裁き
翌日、緊張して何も手につかず、ウロウロと部屋の中を歩き回って過ごした。
家を出た父は、夕方になってやっと戻ってきたようだ。
その夜、家族がまた集められた。
夕食を揃ってとることになり、私はベルに着替えを頼んだ。
決定を聞くことになるだろう。髪はキュッと結い上げ、きっちりまとめた。ドレスもカッチリした雰囲気のものを選んでおく。
夕食室には、母とノエルが居て、二人は密かに話をしていた。喋り方で、ゴシップ系だなと感じる。もしかしたら、昨日のブライアン様からの、手紙のことかもしれない。
二人は揃って、入ってきた私をジロッと見る。
私はすまして、従僕が引いてくれた椅子に腰掛けた。
視線が頬にバチバチと当たっている。
「ブライアン様から手紙が届いたそうね。何か調べに進展があったなら、私たちにも教えてちょうだい」
母が話しかけてきた。やっぱり当たり。
「ただのご機嫌伺いでした。私の体調を気遣ってくださったようです。さすが公爵家の方の振る舞いは、スマートですね」
母とノエルは口をとがらせて何か言いたそうにしたが、すぐに兄が、次に父が入ってきたので、結局何も言わなかった。
二人が座ると、すぐに食事が運ばれ始める。
「今日の話し合いで、処分が決まった。詳しいことは食後に話す。まず食べよう」
そう言われ、全員が無言のまま、そそくさと食事をした。ゆっくり味わう気になれないのは、皆一緒のようだ。
デザートになったところで、やっと父が口を開いた。
「思っていたより重い処分が下された」
そう言って私と目が合うと、スッと逸らし、「いや、それなりの処分だな」と言い換えた。
それからなんとなくため息をつく。
「あなた、思わせぶりな話し方はおやめください。気になって食事が喉を通りませんわ」
全員の目が母の皿に向く。大きなババロアの皿は既に空だ。
ここで口を開くと、ろくな事にならないのは知っているので、誰も何も言わず、自分のババロアに取り組んだ。
デザートが終わると、父はロイドに酒を頼んだ。
「ブランデーとリキュールを」
そう言ってから、「ウイスキーも一本持ってきてくれ」と追加した。
父と兄はブランデー、母と妹と私は桃のリキュールをもらった。
甘くてもったりしているけど、アルコールは結構強い。
母がノエルに、水を勧めている。
最初の一杯を飲み干し、父がやっと話し始めた。
「ジェイソン殿は、病気療養することになった。侯爵家を継ぐのは無理なので、血縁の者が侯爵家を継ぐ」
兄がグラスを傾けたまま止まった。ブランデーが少しこぼれて、袖口にかかった。
ロイドが素早くナプキンを差し出す。そしてグラスを受け取り、新しいグラスと交換した。
「本当ですか!?」
「ああ」
「なぜ、そんなきつい罰に?」
「やはりベルを追い払う算段をしていたのが決定的だな。何のためかと聞かれて、家風に馴染んでもらうためと言っていたが、他所から引っ張ってきた自分の愛人が、家のしきたりを熟知しているはずもない。言うだけ心象が悪くなるだけだ」
「そうね。それは、無理があるわね」
母が考えながらゆっくりと言う。
そう言い張っても、誰も納得しないのは目に見えていた。
「侯爵はあらかじめ腹を括っていたようだ。自分たちは後継者に引き継ぎをしたら、領地に引っ込むと言ったよ」
「そうするしか、ないものね。静かな余生を送ることになるわね」
母はそれなりに貴族の世界で生きて来た人なだけあって、そういう部分の感覚はしっかりしている。この決着の諸々に納得しているようだ。
エリック兄様はブランデーの入ったグラスを一息で空けると、ウイスキーに切り替えた。
「ジェイソンの身分はどうなるんですか? 爵位なしで両親とともに過ごすのですか?」
兄はジェイソン様の友人でもあるので、ジェイソン様個人の処遇が気になるようだ。
ちらっと兄に目をやり、父もウイスキーに切り替えた。
「男爵位を侯爵が譲るそうだ。田舎の領地を治めることになった。あらかじめ王家に打診していたようだな」
「まあ!!」
ノエルがお酒で赤くなった顔で、素っ頓狂な声をあげる。よほど驚いたようだ。どの部分に驚いたのだろうかと、私は聞いてみたくなった。
甘いリキュールが喉を落ちていく。とても甘いけど苦い。
「エリック兄様には、お咎めはなかったの?」
ノエルは遠慮なく父に質問した。
多分、家族全員がぎょっとしたと思う。
この子、貴族の世界をちゃんと泳いでいけるのかしら、とちょっと心配になる。
あまりにあけすけな質問だし、聞き方に配慮が全く感じられない。
母も同じように考えたらしく、慌ててノエルをたしなめた。
「無しだ。ジェイソン殿が、エリックには一目ぼれした、としか言ってないと断言した。それに……」
もう一口、ガブッとウイスキーを飲み込んだ。
「マリアが庭で鯉に餌をやりながら、エリックと話しかけていたそうだ。口をパクパクさせているのが、そっくりだとか、ブライアン殿に言ったそうだな」
父が私の方を向いた。
嫌だわ。ブライアン様ったら、そんなことを話したの?
