夢の話ーその3
「お早うございます。お嬢様」
ロイドが目録を手に近寄って来て、挨拶した。
「今、品物の確認をしております。品数のチェックだけなのですが、一つ足りない品がございまして、困惑しております」
「なあに? 何が無いの?」
「お嬢様の身の回りの小物一式が入ったボックスです。使いに遣った者によると、今、侯爵家で探してもらっているようです。あちらのお嬢様用の部屋に置かれたのは確認されているのですが、返却しようと荷をまとめる時には、なかったそうです」
私はしばらく、ぽかんとした。私の小物一式が入った小物入れ。そこには、愛用の手鏡や櫛、ブラシ、それにナイトキャップなどが収められている。
そして、アクセサリーもその小物入れのトレーに仕舞ってある。
今回は少ししか持って行かなかったので、ジュエリーボックスに入れずに、小物を小分けして収める小型のボックスに入れていたのだ。
今朝の夢が脳裏によみがえった。
そして、侍女メリーが行方不明だと聞いたことも、頭の中に浮かんできた。
膝が震え、力が抜けていく。
血の気が引いて体が冷たくなるのを感じた。そして目の前が暗くなった。
「お嬢様、気が付かれましたか? 良かった。皆様にご報告してきますね。凄く心配されていましたから」
私のベッドの横についていたベルが、急いで部屋を出ていく。
何だったかしら。
しばらくぼうっとした後、思い出した。
メリーが殺されたかもしれない。
でも、本当に?
何もかもが謎で、私にはわからない。また眩暈がしたので、クッションに背中を預けて、目を瞑った。
うつらうつらとしていたら、いつの間にか夢に入り込んでいた。
私は、メリーと男が会っていた路地に立っている。
その路地を抜けた辺りに、ボロボロの小屋が見えてきた。私はそこに向かって歩いていく。ドアを開けるのは嫌だった。
だけど足は勝手に先へ進み、壁を通り抜けて中に入っていく。
そこには案の定、メリーが倒れていた。息が無いのが一目でわかった。
あの魅力的な唇が半開きになり、端から血が少し垂れている。首が変な方向に向いているので、前回のような絞殺では無いようだ。
夢で見ているからか、凄く冷静に様子を見ている自分に驚く。
私ってこんなに酷薄な人間だったのかしら。
そう思って悲しくなっていたら、ベルに揺り起こされた。
「お嬢様、着付け薬を少し嗅ぎますか? ご気分はどうです?」
心配そうにのぞき込むベルの後ろに、母とノエルがいた。
「マリア、大丈夫? 疲れが出たのかしら。しばらくゆっくりしたほうがいいわね」
「ありがとうございます、お母様。疲れがたまっているようですわ」
「あのね、あの荷物を見て、あなたの気持ちと覚悟を実感したの。それでノエルと今までのことを話合ったわ。あなたが嫌だって言うのをいつも聞き流してごめんなさい。どれだけひどい事だったか、やっとわかった」
まあ、お母様が謝っている。いつも、全くこの子は、っていう感じで流されていたのに。久しぶりにちゃんと受け止めてもらえている。
「今までと、態度が全然違いますね。私の置かれていた状況に、やっと気が付いたのですね?」
冷たく言ってやると、いつも調子が良くて好き放題言うタイプの母が、ひるんだ。
その様子を見て、私はこんな状況なのに胸がスッとするのを感じる。そしてツンと目を逸らしてやった。
ノエルも、最近の生意気な様子が引っ込んで、しゅんとして母の横に立っている。
そして私の顔をしばらく見てから、枕元に寄って来た。
「お姉さま、私、嫌な態度をとっていたわ。なんだかお姉さまばかり、うまくいっているように感じていたの。ごめんなさい」
ノエルがおずおずと私に言う。
私は溜息をついてノエルに言ってやった。
「ちゃんと勉強しなさい。あなたは淑女としての振る舞いに問題ありよ。許すかどうかはそれ次第ね」
