13話
古城を出て、2人は早速、野営することになった。
元々古城を出た時点で夕暮れ時であったし、日没までの僅かな時間で辿り着ける町などありはしない。更に、2人は徒歩だった。どうやら馬は盗まれたか、裏切った兵士達によって処分されたかしたらしい。
「いっそ、城の中で一泊したほうが良かったか」
「かもしれん。あれだけ魔術に凝り固まった城だったのだ、探せば水場を生む魔術装置が城内にもあったかもしれんしな」
更に、当初の目的であった水浴びは未だ達成できていない。
水場を発見できなかったわけではない。現在の野営場所は、小川の側である。
では何故、水浴びできなかったのか、といえば……。
「それから、服の類も、な」
着替えが無いからである。
オーガスは、自分の荷物は馬に載せていたし、手荷物に関しては部下の兵士達に持たせていた。
よって、馬が消え、兵士達に裏切られた今、オーガスは無一文どころか、簡単な日用品も碌に持ち合わせてはいないのだ。
そしてジェットは、そもそも着替えなど、持っていない。
荷物が大きくなると動きにくくなる。更に、荷物自体が戦いの果てに破損することも少なくないのだ。
特に、今回の古城攻略は精々4日かそこらの予定だったため、着替えらしい着替えは用意していなかった。旅人の着替え事情など、他も大して変わらないだろう。
……着替えもない状態で水浴びし、そのまま野営するなど、愚の極みである。ましてや、これから夜になる。一層冷え込むであろう時に、そんなことをしている余裕はなかった。
「鎧が脱げないのは辛そうだな」
オーガスの状態は深刻である。
鎧のベルトが血で固まり、また、鎧と服の間も血によって固まっている。一度、水で血を溶かさなければ脱ぐことすらままならない。
「……貴様の格好の方が余程、人間として深刻だが」
だが、オーガスの格好はまだ、節度ある汚れ方だと言えるだろう。ジェットと比べれば。
ジェットは今、戦いの果てにボロ雑巾のようになった衣類と血を着ているような有様である。更に、血の海に幾度となく沈んだせいで、髪も血で固まってしまっている。
最早、人間には見えない格好である。
「隠すべき場所は隠している」
「そういう問題ではない」
一応、恥じらいか、人間としての矜持か、周囲への配慮なのか、ジェットはボロ雑巾もとい衣類をうまく着直して、隠すべき場所は隠していた。だがオーガスからすると、その返答自体が既に人間から逸脱している。
「全く……貴様は一体、今までどうやって生きてきたんだ」
「戦場なら、死体から服を拝借する。他にも、襲ってきた野盗の類を返り討ちにして服を剥いだり。いろいろだな」
「同じ人間だと思いたくないな」
オーガスは盛大にため息を吐きながら、焚き火を枝でつついて弄った。
その脇ではジェットが、仕留めた鳥を捌いている。食料の類も碌に持ち合わせていなかった2人であるので、今後も町に着くまでは、食料を現地調達することになるだろう。
ふと、オーガスは焚き火の向こうに、ちらり、と光るものを見た気がした。
「……何だ?」
声を潜めて囁けば、ジェットも光に気づいて鳥を捌く手を止めた。
木々の向こうにちらついて見える光は、明らかに人為的なもの……ランプの明かりだ。
そしてジェットは、その光の動き方に見覚えがあった。
古城に突入する前の野営時。
眠らないままぼんやりしていたあの夜に見た、ランプの動き。
「ああ、多分……黒幕の尻尾のお出ましだ」
……オーガスを裏切った兵士達が、密会していた相手であろう。
「どういうことだ」
「古城に突入する前の野営で、あんたの部下の兵士が、ああいう風にランプを動かす相手と密会していた」
「何故報告しなかった!?」
「古城の隠し扉さえ開けばあんたが死のうがどうでも良かったんでね。それに、報告してどうなるもんでもなかっただろう。報告した瞬間、囲まれてあんたが殺されて終わりだ」
