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俺が死んでも世界は回る  作者: もちもち物質
第一章:怪物と騎士~A fate worse than DEATH~
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25話

「……冗談だと思いたいが」

「残念ながらそうじゃないらしい」

 2人は絶望した。

 1体。それも、2人が死力を尽くして、たったの1体だ。それすら、危うかった。

 古代種のドラゴンがオーガスに向けて炎を吐いていれば終わっていた戦いであったし、ジェットが攻撃を一度でも外せば負けた戦いであったし、何より、ドラゴンの気がもう少し長かったなら、それだけで失敗した作戦だった。

 それが、遥か彼方の空より、目視できるだけで、5体。

 絶望的だった。


 敵の数が5倍だからといって、単純な戦力も5倍に収まるわけではない。

 オーガスが以前学んだ兵法によれば、頭数の二乗が戦力の大まかな値となる。

 単純に考えても、今回のドラゴン5体との戦いは、ジェットとオーガスが潜り抜けた死線の25倍は厳しい、ということになる。

「どうしようもないな、これは」

 オーガスはいっそ穏やかなまでの声で呟いた。ソルティナは本日、滅ぶだろう。戦っても勝てない。今から逃げても間に合わない。

 つまりは死ぬ。

 その運命は最早逃れられないものとして、空より飛来してくる。

「……おい」

 だが、1人、オーガスの隣には死の運命から弾き出された男が居る。

「頼みがある」

 しかもその不死身の化け物は、頼みごとまでしてくるのだ。

 全てを諦めたような顔をしながら、何かを諦めきれないように。




 古代種のドラゴンが5体飛来してきている、という情報は、ソルティナ中にすぐ知れ渡った。

 西の空を見れば、傾いてきた太陽を背に飛来してくるドラゴンの姿が見えるのだ。それを知るのは難しくなかった。

 逃げようと半狂乱で走り回る者も、諦めて酒を飲む者も居たが、どちらかと言えば後者の多い裏通り。

 表では売れないようなもの……薬や薬の材料を売る、とある店の店主もまた、諦めて酒を飲む1人だったが。

「リストにあるものをありったけ寄越せ。金はエメルド家のツケで言い値を払ってやる」

 カウンターに叩きつけられたリストに目を丸くし、更に、そのリストを叩きつけているのが裏通りのこんな店に似つかわしくない貴族然とした美丈夫であることに驚き……そして、リストの詳細を見て、更に驚いた。

「あんた……何する気だ?」

 何故か眉間に皺を寄せ、如何にも怒りをこらえているような様子の騎士に薬屋がおそるおそる尋ねると。

「何、簡単なことだ。……ドラゴンを殺すだけだとも」

 そう、騎士は答えた。




 そして一方、不死身の怪物は、表通りの宝石店に居た。

「お、お客様、本気ですか!?」

「ああ本気だ」

 そこで、宝石店の店員達を一様に、唖然とさせていた。

「この竜血石は、屋敷一つ、いいえ、城一つが買えるものです。それを、このような……!」

「いいから早くやってくれ。時間が無い。注文どおりの加工なら、5分掛からないだろう。できないなら他の店へ行く。何度も言うようだが、時間が無いんだ」

 ジェットはカウンターの上に置いた紅色の石……ドラゴンの心臓から取り出した石を、店員に向かって押し出した。

「それとも、死にたいのか」

 脅すように睨みつければ、店員は渋々、といった様子で……しかし、注文どおり、素早く加工を始めた。

「そ、そんな……ああ、なんと勿体無いことを……」

「あれほどの竜血石を、炉にくべる為の魔石に加工してくれ、だなんて……正気とは思えないよ」

 ジェットが待っている間、店員達はひそひそと囁き交わしていたが、仕方のないことだろう。

 まるで物の価値を理解していないとしか思えない暴挙であることは、ジェットも理解している。石への冒涜だと言ってもいい。何せ、オーガスに選ばせた時、こちらではなく裏通りの薬屋への使いを選んだ程なのだから。


