29話
表通りの薬屋は、表通りのそれに相応しい、瀟洒な外観をしていた。
オーガスとしては当たり前に利用できる薬屋、ジェットとしては少々気後れする場所、という具合である。
店内へ入ると、店内もまた美しく整えられていた。ジェットの知る『薬屋』とは、乱雑に棚に置かれた素材と薬、それから店内に漂う煙草と薬の匂い……というような場所なのだが、ここは違う。整然と並ぶ薬。秩序を持って吊り下げられたり並べられたりしている、薬の素材や薬草の束。埃一つ見当たらず、また、薬の匂いもごく僅か、清潔感をもって漂う程度である。
……少なくとも、ジェットが常用している類の『薬』がある場所ではなさそうだった。
「……さて、怪しい所は何も無いが」
そして、何か怪しい箇所も無かった。
店員はにこやかに来客を歓迎しているばかりで、裏と繋がりがありそうな人間には見えない。
これは見当違いだったか、と思ったオーガスだったが。
「すまない」
「はい、なんでしょうか?」
ジェットが店員に近づいていって、こう、言った。
「『ドラゴンの鱗3枚と妖精の鱗粉1瓶、それからよく眠れる眠り薬をできるだけ沢山』。頼む」
店員は、にこやかな笑顔のまま、じっとジェットを眺めた。その視線はあまりにも油断なく鋭い。明らかに、『普通の薬屋』の対応ではない。
そして店員は一頻りジェットを眺めると、一瞬、眉を顰める。
「あの、お客様……」
「……ああ、すまないな。これを忘れていた」
何か言おうとした店員を遮るように、オーガスが横から入る。
「これだろう」
オーガスは懐から取り出したブローチを店員に見せた。
取り立てて物が良い訳ではない、金属製の、紋章が刻まれたブローチ。
それを見た店員は、にこり、と微笑み……紙に何かを書きつけ、オーガスに手渡した。
そこには、『午後9時にお越しください』とだけ書いてある。
午後9時までの時間は、買い物の類と食事と休養に費やすことになった。
オーガスの買い物は大方終わっていたのだが、ジェットの装備が一式消えたので、それを買い足さなければならない。
「……貴様はこうも度々、武器を買っているのか」
「まあ、俺の体共々、使い捨てみたいな物なんでね」
武器屋で剣とナイフの類を品定めしながら、しかしそれほど迷うことなく、ジェットは武器を選んでいく。
ナイフは使い捨てることを前提にしたような安物。剣にしても、それなりに持てばいい、という程度のもので、決して業物とは言えない。
「よくもまあ、そういう具合に武器を使えるものだな」
金額の事もそうだが、オーガスにとっての『剣』とは、ジェットのそれと意味合いが異なる。
騎士にとっての剣とは相棒であり、誇りであり、誓いでもある。生憎、オーガスは誰かに誓いを立てて騎士になっている訳ではないが、強いて言うならば、己自身への誓いはある。
即ち、強者であれ、誇り高くあれ、と。
だからこそ、魔虫に憑りつかれた令嬢を守っていた騎士崩れの盗賊がその剣を捨てずに居た気持ちは痛いほど理解できる。
その一方、剣と己を使い捨てていくジェットについては、自分とは全く異なる生き物だと感じていた。
だが。
「前はそれなりに剣を大事にしてたんだがな。……愛着が湧かない武器を使っていた方が、気が楽だ」
「……そうか」
もしかしたらこの化け物も、案外自分に近い生き物なのかもしれない。
少しばかり、そう思わないでもなかった。
武器を買ったら、ジェットの買い物は概ね終了した。
何せ、防具など必要のない体だ。武器だけ買えればそれでいい。
となれば、あと必要なものは……食事、ということになる。
「買い物といい食事といい、何故私が貴様に付き合ってやらねばならないのだ」
「丁度、昼飯時だからな。あんただって飲まず食わずで生きられる訳じゃないだろう」
ドラゴンの血肉を食った分で多少マシになってはいるが、これからまた戦闘にならないとも限らない。可能ならば、魔虫はずっと満足させておいた方がいい。
「カウンター席なら文句も無いだろう」
「そもそも貴様とは食事の席を共にしたくないのだが」
そして今回は例の如く、カウンター席での食事である。
向かい合わずに済む分、オーガスはジェットの異様な食欲を直視せずに済み、一方のジェットもすぐに食事が運ばれてくるという利点がある。
オーガスはよく煮込まれた肉と野菜のシチューを食べつつ、ジェットは本来数名で取り分けて食べることを想定して作られているのであろう大きさのキッシュを食べつつ、互いに互いを見ないようにしながら、食事と会話は進む。
「さて、一体何があるんだかな」
「さあね」
「ここで決着とならずとも、芋蔓式に次の手がかりが手に入ることは間違いないだろうな」
オーガスはシチューを睨みながらそう言う。
