36話
俺は今日、フィーラ公爵邸を目指していた。
といっても馬車に乗ってだが。ふうと息をつく。俺の中にいる矢恵さんが心配そうにきいてくる。
『大丈夫なの。エリック君』
「……そんなに大丈夫じゃねえかも」
『……まあ、それもそうか。いきなり好きな人が手の届かない存在になっちゃったらね。シェリアちゃんは役目を果たさないことには恋する時間もないし』
はっきり言われて俺は余計に落ち込んだ。僅か5歳にして聖女に選ばれたシェリアちゃん。守護者になった俺たち。気が重くて仕方がなかった。俺やラウル、トーマス兄貴などで本当に世界は救えるのか。考えたってどうしようもない。わかってはいるのだ。俺たちが今の内に能力を磨かないといけないのは。けど気乗りはしない。
『もう。見ていられないわ。シャキッとしなさい!!』
「……矢恵さん」
『あなた、将来はこの国を背負う立場になるのよ。王太子になるんでしょう。だったら今をどうすべきか考えなさいよ。そんなしけた面してちゃあ、シェリアちゃんが不安になってしまうわ』
「それもそうだな。ごめん」
『謝らなくていいわよ。エリック君。まだ5歳の子に言う事でもないけど。未来を変えたいんならくよくよしている暇はないの。どうしても泣いたりイライラした時は仕方ないわ。けど前を向いていないと見えるものも見えなくなるわ』
それを言われて俺はガツンと殴られたような心地になった。矢恵さんの言葉は厳しいが。十中八九その通りだった。俺は目が覚めたと思った。
「……ありがとう。矢恵さんの言う通りだな。背筋をしゃんと伸ばして。これからどうすべきか考えるよ」
『その意気よ。何だ。エリック君もちょっと以前よりも大人になったわね』
矢恵さんは少し見直したわと言ってにっこりと微笑んだような気がした。シェリアちゃんをしっかりと守るのよと言って矢恵さんは眠ったようだった。俺は清々しい気持ちで馬車の窓から見える景色を眺めた。
「……まあ。エリック様。迎えに来てくださいましたのね」
フィーラ公爵邸に着くと門前でシェリアちゃんが兄貴や父君と出迎えてくれた。今日もシェリアちゃんは薄い藍色のワンピースに身を包んでいる。髪もハーフアップにして大人っぽくしていた。
「うん。父上と約束したしね。シェリア殿、元気そうでなによりだ」
「はい。では早速行ってきますわ。父様、兄様」
「気をつけて行ってくるんだよ。シェリア」
父君が言うとトーマス兄貴も頷いた。
「……そうだぞ。殿下が何かしてきたら俺に言えよ」
「……トーマス。エリック殿下に失礼だぞ」
父君に注意されてもトーマス兄貴は俺を睨みつけてくる。ううむ。兄貴の視線が痛い。
「じゃあ。行きましょうか」
「……そうだな。行こう」
気を使ってシェリアちゃんが俺に促してくる。頷いて俺は騎士のジュリアスに目配せをした。ジュリアスは頷いて馬車の扉を開けた。御者役を彼が引き受けているからだが。俺は先に乗るとシェリアちゃんに手を差し伸べる。
「すみません。エリック様」
謝りながらもシェリアちゃんは俺の手に自分のを重ねる。俺はぐいっと引っ張って乗りやすいようにエスコートをした。淑やかにシェリアちゃんは中に乗り込んだ。扉が閉まると馬車は走り出した。
「……エリック様。今日は神殿に行くのでしたね」
「そうだ。君は聖女に選ばれたからね」
「まあ。確かわたくしは光の聖女だと教わりました。闇の聖女の方もいらっしゃるとか」
「ああ。闇の聖女は妹のシュリナだ。けどあの子はまだ小さい。シェリアちゃんだけで修行する事になるだろうな」
「わかりましたわ。頑張りますね。エリック様」
にこりと笑ってシェリアちゃんは俺に言う。それに頑張れと言って彼女の頭をそっと撫でてやる。はにかみながらも嬉しそうにシェリアちゃんはしていた。可愛いと思った俺だった。




