ブライアン様の問いかけ
ふと、ブライアン様と目が合った。
じっとこちらを見ている。頭の奥底まで、ひっくり返して調べようとしている。そう感じた。
青い目が冷たい光を放つのを見て、綺麗だなと一瞬だけ見惚れた。ジェイソン様の無意味な微笑みより、この冷たい目の方がずっと好ましい。
このとき、結婚しなくてよかったと、もう一度思った。
私はジェイソン様のことが全然好きではなかったのだ。どちらかといえば苦手、はっきり言うと嫌いかもしれない。
今になって、こんなことに気付くなんて、私はどれだけぼんやりと生きていたんだろう。
思わずため息が漏れた。
私が顔を上げるのを待って、ブライアン様が話し始めた。
「教会での話を聞いて、ディール侯爵家の従僕に確認したところ、新しくマリア嬢専属の侍女が雇われたという。今わかっているのはそれだけだ」
ブライアン様は、相変わらず私を、冷たく光る目で見据えている。
「マリア嬢も言っていた通り、何かを画策していたとしても、未遂で証拠もないとなれば、罪に問うことはできない」
私はおずおずと頷いた。
「まずは、なぜ告発したのか聞いてもいいだろうか」
「⋯⋯死にたくない。そう思いました」
ぽつりと答えた。
「お前、大げさな」
お父様が私をなじる。
「もっと、穏便なやり方が、いくらでもあっただろう。何もあんな場所で言わなくても」
「結婚式が終わった後で言っても、たぶん同じように、大げさな、と言うでしょう!? そして私は婚家で暮らし、次第に弱って死ぬ。そして気の弱い子だったから仕方ない、で終わるのだわ」
まだ式の時の興奮が残っているようだ。いつもならすぐに謝って引っ込むのに、自分の意見が言える。
そんな自分に、自分で驚く。
そして同じく父も驚いたようだ。
言い返すことなどなかった娘が、突然噛みついてきたのだから。
ぽかんとした後、父は表情を取り繕った。
「そんなことは無い。ちゃんと調べて、おかしなことがあれば、向こうに申し入れをするだろう」
私は黙って考えた。
そうだろうか。もっと私が積極的に動いていれば、どうにかなったのだろうか。
「もし、侯爵家の用意した侍女について、知っていることがあれば教えてほしい」
ブライアン様の冷静な声が響いた。
私は落ち込んでいきそうな考えから引き戻され、ハッとして顔を上げた。
「ええと、確か名前はメリー。私の身の回り全般を受け持つ専属侍女です。髪は茶色く染めていて、泣きぼくろは化粧で隠しているはずです。細身のしなやかな体つきの美女で、屋敷内ではキャップを目深に被って眼鏡を掛けています」
ブライアン様が少し驚いたように体を引いた。
「ずいぶん詳しく知っているんだな」
しまった。情報を出し過ぎたみたい。そう思って縮みあがっていたら、そこには触れずに話が続いた。
「侍女の名はメリーだそうだ。侯爵家にやってきたのが二日前なので、マリア嬢が名を知っているとしたら、あらかじめジェイソンから聞かされていたか、匿名の手紙で知ったか、ということになる」
ロイドがスッと体を動かした。
「執事に質問してもいいだろうか」
ロイドの意思表示を察して、ブライアン様が父に問いかける。
父が承諾すると、ブライアン様はロイドに向き直った。
「マリア嬢付きの専属侍女を、ディール侯爵家で付けることについて、話はあったか?」
「ございません。今お伺いして驚いております。当家からマリア様付きの侍女が、同行することになっております。その下に付く場合でも、公的な儀礼などを教える係が付く場合でも、あらかじめ紹介があるものです」
私の横でベルがわなわなと震えている。彼女にしてみれば、納得できない処遇で、蔑ろにされるにもほどがある。
それに先ほど私が言った、ベルは屋敷に帰される、という言葉が本当なのだと悟ったのだろう。
ブライアン様はそんなベルの様子に、一瞬目を留めたようだ。
この行いは、伯爵家に対する礼儀を欠いているので、流石に父も戸惑っている。
「侯爵家はどういうつもりなのでしょうなあ」
そう言う声が不安気だ。
「ベルをこちらに返して、私を愛人に監視させることになっていたようです。だからベルはすぐに⋯⋯そうだわ、あちらではベルの部屋すら用意されていないはずです」
言う内に色々と思い出し始めた。
私が早く馴染むように、全て侯爵家で整えたと、だから我が家の家風に合わせて欲しいとジェイソン様が言っていた。そういうものかと思って従ったけど、今考えると、それはなんだかおかしい気がする。
ブライアン様が、溜息をついて椅子に座り直した。
「ありがとうございます。それは判断材料のひとつになります。教会でのジェイソンと子爵家の様子から、かなり黒よりのグレーだと感じていましたが、もし、こちらの侍女を排除する予定だったのなら、真っ黒寄りのグレーとしか思えません」
「判断ですか?」
父が聞き返す。
「彼は近衛騎士です。王族の身辺を守る仕事です。その職務には、それなりの倫理基準があるのです」
そう言って父の目をじっと見る。
「伯爵家の御子息も近衛勤務でしたね。まさか、ジェイソンと結託しているとは思いませんが、一度、話をさせていただくと思います」
「は、はい。承知いたしました」
「明日、ディール侯爵家に事情を聴きに行きます。その後で、もう一度お話を伺うことになるかもしれません。伯爵家では、マリア嬢含め、誰も専属侍女が替わることを聞いていない、でよろしいですね」
「はい」
父が神妙に答える。
ブライアン様は、専属侍女が替わる、とはっきり言った。正しく推測してくれているのが分かって、私は嬉しかった。
「ところで、マリア嬢、婚約のきっかけは何だったのでしょう」
突然、少し飛んだ質問が来て、私は目をパチパチさせた
確か、一年三カ月ほど前に、兄が同僚のジェイソンを連れてきたのだ。
そこで彼は私を見初めた、ということだった。
そう話すと、
「やはりエリックにも、しっかり話を聞かないといけませんね。明日、もう一度伺います。それまで、ディール侯爵家との話し合いはお待ちいただきたい」
ブライアン様の目の厳しさが、少し和らいでいる。そしてついでのように父に聞いた。
「伯爵、もし結婚式が普通に終わり、今夜侍女が戻ってきたとしたら、どうされましたか?」
いきなりポンと質問を投げられた父は、はて? と首を傾げた。
「侍女から経緯を聞いて、明日問い合わせをします。たぶん」
「明日、侯爵家はなんと返答してくると思いますか。私には想像がつかなくて」
ブライアン様が困ったように加えた。
「あー、例えば、連絡の行き違いがあったようだとか、マリアにはそう伝えてあったとか、ですかな」
気が楽になったのか、父は苦笑しながら話す。
やっぱり、侯爵家に流される気満々だ。私は小さく息を漏らした。
再びブライアン様と目が合う。この方、この場の全てを、すごくよく見ている。その瞬間、そう気付いた。
話し合いが終った雰囲気を察して、ロイドが、「お見送り致します」と声をかけ、ドアを開けた。
一緒に見送りに出ようとする父を押しとどめ、ブライアン様はロイドと二人で部屋を出て行った。
緊張が解けて、息がしやすくなったように感じる。握っていたハンカチは、少し汗ばんで、くしゃくしゃになっていた。




