夢の話ーその1
死に戻りのなぞが見えて来る章です。少しダークで過去のマリアの辛い経験が出てきますが、現実のマリアの状況はぐっと明るくなっていきます。
その夜の夢で、私はメリーが誰かと話している場面を見た。
メリーは私のブローチをその男に渡している。
確か先日、クリーム色のドレスに合わせて着けた、エメラルドの嵌ったブローチだ。
前回はアクセサリーをたくさん持って行ったけど、今回はあまり積み込まなかった。
そんな物を着けても、誰も見てくれないなら面倒なだけだから。
それで、ほとんどを家に残してあった。
二人は何か言いながらブローチをひっくり返したり、陽に透かしたりしている。何かを確認しているようだ。
男が首を傾げた。判断が付かなかったらしい。
男は私のブローチを布でくるんで胸ポケットにしまい込んだ。そして、小瓶をメリーに渡す。
メリーは小瓶を少し持ち上げて顔をしかめる。それには白い物が入っている。砂糖なのかもしれない。それが、私が飲まされていた、毒の混じった砂糖なのだろうか。
メリーは男を見送りながら、不服そうにしている。
そういえば、よくメリーにアクセサリーのことを聞かれたのだった、と思い出した。
新しい物ではなく、お祖母様から譲られた物の事ばかり。
なんでか聞いたら、由緒がありそうで、ロマンティックだからと答えた。
メリーは親指の爪を噛みながら、クルッとこちらに振り向いた。なんだか悔しそうだ。
そこで目が覚めた。
このおかしな夢を見るのは、これで三回目になる。今回は私自身が全く出てこないので、さすがにおかしいと思った。それで、以前の事を思い返してみた。
前世では、アクセサリーの管理はメリーに任せていた。
よく磨いてくれて、陽にかざしたりはしていたけど、それは通常のお手入れで、特に気にしたことはなかった。でも何か意味があったのだろうか。
いつのまにか、見当たらなくなった品がいくつかあったように思う。
でも、着ける意味も気力も、どんどん薄れていき、気にもしなくなっていった。だから、どのアクセサリーが無くなったかなんて、まるで分からない。
そしてふと思い出した。
侯爵家に送ってある荷物を返してもらわないといけない。
バタバタしていて忘れていたのだ。
私のブラシ、私の手鏡、私のナイトキャップ。そう、それこそ大切なのだ。ちょうど良く収まる、使い勝手の良いナイトキャップ。
そのことをベルに伝えると、ベルも、「あっそうだった」と声を上げた。
「忘れておりました。声をかけなくてはいけませんね。言われなくても送ってこい、と言いたいところですが、こちら以上にあちらはもう、大騒ぎでしょう。仕方ないですね」
ベルはちょっと鼻息を荒くして言う。
「これは執事を通して言ってやったほうが良いでしょう。お伝えしておきます」
そう言って部屋を出ていった。
私は夢に出てきたブローチを取り出し、ゆっくりと眺めた。夢と同じように陽にかざし、エメラルドの石を透かしてみても、特に変わったものは見えない。
「あの夢は何? メリーは誰と会っていたのかしら」
気になったので、お祖母様から譲られたアクセサリーを引っ張り出して、テーブルに並べた。
結構たくさんある。お祖母様は私にほとんどのアクセサリーを残した。ノエルは古臭いと言って嫌がり、金のブレスレット一個しか貰わなかった。
「デザインが古臭いと思ったら、仕立て直しなさい。昔の石のほうが今のより大きくて、良い物が多いのよ」
祖母はそう言っていた。
伯爵家で代々受け継がれる宝石は、母が受け継いでいる。
それはエリック兄様が結婚したら、その伴侶に渡る。そうやって家宝として、家のなかで受け継がれるのだ。
だから私が貰ったものは、アクセサリーの類で、そんなに高級品ではない。もちろん、一つ一つがそれなりの金額にはなるけど、何ていうか、それなりの品だ。
そういえば、侯爵家で受け継いだ宝飾品は、一度も着ける機会がなかった。
大きなルビーの連なったネックレスとイヤリングのセットだったわね。驚くぐらい豪華で、貴重な品。
でも、残念ながら、私には全く似合わなかった。
メリーは何をしていたのだろう。あの男に私のアクセサリーを売っていたのだろうか。それにしてはお金を受け取っていなかった。それに換金するだけなら、もっと幾つも持って行きそうなものだ。
結局、どう考えたらいいのかわからなかった。
その後、荷物について、ロイドが了承を取りにやってきた。
目録を作っているので、それを先に先方に送り、明日引き取りに誰かを行かせると言う。
「ディール侯爵家に任せておいたら、どうなるかわからないですから。しっかりした者を二人送ります。馬車1台に余る荷物でしたね。驚くほど少ない⋯⋯」
そう言ったきり、ロイドが黙った。
「どうしたの?」
「荷物の量も内容も明らかにおかしかった。お嬢様の様子もです。それなのに、なぜ気づかなかったのでしょう。全く、こんなに長く生きてきて、私は何を見ていたんでしょう」
ロイドが俯いている。
私は、結婚に対して何の希望も喜びも無かったので、必要最低限の物しか持って行こうとしなかった。
それ以外は全て、後日と言って断ったのだ。
伯爵家の長女の嫁入りにしては、おかしなくらい荷が少なかっただろう。
その様子を見て、私は努めて明るく言った。
「もう、終わったことよ。これからは良いことしかないわ。きっと」
「そうでございますね。そう言えば、ブライアン様から、伯爵様にご訪問の問い合わせがございました」
ロイドが泣き笑いのような表情で告げる。
「まあ、嬉しい。久しぶりにお会いするような気分だけど、まだ二日会わなかっただけなのね。⋯⋯変だわね」
ロイドの表情が、笑いだけになる。
気を取りなおしたようで、私も嬉しくなった。
「いつ、いらっしゃるの?」
「伯爵様に伺っておきます。その前に、まずは荷物の件を済ませましょう」
ロイドが出ていって、静かになった部屋で、私はうたた寝をしたようだ。
その短い間に、また少しだけ夢を見た。
私はベッドに寝ている。すでに体調を崩しているようで、痩せて顔色が悪い。
軽い風邪を引いた時に、滋養になると言われて飲み始めたお茶と砂糖、それに薬が混ぜられていたそうだ。少しずつ体調が悪くなり、食欲が失せ、気分が沈んでいった。
でも、私はそのお茶を毎日飲んだ。
それを飲んでいれば、その内体調が戻ると信じて。
その私を揺り起こし、メリーが何かを聞いている。
目を覚ました私に、アクセサリーをいくつか見せているようだ。
こんなことが何回もあったと思う。
お祖母様のアクセサリーに、メリーは異様にこだわっていた。
それを今はっきりと思い出した。
私が一つを指さすと、それを手に握り込み、他をアクセサリーボックスに仕舞い、部屋を出ていった。
私はそのまま寝てしまったようだ。
私の身体は掛け布団の下に埋もれている。生気のない薄っぺらい身体は、まるで死んでいるかのように見えた。
ハッとして体を椅子から起こし、周囲を見回した。
ここは私の部屋で、まだ外は明るい。それに体調にも問題は無さそう。
私はようやく、これは普通の夢ではないと思い至った。
多分、前世であったことを、断片的に見ているのだ。
だとしたら、自分が死ぬ様子を見ることになるのだろうか。その後は?
その後もあるの?
そこまで考えたとき、ドクンと大きく心臓が脈を打った。
もしかしたら、今見ているこちらの世界の方が、夢なのだろうか。