 居心地が良いとは言えない、永遠とも思える5分足らずを過ごし、それからジェットはようやく、加工の終わった紅い石を受け取った。

 礼を言うのもそこそこに、ジェットは店を出て走り出す。

 街門の方……迫り来るドラゴン達の方へ。




「遅い!」

「遅かったのは俺じゃない。店の方だ」

「知ったことか……ああ、くそ。貴様なんぞに関わったのが運の尽きだった!」

「それこそ気づくのが遅いんじゃないか」

 街門では既に、オーガスが待っていた。そして背負った袋をジェットに投げ渡す。

「例の物だ。この私をこき使った分の成果は残せ」

 ジェットは袋の中を確認して、頷いた。

「まあ、あんたが働いた分程度は返すさ」

 確認した袋の中には、種類を問わない大量の毒薬と、興奮剤が入っていた。




 それから数分後。

 ソルティナの町の外、街門近くへと、5体のドラゴンが遂に降り立った。町の中へ直接降りなかったのは単純な理由で、要は、町の中にはドラゴン5体が降り立てる場所など無いからだ。

 それ程までに巨大な体躯をもつドラゴン達は、自分達の足元に人間の姿を見る。

 たった1人の人間など、古代種と言っていい程の体躯を持つドラゴンにとっては、尾の一振りで殺せる程度の矮小な存在だ。

 であるからして、ドラゴン達はさしてその人間の存在を気に留めなかった。

 だが、その内の1体が、律儀にその人間を殺していこうとした。

 踏み潰してしまえばそれまでだ。ただほんの少し脚を踏み出す位置を変えるだけで殺せるのだから、殺しておいてもよいだろう、と。

 そう考えたドラゴンはそこに居た人間を踏み潰そうとし。

 踏み潰したはずの人間の手で、脚の爪を一枚、剥がされた。


 ギャ、とドラゴンが吠える。

 痛みによる声であり、警戒の声でもあるその声は、他のドラゴン達にも届いた。

 5体のドラゴンはそれぞれが警戒し、脚の爪を剥がされたドラゴンの足元に気を配る。

 そして、そこに人間が一人居ることに気づいた一体が、人間に顔を近づけ、牙を剥いて襲いかかり……。


『腕』が、ドラゴンの口の中へと投擲された。



 ドラゴンは瞬間、何が起きたのか分からなかっただろう。

 何せ、目の前の人間が自らの腕を斬り落とし、ドラゴンの口へと放り投げたのだから。

 ドラゴンは口に飛び込んできた腕に驚き、しかし、たかが人間の腕一本、何かの脅威になる訳でもない。ナイフを一本、握っているようだったが、ドラゴンはそれすら気にせず、単なる腕を飲み込もうとして……。


 突如。

 吹き上がった業火が、ドラゴンを焼いた。




 高位のドラゴンは、自らの魔力を蓄えるために心臓の中で『竜血石』と呼ばれる石を作り出す。

 竜血石はそれ故に価値がある。魔術の材料となって魔術師達の武器となり、守りの術を施された装身具となって姫君たちの身を守り、薬となって病人を癒やし……と、使い方は様々だ。

 であるからして、竜血石には大いに価値がある。それこそ、貴重な……大きく、質の高いものであれば、城一つが買えるような値が付く場合もある。

 ジェットはそれを消し炭にした。

 使い方と加工の時間によっては、素晴らしい性能の武器にも、最高の薬にも、数多の富にもなったであろうそれを、一瞬で消し炭にした。

 竜血石に蓄えられた魔力を一瞬で全て放出させ、燃え上がらせる……要は、屑魔石と同じように、単なる燃料として利用したのである。


 ドラゴンが長い時をかけて生み出した宝玉に対し、冒涜とも言えるであろう使い方である。だが、その効果は大きかった。

 ジェットを食い殺そうとしたドラゴンは顔面からまともに炎をくらい、大きな傷を負った。

 いくら炎を吐くドラゴンだとは言え、炎に対して万能であるわけではない。当然、他の生き物よりは炎に強いが……それでも、目玉や顎下の柔らかな皮膚を業火で焼かれれば、傷つきもする。

