27話
11月24日記:本作およびもちもち物質が書いた作品の全てにおいて、外国語への翻訳を禁止しています。既に無断翻訳している方は削除をお願いします。
勇者はジェットに気付かなかった。
恐らくは、死体だと思ったのだろう。或いはそもそも、人だと思わなかったかもしれない。
勇者はドラゴンの死体を漁ると、悠々と町へ向かっていった。
ジェットはぼんやりと、その様子を眺めていた。
最早、指一本すら動かす気力は無かった。
オーガスが呪術師を殺し、呪術師の荷物を漁り終えた頃、街門は騒がしくなっていた。
無論、オーガスにもドラゴン近辺で何があったかは見えていた。
「あれが、勇者か」
勇者の存在は、オーガスも知っていた。だが、実際に見たのは初めてだ。
初めて見た勇者の姿は、圧倒的だった。あまりにも、強い。
成程、勇者が居れば、世界など簡単に救われるだろう。勇者を信奉する者が多いのも頷ける。
だが。
「……気に食わんな」
オーガスはそう呟いた。
ソルティナは勇者の凱旋に沸いた。
エリオドール王都イスメリアにて神の啓示を受けて新たに誕生したという勇者は、人々の心を掴むに十分な強さと優しさを持っていた。
口々に礼を言う町の者に笑顔で応じ、子供の戯れに付き合ってやり、憧れの視線を送る町娘を紳士的にあしらい。
……かくして、ソルティナの表通りでは宴が始まった。
ソルティナを訪れた勇者を歓迎し、ソルティナが守られたことを喜び、これからの勇者の躍進を祈る。
そんな宴の華やぎは表通りを覆い尽くし、更には裏通りまでもを浮かれた空気に呑んでいった。
そんな華やぎも浮かれた空気も無関係な、町の外。
「おい、起きろ」
つい十数時間前にも同じような事をしたぞ、と思いながら、オーガスは死体めいたジェットを蹴り飛ばした。
だが、ジェットは意識を取り戻さない。
「……起きる気が無いのか」
無理も無い。前回とは比べ物にならないほど、ジェットは殺され続けていたのだから。
オーガスは長くため息を吐くと、そこらに落ちているドラゴンの死体の中から、勇者の紋章が刻まれていないものを見つけ出す。それの血を適当にとると、ジェットに浴びせた。
更に、肉を適当に切り取ってジェットの口の中に無理やり押し込んだ。
……効率が悪いということに気付いて、ジェットの腹を一度ナイフで裂き、そこにドラゴンの肉を詰めた。
それでなんとかなったらしい。
裂かれた腹はすぐに戻った。ジェットに憑りついた魔虫もこれで少しは満足するだろう。
オーガスはジェットを担ぎ上げ……重さに辟易する。
少し考えてから、とりあえず両脚を斬り落として外套に包み、運ぶことにしたのだった。
……オーガスは自身の適応能力の高さに感謝した。
宿に戻ったオーガスは、自身の外套ごとジェットを寝台の上に放った。随分とぞんざいな扱いをされても、ジェットは目を覚まさない。
起こそうかとも思ったが、特に魘される様子も無いので放っておく事にする。
そのまま自室へ戻って寝てやろうか、とも考えたオーガスだったが、その前に確認すべきことを確認してしまうことにした。
先程、戦ったテイマー3人の死体を漁り、オーガスはいくつかの物品を手にしていた。
1つは、どこぞの宿の鍵。
1つは、誰かからの手紙。
そしてもう1つは、紋章のようなものが刻まれた、金属製のブローチのようなものだ。
宿の鍵はどこのものなのかまるで見当がつかない。が、表通りのものではなさそうだ。ジェットが起きたら聞くことにして、まずは残り2つを見ることにする。
手紙は、簡単なものだった。「作戦の成功を祈る」とだけ書いてある。祈りは天に届かなかった訳だが。
宛名には、メルガン・ヤフォーク、とある。オーガスが殺したテイマーの名前だろう。
そして、差出人は、当然のように書いていない。まあ、捨て駒同然の人間が持っていたものだから、この程度は仕方ないだろう。
……だが、手紙にはもう1つ、同封されているものがあった。
「一体、何の薬なんだかな」
紙に包まれた錠剤が3錠。見当はつかないでもない。恐らくは自害用の毒薬か何かだろう。
……効果を知りたければ、後でジェットに飲ませればいい。オーガスはそう考えて、薬と手紙の検分も終了した。
そして最後に。
紋章の刻まれた、金属製のブローチ。
オーガスはそれに見覚えがあった。盗賊に堕ちた騎士と、魔虫に寄生された令嬢のいた、あの廃屋で見つけたものと、同じものである。
懐にしまっていたそれを取り出し、今回テイマー達から入手したものと見比べるが、やはり同じものだった。
では、
これは一体何か、といえば……オーガスには見当がつかないでもなかった。
……刻まれた紋章にはオーガスにも見覚えがない。となれば、名のある貴族の家紋でもあるまい。そして、貴族も呪術師も持っていたということ。ブローチは装飾品としては質が悪い。
このようなものが何のために存在しているか、オーガスは聞いたことがある。
「さて、これは何処の会員証か」
表には存在を知られていない店か組織かの会員証だろう。
魔虫。魔物を生み出す魔術。
点同士が繋がり、線になっていく感覚があった。
ジェットはいつもの如く、悪夢の中に居た。
レターリル陥落の日。足掻いても勝てない敵。死んだ仲間。守れなかった恋人。
そして、勇者。
神に選ばれし人類の希望も、ジェットにとっては悪夢の一部だった。
