値がサイクロプスにつけられていき、結局、魔術師風の人物がサイクロプスを落札した。恐らく使役され、戦力とされるのだろう。
続いて現れたのはハーピーだ。美しい女の顔と体、そして鳥の脚と翼を持つその化け物は、ステージ上で服を剥ぎ取られていき、ほっそりとしなやかに美しい裸体を観客たちの前に晒す。途端、貴族らしい人物によって一気に値を吊り上げられ、そのまま落札されて行った。
……次にオーク10体のセットが現れ、その次はスライム。
こうなれば、ジェットもオーガスも、ここが何かを完全に理解した。
ここは、魔物を競売にかける闇市場であったのだ。
「……魔物がこうもポンポンと売られていくのを見ると、妙な気分になる」
ジェットは珍しく顔を顰めながらそう言う。
彼にとって、魔物とは殺されるものであり、殺すものだ。道楽の為に売り買いするものではない。
テイマーは魔物を操るが、それとて目的は魔物と戦う為である。だが、ここに居る人物達は、必ずしも魔物を殺すためにオークションへ参加している訳ではなさそうだ。
特に、貴族の男達。
ハーピーやドライアドといった、半人半妖めいた魔物はステージに現れる度、『そういった』パフォーマンスを披露させられていた。貴族らしい者達は、それに熱狂して値を吊り上げていく。
どうやら彼らは魔物を『そういった』目的で買っているらしい。
「流石、貴族の道楽は違うな」
「私とここの悪趣味な連中を一緒くたにしてくれるなよ」
「分かってる」
……小声で鋭く囁き交わしながらも、2人はオークションに魅入られているふりをすることは忘れなかった。
オーガスは時折、入札しさえした。怪しまれないようにしなければ、『二度目』の入場は叶わないだろう。
「傷の無い魔物が、こうも大量に、ということは……裏に、居るんだろうな」
「ああ」
そんな中、2人が考えることは一緒だった。
『魔物を生み出す魔術』の存在。
そして、それを用いる術者の存在だ。
オークションは恙なく終了した。
結局、オーガスは猫じみた小さな魔物を1匹落札してしまったが、その魔物を欲しがった貴族の少女が居たので、結局、落札した額と同額で譲ってやることで始末をつけた。
そういう訳で2人は最終的には魔物を入手しなかったことになるのだが、帰り際を見送る店員達からは怪しまれた様子も無かった。
大方、オーガスとジェットは『物見遊山に来た貴族の子息とその護衛』程度に見えたようだ。
実際に会場では似たような組み合わせの客もそれなりの数見られた。遊び半分の来場も珍しくないのだろう。
薬屋を出て宿に戻り、部屋に鍵を掛けると、2人はようやく、長く息を吐いた。
何だかんだ、敵地への潜入だったわけだ。緊張しもする。
「まさか魔物を競りにかけていたとはな」
「ああいった場がある、と聞いたことはあったがな。実際に見たのは初めてだ」
「俺は自分が売られたことならあったが、何かが売られているのを見たのは初めてだな」
「……今、聞き捨てならん事を聞いた気がするが」
オーガスは詳細を聞こうか迷って、結局やめた。ジェットについて深く尋ねて良い結果を得られるとは思えない。
「……しかし、私はもうこの件に関わる意味が無いな。これでは手柄にできん。できれば勇者の功績を上回るような手柄を、と思ったが、な」
オーガスは長々とため息を吐く。地下のオークション会場に集まった面々を見る限り、魔物の闇市場の存在を明るみに出すのは止めておいた方が今後のオーガスの為だろう。
何せ、貴族らしい者達が大勢見られたので。
いくらここで手柄を立てられたとしても、周囲の貴族の恨みを買うのは得策ではない。オーガスは今後も貴族として生きていくつもりなのだから。
「そうか。俺は1人でもやるつもりだが……」
ジェットは少し考える。
どう考えても、ここでオーガスの協力を失うのは得策ではない。如何にも貴族然としたこの男は、それだけでそれなりの価値がある。
今回、オークション会場へ易々と入れたのも、オーガスが如何にも貴族であったからだろう。
金を持っていなさそうな風貌のジェットが1人で行ったところで、相手にされないか前金をせびられるかするのは明白である。
