二日目
朝、目覚めて、夢で見たことを思い出した。
なんだか不思議な夢だ。
夢で私は、私を含めた周囲の人々を見ているようだ。それに、私の知らないはずの事が出てくる。
もちろん想像した場面なのだろうけど、それにしてはリアルだ。細部までくっきりしていて、その場で見ているように感じる。
不思議だけど、まだ式での疲れや興奮が残っているのだろうかと思い、忘れることにした。
今日で結婚式から二日が経った。世間があの珍事について、どう言っているのかは、今のところ全く知らない。当日ベルから聞いた噂のみだ。
すぐにブライアン様が屋敷に来られて、動いてくださったおかげで、我が家はこれまで全くの受け身でいた。
今日は外の様子を探らないといけないと、自分を励ました。
ぼんやり生きてはいても、私だって貴族の娘だ。細いけれど情報網はある。
エミール嬢に手紙を書いて、彼女の収集している世間の噂や動向を教えてもらおう。
「ベル。エミール嬢に宛てて手紙を出すわ。使用人に頼んでもらえる?」
「はい。では私が直接手渡すことにいたします。ついでに、仲のよい侍女たちに話を聞いてきます。あそこには噂に目がない知人もいますから」
それならば、と私は急いで手紙を書いた。内容は簡単に言うと、『世間はどう捉えているの?』というもの。
それを長たらしい挨拶、不要な修辞、無意味な世間話の中に入れ込む。
お互いにわかっているから、そこしか読まないが、面倒なことこの上ない。
手紙を渡すと、ベルは勢い込んで出かけて行った。
今日は、昨日とはまた違う、凝った髪型をベルが結ってくれた。
鏡に映る自分がいつもと違う。それが新鮮だ。その目新しい自分に、いつも避けていた、ちょっと華やかなドレスを着せてみる。
そうすると、驚くほど雰囲気の違う自分が現れた。
少し浮かれながら廊下を歩いていたら、ノエルと出くわした。
「おはよう。ノエル」
「⋯⋯お姉様? どうしちゃったの。今日も素敵だわ」
なんだか不満そうね。
「ありがとう。褒めてもらえて嬉しいわ」
「私の友人たちから手紙が来ているの。お姉様の話がすごく話題になっているようよ。どうなさるおつもり?」
私は肩をすくめて見せた。
「わからないわ」
「まあ、やっぱり変だわ。今までと違う」
「そうね。同じではいられなくなったの。あなたも、今ならジェイソン様との結婚を、うらやましいなんて言わないでしょ」
ノエルはぐっと詰まった。
ノエルと母は、ノエルのほうがずっとジェイソン様と釣り合うのに、と愚痴っていた。
実際、婚約前に、ノエルにしないかと軽く打診したこともある。
でも、ジェイソン様に断られ、それからしばらくノエルはすねてしまい、口をきいてくれなかった。
父も兄も、少し年齢が若すぎるから仕方ない、と慰めていたわね。
私自身も本当は気が乗らなくて、代わって欲しかったので、がっかりしたのを覚えている。
私はノエルをその場に残し、歩き去ろうとした。
ちょうど、そこにロイドが現れ、手紙を差し出してきた。
「ブライアン様から、お手紙が届いております」
トレイに載った手紙を手に取ると、ノエルが鋭く言う。
「その手紙、お父様宛ではないの?」
それにはロイドが答えてくれた。
「マリアお嬢様宛で届けられた手紙でございます」
「なんでお姉様宛なのよ!」
突っかかってくるノエルに呆れながら、私は答えてあげた。
「今回の騒動の当事者は私よ。何か進展があったのかもしれないわね。急いで目を通さないといけないわ」
「お嬢様⋯⋯」
ロイドが何か言いたそうにした。
「ベルは、どこに」と言って、周囲を目で探っている。
「お使いに行ってもらっているわ」
そう言いながら私はトレイに載っているペーパーナイフで封を切った。
内容は――
「あら? 体調はどうかとか、好きな花は何かとか⋯⋯今回の騒ぎとは関係のないことみたいだわ」
「これ、どういうこと?」
ノエルが、なぜかロイドを睨みつけている。
「さあ、私にはわかりかねます」
「だって、男性用の香水を振りかけた手紙よ。それって、それって……あり得ない」
ノエルが突然取り乱し始めた。
「どうしたの? ノエル」
「知らない!」
そう言って、大きな足音を立てて、ノエルは立ち去った。
彼女の後ろ姿を見送り、それからロイドのほうを見る。
「ベルが戻ってから、お返事を書くのがよろしいかと思います」
「わかったわ」
実はよく分かっていなかったが、ベルに聞けというほのめかしは分かった。
私は部屋で得意な刺繍をしながらベルを待つ事にした。何となくブライアン様の目の色を思い出し、青色系の色々な糸を集めて、ハンカチに刺繍をした。あの冷たく光る青い色を表現してみたかった。
冴えた青の一部に、黒と濃いグレイ、それに紺と白を刺すと、ぴったりのイメージの刺繍になった。それが凄く嬉しくて、夢中になってしまった。
「お嬢様、マリア様、ちょっとよろしいですか?」
はっと気付くと、ベルが横で話し掛けていた。
「刺繍に没頭されていたようですね。ハンカチですか? とても素敵だし、ゴージャスです」
「ありがとう。ブライアン様の瞳を思い出して、それを再現しようと頑張ったのよ。どう? いい出来だと思うのだけど」
刺繍しかけのハンカチを、自慢気にベルの目の前に掲げて見せた。
「まあ、凄いですわ。お嬢様からそんな言葉が聞けるなんて。とても嬉しいです」
「嫌ね。私の唯一の特技よ。ベルだって、刺繍だけは凄く上手だって褒めてくれていたじゃないの。ところで、ブライアン様から手紙が来たので、お返事を書こうと思うの。ベルにアドバイスをお願いするよう、ロイドに言われたのよね」
はっとしたようにベルが、「手紙の内容は?」と聞いてきた。
「特に内容のない物なの。体調とか、花の好みとかを聞いて来ているのよね。何なのかしら」
「見せていただいてもよろしいですか」
その声は有無を言わせない圧に満ちていた。びっくりしながら手紙を渡すと、ベルがびくっとした。
「香水を振ってありますね。これって今流行の、あれでは!」
「あれって何?」
「恋する女性に手紙を送るときに、殿方が自分の愛用の香水を使うんです。求愛の印ですよ~~~~」
ベルの声が浮かれまくっている。




