香春岳城攻防戦 その2 【地図あり】
香春岳城に毛利軍が向かうという急報に、出陣準備が整っていた俺を大将に迎撃部隊が出陣する。
今回は本貫地猫城の奪還という政治的イベントを前面に押し出しているので、奥の連中は全員連れてきている。
本当は子供と共に人質として誰かを残すという意見もあったのだが、田原親宏と臼杵鑑速の取りなしでその意見も無くなった。
代わりとして、子どもたちを田原親宏と臼杵鑑速の所に預けている。
急報が届いた翌日には別府、その翌日は宇佐八幡宮に到着。
ここで、吉弘鎮理の兵と合流する。
更に、勝手働きの機会と称して、周辺の国人衆が集まってくる。
「如法寺親並参陣!
婿殿の危機と聞いた殿より郎党を率いて参った!
どうか我らを手勢に加えてくだされ!!」
田原親宏の家臣で、無類の才覚と称される武将である。
田原親宏が出ると政治的立場がまずい事になるので、代理出席という訳だ。
なお、立ち位置的にはお蝶の下で働く事になる。
「烏帽子岳城主古庄鎮光推参!
どうか我らを陣に加えてくだされ!」
古庄鎮光は大友家と共に豊後にやってきた『下り衆』の名家で、この参陣においては目付みたいな役割を与えられるのだろう。
その為か、警戒しているというか固くなっているというかそんな表情で俺を見ている。
「宇佐衆筆頭!
佐田隆居!
宇佐衆を率いて参った!!」
宇佐衆は宇佐八幡宮がある宇佐周辺の国人衆の集合体で、長く親大内反大友だったのだが、この佐田家だけは大内家滅亡から大友家に寝返って今の筆頭の地位を保っている。
そのためか、好々爺の将に見えて油断できないというのが俺の感想である。
なお、焼かれた宇佐八幡宮だが、大友家の支援で再興されている。
マッチポンプと言ってはいけない、
彼らの兵数がまるで図ったようにそれぞれ五百ずつ。
これはそのまま発言力に繋がると同時に負担も大きくなるから、俺の出陣前に談合していたのだろう。きっと。
同時に香春岳城からの急報で、毛利軍が遠賀川を渡河して香春岳城を囲んだ報告が入り、豊前国人衆に動員令が下される。
「皆に言っておく。
一応俺が大将ではあるが、府内より更に加判衆の大将が送られる予定になっている。
それまでは、全体の指揮は俺が執るのでそのつもりで」
諸将が頷くが、大友家は基本二将を大将として合議の上に軍を派遣する事を好む。
そして、その内の一将は必ず加判衆が入るのだが、ここで序列的に問題が発生する。
俺は一門衆であるが加判衆ではなく、加判衆の大将が送られた場合総大将はそっちに移ってしまうのだ。
更に出陣理由が違うから目的が二つある事になる。
「誰が来る予定なので?」
「新加判衆の木付鎮秀殿だ」
佐田隆居の質問に俺があっさりと答える。
このあたりは府内を出る前に先に話を通していた事だ。
木付鎮秀の出陣目的は毛利軍の撃退で、俺の目的は猫城の奪還。
とはいえ、ここで目標がバラけようならば各個撃破の格好の的になる。
あっさりと俺が妥協して、毛利軍の撃退一本に作戦目標をまとめたのである。
「城井殿は来られていないのか?」
「城井殿は簑島城にて合流したいとの早馬が着ておる。
率いる兵は千だそうだ」
古庄鎮光の言葉に如法寺親並が答える。
このあたりのやり取りを見ても、ある程度の根回しは俺の知らない所で終わっているみたいだ。
今、話されている城井殿とは城井長房の事で、豊前国に長く根を張る宇都宮一族の本家筋の家の動向は豊前情勢に多大な影響を与えかねない。
元々は大内家側だった事もあって、近年の大友と毛利の争いには大友にはつきたくないが大内を滅ぼした毛利に助力もしたくないという消極的中立をとっていた家が大友側で出陣したのは、抱えていた大内義胤の影響が大きいのだろう。
「とりあえず、現状の兵力ならば毛利相手に一戦はできるだろう。
問題は、その毛利と戦って勝てるかという所だな」
六千五百の手持ちの兵の内小野鎮幸達千六百を戸次鑑連の方に分けたが、今居る三将の千五百と簑島城で合流する城井長房の兵千を足せば七千四百。
