81話
朝食を終えたら俺達一行は宿屋や泊まらせてもらった家々を出た。
目指すはスタンピードが起きているらしいラーリの町だ。まだ、馬を走らせてから2日程だし。5日はかかるので野宿も覚悟しといた方がいいだろう。俺は頭の中で考えながら手綱を握りしめた。
後ろのシェリアは相変わらず俺の腰に腕を回してしっかりとしがみついている。最近は彼女よりも俺の方が少し背が高くなっていた。まだ8歳ではあるが。ちなみに俺の背丈は130センチくらいでシェリアがそれより5センチ低い。まだまだちびっ子ではあるけども。背は確実に伸びていた。
「……エリック様。ラーリまではまだまだ掛かりそうですね」
「だな。シェリア、体調が悪くなったらすぐに言ってくれよ」
「わかりましたわ。けど。我ながら情けないですわ」
シェリアはそう言うとため息をついた。
「……情けないって。一体どうしたんだ?」
「いえ。わたくしは自分で馬にも乗れなくて。魔物が現れてもエリック様や他の方々がいないと対処もできませんし。非力なのが恨めしくなります」
「シェリア。君は仮にも公爵令嬢だ。俺達みたいに馬術もできて武芸もとなると。今以上に鍛錬をしないといけなくなるぞ」
「わたくしはそれでも構いませんわ。なのに父様や兄様は「必要ない」とか言うんですのよ。以前に面と向かって言われて喧嘩になりましたわ」
「……そうか。ならリリス達や神殿の巫女さん達にせめて馬術を教えてもらえるように頼んだらどうだ?」
「あ。それはいいかもしれませんわね。神官長様やウィリアムス団長にお願いしてみます」
俺が提案するとシェリアは名案だと言わんばかりに声を張り上げた。けど。背中に視線が突き刺さる。たぶん、トーマス兄貴だな。余計な事を言いやがってとかそんな類の事柄な気がした。やれやれと俺もため息をついた。
夕方になりこの日は野宿になった。俺や年少組は寝袋や保存食の用意をしたりする。年長組――ジュリアス達は水を汲みに行ったり薪を集めたりしていた。シェリアやシンディー様は女性騎士であるリリスやルーシー、ローリエの3人と一緒に野草採りに行っている。第一部隊の騎士の5人も共にだが。
「……殿下。水や薪の準備ができましたよ。後は夕食の用意だけです」
「……ジュリか。俺も寝袋なんかの準備はできたぞ」
「そうですか。今日は野宿になりますから。私やクォン、エルや他の騎士達で火の番はお任せ下さい」
ジュリアスはそう言いながら俺に近づいた。頭をくしゃくしゃと撫でられる。
「いきなりどーした。ジュリ」
「いえ。エリック様も大きくなられたなと思いまして」
「……まだ8歳だけどな」
「それでも3歳の時に比べたら成長なさいましたよ。私も年を取るはずです」
「ジュリ。俺はいずれはシェリアと婚約を解消するよ。んで俺と同じ転生者を探す。ちなみに前世が男なら有り難い」
はっきり言うとジュリアスは頭を撫でる手を止めた。そしてまじまじと顔を覗き込んでくる。
「……その。何故ですか?」
「……まあ。俺はこの通り前世は女性だしな。意識もそっち寄りみたいだし。正直言ってこんなだとシェリアを守れるのか、幸せにできるのか。自信がない。もちろん、女性としてあいつを好きなのは事実なんだ。けど。こんな俺じゃ駄目なんだと今更ながらに痛感した」
「そうですか。なら。婚約を解消したら。シェリア様をどうなさるつもりですか?」
「……シェリア本人がいいと言ってくれるなら。ラウルか他の奴に任せようと思ってる」
「……エリック様。あなたは。シェリア様がそれを聞いたらお怒りになりますよ」
ジュリアスの言葉に俺はつきんと胸が傷んだ。けど。自分で決めた。シェリアは俺といても幸せにはなれない。ラウルか他の奴に任せた方が余程安心できる。逃げかもしれない。
「……ジュリアス。もし。俺がシェリア以外に心を奪われてしまったら。容赦なく殴ってくれたらいい」
「承知致しかねます。私が殴るくらいなら。ラウル様に殴られた方がマシでしょう」
「だな。まあ、俺は中性的ではあるし。こんな奴と結婚したりしたらシェリアに悪い」
ジュリアスは苦笑した。そして俺にこう言った。
「エリック様。本当にラウル様にシェリア様を譲るつもりなら。その時になったらちゃんとシェリア様に説明をして差し上げてください。でないとシェリア様も納得できないでしょうから」
「そのつもりではいるよ。ラウルにも事前に頼んであるし」
「……そうでしたか。ラウル様は複雑でしょうね」
ジュリアスは言うと踵を返した。俺は無言で彼を見送る。さあと冷たい風が頬を撫でた。
ラウルが俺の元にやってきた。
「……エリック。ジュリアスさんから聞いたぞ。シェリア殿の事を俺に託すってな」
「以前に頼んだはずだが」
「まあ。覚えてはいるよ。けどな。エリックはシェリアの事をはっきり言ってどう思っているんだ?」
「……どうって。大切にしたいとは思ってる。けど。シェリアは俺と一緒にいない方がいいんだ」
「そうか。てことは。俺が求婚しても文句は言わないって事だな」
ラウルが挑戦的に見据えた。俺は目線を落とすと頷く。
「……ああ。俺ではあいつを止められないしな」
「……あいつ?」
「前に話しただろ。ヒロインの事だよ。あいつがもし俺を魅了してシェリアを陥れたりしたら。それこそ救いようがない」
「……なる程。ヒロイン――アリシアーナと言ったか。そいつがシェリアに手出しをしかねないと言いたいんだな?」
「御名答だ。俺はそれだけは絶対に避けたい。ラウル。もう1回頼んでおく。アリシアーナがシェリアに手出しをしてきたら。あんたがあいつを守ってやってくれ」
「……わかった。トーマスもそれを言っていたしな。約束はする」
ラウルはそう言うと近づいて俺の肩に手を置いた。「悪い」と言ったら黙って頭を小突かれた。俺は森から戻ってくるであろうシェリア達を待ったのだった。