勇者の姿はいつだって、ジェットに最悪の現実を見せてくれる。
足掻いても理想に届かない現実。
それでも足掻いてしまう自分。
そうしてもがき苦しんだ後で再び現実を突きつけられる。
いつだって勇者は強く正しく、それ故に残酷だ。
ジェットが目を覚ますと、そこは恐らく宿だった。どうやらまたしても同行人に運ばせてしまったらしい、とぼんやり思いながら、しかし、それ以上を考える余裕はなかった。
ここ最近で一番、調子が悪い。恐らく、再生を繰り返し続けたことと、大量の毒薬を浴び続けたことが原因だろう。
まず、目を覚ました瞬間から既に目眩が酷い。目を閉じていても体が回り続けているような感覚だった。
吐き気も凄まじかったが、じっと耐えることにする。胃の中身を吐き出してしまうと、その分魔虫の餌が減って、より酷いことになる。それは既に経験済みだ。
……そして更に酷いことに、幻聴の類もあった。
ジェットの耳に聞こえるのは、レターリル陥落の日に死んでいった仲間達の声であり、そして何より、恋人の声だった。
あまりにも優しい声が、まるで耳元で囁かれているかのように聞こえる。「生きて」と。
声が、永遠に木霊する。
オーガスが適当に食事を摂って宿に戻ると、隣室は相変わらずの静けさだった。
一応、書置きは残してきたので、オーガスを探しにどこかへ行った、というような事は無いと思われる。
ということは、未だに寝ているのか。まさか死んだということもあるまい、と思いつつ、念のためドアを開けて確認する。
そこに居たのは、蹲るジェットの姿だった。
「……おい」
戸口より部屋の中へは進まずに、無駄とは思いつつも声を掛ける。案の定、ジェットは身じろぎもしなかった。
ただ1人、寝台の上、何かに耐えるように歯を食いしばり、目を瞑り、耳を塞ぎ続けている。
到底、話ができる状態であるとは思えない。
そしてオーガスはこれ以上、今の状態のジェットにどうこうする気は無かった。自分が何かして改善するとは思えなかったし……何より、面倒そうだったので。
オーガスはジェットに戦力を求めはしたが、世話を焼かされることを求めはしていないのだ。
溜息を吐きつつ、ジェットの側に置いた書置きを取る。
『食事。夜には戻る』とだけ走り書きした文字の上に線を引いて文字を消し、余白に別の書置きを残す。
すぐ隣で筆記するオーガスの様子に気付いているのかいないのか、相変わらずジェットは動かない。
オーガスは書置きを置くと、ジェットを見ることもなく部屋を出た。
ジェットが正気を取り戻したのは夜が明けてからだった。
窓から差し込む黎明の光に気付いて目を開けばもう、長く尾を引いていた悪夢も終わっていた。耳から手を離しても、もう声は聞こえない。
思考は霞が掛かったようにぼんやりしながらも比較的真っ当なものに戻っていたし、悪夢を反芻しないように気を付ければ、それなりに気分も悪くなかった。こういう時は忘れたいことを忘れたふりをして、思い出したくないことを思い出さないに限る。
安堵と疲労から長く息を吐くと、思い出したように目眩と吐き気が再び襲ってきたが、十分に許容範囲だ。
ひとまず体を起こすと、寝台の側に置かれた書き置きが目に入った。
『食事。夜には戻る』という文字が消され、『正気に戻ったら連絡を寄越せ』と、走り書きの割に整った文字で書いてある。オーガスが残していったのだろう。
……書置きを読んで、成程。随分と長く待たせたらしい、ということは分かった。
状況から考えるに、ジェットを宿へ運んだのもオーガスだろう。よく見れば、シーツだと思っていたものはオーガスの外套だった。大方、これに包まれて運搬されたのだろう、とジェットは推測した。
さて。
成人男性という決して軽くない荷物を運搬させられ、更には『正気ではない』状態のジェットを見せつけられ、待たされ続け、挙句、外套まで汚されたオーガスが、果たしてどんな心境で居るか。
……想像に難くない。さぞかし、苛立っている事だろう。
そう考えるとオーガスに会いに行くのも億劫だったが、これ以上待たせるのも申し訳なかった。
ジェットは寝台から降りて部屋のドアへと向かう。体はふらついたが、動けない程ではない。
部屋を出て隣室のドアを数度叩けば、随分と不機嫌そうな声が返事をした。
それから更に間を置いて、ドアが開く。そして。
「……貴様は」
非常に不機嫌そうなオーガスが、ジェットを睨みつける。
「今、何時だと思っている」
「夜は明けてる」
黎明の光は差し込んでいるが、もう少しばかり微睡んでいてもいい時刻ではある。
そして、オーガスはもう少しばかり眠っていたいらしい。何せ、昨日も一昨日も、戦い続きだったのだから。
「こちらは貴様が正気に戻るまで待ってやったのだ。貴様も私が起きるまで待っていろ」
そのような事情とオーガス自身の傲慢な気質からこのような言葉が発せられたが、ジェットは言葉を受け止めて、特に何も思わず頷いた。
「分かった」
そんなジェットの様子に何を思ったか、オーガスは深くため息を吐くと、ジェットに鍵を押し付けた。
「どこの鍵だ?」
「知らん。どこの鍵なのか見当をつけておけ。ドラゴンを操っていた呪術師連中が持っていた」
そして、そんな言葉だけ残して、ドアは勢いよく閉められた。
取り残されたジェットは少々ぼんやりしていたものの、やがて自室へ戻ることにした。
手の中の鍵を見て、記憶を掘り起こしながら。