周辺の兵と豊後から来るだろう木付鎮秀の兵を合わせれば毛利軍と戦えるだろう。
なお、元猫城主の大鶴鎮信は香春岳城に滞在しており、香春岳城主志賀鑑隆の手元には千数百ほどの兵が城を守っているはずだ。
帆柱山城の奪還や豊前長野城や貫城を落として将兵を再配置したのがかえって裏目に出た。
「毛利軍の動向はどうなっている?」
城を囲むと言っても、地形に左右される。
その地の利が合戦を左右するのはとてもよくある事だった。
「囲んでいるのは事実だが、完全に出入りを塞ぐまでには至っていないそうです。
香春岳城からの早馬も届いておりますからな」
俺の質問に如法寺親並が答え、香春岳城周辺の地図に碁石を置いてゆく。
「毛利の奴らは廃棄された鎮西原城を直してそこを本陣にした様子。
今川の上流に当たる城越城や明神山城も直して少数の兵を入れております。
かといって、仲哀峠や金辺川上流には兵を置いておらず、そちらから入城は可能かと」
明らかに誘っているのが分かる。
向こうはこの状況で勝つ何かの策を用意しているのだろう。
毛利軍の兵数はおよそ一万。
この時点で俺は最初から決戦なんてする気はなかった。
香春岳城を包囲している毛利軍は九州における移動戦力のすべてに近い。
という事は、他方面が薄くなった事を意味するので、のんびり対陣していれば博多方面が攻められて転進せざるを得ないからだ。
だが、俺は間違えていた。
というか、侮っていた。
この時代の国人衆達の近視野と欲深さを。
簑島城到着。
だが、ここにいるはずの城井長房の姿が居ない。
というか、簑島城城兵も少なく、城主杉隆重の姿も見えない。
「申し上げます!
今川上流にて城井勢および杉勢と毛利軍が合戦を行っております!
お味方苦戦!!
何卒支援を!」
何をやっているという罵声を俺は飲み込む。
そんな見え見えの罠に食いつくなんてと頭を抱えたくなるのをぐっと我慢する。
「敵の兵力はどれぐらいだ!」
「はっ。
城井勢および杉勢の兵が千数百で、それを圧倒しておりました。
おそらくは倍以上はあるかと。
また、敵陣に吉川元春の馬印がありました」
当たり前の話だがこの時代の合戦は移動が徒歩なので、軍の集合は現地集合現地解散というのがとても良くある。
おまけに、城井勢は俺と合流していないから、まだ立場的には勝手働きと言い逃れる余地があった。
で、そんな彼らの前に襲ってくださいとばかりに、毛利軍が城越城や明神山城を修繕して少数の兵を入れている。
毛利軍の狙いは香春岳城だから、こっちに兵をそんなに送り込みはしないだろう。
そんな考えで功績をと考えたわけだ。
で、城井勢がそんな事をすると前線拠点となる杉隆重の面目が丸つぶれとなる。
慌てて功績走りに出陣して、全力の吉川軍とぶち当たったと。
香春岳城志賀鑑隆は兵の移動が見えては居たのだろうが、手持ちの兵で背後を突くにはきつく、防ぐぐらいの兵は残してあるから動けず。
負けたな。この戦。
「吉弘鎮理」
「はっ」
俺の声に吉弘鎮理が前に出る。
こういう状況で、吉川元春を相手にできる将が居るというのは実にありがたい。
「最初につけた手勢千六百に古庄鎮光と佐田隆居をつける。
戦っている二将を回収して来い」
「回収ですか?」
首をかしげる吉弘鎮理に俺は断言する。
「今から行ってまだ戦っているほど吉川元春は愚将では無いよ。
こちらを潰走させてるか、兵を退いているだろうよ。
序盤は毛利の勝ちだ。
皆、気を引き締めよ!」
結果から言うと、吉川元春はたしかに名将だった。
吉弘鎮理が駆けつけた時には兵を退いていたのだから。
後に戸代山合戦と呼ばれるこの戦いは、城井勢と杉勢、さらに戦場となった近くの城主だった馬屋原元有を含めた二千の兵が、吉川元春率いる四千の兵に蹴散らされる戦いとなった。
大友軍は蹴散らされた上に、戸代山城は味方の内応によって落城。
逃げ散った二千の兵の内、吉弘鎮理が回収できたのは数百ほどでそのまま彼の下につける事にする。
