12話
ジェットは考えた。
オーガスと手を組む、ということは、ジェットにとって、利でもあり、害でもある。
まず、オーガスと組む利点は、単純な戦力の強化だろう。
魔物を殺すために動いてくれる、自分以上の戦力。どう考えても、効率は良い。
オーガスは、ジェットより強い。単純な剣の技術もそうだが、それ以上に魔術を扱えるということと、何より、魔法剣を扱えるということが大きい。
よって、ジェット1人よりも、オーガスが居たほうが、取れる戦略の幅は広い。
勿論、魔術による隠し扉などがまたあれば、それを開けるということも大きな利点だろう。
逆に、欠点もある。
ジェットは以前のように戦えなくなる可能性が高い。少なくとも、オーガスと共に行動するのならば、後先も我が身も考えない、捨て身の特攻は掛けづらくなる。
死なない体に慣れたジェットにとって、死ぬオーガスの存在は大きな枷になるだろう。
死なない人間の感覚に合わせなければならない、ということは、戦闘以外でも大きな問題を生む。
例えば、急流を下る時。ジェットはとりあえず川に身投げすればいつかはどこかで下流に流れ着き、大幅に移動時間を減らすことができるが、オーガスはそうもいかない。
また、オーガスが居るとなると、有毒な気体が立ち込める洞窟を抜けることはできないし、崖を飛び降りて移動することもできない。炎の中も抜けられない。
野営するにしろ魔物に襲われないような工夫をしなければならず、更には有毒かどうか不明な動植物を食料にすることもできなくなるのだ。
行動に、支障をきたす。間違いない。
それは、ジェットの優しさであった。
他者を思いやるが故に、自らの行動が縛られる。それは、人間らしさ、とも言えるかもしれない。
ジェットが今まで1人で戦ってきたのは仲間を得る機会が無かったからであり、仲間を得る機会が無かったのは、仲間を得ようとしなかったからだ。
不死身の体は恐怖や嫌悪の対象にすらなったし、ジェットも、仲間を気遣い、傷つく仲間に心をすり減らすことはしたくなかったのだ。
だが。
「どうした?私と組む利が分からん程に愚かなのか?必要なら教授してやってもいいが?」
自信に溢れ、尊大な態度を取る、目の前の腹立たしい男を見て、ジェットは思った。
……こいつなら、多少痛い目にあっても、別にいいか、と。
「分かった。ひとまず、次の町まで組もう」
ジェットがそう言うと、オーガスは想像通りの答えを得た、とでもいうように、満足げに頷いた。
……また、ジェットは思う。
こいつなら、ジェットの不死を利用することに、ジェット同様、躊躇いがないだろうから、と。
「そうと決まれば、ひとまずはここの探索だな。折角ここまで来たのだ。軍も失ったのだ、情報の1つでも手に入れねば、ただの骨折り損だからな。見ろ」
オーガスはそう言って、それから部屋の片隅に置いてある……生首を、示した。
ジェットもジェットで、置かれている生首をごく自然に受け入れ、観察する。
生首は、ジェットが斬り落としたものだ。魔虫に寄生されていた女の。
「あの首を見て思い出した。あれは私が雇った密偵だ。つまり、兄側の人間だったわけだが」
女の生首は、死して尚、狂気の笑みを浮かべていた。到底、密偵が務まるようには見えない。
「当然だが、私が情報をもたらされた時には、ああではなかったぞ。だから気づくのが遅れた訳だが。……何故、魔虫に憑かれていたのかも含めて、調べる必要がある」
オーガスが情報を得てからここへ来るまでの間に、寄生されたのか。だとしたら、魔虫はここに居たのだろうか。否、そんなはずはない。魔虫が生み出される、何らかの魔術が行われない限りは。
「……裏に、何かありそうだな」
「ああ。だろうな。恐らくこの密偵も、兄に仕えていた訳ではなかろう。となれば、エメルド家を狙う組織が裏に付いていることになる」
ジェットはエメルド家がどうなろうと知ったことではなかったが、魔虫を扱う何者かが居るのだとしたら、それは知らねばならない、と思った。
「なら、まずはあれだな」
ジェットが示す先は、部屋の中央。血の海の、中央である。
2人は部屋の中央へと進んだ。
先程まで女が居た場所の天井には白いタイルがはめ込まれており、そこから血が滴り落ちていた。どうやら、上の階で白い床が吸った血がここに湧き出るようになっているらしい。
「もしかしたらここは、魔虫憑きのための城なのかもな」
血の海を見て、ジェットはそう呟いた。
「……魔虫は血を好むのか?」
「いや、別に血じゃなくてもいい。だがとにかく、魔虫は大食いでね。宿主が食っても食っても、中々満足してくれない。だが、さっきの女のように、血に浸かって、血を飲んでいれば、魔虫もすぐに満足するだろうな。血は栄養価が高いから」
「成程。貴様が兵舎の備蓄を存分に減らしてくれた理由もこれで分かったな」
「まあそういうことだ」
苦い顔をするオーガスを前に、ジェットは至って涼しい顔である。
そしてオーガスは、ふと、気づいた。
「……もしや貴様、今後手を組む、となったら」
「まあ、俺が同行している間はあんたの食が細くなるだろうな」
オーガスがジェットの食事の様子を見て食欲を無くしたことは記憶に新しい。
あれが今後しばらく続くのか、と思い当たり、オーガスはますます、眉間に皺を寄せた。
「ところで貴様、食費はどのように捻出しているんだ。あの量を毎回食べているとしたら、相当だが」