だからこそ、なんとかしてオーガスを焚きつけなければ、と、考え……ひとまず、問いかける。
「……どうしてテイマー達はソルティナを襲った?俺達はともかく、勇者が来なかったらこの町は滅んでいた。つるんでいたんだろう薬屋諸共、な」
「それは……」
オーガスは返答に詰まった。
確かに、おかしい。テイマー達は古代種のドラゴンを5体も使ったのだ。当然、ソルティナを滅ぼすつもりだったのだろう。
では、何故、人間が……それも、ソルティナに住まう者と手を組んでいる人間が、そんなことを。
考えるオーガスを見て、ジェットは、言った。
「……目的が勇者だったとしたら、どうだ」
オーガスは瞬間、唖然としたが、やがて、不愉快そうに頷いた。
「あり得ない話ではない、か。町が襲われれば、天より遣わされた勇者が悪を滅さんと現れる。ソルティナ近辺に勇者が居ると知っている誰かが居たのなら、おかしな話ではない」
「そして、勇者の居場所なんて知っている奴は限られる。ましてや、勇者に用事がある奴や、勇者をおびき出す為に人が数人死んでも構わない、という奴はもっと限られるだろうな」
……ここまで来れば、事の重大さが分かってくる。
「魔物が何故、軍を率いて人間を滅ぼし始めたのか。その原因が分かるかもしれない」
オーガスはやれやれ、というように首を緩く振った。
「……いよいよきな臭くなってきたな。魔虫、魔物を生み出す魔術、そして勇者、と来たか。……流石は疫病神だ。引き連れてくる厄介ごとの格が違う」
「厄介ごとは嫌いか?」
「嫌いだとも。だが、私の糧となり踏み台となるなら話は別だ」
オーガスはそう言うと、高慢な笑みを浮かべる。
「勇者を助けることになるかもしれない、というのは癪だが。まあ、乗り掛かった舟だ。最低限、魔物の首程度は土産にできるだろうしな。いいだろう、乗ってやる」
ジェットは口元を緩め、僅かに笑んだ。
……どうやらオーガスを焚きつけることに成功したらしい。
2人はお互いの記憶を補足し合って、紙にオークション会場の図面を描いていった。
紙に起こすと、やはり大きな会場だったのだ、ということが分かる。……だが、所詮は室内だ。
「やはり、あの古代種ドラゴン5体があそこで競り落とされたとは思えないな。サイクロプスでギリギリだっただろう、あのステージは」
ジェットがそう言うと、オーガスも頷いた。
「ああ。店員に聞いてみたがな。ドラゴンなど競りには出ないそうだ。精々、競りに出るのは小型の翼竜までらしい」
「ということは、競売とは別口で入手したか」
「だろうな。……恐らく、あのテイマー達は客としてではなく、経営側として、あの組織に携わっているのだろう」
ジェットも頷いて納得して、そして、地下のオークション会場を思い出す。
……風の流れや物音、何より魔物の気配から察するに、会場の地下にまだ何か、あったはずだ。
「あの場では言わなかったがな。あの会場の地下から、魔術の気配がした。あの会場の地下で、魔物を生み出す魔術の儀式が行われているとしても不思議ではない」
一方オーガスもまた、魔術の気配から、会場の地下に何かあることを感じていたらしい。
これは大方、当たりだろう。恐らく、あの会場の奥か、地下に、目的の物がある。
……ならば。
「じゃあとりあえず、地下に潜ってみるしかないが。問題はどうやって潜るか、だな」
あれほどの魔物を扱える組織だ。当然、術師もそれなりに備えているのだろうし、有事の際には戦えるようにしてあるだろう。
正面から突破するのは、少々面倒だ。
「正面から行くと、逃げられそうだな」
そして何より、騒ぎを起こしたらすぐに感づかれる。一度警戒されたら、二度と、相手を捕らえる機会は巡ってこないだろう。
「どのみち、何かしらかの道は見つけなければならない、か」
2人は考える。
あの地下オークション会場の奥へと侵入し、禁忌の術を消し去り、携わっていた者達を捕らえ、或いは殺す方法を。
「……そうだ。よいことを思いついた」
そんな折、オーガスは顔を綻ばせた。
だが、形作られた笑みは決して、穏やかなものではない。
「貴様、売られろ」
そして発された言葉も、決して、穏やかではなかった。




