21話
人波に逆らって走れば、『それ』の姿はすぐに見ることができた。逆に言えば、街門の大きさを超える『それ』が、それほどまでに見つけやすかった、とも言える。
「……アレは、デカいな」
「信じられんが……あの大きさ、もしや、古代種か!」
鋼の城塞にも似たその姿は、人々を圧倒し、そして、絶望させた。
古代種のドラゴン。
それは数あるドラゴンの中でも上位に位置する、強大な力を持つ魔物であった。
ドラゴンと言っても、その実は様々である。
小さいものでは、人に手懐けられて竜騎士の騎竜となる翼竜の一種や、翼を持たない地竜の類、ドラゴンと他の魔物の掛け合わせである亜竜の類がある。
それらはそれほど脅威ではない。少なくとも、相手が1体であるならば、それほど労せずに倒せる場合が多い。
だが、当然ながらそれだけがドラゴンではない。
大型のものであれば、馬車や家程度に大きいものも存在している。そして、基本的にドラゴンの大きさは、そのままドラゴンの強さを表す。
長く生きたドラゴンはその大きさもさることながら、長い年月に晒されて硬くなった鱗、そして何より偉大なる知能と魔力が脅威となる。
『古代種』と呼ばれるドラゴンは、人間よりも遥かに長い年月を生き、知性と魔力を蓄えてきたドラゴンだ。
伝説のみに名を残す『神代種』と呼ばれるものを除けば、実質ドラゴンの頂点に立つドラゴンだと言えよう。
翼をはためかせれば竜巻となって風が襲い掛かり、牙を剥けば易々と鋼を引き裂く。尾の一振りで城壁などいともたやすく破壊され、そして何より、吐き出される炎は一瞬で人を焼き殺す。
脅威だ。脅威でしかない。人間を遥かに上回るその能力。たった1体で人間の軍を惨殺せしめる能力。それらを持ち合わせ、更に、知能もまた相当に高い。
その『古代種』が、町のすぐ外に居る。
それは即ち、ソルティナ滅亡の危機を意味していた。
「悪くないな」
「ああ。全くだ!」
だが、ジェットとオーガスは人波を逆行して駆け続ける。
ジェットは考えていた。
あれを屠れば、魔物の戦力を大幅に削ることができる。全ての魔物を殺したいジェットにとって、これは渡りに船であった。
そしてオーガスも考えていた。
古代種のドラゴンを殺せば、それだけで十分に叙勲ものである。名声を欲するオーガスにとって、これも渡りに船であった。
「大方、貴様とはまた利害が一致しそうだな?」
「そうだな。俺もあんたも、あのドラゴンを殺したい。それでいいな?」
「勿論だとも」
顔を見合わせることも特に無く、2人はそれぞれに笑みを浮かべる。つくづく、利害だけはぴたりと一致することが多い。
「では、作戦だが……」
走りながら、オーガスは小声でジェットに『作戦』を伝えた。
ジェットはその『作戦』に目を瞠る。
「……ということで、いいな?」
「ああ。構わない。勿論だ。……しかし、驚いたな。あんた、中々いい指揮官だ」
ジェットはそう言って、オーガスに笑みを向けた。
「いくら不死身とはいえ、俺を容赦なく使える奴はそう多くないからな」
街門を出て、2人はドラゴンと相対した。
既に兵士十数名を殺した後らしいドラゴンは、新たな闖入者2人を睥睨する。
2人はその瞳を睨み返して、そして、不敵に笑う。
「よし、来い!」
本来ならば絶望を背に、ドラゴンへ向かうのだろう。だが、2人にあるのは絶望などではない。
この巨大な生き物を殺してやる、という、明確な殺意と野望である。
ドラゴンは2人をそれほど脅威とは思わなかったらしい。無造作に大きく尾を振り、鞭のようにしならせて2人を叩き殺そうとする。
だが、オーガスは最小単位にまで圧縮した魔術結界によって身を守り、ジェットはあえなく叩き潰されたが、さほど問題ではない。
ドラゴンは続いて、翼を大きく打つように振る。それは古代の魔術の形式をとり、竜巻めいた風となって襲い掛かった。
だが。
「来たな」
オーガスは既に結界を解いていた。そして、魔法剣の構えをとると、勢いよく剣を振り抜く。
魔術によって編まれた不可視の刃が伸びて、風を切り裂く。
形こそ大きく違えども魔術同士のぶつかり合いだ。空気が鳴動し、ぶつかり合った2つの魔術は掻き消える。
そこへジェットが突っ込んでいった。
切り裂かれた風を更に乱すように。進むこと以外、何も考えずに。
ドラゴンはそれに気づいてもう一撃、竜巻を巻き起こす。
だが、今度も竜巻は魔法剣によって掻き消された。