「稼いだ金の大半が食費になってる。足りなければ獣を狩って焼いて食う。最悪、生でもいける。なんなら魔物を食うこともある。スライムは駄目だな。あれは食いでが無い上に不味い」
冗談なのか本気なのか、と一瞬判断に困ったオーガスだったが、すぐ、こいつの事だから本気なのだろう、と結論付けた。
しかし、おかしな奴だ、とは思っていたが、まさか、魔物を食う程に気が狂っているとは。
「……貴様はもう泥でも食っていろ」
「泥を食ってもまあいける」
やはり、苦りきった顔をするオーガスに対して涼しい顔をしているジェットを見て……やはり手を組む相手を間違えたのではないだろうか、と、オーガスは数分前の自分を問い詰めたい気持ちでいっぱいになるのだった。
だが、時、既に遅し、である。
気を取り直して探索を続ける。
ひとまず分かった事は、この部屋に魔術が終着している、ということだった。
血を集める仕組みが城内全体に張り巡らされているだけとも思いにくいが、とりあえずは、この部屋が魔法の終点らしい。
そして、室内の魔術をオーガスが確かめる限り、魔虫を生み出すようなもの……つまり、『未知の』、『禁じられた』ような魔術は見つからなかった。
「……まあ、この古城は前時代の遺物だ。魔術も相当に古いもののようだから、新たに何者かが組み上げた、というわけではなさそうだな。魔虫とやらが大昔から存在しているなら話は別だが、そうでないなら、この古城の設備はさしずめ、古の吸血鬼のためのものとでも考えるのが妥当だろうよ」
「そうか」
オーガスの言うとおり、城の魔術は城同様に古い。となれば、密偵の女はこの城を利用しただけであろう。
ということは、城を探しても、魔虫や密偵、密偵の裏に居るであろう何者かについて知ることは難しいだろう。
「だが、抜け道があることは確かだな」
一通り、血の海の部屋を見た後、ジェットはそう口にした。
「兵士もそうだし、その前の魔物もそうだ。魔虫を寄生させて相手を操っていたなら、寄生のために接近しないといけないはずだが」
血の海で戦った兵士達は皆、明らかに正気ではなかった。2人が兵士達に裏切られて魔物の部屋に閉じ込められた時にはああではなかったのだから、2人を閉じ込めた後、魔虫の子に寄生されたと考えるのが妥当だろう。
だが、魔虫は弱い生き物だ。寄生せずには長く生きられない。単体で這って移動するにしても、限界は精々、部屋1つ分かそこらであろう。
ならば、密偵の女は、2人を閉じ込めた後のどこかで兵士達と接触している。
2人が閉じ込められた部屋からこの血の海の部屋までは、一本道だった。
分岐らしい分岐は無かったのだから、どこかですれ違った、とは考えにくい。
……ということは、この部屋に抜け道があり、密偵の女はそこから外に出て、兵士達と接触し、魔虫の子を寄生させ、この部屋まで連れてきた……と考えるべきだ。
「虱潰しに探してみるか」
「貴様は血の海にでも潜っているがいい。私は魔術の解析によって抜け道を探す」
「ならそうさせてもらう。先に見つけたら呼んでくれ」
ジェットは躊躇いなく血の海に入っていき、オーガスはそれを見て肩透かしを食らったような複雑な気分になりながらも、すぐに気持ちを切り替え、魔術の端を手繰る作業に移るのだった。
「俺の方が早かったな」
結局、抜け道を見つけたのはジェットだった。
部屋の中央、密偵の女が居た場所。血の海の上に、台のような柱のようなものがあった。女はこれに半分ほど腰かけていたらしい。
そしてその台のような柱のようなものの根元、血の中に隠れる場所に仕掛けがあった。
仕掛けに触れれば、鈍い音を立てて部屋の壁の一部が消える。どうやらそれが抜け道のようだ。
「……行くぞ」
少々機嫌が悪い様子でオーガスは抜け道に近づき……穴の脇で、止まった。
「進まないのか?」
不思議そうにするジェットを蔑むように、オーガスは答えた。
「進むのは貴様が先だ。罠があったらどうする」
「ああ、そういえばそうだったな」
ジェットは素直に頷き、さっさと穴の中へ進んでいく。
「あんた、俺の性質に適応するのが早いな」
更には、笑い混じりにそんなことを言う始末だ。
嫌味の応酬をするつもりだったオーガスはまたしても肩透かしを食らったような気持ちになりつつ、ジェットの後を付いて穴の中へと入っていった。
抜け道はやがて、上り階段になっていった。
少々傾斜のきついそれを上っていき、進み、進む内にやがて、行き止まる。
「貸せ」
だが、オーガスが行き止まりに手を触れて何か、魔術による操作を行えば、行き止まりだったはずの壁が消えていく。
そして。
遂に、2人は光の下へ躍り出た。どうやら古城の庭に出たらしい。墓石の一つが抜け道の入り口になっていたようだ。
一気に広がった視界には、夕暮れて赤く染まる空と、杏色の光に染め上げられる地平が映る。
先程まで見ていた血の赤とは異なる、澄んだ赤色が目に強く焼き付いた。
太陽の残滓を乗せて微かに暖かい風に吹かれて大きく息を吐けば、地下に居た疲れが消えていくようだった。
「……やっと、生きて帰った心地だ」
「そうか」
感慨深げに、オーガスは呟いた。
彼がこの1日あまりの古城攻略において、失ったものは大きい。
だが、得たものも決して、無価値ではないだろう。
「とりあえず近場で川を探さないか?血で固まって動きづらい」
「貴様の意見に従うのも癪だが、そうした方が良さそうだな。この状態は不愉快極まりない」
やがて、夕暮れていく空に急き立てられるように、2人は歩き始めた。




