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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者:
第二章 マリアの夢

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夢の話ーその3


「お早うございます。お嬢様」


 ロイドが目録を手に近寄って来て、挨拶した。


「今、品物の確認をしております。品数のチェックだけなのですが、一つ足りない品がございまして、困惑しております」


「なあに? 何が無いの?」


「お嬢様の身の回りの小物一式が入ったボックスです。使いに遣った者によると、今、侯爵家で探してもらっているようです。あちらのお嬢様用の部屋に置かれたのは確認されているのですが、返却しようと荷をまとめる時には、なかったそうです」


 私はしばらく、ぽかんとした。私の小物一式が入った小物入れ。そこには、愛用の手鏡や櫛、ブラシ、それにナイトキャップなどが収められている。

 そして、アクセサリーもその小物入れのトレーに仕舞ってある。


 今回は少ししか持って行かなかったので、ジュエリーボックスに入れずに、小物を小分けして収める小型のボックスに入れていたのだ。


 今朝の夢が脳裏によみがえった。

 そして、侍女メリーが行方不明だと聞いたことも、頭の中に浮かんできた。


 膝が震え、力が抜けていく。

 血の気が引いて体が冷たくなるのを感じた。そして目の前が暗くなった。




「お嬢様、気が付かれましたか? 良かった。皆様にご報告してきますね。凄く心配されていましたから」


 私のベッドの横についていたベルが、急いで部屋を出ていく。

 何だったかしら。

 しばらくぼうっとした後、思い出した。


 メリーが殺されたかもしれない。

 でも、本当に?


 何もかもが謎で、私にはわからない。また眩暈がしたので、クッションに背中を預けて、目を瞑った。


 うつらうつらとしていたら、いつの間にか夢に入り込んでいた。


 私は、メリーと男が会っていた路地に立っている。

 その路地を抜けた辺りに、ボロボロの小屋が見えてきた。私はそこに向かって歩いていく。ドアを開けるのは嫌だった。

 だけど足は勝手に先へ進み、壁を通り抜けて中に入っていく。


 そこには案の定、メリーが倒れていた。息が無いのが一目でわかった。

 あの魅力的な唇が半開きになり、端から血が少し垂れている。首が変な方向に向いているので、前回のような絞殺では無いようだ。


 夢で見ているからか、凄く冷静に様子を見ている自分に驚く。

 私ってこんなに酷薄な人間だったのかしら。


 そう思って悲しくなっていたら、ベルに揺り起こされた。

 

「お嬢様、着付け薬を少し嗅ぎますか? ご気分はどうです?」


 心配そうにのぞき込むベルの後ろに、母とノエルがいた。


「マリア、大丈夫? 疲れが出たのかしら。しばらくゆっくりしたほうがいいわね」


「ありがとうございます、お母様。疲れがたまっているようですわ」


「あのね、あの荷物を見て、あなたの気持ちと覚悟を実感したの。それでノエルと今までのことを話合ったわ。あなたが嫌だって言うのをいつも聞き流してごめんなさい。どれだけひどい事だったか、やっとわかった」