私はあたふたしてしまった。
「それで王が笑ったそうだ。鯉に罰は与えられないな、だとさ。近衛団長が笑いながら教えてくれた」
「まあ、助かったわね。エリック」
母の嬉し気な声と、その正反対の兄の表情は見ものだった。兄はげっそりした表情で、また酒をあおった。
「よくわからないけど、マリアがでかしたってことよね。ありがとう、マリア」
母は浮かれている。甘くて飲みやすいお酒のせいもあるのだろう。
「そこで会議は終わりだ。この話はあくまでも、断罪ではない。侯爵家子息の療養についての相談だ。いいな?」
全員が神妙に頷く。母は、心配げにノエルの顔を伺っていた。後で言い聞かせて欲しいものだ。
「そこから侯爵と二人で話した。今回の賠償について、向こうが結構な額を、伯爵家とマリア個人に払うことになった。それは、ジェイソン殿の病気療養で、結婚が破談になることへの慰謝料だ。別の意味は無いからな」
母は、すぐに納得したようで、興奮した口調で言った。
「まあ、そりゃあそうよ。病気療養で次期侯爵から男爵に変わるなんて、詐欺も同然よ。完全に侯爵家の有責だわ」
ノエルは「お姉様ばっかり、ずるい」と口をとがらせている。
二人の酔っ払いは、早めに部屋へ戻した方がよさそうだ。
私はお父様に問いかけた。
「それで全部ですか?」
「後は乳母と愛人だな。乳母は侯爵家と同様だ。もう爵位を譲っているので、夫妻が領地に引っ込むことになったそうだ。それで愛人だが⋯⋯」
父が言い淀んだ。
「どうかしました?」
「逃げた後、行方不明なんだ。どこに逃げたやら、ジェイソン殿も分からないらしい」
「なあに、それ。逃げたって行く場所があるの? 匿ってくれる親族がいるのかしら」
ノエルが少し舌足らずな喋り方をし始めている。
「愛人は田舎の男爵家の婚外子らしい。侯爵は、ジェイソン殿と彼女の結婚を許すと言っていた。ルナという名だそうだ」
彼女の名を初めて知って、感慨深く感じた。月という意味の名なのね。それから思ったまま、父に尋ねてみた。
「侯爵家がよく許しましたね」
「今後のジェイソンの爵位と立場なら、お似合いだろうと言っていたよ……同じようなことを言う立場には立ちたくない。なあ、エリック」
父と兄は下を向いたまま、ロイドに酒のおかわりを頼んだ。
あくまで世間的には病気療養という名目で罰が下されました。
第一章は終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
感想で上がっていますが、ここまでで、家族の認識はいまいち曖昧なところがあります。それはこれから。
第二章 マリアの夢、から死に戻りの謎に移行していきます。少しダーク寄りの話が出てきますが、マリアの周辺は明るくなっていきます。