 更に炎は他のドラゴンの翼や尾も焼き、周囲へ甚大な被害を与えていった。そして他のドラゴン4体も怒り狂う。

 ドラゴンには、炎の元となったものが竜血石であると分かった。よって、自らを傷つけられたこともそうだがそれ以上に、仲間の生きた証をこうも容易く、惜しげもなく消し炭にされたことに……竜血石を冒涜したことに、怒ったのである。




 そしてジェットもまた、その身を焼かれていた。

 ドラゴンすら焼くような炎を最も近くで浴びたのだ。当然、ジェットも全身を炎に包まれ、血も肉も焼け焦げ、灰となる。

 ……同時に、薬が撒き散らされた。

 炎に巻き上げられた大量の毒薬と興奮剤は、周囲のドラゴンへと降り注ぐ。

 無差別に、後先など何一つ考えずに、撒き散らされるだけ撒き散らされた薬は、ドラゴンの鱗こそ侵すことはなかったが、目に入り、口に入り、鼻から呼吸器へと侵入し……それぞれのドラゴンを、僅かながら侵食していく。

 興奮剤を吸ったドラゴンは、理性を薄れさせて暴れ出し、毒薬を目に入れたドラゴンは痛みに吠える。

 そして、それらの中心で、ジェットは。

 ……ジェットだった灰は、沈黙したままだった。

 炎に巻き上げられて散っていき、それきり何も変化は無い。


 だが。

 1体のドラゴンが、吠えた。

 そのドラゴンは、炎に顔面を焼かれたドラゴン……つまり、ジェットの腕を口に放り込まれたドラゴンである。




 ジェットの体がどのように再生しているのかは、ジェット本人にも理解できていない。

 だが、そこに規則性のようなものを見出そうとした時、1つには……『体がバラバラになってしまった時は、最も大きい部品から再生する』ということが言えるだろう。

 灰となり、散らばってしまった体を集めて再生するよりも、ドラゴンの口へ投げ込まれた腕から体を再生する方が、余程簡単なのかもしれない。


 かくして、ジェットはドラゴンの体の中に居た。

 無論そこは、地獄である。

 体は無限に焼き溶かされ続け、痛みと混乱に収縮する胃壁や食道に圧迫されるのだ。尤も、ジェットは痛み止めを服用しているため、体を焼き溶かされても熱く疼くような違和感を覚えるのみではあったが。

 ……慣れてしまえばどうということはない、と、ジェットは思う。1度目は消えていく体を維持しながらドラゴンの体を侵略していくことに大分手間取った。

 また、2回目ともなれば、速かった。

 胃を突き破り、吹き出す血液を浴び、魔虫のために浴びた血を飲みつつ、進む。

 果たしてそこが本当に心臓だったのかは分からないが、めった刺しにし、闇雲に斬りつけている内に、硬くゴツゴツとしたものに手が届く。無我夢中でそれを掴み、引きずり出しながら、今度はドラゴンの体からの脱出を図る。

 胃酸で鈍らになったナイフで力任せに肉を裂き、裂け目を手で押し広げて。


 手が外気に触れた、と思った瞬間、ドラゴン達の雄叫びが轟く。

 ジェットが手にした竜血石を見て吠えたらしい。

 ジェットは自身の体をなんとか外へ引きずり出すと、自らを囲むドラゴン4体と相対して、笑った。

「……はは。嬉しいね。俺如きがドラゴン4体に夢中になってもらえるとはな」

 興奮剤と毒の効果、そして何より、誇り高き竜の竜血石を冒涜したことによって、ドラゴン達は皆、怒り狂い……ジェットに意識を集中させていた。

 これで町を襲うよりも、ジェットを殺すことを優先してくれるだろう。

 ……つまり。

「お前達のテイマーは振られた、って訳だ」

 このドラゴン達を操っている何者かは、さぞかし困っているのだろう。


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