 まあ、お母様が謝っている。いつも、全くこの子は、っていう感じで流されていたのに。久しぶりにちゃんと受け止めてもらえている。


「今までと、態度が全然違いますね。私の置かれていた状況に、やっと気が付いたのですね?」


 冷たく言ってやると、いつも調子が良くて好き放題言うタイプの母が、ひるんだ。

 その様子を見て、私はこんな状況なのに胸がスッとするのを感じる。そしてツンと目を逸らしてやった。


 ノエルも、最近の生意気な様子が引っ込んで、しゅんとして母の横に立っている。

 そして私の顔をしばらく見てから、枕元に寄って来た。


「お姉さま、私、嫌な態度をとっていたわ。なんだかお姉さまばかり、うまくいっているように感じていたの。ごめんなさい」


 ノエルがおずおずと私に言う。

 私は溜息をついてノエルに言ってやった。


「ちゃんと勉強しなさい。あなたは淑女としての振る舞いに問題ありよ。許すかどうかはそれ次第ね」 


 項垂れるノエルの顔を見ていたら、なぜかさっきの夢がよみがえった。

 しょげていてさえ生き生きとしたノエルの顔と、死んだメリーの顔のあまりの違いが胸を突いた。

 メリーを許したわけではない。

 そんなことは絶対に出来ない。だけど胸が熱くなって、なぜか涙が溢れ出てきた。


「お嬢様、少しお休みになったほうが、宜しいのでは」


「いいえ、お兄様が家にいたら、ここにお呼びしてもらえないかしら。ロイドも」


 ベルに呼ばれたお兄様が部屋にやってきた。ほんの数日で、頬がこけて少し瘦せたようだ。


 それまでに、私は涙をぬぐい、気持ちを落ち着かせていた。母とノエルには、兄に大切な相談事があると話し、部屋を出てもらっていた。


「大丈夫か? マリア。倒れたって?」


 心配げに兄が私を見る。


「ジェイソンの愛人のメリーが殺されているかもしれません。探して欲しいのです」


 兄はえっと言う風に唇を動かしたが、声は出さなかった。


「動揺を現さないところは、さすがに腐っても近衛騎士ですね。腐っているかどうかは知らないけど」


 思わず、キツイ物言いをしてしまった。


「夢を見ました。ある目立たない場所の小屋の中で彼女が倒れていました。私の小物入れを持って逃げ、それを共犯者に奪われて、殺されたようです」


「お前、何を言っているんだ?」


 ロイドが、「エリック様、よろしいでしょうか」と声を掛けた。

 兄が、「何だ」というと、ロイドが私に話し掛けた。

 

「小物入れというのは、ディール侯爵家から消えた、あの小物入れでしょうか」


 私が頷くと、ロイドがエリック兄さまに説明してくれた。

 ディール侯爵家に送ってある荷物を返却してもらおうとしたところ、小物入れだけが見当たらず、今探してもらっている。その内容は、身の回りの小物とアクセサリーだと。

 そして、それを聞いた私が卒倒したことも。


「まさか、メリーという愛人が、アクセサリーを盗んで逃げたと思っているのか?」


「ええ、たぶん。この話を、嘘だとお思いになっても結構です。兄様は私に謝る約束をされていましたね。それと交換でどうでしょう。こんなことは、とても他の人には頼めませんから」


 兄はしばらく無言で考えていた。

 それから、私に向かって頭を下げた。


「お前をないがしろにしてきたことを、謝る。それから、ジェイソンの思惑に気付かなかったことも謝る。悪かった」


 これには驚いた。まさか、兄が私に謝るなんて、思いもしていなかったのだ。

 

「……謝罪を受け入れるかどうか、少し考えますわ。だけど、なぜ私に冷たく接していたのですか?」


 しばらく考えてから、眉間にしわを寄せて兄は言う。


「お前、頭を撫でたら噛みついて来たんだぞ。なんて凶暴な奴だと思って……」


 言い掛けて、言葉が止まった。


「うわっ。情けないな。そんなくだらない理由だったんだ。なんてこった」


 確かにあきれる内容だ。ロイドも口を少し開けて、兄を見ている。


「それ、いつの事なんですか?」


「お前が三歳くらいかな……どう考えても、俺が駄目だな。いつの間にかそれが当たり前になって、初めの理由なんて忘れていた。悪かった」


 気が抜けてしまった。もっと何かあったのだと思っていた。


「犬みたいって言って、髪の毛をグシャグシャにするあれ? 私、噛みついたんだ」


 想像したら、笑いそうになった。ふざけて私の髪に手を突っ込んでグシャグシャにする兄と、その手にかぶりつく私。


「馬鹿らしすぎるわ。本当に反省してください。いいですね!」


「本当にそうだ。ところで、その探すっていうのは、どのあたりか目安はついているのか?」


「え、行ってくれるのですか?」


「ああ、他に頼む相手がいないんだろ。まあ、それはそうだろうな。夢に見たっていうだけじゃ」


 私はぽかんと兄の顔を眺めた。思いがけないにもほどがある。


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― 新着の感想 ―
マリア嬢の知るはずのないことまで夢に見て、しかも人が死ぬ夢までとなるとほんとにこわいですね。実際にそのとおり死んでるかもしれないとなるとなおさら。 でも家族が謝ってくれてよかった。許すかどうかはともか…
短編版も良かったけど連載版も違う味付けでとっても良いです。面白いです。応援してます☺
百歩譲ってきょうだいとは和解ありかと思いますが(子供だったし)、親との和解はそんな簡単なはずはないですね。とくにこの母親は要らない。
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