項垂れるノエルの顔を見ていたら、なぜかさっきの夢がよみがえった。
しょげていてさえ生き生きとしたノエルの顔と、死んだメリーの顔のあまりの違いが胸を突いた。
メリーを許したわけではない。
そんなことは絶対に出来ない。だけど胸が熱くなって、なぜか涙が溢れ出てきた。
「お嬢様、少しお休みになったほうが、宜しいのでは」
「いいえ、お兄様が家にいたら、ここにお呼びしてもらえないかしら。ロイドも」
ベルに呼ばれたお兄様が部屋にやってきた。ほんの数日で、頬がこけて少し瘦せたようだ。
それまでに、私は涙をぬぐい、気持ちを落ち着かせていた。母とノエルには、兄に大切な相談事があると話し、部屋を出てもらっていた。
「大丈夫か? マリア。倒れたって?」
心配げに兄が私を見る。
「ジェイソンの愛人のメリーが殺されているかもしれません。探して欲しいのです」
兄はえっと言う風に唇を動かしたが、声は出さなかった。
「動揺を現さないところは、さすがに腐っても近衛騎士ですね。腐っているかどうかは知らないけど」
思わず、キツイ物言いをしてしまった。
「夢を見ました。ある目立たない場所の小屋の中で彼女が倒れていました。私の小物入れを持って逃げ、それを共犯者に奪われて、殺されたようです」
「お前、何を言っているんだ?」
ロイドが、「エリック様、よろしいでしょうか」と声を掛けた。
兄が、「何だ」というと、ロイドが私に話し掛けた。
「小物入れというのは、ディール侯爵家から消えた、あの小物入れでしょうか」
私が頷くと、ロイドがエリック兄さまに説明してくれた。
ディール侯爵家に送ってある荷物を返却してもらおうとしたところ、小物入れだけが見当たらず、今探してもらっている。その内容は、身の回りの小物とアクセサリーだと。
そして、それを聞いた私が卒倒したことも。
「まさか、メリーという愛人が、アクセサリーを盗んで逃げたと思っているのか?」
「ええ、たぶん。この話を、嘘だとお思いになっても結構です。兄様は私に謝る約束をされていましたね。それと交換でどうでしょう。こんなことは、とても他の人には頼めませんから」
兄はしばらく無言で考えていた。
それから、私に向かって頭を下げた。
「お前をないがしろにしてきたことを、謝る。それから、ジェイソンの思惑に気付かなかったことも謝る。悪かった」
これには驚いた。まさか、兄が私に謝るなんて、思いもしていなかったのだ。
「……謝罪を受け入れるかどうか、少し考えますわ。だけど、なぜ私に冷たく接していたのですか?」
しばらく考えてから、眉間にしわを寄せて兄は言う。
「お前、頭を撫でたら噛みついて来たんだぞ。なんて凶暴な奴だと思って……」
言い掛けて、言葉が止まった。
「うわっ。情けないな。そんなくだらない理由だったんだ。なんてこった」
確かにあきれる内容だ。ロイドも口を少し開けて、兄を見ている。
「それ、いつの事なんですか?」
「お前が三歳くらいかな……どう考えても、俺が駄目だな。いつの間にかそれが当たり前になって、初めの理由なんて忘れていた。悪かった」
気が抜けてしまった。もっと何かあったのだと思っていた。
「犬みたいって言って、髪の毛をグシャグシャにするあれ? 私、噛みついたんだ」
想像したら、笑いそうになった。ふざけて私の髪に手を突っ込んでグシャグシャにする兄と、その手にかぶりつく私。
「馬鹿らしすぎるわ。本当に反省してください。いいですね!」
「本当にそうだ。ところで、その探すっていうのは、どのあたりか目安はついているのか?」
「え、行ってくれるのですか?」
「ああ、他に頼む相手がいないんだろ。まあ、それはそうだろうな。夢に見たっていうだけじゃ」
私はぽかんと兄の顔を眺めた。思いがけないにもほどがある。