オーガスは怒りと共に、目の前の男が自分を裏切らないままここに居る奇跡、裏切られていてもおかしくはなかった事実を噛み締めつつ、しかし、それらを飲み込んだ。
「……それは今は不問にするが。ひとまずは、あれをどうするか、だな」
何せ、目の前のには敵の尻尾があるのだ。どうにかして、捕まえたい。
普通に接近しても、逃げられるだろう。相手も慎重になっているはずだ。
ならば、挟み撃ちにするか……否、こちらが動いた時点で逃げられるか。
「借りるぞ」
オーガスの思案を遮るように、ジェットが立ち上がる。ジェットは焚き火の傍らに置いてあったランプを手に取ると、ランプを一定の動かし方で揺らし、振りながら歩き始めた。
オーガスが見守る中、2つのランプの光は互いに揺れ動きながら接近していき……そして。
夜の木立に、悲鳴が響き渡った。
続いて、下草がガサガサと激しく鳴り、乱闘の気配がし。
気配が収まる前に、オーガスはそこへ近づいていく。
そこでは、相手を取り押さえるジェットと、取り押さえられ、半狂乱になりながら暴れる男の姿があった。
……尤も、男は取り押さえられたために半狂乱になっているわけではない。
「ば、化け物だ!誰か、誰か助けてくれ!見たことのない魔物が!」
成程。
確かに、血に塗れて汚れ、服らしい服も身につけていない相手が急に襲い掛かってきたなら、大層不気味だろう。勿論、同情する気にはなれなかったが。
更に、男の格好を見て、オーガスは顔を顰める。
男の鎧に刻まれた紋章には見覚えがあった。
「貴様、エメルド家第二騎士団の者か」
オーガスの言葉に、男……オーガスの兄が率いる騎士団に所属しているらしい兵士はびくり、と震えてオーガスを見た。そして、その金の髪、紫の瞳と恵まれた容貌、何より鎧に刻まれた紋章を見て、目を見開く。
「なっ、なんで生きて……!?」
「生きていて悪かったな」
兵士の反応に不愉快を露わにしつつ、オーガスは内心でため息を吐いた。
どうやら黒幕を引きずり出すのは骨だぞ、と。
捕らえた兵士を前に、オーガスは剣を抜いた。
「さて、私が聞きたいことは分かるな?一つ、兄上は何故私を狙ったか。二つ、何時からこの計画はあったか。三つ、兄上が手を組んでいた相手は誰か。答えろ」
オーガスは抜いた剣の刃を兵士の首筋にぴたり、と当てた。
だが、兵士は身を縮め、恐怖に震えこそすれ、何も口には出さない。
第三騎士団の兵士達がオーガスを裏切った割に、第二騎士団のこいつは兄を裏切る気は無いらしい。
金を積まれているのか、それとも……。
内心で舌打ちしながらも、オーガスはどのようにしてこの兵士の口を割らせるか思案していたが。
「ちょっと貸してくれ」
ジェットが男とオーガスの間に割って入る。
そして、荷物を漁ると、中から金属製の小さい瓶を取り出して、蓋を開け、中身を取り出し……ごく自然な動作で、兵士の口の中に突っ込んだ。
更には力づくで頭を押さえ、鼻と口を塞ぎ、薬を無理矢理飲ませる。
「……それは何だ」
「ああ、いつもの痛み止めが効きすぎた時に飲む薬だ」
オーガスが尋ねると、ジェットは事も無げにそう言う。
勿論、オーガスは既に、ジェットの言う『いつもの痛み止め』がどのようなものか知っている。
「解毒剤か?」
だからこそ、そのような発想に至ったのだが。
「いや、痛覚を含めた全ての感覚を過敏化させる薬だ。他の薬の兼ね合いだったり、妨害系の魔術に掛かったりで痛み止めが効きすぎると、視覚だの聴覚だのまで鈍くなるんでね。そうなると戦えないから、こういう物も一応持ち歩いてる」
オーガスは天を仰いで頭を押さえた。
ジェットがそんな危険物を持ち歩き、更には服用することもある、という事実にうんざりしたからであり……。
「さて……碌に薬の耐性が無い奴がこれを飲んだら、どうなるかな」
これから兵士に起こるであろう悲劇に、少しばかり、同情したからである。




