夢の話ーその2
急に怖くなり、私はもたれていたクッションを抱え込んだ。
手触りも匂いもある。大丈夫、これは本物よ、夢じゃないわ。
そう自分に言い聞かせ、それでも不安だったので、ベルを呼び鈴で呼んだ。
「お嬢様、御用でしょうか」
「こちらに来て」
ベルの手をぎゅうっと強く握った。スリスリと擦って肌の感触も確かめた。
「お嬢様?」
「ベル。ベルよね。これは夢じゃないわよね」
ベルは私の手を握り返して、困った様子でいる。
「怖い夢を見たのですか?」
「ええ、すごく怖い夢よ。どちらが現実なのか分からなくなって⋯⋯」
「何かお持ちしましょう。ちょっとだけブランデーを垂らした紅茶はどうですか? ハチミツをたっぷり入れて。温まりますよ」
「お願い」
ベルが急いで紅茶を用意しに行ってくれた。
良かった。多分、こちらは現実よ。そうとしか思えないもの。
でも、なぜ前回の自分を見るのか、それが全くわからない。
一度死んだのに、なぜ生き返ってやり直しているのかも、実は分からない。
不思議だったけど、それどころではなかったので、今まで深く考えてこなかった。それに、やり直しが始まってから今まで、何事も起こらなかった。
もしかしたら、違う未来を掴み取ったから?
ベルがティーカップをトレイに載せて、戻ってきた。
蜂蜜とブランデーは別の器に入れて、添えてある。
私はブランデーを一垂らししてから、蜂蜜をスプーンにたっぷりとすくった。
蜂蜜はとろっとゆっくり紅茶の中に落ちていく。
一すすりすると、柔らかい甘みが、ざわつく気持ちをなだめてくれる。
もう一匙分蜂蜜を追加し、ちょっと迷ってから、ブランデーを二滴垂らした。
「甘くて美味しいわ。ブランデーを垂らして飲むのは初めてよ。だから、やっぱりこれは、夢じゃない」
私はやっと自信を持って断言した。
ベルはそんな私を優しく見ている。
「変なことを言い始めて、おかしくなったとは思わないの?」
「この数日の出来事は、いえ、お嬢様にとって、手紙を受け取り始めてからの数カ月は、とんでもない日々だったのですもの。こう言ったらなんですけど、少しくらいおかしくて普通です」
「⋯⋯そうね」
私は黙ったまま、心の中で祈った。
『どうか、あのおかしな夢を終わらせてください』
ところが、その夜も、夢を見ることになった。
夢のなかで、私は死にかけていた。
お医者様が、言うのが聞こえる。
「毒を飲んで自殺を図られたようです。お体が弱っているので、持ちこたえられそうにありません」
そして、「最期の言葉を」とジェイソン様に言っている。この夢は声も聞こえるようだ。
このやり取りは、なんとなく覚えている。たぶん? 最期の時だと思う。自分で自分の最期って、はっきりとはわからないのかもしれない。
他の人たちが出ていき、ジェイソン様が残った。メリーは水の入ったボウルとタオルを持って控えている。
「マリア、君にはすまないと思っているよ。許してくれ。僕たちには、君という人物が必要だったんだ。お詫びに苦しまずにすむ薬を用意した」
私は不思議そうな目でジェイソン様を見ている。
ジェイソン様の横にメリーが並び、その腰にジェイソン様の手が伸びる。
そしてこの企みごとを、淡々と私に話して聞かせている。
私のぼんやりと焦点が合わない目に、理解の光が灯った。薄らと。
その私の前に座り、メリーが小声で、またおばあさまのアクセサリーの事を話し始める。
「一番大切なアクセサリーは、結局どれなの?」
メリーは私を睨んでいる。それから溜息をついた。
「それがどれなのかさえ、あなたは分かっていないのよね。全く、なんて役立たずなのかしら」
「アクセサリーがどうかしたのかい? 欲しいものがあれば、今後いくらでも買えばいいよ」
「ありがとう。ジェイソン。嬉しいわ」
二人は、医者を呼ぶと言って、揃って部屋を出て行った。
私の目に涙が浮かぶ。
「最後に、掛けられた……言葉が、役立たず、なんて……」
掠れた声で言い、枕元にあったいつもの扇子で、自分の手の甲を叩いた。
「こんな、自分が嫌……嫌よ。戻れるものなら……」
扇子が手からこぼれ、掛け布団の上にポトリと落ちた。
私が死んだ。
――でも、夢が終わらない?
場面が変わり、メリーがまたあの男と会っている。
私のアクセサリーを、袋に入れて持って来たらしく、袋の口を開けて見せている。
また、無音なのかと思ったら、声が聞こえて来た。
「これが持っていた全部よ。譲られたっていう品を全部持って来てみたわ。言っていたような、目の模様が見える宝石なんて、一つも無いと思うけど。あなたが見て判別してちょうだい。さすがに全部なくなっていたら、私が疑われるもの」
男は黙って一つ一つを吟味している。そしてうんざりしたように言う。
「どれが探しものなのか、全然わからないな。全部貰っていく」
「え、話が違うでしょ。それじゃ、私が困るわ」
男がニヤッと嫌な感じに笑った。
「困らないようにしてやるよ」
そう言うと、メリーの首に手を掛けた。
私は、ベッドの上で飛び起きた。
今の夢は何?
私は何を見たの?
口を覆った手が震えている。私は呼び鈴を鳴らした。
すぐにベルがやって来た。
「おはようございます。お嬢様」
そう言った後、すぐに私の様子に気付いたらしく、走り寄って来た。
「ご気分が悪いのですか? どこか痛いとか? どうされました?」
私はベルの手に縋りついた。胸がどきどきして、息をするのが辛い。
ベルの手を握って、言葉を絞りだした。
「夢を見たの。凄く怖い夢」
ベルの肩から力が抜けた。
「深呼吸してください。夢はもう終わりです」
そう言われて、急に息が楽になった。夢はもう終わりです、か。
ベルがベッドの天蓋から下がるカーテンを引き、窓のカーテンも開けていく。窓の外に目をやると、とても明るくて気持ちの良い風景が見える。
言われるまま深呼吸をしたら、気持ちが落ち着いた。あの夢のことは、もう少し後で考えようと脇に置く。
着替えをして、朝食を運んでもらった。それから気分転換に、刺繍をすることにした。
刺繍を始めると、雑念が飛んで夢中になれるので、これが一番なのだ。
さて、何を刺そうかと思うと、また青い花を刺したくなる。
少し微笑みながら、色糸を選び色を決めていたら、従僕がやって来た。荷が届いたので、検めて欲しいと言う。
ベルと一緒に階下に降りると、ホールの隅に、私の少ない荷物が並べられていた。
それを見て、本当に少ないわ、と我ながら驚く。
荷物の近くに母とノエルがいて、同じように荷の少なさに驚いているようだ。私の姿を見ると妹が声を掛けて来た。
「お姉さま、これだけしか持って行かなかったの? たった、これだけ?」
母も、よほど驚いたのか、おろおろしている。
「嫁入り用にと取り寄せたり、作ったりして揃えた品々を、殆ど持って行かなかったのね。一体どうしてなの?」
「だって、どうせ殺されるならいらないもの。だから、残りは後日連絡してからって、ロイドに言っておいたの」
二人は呆然として黙り込んでしまった。顔が引きつっている。私が今まで言っていた事を、やっと本当に理解したようだ。