何せ、折角古代種のドラゴンを1体殺したのに、その功績は勇者の登場により霞んでしまっている。
ここで1つ、黒幕を引きずり出して功績にできれば盤面を返せるのだから。
……尤も、黒幕が『引きずり出せる相手か』はまた別の話であるが。
「様子次第では今日中に片を付けることになるか。まあ、解決は早い方がいいが、準備は念入りに行いたい」
「そうだな」
「急いてはことを仕損じる、とも言う。下手に動いて逃げられても癪だからな、何かの対策は」
「あ、注文、いいか。豆のスープ2杯目と芋のグラタンと山鳥の串焼き、頼む」
「話の途中で注文を挟むな!注文をする時は私に聞こえないように言え!」
「すまない、さっきは気を付けたんだが」
オーガスはちらり、とジェットの方を見て、後悔した。
いつの間にかキッシュは消え、いつ注文したのか、何かがあったらしい皿が増えていた。更にそこに、スープの皿が置かれる。
「……話は宿に戻ってからだ」
「その方がいいだろうな」
次回からは何があっても、食事は別で摂ろう、と、オーガスは強く思った。
カウンター席であっても駄目なものは駄目だ。
それから2人は宿に戻って仮眠を摂り、午後9時前には再び、例の薬屋の前に来ていた。
薬屋は既に閉店した後らしく、店に灯りは灯っていない。
夜でもそれなりに明るいソルティナの表通りの華やかさの中、この暗さはむしろ少々浮いて見えさえする。
「……いいな?」
「ああ」
オーガスもジェットも、それぞれの服に例のブローチを着けている事を確認してから、そっと、薬屋の扉を叩いた。
音もなく扉が開く。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
昼間に対応した店員が、にっこりと微笑みながら2人を中へと招き入れる。
警戒を怠ることなくジェットを先頭に店へ入ると、店の中は案の定、暗かった。
「こちらを」
扉を閉めてから、店員は2人に仮面と小さなランプのようなものを渡した。
黙ってそれらを受け取ると、途端、2人の目にはそれぞれ、明るく照らされた店内が見えるようになる。
「……『栄光の手』か?」
『栄光の手』とは、儀式に則って殺された死者の手を死蝋化したものに魔術を施し、『持っている本人にしか見えない灯り』を灯す道具と成したものである。儀式に使う他、夜に人目を盗んで行動したい者に好まれる品ではあるが。
「模造品ですがね。只の蝋燭に術を施しただけです。普段使いにはこれくらいでも十分なものですから」
店員はそう解説して微笑む。『栄光の手』はそうそう手に入るものではない。『模造品』とてそれは同じことである。犯罪に用いやすい道具であるために、『栄光の手』の製法や用いられる魔術は秘匿されているはずだ。
……この薬屋が只の薬屋ではない、という証明になったな、と、オーガスは内心そう思いつつ、店員について先へ進む。
やがて店員は店の奥の扉を開き、その中へ2人を誘った。
その部屋は倉庫らしい、天井まで届くような棚に大量の薬が並び、それ以外の空間にも箱が積まれていたり、と、何かと手狭だ。
「こちらです」
そんな棚の1つの前で、店員は立ち止まった。
黙って2人が見守る前で、店員はその棚をそっと引いた。
すると、棚だと思っていたそれが隠し扉であったことが分かる。棚は消え、そこにあるのはやや狭い入り口。そして更にその奥にある下り階段が、階下からの光を漏らしてそこにあった。
「ここから先では仮面の着用をお願いします」
店員はにこやかながら、有無を言わさぬ語調でそう言った。……つまり、階段の下は、『そういう』場所なのだろう。
階段を下りていくと、やがて広々とした空間に出る。
優美に飾られたその空間は、貴族の館の大広間であると言われても納得できる内装をしていた。
……だが、ここで行われるものは、間違いなく舞踏会ではないだろう。
重厚な緞帳で隠されたステージ。
その前に立ち並ぶ貴族や呪術師達。
そして、ステージの奥から漏れ聞こえてくる……人ならざる者の、鳴き声。
「お客様、こちらをどうぞ」
店員はオーガスに札を手渡す。
それを見て、オーガスはここが何なのか、瞬時に理解した。
「ここは一体、何だ?」
未だ、ここが何なのか理解できていないジェットが、小声でオーガスに尋ねる。
ただし、奥に潜む何者かの気配には気づいているらしく、先ほどからずっと、すぐに剣を抜けるように構えている。
「分からんのか」
そんなジェットを嘲るように見て、オーガスはステージを見ながら、言った。
「ここは競売場だ」
「それでは定刻となりましたので、これよりオークションを開催させて頂きます」
オーガスの言葉を裏付けるように店員がそう言い、緞帳が上がった。
ステージ上に居たのは、首輪を掛けられ鎖に繋がれた、単眼巨人である。