馬屋原元有は討死、杉隆重が捕虜になるという大敗を喫し、そのきっかけを作った城井長房は隠居に追い込まれ、城井家は城井鎮房が後を継ぐことになった。
毛利軍も数百の損害を出したが、勝利と戸代山城を落とした事を考えれば大勝利と言っていいだろう。
これで勝ちに奢らず、目標を見失わない吉川元春は戸代山城を放棄して撤退。
この敗戦について俺は関わってないので責任云々は無いのだが、府内ではこれで色々囁く連中が動くだろう。
木付鎮秀からの早馬で四千の兵と共に出陣した事が書かれているだけでなく、大内輝弘の文がついており『捕虜になった杉隆重の解放を交渉して欲しい』という無理難題に頭を抱える事に。
たしかに、杉家は大内家の重臣で杉隆重は大内輝弘の支持者だからわからんでは無いが、それを俺の名前で行う意味を考えろよ。
と、愚痴った所で意味は無く、あくまで大内輝弘の代理という形で使者を出す羽目に。
序盤の敗戦はこういう不利イベントを発生させつつ、中盤戦に移行しようとしていた。
戸代山合戦
大友軍 二千
城井長房 杉隆重 馬屋原元有
毛利軍 四千
吉川元春
損害
大友軍 千数百
毛利軍 数百
討死
大友軍 馬屋原元有 杉隆重 (捕虜)
毛利軍 なし
おまけ
「殿。
戦土産にございます。
足軽たちに嬲られていた所を助けたのですが、殿にひと目会いたいと申しており」
閨にやってきた吉弘鎮理の淡々とした口調がシュール過ぎる。
なお、俺の目の前には吉弘鎮理が連れてきた全裸の姫が土下座していた。
「馬屋原左馬助元有が娘、小夜と申します。
私の愚かさで、敵と通じていた家臣と契り城を開けたが為に城は落ち、私は今川に身を投げ、足軽たちに拾われて嬲られていた所を吉弘様に助けていただきました。
私の恋心を弄んだ憎き仇を討つために、馬屋原の家を再興する為にどうかお力をお貸しくださいませ。
その為ならば、この体いくらでも差し出しましょう!」
言わんとする事は分かる。
だが待って欲しい。
俺は少しの苛立ちと共に吉弘鎮理に問いただす。
「姫の言い分はわかった。
だが、吉弘鎮理よ。
何故この姫は裸なのだ?」
「殿。
殿の後ろを見ていただければと。
それがしには、殿の風流がわからぬ故に、これしか思いつきませなんだ」
淡々と語る吉弘鎮理の声に従って俺は後ろを見る。
「八郎。助けてあげましょうよ」
スタイリッシュ遊女な正室は新しい娘が来た事を嬉しそうに喜び、
「何でしょうか?」
スタイリッシュ歩き巫女は我関せずを通し、
「今更一人二人増えた所で」
スタイリッシュくノ一はどうでも良いと言い切り、
「子はいくら居ても良いのですが、我らにも子種を注いでくださいませ」
スタイリッシュ女城主は己の回数を心配し、
「わ、私も八郎様の子種が減るのが困ります!」
スタイリッシュ尼がすっかり牝の顔で抗議し、
「じゃあ、今度私と一緒に足軽達に嬲られに行きましょうよ♪」
オールタイム痴女がろくでもないことをほざく。
もちろん彼女たちは俺や小夜姫と同じく何も身につけていない。
ついでにいうと、連れてきた御陣女郎達も今頃は足軽たちを相手に裸で腰を振っているのだろう。
「ねぇ。ご主人。
これ多分、吉弘様、ご主人に諫言していると思うんだけどどうだろう?」
色ボケ男の娘が真顔で俺に囁くこの状況。
子を成すのは一族としての義務だが、それを戦場まで持ってくるんじゃねえという諫言なのだろう。うん。
ここでこいつらを帰すと有明が泣くので、吉弘鎮理には曖昧にごまかす事にした。
小夜姫の話、家臣の裏切りとだけしか書かれておらず、年代が分からないので遠慮なくでっちあげる。
きよひー系がハーレム要員に加わったが、ある意味敵討ちの王道でもあるんだよなぁ。
うちのハーレムこんなのばっかりである。
如法寺親並 にょほうじ ちかなみ
古庄鎮光 こしょう しげみつ
佐田隆居 さだ たかおき
馬屋原元有 まやはら もとあり
11/16 タイトル再度変更。




