周囲の反応
「変なこと、言わないで。そんなこと、あるはずないじゃない」
「昨日は、そっとしておこうとロイド様と話しましたけど、これはもう本決まりです。ブライアン様は、マリア様に好意を持っておられます」
私は手紙に顔を近付けてみた。薄らとムスクの香りがする。
そういえば、ブライアン様の匂いだ。
パッと彼の笑顔が目に浮かぶ。
頬に血が昇っていくのがわかった。
「こんなに薄らとだもの、移り香よ、きっと」
「お返事を書いてください。ささっと。私が、ぜひ私が届けに行きます」
私はもう一度手紙を読んだ。
女性が書く手紙と違って、とてもあっさりしている。
ということは、いつものその他諸々のお飾り文は、書かなくていいのかしら。
「ベル。内容は体調伺いと、花の好みについてだけで、美辞麗句とかがないんだけど、私も同じように書いたほうがいいのかしら」
「そうですね。ゴテゴテしていない方が男性は好ましく思うかも。これは、男性に確認したほうが⋯⋯ロイド様に伺ってきます」
ベルが走って部屋を出た。そんなに急がなくてもいいのに。
手持ち無沙汰になったので、刺繍の続きに取り掛かった。
青い花の横に、薄い緑の小鳥を刺した。その周囲にクリーム色の小花。我ながら良い出来栄えだ。
ベルがロイドを連れて戻ってきた。
「お嬢様、ロイド様が届けに行ってくださるそうです。あちらも執事が届けに来たそうですよ」
まあ、執事に届けさせるにしては、軽い内容よね。それなら他にも手紙が来たということだわ。
「お父様の返信と一緒に届けてちょうだい。それと今回の調査のお礼に、これをお贈りしたいのだけど、どうかしら」
二人はハンカチをのぞき込むや、のけぞった。
「お嬢様、大胆ですね。これはいいわ」
べルが大興奮し始め、ロイドは唸っている。
「これは何をイメージした刺繍かお伺いしてもよろしいですか?」
「ブライアン様の瞳よ。初めから考えて刺したのじゃないの。なんとなく刺繍で気を紛らせていたら、あの瞳を再現してみたくなって。いつの間にか、こういう風に仕上がったのだけど、我ながらいい出来だと思うの」
ロイドが何ごとかを決めたように、口を引き結んだ。
「これを包んで、手紙と一緒にお届けしましょう。話が早い」
「それならちょっと待って。もう少し色々加えて、もっと豪華にするから」
「「いいえ」」
二人がハモった。
コホンと咳払いをして、ロイドがニコッとした。
「これで完璧です。これ以上は邪魔といいますか。お嬢様は手紙をお書きください。余分な修辞は不要です。通常のご挨拶と、お返事だけでよろしいと思います」
ベルは私から刺繍を取り上げ、さっさと刺繍枠から外してアイロンを当て始める。
私が手紙を書いている間に、ハンカチは綺麗に畳まれていた。
それからべルがロイドに聞いた。
「香水はどうしましょう」
私そっちのけで話が進んでいく。私は慌てて口を挟んだ。
「もしかして、女性が手紙に香水を振るのにも意味があるの?」
「はい。最近の流行りで言いますと、女性の場合も好意を示す印になります。香りの種類で気持ちを推測するのも、皆様楽しんでおられるようです。お嬢様、どうされますか?」
「無理。駄目よ。勘違いかもしれないのに、そんな恥ずかしいこと」
「では、ハンカチの方にだけ、少し振っておきましょうか?」
「そうね。それだけにして」
ベルは私が愛用している香水を手に、遠くからプシュッと一吹きをハンカチに向かってかけた。細かい霧がフワッと広がり、ハンカチを包みこむ。
この香水は、爽やかで柔らかい花の香なので、変な意味に取られたりは、しないはず。
それをベルは綺麗な紙で包み、リボンを色々と並べた。
「リボンの色はどれにしますか?」
「緑がいいわ」
ベルは薄い緑のリボンをそれに結び、封をした手紙と一緒に布でくるんだ。
あら? これだとハンカチの香りが、少し手紙にも移るのでは、と思ったが、すでにロイドがそれを手に部屋を出ようとしていた。
「あの、ロイド。ちょっと、その手紙……あの」
「マリアお嬢様。今の状況でのブライアン様の御心遣いは、非常にありがたい事だと存じます。私からもお礼を申し上げてまいります」
一瞬振り返ったロイドはそう言うと、すぐに部屋を出て行った
ベルが私を椅子に座らせ、目の前に手紙を置いてくれた。
「エミール様よりお預かりしてまいりました。お茶の用意をしますから、ゆっくりお読みください。他にも聞き込んできましたので、後でお話しします」
ベルの持ってきてくれた手紙は女性仕様で、前後にいらない事がたくさん書いてある。
で、本題は、と探して見つけた。
『あの日は驚いたの何のって。目を閉じる間もなかったわ。たぶん、皆そうよ。あなたが出て行った後の大騒ぎったらなかった。もう、誰が何を言っているやら! それで、その後を知りたいのね』
そこで一枚目が終わっていた。
『ジェイソン様は怪しいって、私は思ったわ。でも未遂で計画段階なら、罪に問うのは無理よね。悔しいわね。何とかならないかしら。これが、大半の人の意見だと思う。私の友人たちや、家族が話した相手は皆そうよ。誰か調べているの? 分かったことがあれば教えてね』
いつもの刺繍や本の話の時と違って勢いが凄い。そのせいで、手紙を読むだけで疲れてしまった。
上を向いて、ふうっと息を吐く。
ベルが入れてくれたお茶と、チョコレートをつまんで、やっと気分が落ち着いた。
「お嬢様、使用人たちの意見を聞いてきました。ジェイソン様が遊んでいた話は、結構出てきましたけど、愛人の件は情報がなかったです。侯爵家は愛人の身元を知っているのでしょうか」
「多分ね。彼女との結婚を反対されたのが、事の始まりですもの」
私自身も実は彼女の身元を知らない。私にとって、彼女はずっと侍女のメリーだった。
死に瀕した時に、ジェイソン様からそう聞いただけで、生きている内に、事情が分かっていたわけではなかった。
本当に最後まで、何も知らないまま過ごしたのだ。
そんな間抜けな自分が情けない。
その日の夕方、父宛に手紙が届けられた。近衛騎士団長からのもので、ディール侯爵と父と近衛騎士団長、ジェイソン様、ブライアン様の五人だけで相談をしたい、という申し入れだった。
夕方に、そのことをロイドが伝えに来てくれた。
「明日の午後に、王宮の近衛騎士団に出向いて、話をすることになったそうでございます」
多分、決定が下される。
処分があるなら、その場で言い渡されるのだろう。
兄が呼ばれていないということは、処分を免れたと見てよい。
その夜は重苦しい気分で眠りに就いた。また嫌な夢を見るかもしれないと思ったが、夢は見なかった。