「おっと、悪いな。手元が狂った」
尤も、今度はジェット諸共、斬ることになったが。
……これは、オーガスの手元が狂った訳ではない。これも狙いの内である。
ドラゴンは、自分に向かってきていた人間が死んだと確認した。一度、尾で叩き損ねたようだが、今度こそ死んだ、と。
だからこそドラゴンは、次なる獲物である騎士へと狙いを定めた。
自らが巻き起こした竜巻を二度も斬られたことは、誇り高きドラゴンにとって愉快な事ではない。だからこの騎士は何が何でも殺す。知能が高い故に、ドラゴンはそう考えた。
1歩、2歩、とオーガスへ近づいていく。その悠々とした歩みの中で、死体を踏み越え。
その死体が、動いた。
ギャ、と、ドラゴンが啼く。
それもそのはず、足の爪と肉の間に、剣の刃をねじ込まれたのだから。
全身を固い鱗に覆われているとはいえ、爪の裏側まで頑丈にできている訳ではない。
だが、そんなことは問題にならないのだ。ドラゴン自身がそれをよく知っているのだから、警戒しないわけが無い。よって古代種のドラゴンともなれば、爪を剥がされるような事にはまずならない。
だが、死体が動くのは流石の古代種にも想定外だったのだ。先程確実に死んだ人間の死体があるだけの足元など、どうして警戒するだろう。
ドラゴンは暴れ、足元の人間は今度こそ踏み潰された。
だが、ドラゴンの爪には的確に刃が差し込まれたとみえ、ドラゴンは爪の一枚を剥がされるに至っていた。
痛みと屈辱に、ドラゴンは吠える。怒り狂って足元の人間を更に踏み潰し、そしてもう一度竜巻を巻き起こそうとして。
「油断したな?」
オーガスの全力を込めた魔法剣が、ドラゴンの片翼を斬り落とした。
足元を警戒しないうちに足元を狙われ。
そして、予期せぬ攻撃に惑い、怒り狂った隙に、片翼を奪われた。
それを理解した瞬間、ドラゴンはその瞳に憎悪に燃やし、オーガスを睨みつける。
邪視めいた視線は、並みの人間であるならば竦みあがらせ、自由を奪うものである。
だが、オーガスは肩で息をつきながらも尚、剣を構えていた。
ドラゴンはそれが気にいらない。
収まらない怒りを古代の術式に従って変換して、吐きださんとする。
それは即ち、炎。
ドラゴンはオーガスを見据えて咢を開き、息を吸い込んだ。
魔法剣の弱点は、隙が大きいことである。
全力を込めた魔法剣の一撃は、魔力と体力を瞬間的に消耗する。
急激な消耗は立ち眩みめいてオーガスを襲う。第二撃へと移ることも、逃げることもできない。
だがそれでよかった。
オーガスは逃げなくてよかった。
第二撃へすぐさま移らずとも、よかったのである。
むしろ、これこそが……ドラゴンに炎を吐かせる事こそが、狙いだった。
辛うじて人の形をしている肉塊が、ドラゴンの口へと飛び込んでいった。
それから、ドラゴンにとっての地獄のような時間が始まった。
自ら飛び込んできた肉塊は、ドラゴンの口内に刃を突き立てそのまま喉へと落ちていく。
ドラゴンの体が幾ら頑丈な鱗に覆われていても、体内は柔らかな肉である。突き立てられた刃はドラゴンの舌を切り裂き、そのまま喉を、食道を、傷つけて落ちていく。
更には、胃の腑へと落ちた刃が、肉塊が、ドラゴンの胃壁を容赦なく切り刻んでいく。
未知の痛みに、ドラゴンはのたうち回った。
待てど暮らせど、体の内からの攻撃は止まない。ドラゴンの胃酸は岩をも溶かす程に強力であるはずだが、胃の中からの攻撃は止むことが無いのだ。
……そう。
ジェットは今、ドラゴンの胃の中で、溶かされては再生し、胃壁をナイフで抉り、そしてまた溶かされ、再生し……ナイフが溶けてしまった後は、自らの骨で。爪で。歯で……あらゆる手段で、ドラゴンの胃を攻撃していた。
更に、胃を突き破ったならその先へ。手を突っ込み、抉り、掻き回し……体の内を、這いずって移動する。
ジェットが目指すのは、心臓である。
あまりにもおぞましい感覚に、ドラゴンは吠えた。
ドラゴンは苦し紛れに炎を吐くが、吐いた先には既にオーガスの姿は無い。
むしろ、吐いた炎が傷つけられた口内を焼き、ドラゴンは自らを傷つけることになってしまった。
だが暴れることをやめられようも無い。少しでもジェットの侵攻を遅らせようと、もがき、足掻き、そして。
心臓に刃が届いた。
ドラゴンはびくり、と首を仰け反らせ、体を硬直させ。
そして。
「もらった!」
その首を、魔術の刃が薙いでいった。




